第23話 グレイシア・ガードナー
準決勝当日。
フォルティナ、エレオノーラ、マロンの三人は控え室にいた。
昨日は丸一日、警察の事情聴取に追われ、右腕のリハビリ、そしてイデアの看病に時間を費やした。
そこで気になったのは、あの事件を担当していた警官たちの、やる気が感じられなかったことだ。
〈パンデモニウム〉で眠り続けるイデアはハラルドたちに任せ、モルトは唯一の手がかりである工具を持ってどこかへ向かった。
おそらく、やる気のない警官を見て、警察が頼りにならないと考えて、自ら捜査に乗り出したのだろう。
控え室の椅子に座り、うつむいているマロンの手に、フォルティナはそっと自分の手を重ねた。
「大丈夫……イデアは生きてるし、犯人はきっとモルトが捕まえる! それに、アタシは絶対に優勝するから! だからマロン……今は辛いだろうけど、クラフトアックスの調整、頼める?」
「う、うん……心配かけてごめんな。調整は任せとき」
精いっぱいの笑顔。
本当はイデアのそばを離れたくないはずだ。
それにあの工房はマロンにとって、家族との思い出が詰まった、大切な場所だったはず。
家族を傷付けられて、家を失っても……マロンはここにいる。アタシの隣に立ってくれてる。
本当に強い子だ。そんな子にアタシがしてあげられることなんて、戦って勝つことしかない!
フォルティナはギュッとマロンの手を握り、力強く告げた。
「クラフトアックスは、アタシにしか使えない“ロマン”を求めた理想の武器よ。それを証明することしかアタシにはできないけど……大丈夫!マロンとイデア、それにお父さんの想いを背負って、見せつけてやるんだから! 〈ガンテツ〉の装備は最強だってね?」
「……うん!せやな! ウチが調整ミスって負けたらイデアにも悪いしな!」
マロンも、少し落ち着いたようで精一杯の笑顔をフォルティナに向けた。
その笑顔にニッと笑い返すとフォルティナはエレオノーラにも顔を向けた。
「ノーラ……アタシたちと一緒にいてくれてありがとう! 相手の情報分析と治療を、ノーラに任せちゃうね?」
「ああ!任せておけ! 〈パンデモニウム〉で治療のノウハウも身につけた! どんなケガをしても私が治してやる!」
力強く頷くエレオノーラ。
それにしても、たった一日でハラルドの教えを身につけるなんて、さすがノーラ……。
ほんとに頭がいいんだね。
「ありがとう、ノーラ! ならアタシも全力で戦える!」
もうすぐ準決勝が始まる。相手は確か?グレイシア・ガードナーだっけ?
ガードナーっていうと、あのアリサって人がいる企業と同じ名前ね? まさか……実家とかじゃないよね?
『ただいまより準決勝を行います。フォルティナ・ロックス選手とグレイシア・ガードナー選手は、ゲート前に移動してください。』
放送が鳴った。
フォルティナはクラフトアックスを両手に装着し、右手の調子を確かめる。
右手も問題なく動かせる! ありがとう、ハラルドさん! アナタみたいなファンがいて、ほんとに助かったわ! アタシは本当、人に恵まれている。
そう思いながら、ポケットからコンパスを取り出して胸に当てていると。
スタッフが部屋までやって来た。
「フォルティナ・ロックス選手! 出番です! 移動をお願いします!」
「はい!……じゃあ、二人とも行ってくるね?」
「うん!」
「ああ!」
フォルティナは二人より先にゲートへ向かう。
絶対に勝つわよ、フォルティナ・ロックス!冒険者として、アタシ個人として、あの子たちの為にも!
─────────────────────
ゲート前に立つと、スタジアム内からの歓声と実況の声が響いてきた。
『赤コーナー! フォルティナ・ロォォックス!! 誰がここまで勝ち進むことを予想したでしょうか! 無名の少女に〈ガンテツ〉という聞いたことのない企業の武器!クラフトアックス! 果たして準決勝も勝ち進むことができるのかぁ!?』
無名……ね 今はそうだけど……見てなさい! この街で一番有名な企業になるんだから!
そう誓っていると、青コーナー。
グレイシア・ガードナーの紹介が響く。
『青コーナー! グレイシア・ガァァドナァァァ!! 北地区マイナーリーグ覇者にして、あの大企業ガードナー社の御曹司! 彼女が、自身の会社の装備を使用しフォルティナ選手を下すことができるのかぁぁ!』
――バァンッ!――
爆発の演出とともに、両者がフィールドの中央に歩み寄る。
観客の声援も、さすが準決勝だけあって、いつもより数倍激しく響いていた。
すごい熱気……だけど今は気にしてらんない!アタシはただ勝つ! 勝って、あの子達の夢を叶える!
「ふ〜ん? あなたがフォルティナさん? この前は、我が社の者が無礼を働いたみたいで、ごめんなさいね?」
前を見ると、白い鎧に銀髪の冷たい目をした女性。グレイシア・ガードナーが、フォルティナを値踏みするように見てくる。
「アンタ、ガードナー社の御曹司って言われてたど……」
「ええ、そうよ? 私が!あのガードナー社の娘にして!!副社長の!!!グレイシア・ガードナーよ!!! 我が社の製品が、あなたに合わなかったみたいで申し訳なかったわね?」
グレイシアは余程自分の会社が誇らしいのか、自信満々にそう言い放った。
「あ〜!あの斧ね?」
フォルティナは頭を少し下げた。
「ごめんね? 本気で試し振りしたら壊しちゃって?」
「あら嫌味?別に謝らなくて良いのよ?そのおかげで、と〜ってもいい物ができたんですもの……」
「いい物?」
グレイシアは恍惚な表情を浮かべている。
いったい何ができたっていうの? アタシが壊したから、できた物?
「ええそうよ?あなたの〈化け物〉が作った武器と同じ……いえ?それ以上の武器をねぇ!」
「〈化け物〉……」
グレイシアの言葉にピクッと反応し、睨み付ける。
「〈化け物〉? それって〈オーバード〉のことよね……?アンタそれ、マロンとイデアのことを言ってるの?」
「ふぅん?良い顔するわね?そ・う・だ!」
フォルティナが反応したのを見たグレイシアは、虐め甲斐のある相手を見つけたように笑い、会場中に向かって宣言し始める。
「皆さん! 彼女の使用する武器の企業が気になるでしょう? 教えてあげます! このフォルティナ・ロックス選手は〈化け物〉の経営する企業、〈ガンテツ〉の製品を使っていたのです! そうです!あのテロ集団のゴミのような存在……【エクリプス】と同じ〈化け物共〉の!」
『〈化け物〉だと……嘘だろ……』
『なんでここに〈魔人〉なんかが!』
『スタンドの子供! どっかで見たことあると思ったら、町中走り回ってた〈化け物〉じゃねぇか!』
『気持ち悪い! 吐き気がしてきた……!』
『ゴミはゴミ箱に帰れよぉ!』
『『『かーえーれ! かーえーれ!』』』
会場がざわめく。
〈オーバード〉ってだけで、ここまで差別されていたの!?
観客たちは、サポートスタンドのマロンに冷たい言葉を浴びせる。
心配したフォルティナがサポートスタンドに顔を向けると、悲しげな顔をしたマロンの姿が見えた。
その姿を見て、グレイシアと観客たちに対する怒りがフツフツと込み上げてくる。
「アンタッ!!何がしたいの!? 場合によっちゃ、許さないわよ?」
「いや? あんな〈化け物〉が作った武器を使わされているあなたが可哀想でしてね? この私が、あなたの為と思って現実を教えてあげたのよ? 感謝こそすれ、許さない? あまりに非常識! ほら、聞いてみなさいな? 観客どもの声を! 〈化け物〉の危険性、穢らわしさを! そんな汚い武器なんか捨てて、我が社の製品を使ったらどうです? フォルティナさん?」
グレイシアが嫌味な笑みを向けてきた。
可哀想? コイツはマロンとイデアだけじゃない!自分以外の人間を下に見てる!
――ドンッ――
フォルティナが足で地面を強く踏んだ衝撃が、スタジアム中に響いた!
観客が衝撃に驚き静まり返ったのを見渡して叫んだ!
「アンタたちに、あの子たちの何がわかるの? 十歳で、お父さんの夢を引き継いで会社を経営してるあの子たちの努力を知ってるの? 何も知らないんだったら、黙ってなさい!!!」
観客に伝わっているか分からないが、静まり返ったままだった。そして再びグレイシアに向き合って中指を立てる!
「あと、アンタの会社のゴミみたいな塊より、マロンとイデアが作ったこの武器の方が遥かに強いわよ!!」
両手を構え、腕のクラフトアックスを見せつけると、グレイシアは歯軋りし始めた。
腹が立っているようだが、そっちが先に仕掛けてきたんだから! やられたらズタズタにし返すのは当たり前でしょ!
「下劣な雌猿め……まぁ……良いでしょう そんなご自慢の武器が、あなた“だけ”の物なんて思わないことね?」
グレイシアは両腕に収納された柄と刃を取り出し、合体させて大剣を組み上げた。
それはまるでクラフトアックスと同じように。
「我が社が、独自のルートで手に入れたクラフトアックスの設計図から作り上げた剣……ガーディナルソルドです! 〈化け物〉の作った武器に、我が社の製品が負けるわけにはいきませんからね?……まぁ、この武器を製造する上で、多少の犠牲はあったみたいですが……〈化け物〉が一匹死のうが、些末なことです……」
今、なんて言った?
クラフトアックスの設計図を手に入れた?
〈化け物〉が一匹死のうが些末なこと……?
フォルティナは、強くグレイシアを睨みつける!
「アンタが……〈ガンテツ〉を爆破した犯人なの?」
「いいえ? 私ではありませんよ? まぁ完全に関係がないわけでもありませんが……どうでもいいことです。たかが〈化け物〉一匹死んだぐらいで、私たちが捕まるわけないのですから!」
「アンタが……アンタが犯人か!! 警察が黙ってないわよ!」
「警察? あんなもの、我が社の補助金がなければ成り立たない組織。金さえ積めば、警察は私達に何もしてきませんよ!」
「 腐ってるッ!!」
フォルティナが歯を食いしばりながら拳を握る。この手が怒りで血を吹き出しそうなほどに!
どおりで、事件の捜査にやる気がないわけだ!つまり、この街ではコイツらの思い通りってことじゃない!
「済んだことを今話しても仕方ありませんよ?さぁ、始めましょう。我が社の製品がより優れていると、皆様にアピールしなければなりませんので!」
グレイシアがガーディナルソルドを構える。
フォルティナは怒りに震え、体の内側から得体の知れない歪な何かが湧き出す感覚に襲われていた。
これは怒りだ。だが、今までの比じゃない! 殺意に近い怒りの感情だ!体から自分にしか見えない赤黒いオーラが、電気を放ちながら漂い始めた。
フォルティナは強く……強く、グレイシアを睨みつけ、拳を構える!
「アンタを今すぐぶっ飛ばして!イデアの前で詫びさせてやる!」
「やってごらんなさい!」
――ブーーッ!――
『試合開始ぃ!!』
準決勝。
絶対に負けられない戦いが幕を開けた。
そして、フォルティナにしか見えないはずのオーラをVIP席から見つめていた“ある人物”は、驚きに目を見開いていた。
「あれは……シンシアと同じ【神気】……」
その人物は、ミハイル・ハイドランジア。
大陸ノア教会の法皇、その人だった。
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