第11話 走れ! 魔獣レース!
商店街の次に2人が訪れたのは、娯楽街だった。
すぐ隣には歓楽街があるらしいのだが、アマンダおばさん曰く『あそこは2人にはまだ早いから行くな』と強めに釘を刺されていたこともあり、気にはなるがここはグッとフォルティナは堪えていた。
「ここは何があるの?」
娯楽街と言うからには何か遊べる場所だと分かっており、フォルティナは目を輝かせながらフェイに尋ねた。
「ここはね、魔導ゲームセンターに魔獣レース、それにマッサージ店とか、お金を使って遊べる場所だよ!」
「魔獣レース⁉︎ 魔獣で遊ぶの? めっちゃ危なくない?」
フォルティナがそう考えるのも無理はない。魔獣とは魔気を浴びたことで獣の体が変質し、凶暴化した存在であり、人類にとっての脅威なのだ。
そんな魔獣でレースが娯楽とは、フォルティナは腑に落ちなかった。
「魔獣がドームの中を一周して競争するんだ。とりあえず見に行けば分かるよ。行こ?」
「りょーかい!」
2人は娯楽街にある大きめの施設――魔獣レース会場に足を踏み入れた。
そこでは大人たちが熱狂的に、真ん中で行われているレースに夢中になっていた。
「すっごい賑やかなとこね! 周りの声がデカすぎて、ほかが何にも聞こえないじゃない!」
フォルティナは叫び声に近い調子で隣のフェイに話しかける。フェイもまた叫ぶように答えた。
「そうだよ! ここは魔獣にゴールドを賭けて、賭けた魔獣が勝てばゴールドが増えるんだ! だから人気の場所なんだ!」
賭けて勝てばゴールドが増える……だと……?
今のお金が増えるなら、R.O.Dだって買えるかも! 残り200ゴールド……。
「アタシもやりたい! やっていいー?」
やはりR.O.Dを諦め切れなかったフォルティナは、レースに一縷の望みを賭ける決心をし、フェイに尋ねる。
「いいよ! 100ゴールドから賭けられるから、次のレースから参加しよー? 魔獣の情報は向こうの場所だから、行こー!」
2人は叫びながら会話し、熱気に満ちた場を離れ、魔獣の情報が開示されている場所とチケット販売所まで移動した。
ここはさっきいた場所とは打って変わり、静かだった。周囲の大人たちは壁に貼られた魔獣の情報を真剣に眺め、持参した紙にペンで印をつけている。
「壁に貼ってある紙が、今日のレースに出る魔獣だよ! 今日の調子、親、育て方が書かれてるんだ。それを参考に勝ちそうな魔獣を選ぶの。ちなみに人気が高いほど、勝った時に返ってくるゴールドは少ないよ! 逆に弱い魔獣ほど勝てば返ってくるゴールドは多い。でも……勝てないことの方が圧倒的に多いから、最初は強い魔獣に賭けた方がいいよ?」
フェイからの説明を聞きながら、フォルティナは紙を確認する。
紙には魔獣のイラスト、名前、そしてフェイの言っていた情報が記載されていた。
イラストを見ると、狼型の魔獣のようだ。
「本当に安全なの? 狼型ってかなり凶暴って聞くけど……」
村でも時々現れていたが、その際は一匹だけでも大の大人が束になってかかり、大怪我をしながらようやく倒せるほど強い魔獣なのだ。
そんな魔獣でレースとは、やはり危険ではないのかと思ってしまう。
「ここの魔獣は生まれた時から人間に育てられてるから大丈夫だよ。強く育てられた魔獣と、魔獣から生まれた子を“トレーナー”っていう育てる人が育ててるんだ。だから、親とトレーナーの育て方で強さが変わるってこと」
「おっけー! 完全に理解したわ! とりあえず安全なことは確実みたいだし! どれどれ〜?」
安全性とルール、勝つための最低限の秘訣を聞いて安心したフォルティナは、開示された情報を腕を組みながら真剣な表情で確認する。
1番人気は《サラバコノセカイヨ》、2番人気は……《アラクレダイオー》か……ん? これは?
確実に勝てそうな魔獣を選ぼうとしていたフォルティナだったが、下の方、12番人気――つまり全く期待されていない魔獣が目に留まった。なぜなら、
「ロックスベランダー!! アタシの家名と同じ文字が入ってる! 親はよく分からないけど……調子は? “やる気満々”……可愛い表現ね! トレーナーの情報もある! なになに〜? “真心込めて育てました”……か……いいじゃない! あとこのつぶらな瞳が可愛いわね〜」
少し大きいポメラニアンのような姿をした《ロックスベランダー》を気に入ったフォルティナは、
「バァン!!」
「決めたわ! アタシこの子にする!」
壁に貼られた紙を手のひらで叩くようにして、ロックスベランダーに決めたことをフェイに伝える。
「ティナお姉ちゃん本気なの⁉︎ この魔獣は一度も勝てたことがないので有名なんだ……しかも親は野生産の雑種だから強くないよ⁉︎」
フェイは、この魔獣を選べば確実に負けることを必死に伝えるが……
「もう決めたんだから! “やる気満々”って書いてるし、なにより! アタシと同じ名前なのが気に入ったわ! この子は勝つわよ!」
これはもう何を言っても無駄だ……とフェイは諦め、チケットを購入し、熱気渦巻く会場へ向かう。
ちなみに、フォルティナがロックスベランダーに全額賭ける際、キャッシュレスではなく現金対応していたことに密かに安堵していたのは内緒だ!
『さぁ! 第3回魔獣レースのお時間になりました! 魔獣が各レーンに入っていきます!』
司会者のアナウンスとともに、いよいよレースが始まろうとしていた。2人は最前列の席に座っている。
『サラバコノセカイヨ! アラクレダイオー! ヤンチャナコボウズ! が出場するこのレース! 一体どの魔獣が勝つのか、ほんっとーに楽しみですね!』
「ちょっと! あの司会者、上位人気3匹しか名前出さないじゃない! なんでよ!」
恐らくこの3匹が特に人気で、残りの9匹にはほとんど賭けが入っていなかったのだろう。だが、そんな事情をフォルティナが理解できるはずもなかった。
パァン!
『さぁ! レース開始です!』
炸裂音とともにレースが始まる! 会場全体も、思わぬ展開にざわつき始める。
『ななななんと! ロックスベランダー! 12番人気の魔獣が最初に抜け出したぞー! これは意外! 大番狂わせもあり得るか〜⁈』
司会者も驚きの様子で実況を続ける。自分が賭けた魔獣が先頭を走っていることに、フォルティナは――
「キャアアアアア! ロックスベランダー! いいわよ! いけぇぇ!」
大興奮だった。会場全体が「まさか」と目を見張る中、レース中盤までロックスベランダーはトップを維持し続ける。
つぶらな瞳の中には、まるで炎が燃え盛っているかのような気合いが宿っていた。
だが――
「ワォォォォォン!」
後ろから追いついてきたサラバコノセカイヨとアラクレダイオーがロックスベランダーに体当たりし、ロックスベランダーは突き飛ばされて転倒してしまう。
「あぁ!」
フォルティナも心配そうに見守るが、ロックスベランダーの目はまだ死んでいなかった。
よろけながらも再び走り出そうとするが――
「ワォォォォォン!」
さらに後続の魔獣が体当たりし、ロックスベランダーは再び倒れ、さらには次々と後ろから走り去る魔獣たちに踏みつけられていく。
「ロックスベランダー‼︎」
あまりの仕打ちに、フォルティナは心配になって声を上げる。それでも――
「ワフゥ……」
あの可愛らしいつぶらな瞳は、まだ消えていなかった。
全身ボロボロになっても、勝てる見込みのないレースだったとしても、ロックスベランダーは立ち上がり、よろけながらも一歩ずつ走り続ける。
パァン!
『11番目がゴールしました! 今レース、1位はサラバコノセカイヨ! 2位がヤンチャナコボウズ! 3位がアラクレダイオー! でした!』
12位となったロックスベランダーは、アナウンスが流れる中、それでもゴールを目指して歩き続ける。
だが、係員に抱えられるようにして回収され、会場を後にすることとなった。
「ロックスベランダー……アンタはよく頑張ったわ……」
ロックスベランダーの健闘に、フォルティナは涙を流しながら、その場からしばらく動けずにいた。
そのとき、周囲の観客たちの話し声が耳に入ってくる。
「ははは! やっぱりロックスベランダーはいつも通りダメだったな!」
「仕方ないさ。親が野生だろ? 勝つために配合された奴とは違う違う。やっぱ生まれが大事なんだよ」
「でも最初はすごかったよな? 俺ぁてっきり初1位を取るかと思ったぜ」
「いやいや、ないない! どれだけ頑張っても、結局は血統だよ〜。生まれながらのエリートには敵わねぇよ!」
「それもそうだな! はっはっは!」
そんな観客たちの声を聞きながら、フォルティナは小さくつぶやいた。
「あの子は強かったわよ……最後まで諦めてなかったもん……」
「ティナおねえちゃん……」
フォルティナが俯きながら、震える拳を握りしめて涙をこぼしていたことに気づいたフェイは、そっと優しく声をかけた。
こうして、所持金をすべて失い、もうこれ以上失うものは何もなくなってしまったフォルティナ。
だが、ロックスベランダーのあの勇姿だけは、きっと一生忘れることはないだろう。
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祝日なのを忘れてたのでもう1話上げなちゃいました…