第10話 街はつらいよ
フェイもアマンダおばさんもまだ眠っているほどの早朝、フォルティナは街中を、パンパンに何かが詰め込まれたリュックと斧を背負って走っていた。
特に急ぎの用事があるわけでも、何かに追われているわけでもない。これはシスター・シンシアとの鍛錬の名残であり、日課だったのだ。
「ふぅ〜……とりあえず内側の壁に沿って50周完了〜っと♪」
大都市というほどではないが、中規模の交易街を荷物を背負ったまま50周も走ったのにも関わらず、このあと格闘術の型の確認と、斧の素振りを500回行う予定だった。これもまた日課である。
シスター曰く——
『冒険者なら常に体力勝負! 器用な技とかは後でいい! 全部、体力が尽きれば意味がないもんだ! なら無限の体力を目指して走って走って、鍛えて鍛えまくるんだ! ……は? 俺が技術的なこと教えるのが苦手だと……? テメェ! もう一ぺん言ってみやがれ!』
鍛錬中、そんなシスターの教えを思い出していたフォルティナだったが、それに続くペナルティ(という名の拷問)も思い出してしまい、身震いしてしまった。
シスター、元気かな? なんだかんだ、シスターの言葉とペナルティが無いと、どれだけ1人で鍛錬しても物足りないや……
そんなことを思いつつ、2時間ほどみっちり鍛錬に取り組んだ。
その間、ある集団が彼女の様子を観察していたことには気づかずに……
鍛錬を終えて、フォルティナはフェイとアマンダおばさんの家に戻り、シャワーを浴びて朝食をとる。
初めて体験するシャワーに、もちろんフォルティナは驚いた。全裸のままフェイにその驚きを報告したとき、フェイは真っ赤な顔で視線を逸らしていた……なぜだろう?
「ほら、朝食はパンと昨日の残りのシチューにチーズを入れたものだよ! あと、キャベツの酢漬けもあるけど食べるかい?」
「食べる食べるー! 自慢じゃないけど、アタシなんでも食べられるの!」
「はっはっは! ティナを見てると、おばさんも作り甲斐があるってもんよ! フェイもティナみたいにたくさん食べな? ……? フェイ? どうしたんだい……そんなに顔真っ赤にして」
昨日の元気とは打って変わって静かなフェイにアマンダおばさんが声をかける。
「……ッ‼︎ なんでもないよ‼︎」
そう叫ぶように返事をし、恥ずかしさをごまかすように朝食にがっつく。
ティナお姉ちゃんが悪いんだ……あんな……あんな……ッ‼︎
フェイ少年は、先ほどのシャワー事件で目にしてしまったフォルティナの体が脳裏から離れなかった。
あぁ……なんと罪深き女なのだろうか……フェイは、あの瞬間、新たな扉を開き始めたのであった。
朝食を終え、フォルティナはフェイとともに予定通り街の案内を受ける。フェイの調子もすっかり元に戻っていた。
出発前、フェイから注意事項が告げられる。
「ティナお姉ちゃんは、なんていうか……すっごい田舎者だよ! だから、いろんな物が珍しく見えるかもだけど、とりあえず気になった物は普通の声の大きさで‼︎ 僕に聞いてくれる? 約束ね!」
まるで子どもの遠足みたいだな、とフォルティナは思ったが、昨日のR.O.D専門店での出来事を思い出し、素直にフェイ先生の言う通りに従うことにした。
まず案内されたのは商店街。ここには連邦西側の各町の名産の食べ物や工芸品が取引されているらしい。
木造建築の店に混ざって、R.O.D専門店のようなビル型の建物もあり、街に来たときにフェイが言っていた通り、確かに活気づいている印象を受けた。
「お〜……すごい活気にお店も多いね〜。昨日のR.O.D売ってた店みたいな建物もあるけど、あれは入って大丈夫なの?」
木造の雑貨店や青果店、カフェ、食堂などはフォルティナにも分かるが、近代的な建物に関してはどんな店かさっぱりであったため、フェイに尋ねる。
「あそこは帝国のお菓子が売ってる店だね! 安心して、あそこは安くて美味しいお菓子があるから。だいたい1つ10ゴールドで買えるから、ティナお姉ちゃんでも買えると思うよ」
「なら! 行ってもいい? 村のみんなにお土産買いたいんだよね!」
フェイが安心して大丈夫と言ったなら問題ない、と考えたフォルティナは1人で入店する。
「いらっしゃいませー!」と元気な挨拶が響き、ショーケースにはケーキやプリンがずらりと並んでいた。
ケーキやプリンは日持ちしないから、焼き菓子系が良いかな? 値段は……? 1つ10ゴールド! これなら安心!
「すみませーん! このクッキーを12個ください!」
「12個ですね? 準備いたしますので、少々お待ちください」
両親に、友人たちに、シスター。1人2個ずつで120ゴールド。綺麗な包装を眺めながら準備を待っていると……
「お待たせしました! 12個で120ゴールドです!」
「はーい」と返事をしながら袋に入ったゴールドで支払おうとすると……
「お客様……誠に申し訳ございませんが、当店は現金でのお支払いには対応しておりません。R.O.Dでの支払いのみとなっております……」
「はぇ?」
抜けた声が出たことにすら気づかないほどの衝撃。
ここでも……R.O.D、貴様か‼︎ と内心で憤るフォルティナ。そのタイミングで、外から様子を見ていたフェイが「もしや」と状況を察して急いで入店した。
「大丈夫です! 払えます!」
ピコ〜ン! と可愛らしい音とともに、支払いが完了した。
「ありがとうございました〜」
フェイが購入してくれたことを察し、フォルティナは申し訳なさそうに礼を述べる。
「ありがと……フェイ……まさかここでもR.O.Dが必要なんて思わなくて……」
「いいんだよ! 僕も、まさかキャッシュレス対応しかしてないなんて思わなかったから。ごめんね。今回はこの前魔獣から助けてくれたお礼ってことで、受け取って?」
年下のフェイに助けられてばかりで、情けなさを感じつつも優しさが身に染みる。お土産を受け取ったその時、ふと疑問が湧いた。
「ところで、キャッシュレスって?」
フォルティナの問いにフェイが答える。R.O.D内の仮想ゴールドで支払う方法であること、そして最近では現金からキャッシュレスに移行している店が増えていることを説明された。
「ってことは……今はR.O.Dが無いとかなり不便な世の中ってことなんだ……でもR.O.Dって高いじゃん? みんなお金持ちなんだね」
今までの経験からそう結論づけたフォルティナに、フェイが補足する。
「あのお店のR.O.Dは帝国製で、しかも新品だから高いんだよ。R.O.Dの中古販売店か他の国の製品なら、最低でも50万で買えるよ。普通に働いていれば1年で買えるくらいかな? まぁ、性能はだいぶ落ちるけど……街で使う分には問題ないよ」
なるほど……つまり街の人の多くは中古品を使っているのか、と理解する。とはいえ、今の手持ち金では中古品すら手が届かない。
フォルティナは、ひとまずR.O.Dのことは諦めることにしたのだった。
そして、フェイ先生の引率による街案内は、次なる目的地——娯楽街へと移るのであった。
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