第9話 優しいおばさん
文明と自身の貧乏さに打ちのめされたフォルティナは、フェイの案内でフェイの家に到着する。辺りもすっかり薄暗くなっていたが、街灯のおかげで夜でも明るかった。
「お母さん! ただいまー!」
フェイの帰宅の声に、1人の女性が奥から出迎えに現れた。見た目は20代後半くらいだろうか。黒髪の三つ編みをした美人な女性だった。
「おかえり、フェイ。おや? その人は?」
フェイの母はフォルティナに気づき、問いかける。
「お母さん、この人はフォルティナお姉ちゃんって言って、街の外で魔獣に襲われてたとこを助けてくれたんだ!」
それを聞いたフェイの母は血相を変えて、
「フェイ! 魔獣に襲われたのかい!? 薬草を取りに行くときは、あれほど周りに気をつけなさいって言っておいたのに……怪我はないのかい!?」
フェイは母の心配に応えるように両腕を広げ、くるりと回って全身を見せる。
「うん! この通り! 【防御魔法】で耐えてるうちに、お姉ちゃんが助けに来てくれたから、無事だったんだよ!」
子どもに怪我がないことを確認して安堵した母は、フォルティナに深く頭を下げた。
「ありがとうね! あんたのおかげで、うちの息子が無事に帰ってこれたよ。アタシはアマンダ……アマンダ・カインズ。この子の母親さ。何かお礼をしないとね……」
そう話すアマンダだったが、お礼が欲しくて助けたわけではないフォルティナは、両手を振ってそれを断ろうとする。
「いやいや! お礼なんていらないよ、アマンダおばさん! あ、そうだ! 自己紹介するね! アタシ、フォルティナ・ロックスっていうの! ここから一日半西に歩いたところにある村から、冒険者の試験を受けに来たの! よろしくね!」
自己紹介を受けたアマンダおばさんは、どうしてもタダで帰らせるのは申し訳なさそうだった。
「それに、もう行かないと! 宿を取らなきゃいけないしね!」
するとアマンダおばさんは、「これだ!」といった表情で言った。
「この時期は冒険者試験の受験者で宿がいっぱいになるから、この時間だと……もう全部埋まってるんじゃないかねぇ……そ・こ・で・だ! しばらくウチに泊まるといいよ! これがアタシたちからのお礼だ! ご飯付きでタダだよ! むしろ、まだ足りないくらいさ。どうだい?」
「それなら……お世話になろうかな?」
「よしきた!」と言わんばかりに、フェイとアマンダおばさんは嬉しそうにガッツポーズをとった。
「夕飯の準備までは、まだ時間がかかるから、部屋でラジオでも聞いてゆっくりしてな」
「らじお?」
フォルティナには理解できない謎の単語がまた現れた。先ほど無知ゆえに痛い目を見たばかりのフォルティナは、少し警戒しながら聞く。
「らじおってのは……200万ゴールドしますか……?」
親子二人はしばらく固まり、小声でフェイがアマンダおばさんに「お姉ちゃんは田舎から来たから、魔具の大半は見たことないんだ」と伝えるのが聞こえた。フォルティナは耳が良いのだ!
「はっはっは! ラジオってのは、【魔気】をチャージした魔具、放送受信機さ。これで大陸中の情報が聴けたり、子ども向けの話をしてる番組もあるんだよ。まあ、聞いてみればわかるさ。フェイ、案内してやんな!」
フェイに連れられて案内された部屋には、木で作られた剣や、フェイが描いたのだろうか、温かみのあるアマンダおばさんの絵が飾られていた。どうやらここはフェイの部屋のようだ。
「ここってフェイの部屋よね? これはアマンダおばさんの絵ね? 上手いじゃない!」
そう褒められたフェイは照れていた。そして照れを隠すように、
「お姉ちゃん! これがラジオだよ! 今の時間なら……よし、合った! 僕の大好きな話が流れる時間だ!」
フェイはラジオのチャンネルをぐりぐりと弄り、自分の好きな番組に合わせた。初めて耳にするラジオの音声にドキドキしながら、フォルティナは床に正座して耳を傾けていた。
『皆さんこんばんは。現在時刻、夜7時をお知らせします』
「魔具がしゃべった! これがラジオなの? どうやって声が? 糸電話みたいな感じなのかな?」
「お姉ちゃん、うるさい! 今から始まるんだから静かにしてて!」
フェイから注意され、フォルティナは静かにラジオを聴くことにした。しばらくは挨拶や軽い雑談が続き――
『それではお時間になりましたので、天魔大戦 最終回―勇者対魔王―をこれよりお送りします。』
いよいよ始まる……ラジオも気になるけど、この「天魔大戦」って物語も興味深いわね。
村でも幼児向けの英雄譚などさまざまな本があり、フォルティナは英雄譚を全て読破するほどの好きっぷりだった。そんな彼女が知らない物語が聴けるとなると、ワクワクが止まらなかった。
ラジオから流れる物語は最終回らしく、魔王城を仲間たちと進み、仲間たちの犠牲や時間稼ぎを経て、勇者が魔王と戦うシーンが描かれていた。
特に絶体絶命の中でも最後まで諦めずに立ち向かい続ける勇者の姿に、フォルティナは涙するほど感動していた。
そして物語が終わったタイミングで――
「あんた達! 夕飯できたから集まりな〜」
アマンダおばさんの声が聞こえた。フェイとフォルティナは駆け足でリビングに向かい、卓に着く。夕飯はジャガイモと鶏肉のシチューで、フォルティナはジャガイモが大好物だったため、がっつくように食べた。
「まだまだあるからね。ゆっくり食べな!」
「あふぃふぁふぉ! あわんわおわはん!」
シチューを頬張りすぎて、もはや何を言っているのか分からない言葉が出た。あまりのがっつきぶりに、アマンダおばさんは大いに笑いながら言った。
「あっはっは! 良いねあんた! 気に入ったよ! これからもたくさん作るからね! こんなに作り甲斐があることなんて無いから嬉しいよ!」
まるで新たに娘が増えたような感覚になったアマンダおばさんは、フォルティナに対して完全に心を許したようだった。
フォルティナもフェイとアマンダおばさんに向かって、
「んぐんぐ、ごくん! アタシのことは“ティナ”でいいよ! みんなそう呼ぶから! そっちのほうが2人とも呼びやすいでしょ? モグモグ!」
2人とも「分かった」と快く受け入れ、賑やかな夕食を終えた。
その後、アマンダおばさんに今は使われていない部屋へ案内され、フォルティナは一人でベッドに横になりながらコンパスを眺め、くつろいでいた。
フェイもアマンダおばさんも優しくていい人だったな〜。
街に来た時、1人だったらアタシ絶対に路頭に迷ってたよね……。
そう考えると、森の中でこのコンパスの針の先を目指して歩いた結果、この2人に出会えたのは奇跡ね! 運命みたい!
今日1日あったことを思い出しながら、フェイとアマンダおばさんに出会えた奇跡に感謝しつつ眠りにつく……。
冒険者試験まではあと2日。明日はフェイに街を案内してもらう予定だ。
まだ見たことのない物や人々に出会えるという期待と好奇心に胸を躍らせるフォルティナなのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もし楽しんで頂けたなら評価(⭐︎マーク)、ブックマークをして頂けると励みになります。
また感想も頂けたら嬉しいです!ではまた!