第8話 文明と無知な田舎娘
アルジャイナ連邦共和国の街ラング……ここは共和国中央から少し西に位置する交易街である。
ラングの街は壁に囲まれており、東西南北に門が設けられている。ゾンビ状態のフォルティナは、少年フェイに腕を引かれながら西門から街に入った。フェイはゾンビのようなフォルティナに語りかける。
「よかった〜、なんとか間に合ったよ……街の門は誰でも出入り自由だけど、夜になると閉まっちゃって開けてくれないから、急いで正解だったね!」
フェイはゾンビの腕をぐいぐい引きながら……
「お姉ちゃん! もう街に着いたよ! いい加減この世に戻ってきて!」
“街に着いた”という言葉で、ゾンビことフォルティナは、ハッと生気を取り戻した。辺りを見渡すと、夕方にもかかわらず人々が街を行き交っており、フェイが言っていた通り、皆がR.O.Dを弄りながら歩いていた。
「ほぇ〜……ホントにみんな、あの魔具持ってるんだ……それに見たことない建物もたくさんある……」
周囲をきょろきょろと見渡すフォルティナ。自身の村では見たことのない形状の建物や街灯に目を奪われていた。
「フェイ! ねえ! フェイ? あの光り始めてる細長いの、なに?」
フォルティナは街灯を指差しながら問いかける。
「あれは街灯だよ……お姉ちゃん……本当にどんなところから来たの? 今どき街灯くらい珍しくないでしょ?」
「がいとう! なんで光ってるの? どうやってるの? あれも魔法なの? すっごぉぉぉぉい!」
さすがにフェイもドン引きである……今の時代、街灯を知らない人間がいたのかと驚愕し、街の人々もフォルティナの言動に好奇の目を向け始める。フェイは思った。
見ないで……この人、知らない人です……助けてくれた恩人だけど……こんな原始人だとは思わなかったんです……頼むからこっち見ないでぇ〜
恥ずかしさのあまり顔を赤くして俯いているフェイは、少し強引にフォルティナの手を引き、その場から立ち去ろうとした。というか、さっさとこの場から消えてしまいたいとさえ思っていた。
「フェイ? そんなに急いでどうかしたの? あ! わかった! うんこでしょ! も〜、それなら早く言ってよね! あたしスコップ持ってるから……ほら! あそこの土の上掘ってあげるから! そこでうんこしちゃいなさいよ!」
巨大なリュックから小さなスコップを取り出し、大きな声ですっごく恥ずかしい発言を、輝かしいほどの眩しい笑顔で告げてくる!
もはや悪魔か! とさえ思ったフェイの顔はさらに赤く染まる……
「だははははははははははははは‼︎」
「なんだアイツ? 常識というものを知らないのか?」
「街中でうんこだと? なんて下品な!」
「ママ〜? うんこだって〜?」
「しっ! 見ちゃいけません!」
悪魔の発言と行動に街の人々は笑い出した。
そうですよね? 常識ないですよね? 下品ですよね? 僕だって一緒になって笑いたいよ! でもでも!
フェイは、こんな悪魔でも命の恩人であるフォルティナを見捨てることはできなかった。
恥ずかしさが限界を超えたフェイは、この悪魔の原始人フォルティナに怒りをぶつける。
「うんこじゃないよ‼︎ お姉ちゃんが恥ずかしいことばっかりするから早く帰りたいの‼︎ わかった⁉︎」
本気で怒ったフェイに、フォルティナはたじろぎながら
「う……うん……ご、ごめん……」
「あたし何か悪いことしたのかな?」とよく理解していなかったが、フェイが怒ったので反省の言葉を述べ、その場をフェイが腕を引いて走り去る。
走り去ってからも、人々の笑い声は止むことはなかった。
門付近の人混みから離れた2人は街中を歩いている。相変わらずフォルティナは街並みが気になっているようであったが、フェイは構わず基本的なマナーや街の説明をしていた。
「おねえちゃん、このラングではトイレは家か公衆トイレでするんだ。だから、そこら辺でトイレはしないんだよ。分かった?」
「へ〜、そんなんだ……村ではそんな公衆トイレなんてなかったから、催したら森に入って掘った穴に埋めてたから……ははは〜」
田舎というより、昔の世界からやって来たのでは? とフェイは思ってしまったが、説明を続けた。
「この街は、他の街と違って栄えてる方なんだ。例えばあれ!」
フェイが指差した先には、透明なガラスの入り口があるビルのような建物があり、入り口上部の看板には【ソーサリーズ】と書かれていた。
「あそこは帝国製のR.O.Dを販売している店なんだけど……おねえちゃん?」
その店とR.O.Dについて説明しようと話し始めたが、フォルティナの様子がおかしいことにフェイはすぐ気づいた……これは街灯ではしゃぎ始めた前兆と同じだと気づくまで時間はかからなかった。
「フェイ! ちょっと! あれ! ガラスが勝手に開いて人が出入りしてるんだけど! なに? あれも魔法? それか選ばれし者しか入れないという扉とか⁈ ちょっと見てくる!」
「おねえちゃん、あれは自動扉だよ」とフェイが伝えるより早く、フォルティナは駆け出し、店に入ってしまった。
フェイはまたあんな恥ずかしいことをされたら……と、先程の醜態を思い出し、すぐに追いかけた。
「いらっしゃいませ。帝国製R.O.D専門店〈ソーサリーズ〉へようこそ」
スーツ姿の店員が丁寧にフォルティナに声を掛けるが、フォルティナは自動扉に感動し、入り口を出たり入ったりを数回繰り返しながら店員に挨拶をする。
「こんにちは! ここって何屋さんですか?」
店員は「さっき伝えただろ……!」という顔で引きつった笑顔を浮かべながら、再度伝え直す。
「ここは帝国製R.O.D専門店〈ソーサリーズ〉です。お客様、R.O.Dをお探しでしょうか?」
「ろっど……ロッド……R.O.D! フェイが持ってた魔具ね! ここで買える⁈ 欲しい欲しい!」
フェイが持っていた魔具に興味があったフォルティナは、是非とも手に入れたいと思い、店員に購入の意思を伝えた。
「かしこまりました。お客様、R.O.Dの購入は初めてでございますね? よろしければご説明もいたしましょうか?」
「はい! よろしくお願いしまーす!」
店員は「何も知らないカモがやって来た」と、爽やかな笑顔の裏で思いながら個室の席に案内し、R.O.Dの説明を始めた。
このタイミングでフェイが追いついたが、店員に個室へ誘導されるフォルティナを見て、「遅かった……」と後悔した。
「お客様はR.O.Dについてどこまでご存知でございますか?」
「えっと……魔法が使える魔具ってぐらいしか分かんないです!」
フォルティナは、フェイが【防御魔法】を使っていたことを思い出し、それ以外については何も知らないと正直に伝える。
「分かりました。では、軽くR.O.Dについてご説明いたします。まずR.O.Dとは、現代版の魔法の杖のようなイメージで構いません。また、R.O.Dは【魔気】をチャージすることで使用可能になります」
「ふむふむ、それで?」といった感じに、興味津々のフォルティナは説明を聞き続ける。
「また、R.O.Dにはお客様のご存知の通り魔法をインストールする、いわば“保存”することができ、魔気容量──我々はコストと呼んでおりますが──そのコストによってインストールできる魔法の数や、魔法の強化が可能なのです。コスト容量1のR.O.Dには魔法が1つだけインストール可能で、コストが2あればインストールする魔法をもう1つ増やすか、魔法の強化に使うことができます。また、それ以外にも通話やメールなどの機能も付属しております」
説明が長く、理解が追いつかないフォルティナは頭から湯気が出るような感覚に陥るが、店員はお構いなしに語り続ける。
「最後に、魔法のインストールの仕方ですが、魔法インストールアプリから基本的な魔法をインストールするか、魔技士と呼ばれる職人に魔法を作成してもらい、インストールする方法がございます。稀に個人で魔法を作成される方もおりますが、それはかなり専門的な知識が必要なため、私どもとしては最初に挙げた2点をおすすめします」
やっと話が終わった……半分以上よく分からなかったけど、つまりR.O.Dを買えばアタシでも魔法が使えるってことね!
「それで? いくらなの?」
もはやR.O.Dさえ手に入るのであればなんでも良いと思っていたフォルティナだったが、絶望することになる。
「はい! でしたら、当店おすすめのこの最新モデルのR.O.Dですと、500万ゴールドでございます〜」
「500……万! 500じゃなくて! 万⁈ まっ……まぁ最新だしね……アタシでも買えるR.O.Dがあるはず、なんて言ったって一家に一台あるんだから!」
「他には……?」
額が額なだけに、恐る恐る次のR.O.Dを紹介してもらう。
「では……一世代前ですが、これですと250万ゴールドでございます! いかがですか?」
「250万! さすがに高すぎるよ! アタシでも買えるものはないの? 前の街で食料と地図を買ったから、残りの手持ちが200ゴールドしかないんだけど〜」
意を決め、自分の手持ち金で買えるものがないか聞いてみることにしたフォルティナ。
「あ……あの……200ゴールドで買えるR.O.Dってあったり……?」
その瞬間、その言葉を聞いた店員の態度が一変する。先程までの笑顔はどこへやら……まるでフォルティナのことをゴミを見るかのような顔になった。
「200……? はぁ……金無しかよ……世間知らずのいいとこのお嬢さんかと思えば200ゴールドしかない? とんだくたびれ儲けだぜ! いいカモが来たと思って営業スマイルまでさせておいて金が無い? クソが! いいかクソガキ? テメェみたいな貧乏もんが買えるR.O.Dなんて連邦中……いや、大陸中を探したってねぇよ! とっとと出て行け!」
そう店員に怒鳴られながら個室から蹴り出されたフォルティナは、ぽろりと小さな涙を流しながら突っ伏してた……
「そこまで言うことないじゃん……」
個室から出てきたため、ようやくフォルティナと合流できたフェイ。
「言うの遅くなったけど、この店、大陸中の大きめの街にしかないお店の1つで、お金がない人には容赦がないんだよね……大丈夫? おねえちゃん? もう行こ?」
「言うのが遅い!」と思ったが、話を聞かず飛び出したのはフォルティナ自身だったことを思い出し、「これからは話を最後まで聞こう」と反省した。
「うん……ありがとね……フェイ」
背景ママへ
少ないけど大切に使うようにもらったゴールドですが、外の世界ではほんとーーーに少なかったみたいです。
フォルティナより
そう心の中で母への手紙を書きながら、フェイの家に向かうフォルティナ達なのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
田舎娘全開ですね〜
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