第7話 最初の仕事
俺がエレナの家に来てから1時間。紅茶を口にして落ち着いた頃、異変が起こる。
「指輪、光ってるわね」
「ん?ホントだ……これなんだ?」
机に置かれている指輪の青い宝石が輝き出した。
「これは魔剣に選ばれたものしか見えない光。それが表すのは、この町のどこかに不死者が現れたって事よ」
「マジかよ……!?」
それは魔剣に備わるアラート機能だ。
「丁度いいわ。チュートリアルがてら倒しに行くわよ」
そう言って立ち上がり、2人は外に出る。
「指輪を付けなさい。そして魔剣をイメージをする。そうすると使えるわ」
「分かった」
俺は言われた通りに指輪を右手の中指にはめ、魔剣の姿をイメージをする。そうすると指輪は輝き、その全身を変化させた。
黒衣に裏地が赤の黒マントを羽織り、その腰に鞘に納められた剣がある。
「あれ?なんか昨日に比べて小さいし形が違う?」
「魔剣を解放してないからね。『魔剣解放』と唱えなさい。そうすれば流れで分かるわ」
「なるほど。『魔剣解放』」
剣を抜いてそう呟くと、ジークの脳内にその名が流れ込んできた。
そうか、お前の名前は……。
「『エクスカリバー』」
名を呟いた。すると手の中の魔剣は青い光につつまれ、やがて身の丈程の大剣へと変化した。
「そう、それがその剣の名前。名前を知る事が第1解放よ。まあ形そのものはあんた専用に変化してるけど」
「そうなのか。じゃあ行こうぜ」
「言われなくてもよ。着いてきなさい」
エレナが先行し、その後を追いかける。南西へ暫く走ると、俺でも分かるほど強大で邪悪な気配を感じとった。
「いるな」
「ええ。感知範囲はそこそこ広いのね。関心よ」
アンデッドの気配から詳細な方向を確認できる。
「うわあああああっ!」
「「っ!」」
すると、進行方向から大きな悲鳴が上がる。
「急ぐぞ!」
「周辺を封鎖する結界を張るわ!あんたは先に行きなさい!」
「分かった!」
俺は屋根に飛び乗り、最短距離で現場へと到着した。そこには、タコのようなアンデッドに捕まった男2人を確認する。その触手から逃れようともがいているが、まるで振りほどけないでいる。
そしてその前には金髪の男……ジークを虐めていたカーマ・セナルがいた。
「くそぉ!『炎弾』!」
カーマの放った魔術は、俺に撃った時と比べ物にならない火力、そして数の弾丸だ。しかし、それは全て容易く弾かれてしまった。火の玉はカーマの近くで爆ぜる。
「うわああっ!そ、そんな……!」
尻餅を着くカーマ。恐らく最大火力の連続攻撃。だがカーマの全霊の魔術はゴミのようにあしらわれた。それが絶望となり、その体は震え出す。瞳からは涙が、鼻からも鼻水が漏れ出し、遂には失禁してしまう。
アンデッドはそんな醜態を晒す彼を無視し、先に捕まえた取り巻き2人を眺める。
「ひぃ!」
「いやだぁ!」
顔を引きつらせ、彼らもまた恐怖で穴という穴から液体を漏らす。アンデッドはそれにニタニタと笑いながら顔を近づける。そして、無数の牙がビッシリと並んだ大口を開けて迫った。
「させるかよ!」
だがそこに俺は降り立ち、触手を切り裂いて2人をやや乱暴に手繰り寄せる。そのまま瞬時に後退した。
「大丈夫か!?」
「あ、えと……って!マナ無しジーク!?」
「な、なんでお前が!?」
降ろされた2人は驚愕した様子で俺を見ている。そしてカーマもまた後方で口を開けている。
「な、なんのつもりだ……!」
こいつらは俺に日常的に暴行を加えていた。しかし、そんな事は心底どうでも良かった。普段からバカにされていようと、それでも彼らを見捨てたりなどしない。誰かを見捨てたとなれば、人を守る為の魔剣を手に取った矜恃に傷がつくから。
汚れてはいるが怪我はしていない事を確認し、後方を振り返る。そこには追いついたエレナがいた。
「こいつら頼む」
「そのつもりよ。あんたはあのタコをさっさとやっちゃいなさい」
「ああ、そのつもりだ」
エレナに彼らを託し、アンデッドに向き直り前に出る。
「お、おい!早く逃げるぞ!」
「あ、ああ……!」
「当たり前だろ!」
カーマは取り巻きらを連れて逃げようとする。
「待ちなさい!動かない方がいいわ。また狙われるわよ?」
しかしエレナの忠告で逃げようとした3人の足が止まる。相変わらず恐怖に顔が引きつっている。
「あんた知らねぇのか!あいつはマナ無しのジークだぞ!?」
「無能の中の無能なんだぞ!そんなんで勝てるわけ無い!」
「そうだ!だから……!」
「バカね。一度助けられてるのに、ジークが今までと同じに見えるなら……節穴どころじゃないわね。あんた達」
エレナが冷たい視線を突きつけ吐き捨てる。そう、彼らは分からない。いや、見ようとしていない。見下して来た俺という存在が、もう彼らとは別次元の力を手にしているという事を。
そして俺は魔剣を手に取った者として、彼らをアンデッドから守るべき対象としか見ていない。
立場も、実力も、心も……もう前とは違う。
あの日の無力だった男はもうここに居ない。
「直ぐに終わらせてやる」
そして地面を蹴って駆け出していく。
アンデッドは俺を迎撃しようと全身の触手を奮った。それらはうねり、読みづらい軌道とタイミングで迫る。
だがそれをものともせず躱し、切り落とし、一息でアンデッドの目の前まで迫った。
「グシャアアアアッ!」
アンデッドは牙を並べた大口を開けて襲いかかる。しかし、俺の振り下ろした刃はその口ごと頭を一瞬で切り裂いた。
そのままアンデッドは塵となって消えるのであった。
「終わったぜ」
「ご苦労さま。まずまずってとこね。でも、良くやったわ」
エレナは相変わらずの上から目線だが、俺の仕事をしっかり褒め称える。すると、その背後でカーマ達が恐る恐る顔を出す。
「ほ、ホントにあのジーク……なのか?」
「ああ」
返事を聞いてもまだ信じられないようだ。
まあそりゃ、一昨日まで虐めてたマナ無しの相手が自分以上の怪物を倒したのだから……そりゃ信じられないだろうな。
内心そう思う。
「知り合い?」
「クラスで魔術の成績ナンバー2の人。よく自慢してるから知ってる。他は知らん」
「ふざけんな!クソ野郎!」
「マナ無しが!俺らだってトップ10に入ってるっつーの!」
覚えられていない取り巻き2人が抗議する。しかし俺はカーマの取り巻きとしか知らない。だからその評も仕方がないだろ。
「有り得ない……私の最大の魔術が効かなかった相手だぞ!?それを……何かの間違いだ!」
「はあ……言ったでしょ。もうジークはあんた達の足元に居ないって。それに、魔術の成績が良いか知らないけど、助けられた相手に礼も言えないの?人として終わってるわね」
尚をも現実を見ないカーマ達。それをエレナは呆れた顔で見下す。それでようやく現状を理解出来たのか、彼らの態度が豹変した。
「あっ……!えと!今までごめん、なさい!……あ、あとあと!助けて頂き、ありがとうございました!」
カーマに続いて他の2人も謝罪と感謝の言葉を口にする。
「……どういたしまして」
「ったく、調子いいんだから」
思う所が無いわけでもないが、それを素直に受け取る俺とエレナであった。
エレナは浄化の魔術で彼らを綺麗にする。流石に失禁した人の傍でいるのはちょっとはばかられるしな。
「それじゃ、送り届ける前にちょっとこれ見なさい」
「え?」
エレナはカーマらの目の前で人差し指を立てる。次の瞬間、指先が一瞬ピカッと光る。
「うおっ!なんだ!?」
それには傍にいた俺も驚く。すると3人は気を失いエレナに支えられた。
「ちょっ!何したんだお前!」
「気絶させたのよ。特に後遺症は無いから安心しなさい」
そう言って彼らを抱え、近くのベンチに座らせた。そして彼らの額に指を当てて魔力を流す。
「こうして記憶を消すのよ」
「なんでそんな事?」
「あたしらの為よ」
「俺とエレナの?」
首を傾げるジークにエレナは説明する。
「この第1地区……まあアイン町ね。この町の対不死者担当はあたし。だけど一時的のつもりとはいえ、一般人のあんたに魔剣を託したなんて他の魔術師に知られる訳にはいかないわ」
「知られたらどうなる……?」
「さあ?魔術師の力や仕事を奪ってるあんたは拷問にかけられた後、最悪裁判で死刑にされるかもね」
「死刑!?」
エレナの口から出てきた予想外の言葉に驚愕する。今までそんな素振りも見せていなかったので尚更だろう。
「それ、やばすぎだろ……」
「やばいわ。あたしも一般人に魔剣を託したなんて知られたらまず魔剣を剥奪される。そして最悪死刑ね。それぐらい、魔術師は魔術やその結晶である魔剣、そして特権を尊ぶ。ハッキリ言って異常なんだけどね」
エレナは深く溜息を付いて愚痴を零す。彼女は魔術師の特権意識にどこか疑問を抱いているように感じるジーク。
「まあそういう訳で、あたしら共犯だから。幾らバカ正直でも自分から周りに言ったりしないでよね」
「おう。でも記憶操作したりするけど、遠くから見られるのもまずいんじゃねぇか?」
至極当然の疑問だ。幾ら迅速に対応しようとも、戦闘をしていたら通りすがり人や遠目から見られる事もあるだろう。
それを1人ずつ探して記憶操作するのはあまりに非効率だ。しかしそれはエレナも想定している。
「あたしが被害隔離用の人払いの結界を張るわ。けど万が一を考えてこれも使うわ」
そう言ってエレナが取り出したのは、白い護符だ。何やら難しい文字や記号のようなものが描かれている。
「『護符』。込める術式を予め自由に決められる便利な魔道具よ。今回は認識阻害の魔術。所持者の周囲を見ても長く記憶しておけなくなるわ。長時間関わらなければこれだけでOK」
「なるほど。なら安心だな」
「あんたにも渡しとくわ」
しっかりと対策を施しているエレナに関心する。伊達に魔術師をしていた訳では無いという事だ。
「どう?少しは信用してくれたかしら?」
「え?初めて会った時から信用してたけど?」
「は、はあ!?」
即答するとエレナは驚きの声を上げた。まさか、そこまで俺が信用しているとは欠片も思ってなかったのか?
「あんたねぇ……誰でもそんな直ぐ信用する訳?」
「いや、ちゃんと人は選んでるぜ?最初落ちて来た時は驚いたけど、追いついて話してからは直ぐ謝ってくれたし。なにより命助けられてるしな。ツンツンしてるけど根は良い奴だって分かってる」
「ど、どこがツンツンしてるって言うのよぉ!」
顔を赤くして怒鳴るエレナ。その顔には可愛らしさがあり怒鳴られても全く怖くない。
「ま、まあいいわ!バカ正直のあんたが苦労する分には構わないし。あたしは嘘をつくのも見抜くのも得意だから全く問題ないわ!」
強がるように腕を組んでそう述べるエレナ。その様子を俺は呆れつつ微笑ましく思う。
「そうかい。じゃあ嘘吐き魔術師さん。今後ともよろしくな」
「ええ、よろしく。バカ正直者の魔術師代理さん?」
握手を交わし、改めて共犯関係となるのであった。
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