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第4話 魔術師となる

 不死者(アンデッド)と呼ばれる巨大な怪物を魔剣の一振で倒してしまったエレナ。俺はその様子を口を開けて眺めていた。


 すげぇ……これが最上位の魔術の結晶、最強の剣……『魔剣』の力。それを振るう……エレナの力。


 俺は彼女に目を奪われている。

 エレナの手にする魔剣は、魔力の無い俺にも分かる程膨大な魔力をその刃に宿していた。そしてそれは、俺が今まで見てきたどんな魔術よりも強力だと感じる。


 エレナが華麗に地面へと降り立った頃、巨大なアンデッドは倒れ伏すのだった。そして悠々と振り返るエレナ。


「どう?見たかしら。私の実力」

「あ、ああ。すげぇな……」


 得意げに問いかけるエレナは俺の返事を聞いて更に口角を上げる。


「でしょうね。これがライア家の令嬢であり、魔剣に選ばれたエリートの私の力って事よ。あんたとは大違いなのよ」


 豊満な胸を逸らし、俺と比較するように呟く。


「いやなんで比べんだよ。嫌味な奴だなぁ」

「はあ!?どこがよ!事実じゃない!」

「そういう所?」

「くっ……!あんたはバカ正直ね!ったく……助けて貰った態度とは思えないわ!」

「悪いな。思った事はすぐ言っちまうんだ。……でも、助けてくれてありがとな」

「な、何よ急に……!」


 言い合いの最中に感謝を伝えるとエレナは驚いている。俺は相変わらず思った事を100%そのまま言っている。

 

「どういたし……ふ、フン!ありがたく受け取ってあげるわ!」

「ええっ!?素直に受け取りかけたじゃねぇか!それでいいだろ!」

「うるっさいわね!黙りなさい!はぁ……もう調子狂う。あたしまでバカ正直になっちゃうわ……そんな事じゃライア家に相応しい魔術師になんて……」


 呆れたように溜息を着き、顔を伏せるエレナ。高飛車な態度から一転し、その横顔が俺には妙に弱々しく見えた。


「えと、どした?」

「なんでもないわ。ほら、あんたも今日はもう帰りなさい」

「……そうだな。そうさせて……っ!」


 その時、俺は目を見開いた。


「なによ?……っ!」


 エレナも疑問に思いながら振り返ると、同じように目を見開く。そこには倒した筈のアンデッドが居たから。


「なんで……!?確かに倒した筈……っ!」


 真っ二つにした筈のアンデッドは、その傷口から触手のようなものを蠢かせる。そしてそれは左右で癒着していき……完全に元通りになってしまった。


「有り得ない……!魔剣で切ったのよ!?こんな事今まで一度も……!」


 目の前の光景が信じられず狼狽えるエレナ。立ち尽くした彼女の元に、アンデッドの太く鋭い爪が勢いよく振るわれる。


「がっ!」

「エレナ!」

  

 エレナは鮮血を撒き散らしながら後方まで吹き飛ばされ、壁にぶつかって倒れてしまった。倒れたエレナから地面に更に血が垂れ、赤い水溜まりを作っていく。


 不快な鉄の匂いが辺りに充満し、風に乗って俺の鼻腔を嫌でもくすぐる。


 そこに1歩1歩アンデッドは迫る。


「クソっ!」


 俺は駆け出し、化け物に立ち向かう。走る勢いを乗せた拳をその大きな足にぶつけた。だが、アンデッドは傷1つつかない。


「なっ!?……ぐあっ!」


 そのまま蹴り飛ばされてしまい、地面に落ちて転がるようにエレナの傍まで運ばれる。体を起こそうとするも、鋭い痛みと鈍い痛みの2つが全身を駆け抜けて呻く。


「ゲホッ!ゴホッ!クソ……!効いてねぇ……」

「バカね……魔物は魔術……最低でも魔力で無いと傷つかない……あんたじゃ、だめなのよ」


 魔力がない。ダメなやつ。

 俺は今までも言われてきた言葉をリフレインする。それに何度も打ちのめされて来た。


 また、なのかよ……!


 今回も自分はそうなのかと歯を食いしばる。


「『チェイン』!」


 そんな中、エレナは辛うじて動く右手を動かし、魔剣の先から魔力の弾を放つ。それはアンデッドの前で魔力の鎖へと変化し、その場に繋ぎ止める。


 だが、少し身動きすると鎖の1本が砕ける。長くは持たないだろう。 


「クソ……今のあたしじゃ出力不足……!あんただけでも、逃げなさい……」


 俺にエレナは逃走を促す。荒い呼吸、滝のような汗、時折咳き込み血の塊を吐き出す姿で。美しかった金髪も赤く染まっている。


 それを見て逃げられるかよ!


「できるかそんな事……!」

「何、言ってるのよ……バカ?」

「そうだよ。バカ正直っつったのはお前だろ……エレナ」

  

 俺は立ち上がり、エレナを庇ってアンデッドの前に立ちはだかる。それを彼女は信じられないと言った顔で眺める。


 アンデッドを繋ぎ止める鎖が砕ける。残り3本。


「でもあんたには魔力が……!」

「関係ねぇよ。ここであんたを置いて逃げたら……俺は魔力どころかプライドすら無ぇやつになっちまう」

「は、はあ……!?」

「冒険者だろうが、魔術師だろうがなんでもいい……魔力が無くても無能でも、何かを成したい。何かを成す人間になりたい。そんなちっぽけな男の矜恃(プライド)だよ。だから逃げない」


 毅然とした姿でそう言ってのけ、アンデッドを睨む。さっきの蹴りで骨が何本も折れている。その痛みがどうしようもなく俺の体を駆け巡っている。


 それでも、俺は逃げない。


 また1つ鎖がちぎれる。残り2本。


「呆れた……なら、死になさい」

「はぁ!?」


 唐突な命令に驚愕する。だが振り返った時、エレナの真剣な眼差しを見た。


「言葉の綾よ。正確にはあんたの心臓に……私の血と、魔剣をぶち込む。そうすれば……あんたはあたしのような最強の剣を扱える」

「俺が……最強の剣を?」

「ただし、成功確率は0.1%よ。それも、魔力のないあんたなら0.01%でもあったらいい方ね」


 血と意志によって魔剣は他者に託す事が出来るという。成功確率は極めて低い。ましてや、魔力の無い俺なら尚更分が悪すぎる賭けだ。


「それでも、あんたが逃げないって言うなら……魔剣を受け入れて……魔術師になりなさい」


 鎖が砕ける。最後の1本が残る。


 もう時間が無い。


「いいぜ、やる」


 俺の心はもう決まっていた。即決だったからか、やや驚きつつも柔らかく微笑むエレナ。

 

「そう。なら……来なさい」 


 エレナは魔剣を己の血溜まりに浸す。そして屈んだ俺にそれを手渡して来た。


 最後の鎖がちぎれ、アンデッドが開放された。


 魔剣の刃を握る。その痛みにも表情1つ変えない。


 アンデッドが迫る中、俺たち2人は目と目を合わす。 


「あの世で再会しない事を祈るわ」

「ああ、俺もだ」


 最後にそう言葉を交わし、俺は刃を胸に突き立てた。


 青白い魔力の輝きが俺を覆い尽くす。そして……強大な力を感じた。


 その光の中から飛び出した俺は、アンデッドの腕を切り飛ばした。


「グギャアアアアっ!」


 アンデッドは悲鳴を上げて後退る。


 気がつくと俺の姿は大きく変化していた。黒衣を身に纏い、裏は赤い黒マントをはためかせ……手には青い宝石が埋め込まれた鈍色の大剣を握っていた。


「嘘……?」


 その姿にエレナは目を見開いていた。


「成功した、だけじゃない……!魔剣が変化してる!?」


 エレナが驚くのも無理は無かった。

 後で聞いた話だが、魔剣には幾つかの解放段階というものがあるらしい。魔剣に選ばれた者は、魔剣を扱う度に己の中の力を引き出せる。


 そして一定のレベルに達した魔剣はその形状を大きく変化させる事ができるのだ。


 それが魔剣解放(ソードシフト)第1解放だ。本来なら数年に渡る死に物狂いの鍛錬が必要なそれを、この時の俺は魔剣を手にした時点で解放してしまったのだ。


 そんな事は露知らず、俺はアンデッドに向かい合う。


「うるせぇな。近所迷惑だ。だから……倒すぜ」


 俺は片腕となったアンデッドへ駆け出す。その動きは今まで一番軽快で、速く感じた。これも後から知った事だが、魔剣から溢れる魔力が俺にも流れ込み、その身体能力を高めているのだ。


 そんな俺に残った腕を振るうアンデッド。


「速い……!?」


 驚愕するエレナ。但しそれは……俺の動きの事だ。


 普段から鍛錬し、少量の魔力を纏った状態と同等の身体能力を持つ俺。それに魔剣の高純度の魔力の恩恵が合わされば……目の前のアンデットの攻撃を躱す事は容易かった。


 そして天高く跳躍する。


「はああああっ!」 


 俺は月明かりを背に、重力を乗せた刃を振り下ろす。それはアンデッドを見事真っ二つに切り裂いた。


 するとアンデッドはその形を綻ばせ、どす黒い緑の魔素を撒き散らし、塵になるように消えていくのだった。


「あ、あんた……一体何者なの?」


 この日、俺はエレナと出会い、魔剣を託され魔術師となった。そして不死者(アンデッド)を討伐したのだ。


 この日、俺たち2人の運命は交わるのであった。

 

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