第29話 死
さっきのはエクスカリバーの能力だ。俺は攻めに転じた隙や、まだ見せていない技でシュウの虚を突いたのだ。
光の奔流の中からシュウが現れた。整った顔や、白く神聖な雰囲気を纏っていた袴は光に焼かれてズタズタである。
「はぁっ!はぁっ!やってくれたな……」
肩で息をしながら俺を恨めしげに睨むシュウ。その闘志はまだ消えていない。
「エクスカリバー……周囲の光を歪め、収束する力か」
「だったらどうした……?」
「いや、自らが持つ光では足らん故、周囲から光を奪うとは……薄汚い魔術師にはお似合いだな」
「負け惜しみはそれだけか?」
「いいや、魔術の看破だ」
シュウはただお喋りしていた訳では無かった。
「魔術の理論を読み解き看破した場合、相手の脳はもう効かないかもしれないと想像してしまう。すると、想像力が重要な魔術はその日の内は3割程力が削れる」
「なに……?」
「そして逆に自分から力を開示する事でその力を3割程上昇させる事ができる」
そう言って刃を構えるシュウ。
「聖剣『光明刃』は光を生み出し増幅する刃。そしてその輝きが高まっている程切れ味が鋭くなる」
言い終わるや否や、シュウは地面を蹴って俺に迫った。そして再び剣戟を繰り広げる。だが互角だったのはさっきまで。今優勢なのはシュウである。
押される……!
俺は苦心する。
魔術の看破と自己開示。例え魔剣の力が互角でも、合計6割もの出力の差がある。その差は大きかった。
「はあっ!」
「くっ!」
俺はシュウの攻撃の勢いを利用して後ろに下がる。
「『常闇の光』!」
再び辺りを闇が包み込み、エクスカリバーが一際輝く。そして全力で刃を振るい、光の奔流を放った。
「無駄だ。『光明閃刃』」
だが、シュウの放った一閃によって、大剣ごと切り裂かれる。
折られた刃が宙を舞う。俺はそれが信じられなかった。
「終わりだ」
そして……鋭い刺突によって俺の胸は貫かれたのだった。熱い、痛みが、胸に灯る。
「ジーク!」
シュウの背後から聞こえたのは、エレナの悲痛な叫び。エレナは炎の魔術を腕に纏い、シュウへ振るったのが見えた。
しかし、シュウはステップを踏んで軽やかに回避した。躱された事に顔をしかめ、肩越しにシュウを睨むエレナ。
「その光と格好……まさか天師!?」
「ほう?少しは見る目がある魔術師らしい……だが遅かったな」
シュウの言うように、エレナは遅れた。
「ぐ、がはっ……!」
「ジーク!しっかりしなさい!」
俺はむせて口から血を吐き出す。嫌な味が口いっぱいに広がり、更に気分が悪くなる。そしてその間も、ずっと、どうしようもない熱が体を駆け抜けている。
もう立っている事もできず、俺は仰向けに倒れた。
エレナが必死の形相で駆け寄り、俺の胸の傷口を必死に抑える。すると掌に光が灯る。痛みが少し引いていく感覚がした。
それは治癒の魔術だと分かった。しかし、多少マシになっただけで、血はどんどん流れ落ちているのが分かる。
「え、レナ……」
「喋らないで!まだよ!絶対治してみせる!」
六大属性使いであり、魔術のエキスパートであるエレナでも、治癒だけは苦手と言っていたな……。
だから多分、心臓を治すなんてとてもできない。
これ以上は魔力の無駄だ。そう思ってエレナを止めようとするが、上手く口が回らない。
けどエレナは諦めない。
「こんな、こんな所で……!あんたを死なせる訳には……!」
「無駄だ。生半可な治癒術で聖剣で与えた傷は治せない。それより立て。天師の正しさを証明するにはその男だけでは足りん」
シュウは既に終わった事だと告げる。しかし、エレナはその言葉を無視して何度も俺に治癒術をかける。
だがその努力も虚しく……。
「嘘……!そんな……」
熱が引いていく。人から肉塊へ変わっていく。
即ち……『死』。
最期にそれを知ったのだった。
私の手の中から、熱が引いていく。命が消えていく。
目の前の大切な人の姿が変化する。
黒衣は消え、折れた大剣はただの剣に変わる。
青い宝石が煌めいていた部分は真っ黒に染まっている。それは魔剣の契約が切れた事を示している。
そして、その契約が切れる時は……所有者が事切れた時のみ。
私は嫌でもジークの『死』を実感させられた。
「そんな……いや、嫌よ。起きてよ、ジーク……」
体を揺さぶっても、何度声をかけても……同じだった。
「うあ、あああああぁぁぁっ!」
やがてその結末を理解し、私はただ、頬から雫を溢れさせて叫ぶのだった。
あったけぇ……心地いい……さっき迄あんなに痛かったのに……俺は、死んだのか?
俺は瞼を開ける。すると、そこには真っ白な空間に倒れていた。
「ここが、死後の世界……?」
立ち上がり、辺りを見回すが何も無い。ただ俺だけが居るのみ。
「いつか死ぬとは思ってたけど……まさか、今日だったとはな」
俺は魔力が無かった。それでも冒険者へ憧れた。例え無力でも、冒険の中で死ねるなら……満足とは言えないが納得はできるだろうと考えていた。
だが、最後に見た光景はエレナが涙を流していた姿。
納得とも、満足とも程遠い結末だった。
俺は……エレナに泣いて欲しかった訳じゃねぇ……!
いつも通り偉そうに、得意げに笑う姿を見て、呆れて俺も笑う。そんな日常が心地良かった。魔剣を返してその関係が終わるとしても……!
だから……。
「こんなの、納得できるかよ!」
なにかないのか!?なにか……生き返る方法が……!
宛もなく走り出す。辺りを見回すが、やはり何も無い。暫く走って、やがて体力が尽きて、荒く息をしながら膝に手を着く。
「はあっ!はあっ!……ん?」
顔を上げた時、目の前に淡く光る光球があった。
なんでか知らねぇけど……これは俺のものだって感じる……。
俺は不思議な感覚に陥りながらそれに手を伸ばす。
すると、頭の中に情報が飛び込んでくる。それは幾つかの映像だ。
場所は暗い大空洞の中。
穏やかに眠る黒い竜がいた。俺を襲った竜と似ていたが、俺が感じたような敵意や畏怖は感じなかった。
竜は自由に空を飛んだり、日向ぼっこをしたり……その強大な力を振るうのも動物や魔物を喰らう時ぐらいで、非常に温厚な竜であった。
だがある日、竜の巣に軍隊が押し寄せる。軍はその槍で、剣で、魔術で襲いかかる。竜は怒り、それを蹂躙していく。そして場面は代わり、光り輝く剣を持つ人間と、ローブの魔術師と戦う場面になる。
激闘の果てに、竜は水晶の中に封じられたのだった。
それから何百年と時が経ち、大樹のようになった水晶の前に少年が現れる。そして、彼が水晶に触れると地鳴りが起こり、水晶から竜が解き放たれた。
竜は少年に感謝し、その姿を少女のものに変化させるのであった。
それからは少年と共に世界を旅し、時に竜はその力を振るって魔物や盗賊を倒し、人々から感謝されるようになった。
そして、とある国に戻った時、少年は城へと入っていく。竜の少女は初めて入る城に困惑している。
そう、少年はその国の王子であったのだ。
少年……もとい王子は竜を妃として迎えると言う。そして竜は、助けられた時から好いていた事を告げて契りを交わすのであった。
ああ、そうか……これは俺の先祖の記憶なんだ。
不思議とそれに納得する。
意識は真っ白な空間に戻ってきた。だがそこに巨大な黒き竜がいた。
そしてその名を告げる。
「我が名はファフニール。子孫よ。こうして話せて嬉しいぞ」
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