第24話 エレナ・ライアの過去
過去を話した俺。日はもう真上に迫る程になっていた。
「長々とすまんな。行こうぜ」
そう言って俺は踵を返す。
「待って!」
だがエレナはそれを制止した。俺は振り返り、不思議そうに首を傾げる。
「あたしだけ、一方的に聞いて不公平よ。だから……あたしの話も聞きなさいよ」
「……分かった」
エレナの真剣な表情から並々ならぬ想い察する。彼女の前に戻り、話を聞くのだった。
「あたしは……ライア家の血を引いてないわ」
「えっ!?」
俺は驚愕する。事ある毎にエレナは魔術師の名家ライア家の令嬢であるとアピールしていた。
そして、全ての属性の魔術が使える六重属性使いであると共に、魔剣に選ばれた稀有な存在。
血筋を裏付けるだけの実力もあった。
それがまさか、血を引いていないとは夢にも思わなかったのだ。
「あたしもあんたと同じで孤児だったのよ。竜害では無いけどね。だから、今まで精一杯、ライア家に相応しい人間であるように……血筋も力も優秀な人間って嘘を纏って生きてきた」
エレナは少しずつ語っていく。己が過去を。
「あたしはごく普通の平民の生まれだったわ」
魔術師のような特権や、貴族のような昔からの権力がある訳では無い。ごくごく普通の家庭にエレナは生まれた。
「けど、3歳の時点で両親より生み出せる魔力が多かったり、簡単な魔術ならすぐ使えたから……天才だってあたしは言われて来たわ」
本来、自分の体に備わった魔力を生み出す力を自覚するのは5歳の頃。そして魔術を教わるのは、魔術師の家系でも6歳からが一般的だ。
初めは魔力に体を慣らさねば怪我をしてしまうからだ。1年以上は魔力を使った訓練が必要である。
しかし、エレナは違った。
「父の友人は魔術師の家系でね。医療専門に魔術師にあたしを診てもらうよう計らって貰ったの」
するとその魔術師はエレナ才能に大層驚いたそうだ。なんせ、属性への適正を見ると6つ全てに反応があったのだから。
六重属性使いは歴史上でも非常に稀な存在。しかも幼い頃から魔術を扱える。
「まさに神童……なんて言われたりしたわ」
「その頃から凄かったんだな。エレナは」
「ええ、だから両親にも魔術師になるのを進められたわ。初めは興味なかったけどね」
魔術師というのがよく分かってなかった幼いエレナ。だが両親に向けられる期待の眼差しや、魔術を使った時にいつもより沢山褒められるのでその道を進むのを選んだ。
「それで、魔術学院の小等部に入る事になって、入学の為に面接したの。緊張したけど父も母も着いてたし、先生も優しそうだから安心してた。けど……」
「けど?」
「そこで……魔術テロに巻き込まれたの」
「っ!?」
エレナから出た言葉に驚愕し、俺は目を見開く。無理もない。魔術テロはほぼ確実に死刑が下される重犯罪だ。
「何が……あったんだ?」
「当時は魔術師の特権で法律が変わる事が多くてね。割りを食う人間が何人も居たわ」
魔術師は魔術という力だけでなく政治的にも力が強い。法律を自分たちの方に傾けるのも容易であった。だがそれに不満を抱いた者は多かった。
彼らの多くは平民。魔術でも敵わないし、政治家も魔術師には逆らえず……不満の声は容易く握り潰された。
「そうして不満が怒りとなって募り……起こったの各都市での多発的魔術テロ。その標的はもちろん、魔術師よ」
魔術師を狙った魔術テロ。普通に考えれば容易く鎮圧されるだろう。そう魔術師も考えていたが、意外にもそうはならなかった。
何故ならば……魔術師の横暴を見て義憤に駆られた魔術師が、強力な魔道具を平民に横流ししたのだ。
それらを用いて何人かの魔術師を見せしめに殺し、魔術師達を糾弾した。
求めたのは法の改正。魔術師の特権を捨てさせる事。そして今まで特権を享受した分、平民の為に無償で働けというものだ。
最初の魔術テロからそれに同調する人が増えていき、あわよくば内戦が勃発する危険な状態までなった。
そして、魔術学院小等部もその標的となり、エレナ自身も拘束された。
「子供は大人達と隔離され、大人しくしているように脅されたわ。人質として使う為に」
「そんな……!まだ関係ない子供を使うなんて……!」
「そして、それを手引きしたのは……あたしが面接した父の友人であり教師の男だったのよ」
「っ!」
諦観した様子で語るエレナ。またも俺に衝撃が走る。
「彼は魔術師の特権が失われるなら、あたし達子供がどうなろうと構わなかった。両親と引き剥がされるあたしに正義面して語ってたわ」
父が信頼し、面接の中でエレナ自身も信頼した人物。その裏切りを受けたのだ。エレナはショックのあまり茫然自失となった。
だが悲劇は終わらない。
魔術師は魔剣を投入し、各地を武力で制圧し始めたのだ。見張り達が慌ただしく話していた事でそれを知ったエレナ。
その時はもうすぐ解放される、父と母に会えると希望を抱いた。しかし、それは容易く打ち砕かれる事になった。
「魔剣使いに追い詰められた奴らは……魔道具を暴走させて自爆したのよ」
「じ、自爆……!?」
魔道具は魔力を生み出し自己補完するものがある。その力を暴走させ、生み出した魔力を使ったのだ。
その被害は大きく、魔剣使いは無事だったものの、周囲はそうはならなかった。
「そして……現場に1番近かった大人達が閉じ込められた部屋は……死体しか無かった」
見張りが居なくなった事でエレナは走った。連れてかれた部屋の道順は覚えていたので、その逆を辿って行った。しかし、待っていたのは地獄だった。
瓦礫と肉塊と鮮血……そんなものしか無い部屋。そしてその中の肉塊の1つに、父と母が身につけていたお揃いのネックレスがあるのが分かった。
それを付ける人はもう居ない事も……。
「あたしは只管泣き叫んだ。そして気づいた時には病院に居たわ。外傷は無かったけど……心はそうじゃなかった」
その2つの碧眼から雫が零れ落ちる。
「エレナ、その……無理しなくていいから……」
俺は彼女を気遣って優しく声をかける。だが彼女は涙を拭いながら続ける。
事件以降、エレナは塞ぎ込んだ。魔術テロに合い、両親の遺体を見たのだから無理もない。
その悲劇が魔術師の意識を多少変えた。法律は魔術師ばかりが優遇されるものから元に戻された。魔術師の特権はまだまだあるが、マイナスがゼロに戻された事には意味があっただろう。
しかし、その犠牲となる事を強いられた物には溜まったものではない。
事件以降、エレナは心に深い傷を負ったまま日々を過ごした。魔術の才を見初められ、ライア家に養子として迎えられてもその傷は癒えなかった。
そして不思議な事が起こった。
「あたしは心が読めるようになったの」
「心を……?」
「心の声が聞こえるとかじゃないわ。相手から向けられる感情が、体に痺れとなって現れるの」
医者に言われたのは『受信体質』。人が発する微弱な稲妻を体が受信するということ。魔術テロのショックがきっかけであろう事が伝えられた。
「だから、あたしの事を人がどう思ってるのか……痺れの場所や間隔、強弱なんかで分かるようになったの」
「それが受信体質……」
「信頼した父の友人である教師に裏切られたんだもの。人の思ってる事が何となく分かるのは便利だと思った。けど、そうじゃなかった」
それはいい事ばかりでは無かった。
「魔術テロに合った事への憐れみ、魔術の才がある事への嫉妬や怒り、成熟していく体への欲望。そう言う負の感情が、不快な痺れとなって現れるの」
四六時中そんな感情に晒されていてはどれだけ精神が磨り減るのだろうか。それは俺にとって想像を絶する事であった。
「だから、魔術学院に入っても自分を守る為に誰も寄せ付けなかった。自分の力で何とかしてきた」
より一層人が信じられなくなり、人々を突き放し1人になる事を選んだ。
「ローザさんみたいな優しい人は居たわよ?でも……その殆どは一緒に居て不快なだけだった」
エレナの秀でた魔術の才能は、魔術学院では否が応でも注目される。自分の為に活躍すればする程人々の目は、心は、何度も彼女を苦しめた。
「でも……あんたは違ったの」
「違った?」
「ええ、あんただけが……私を普通にさせてくれた」
過去を語り出してからずっと、悲痛な面持ちをしていた彼女が、笑った。
「あんたと一緒に居ると感情が痺れで伝わって来なかった。あんたも、周りも。なんでかなんて……分からない。分からなかったけど……それが、どうしようもなく嬉しかったの」
涙が滴る双眸を細め、柔らかく微笑む。彼女は俺に会って初めて、普通に戻る事が出来たのだ。
「だから、ありがとう。ジーク」
どこまでも深い、心の底からの感謝を述べるエレナ。俺はまだ色々と飲み込めていなかった。しかし……。
「よく分からねぇけど……エレナを救えたなら良かった」
彼女が笑っている。それだけが確かで……それが分かるだけでいいと、心の底から思えたのだった。
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