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第23話 ジーク・ヴァールハイトの過去

 祈りを済ませ立ち上がる俺たち。清涼な風が花弁を散らしながら2人の横顔を撫でる。


「……辛い目にあったのね」

「……そうだな。そういや、昔の事とか話した事なかったな」

「そうね。あたしも魔剣の事で頭いっぱいだったからね」


 2ヶ月と少しの付き合い。思えばこうしてゆっくり話す事さえ無かった気がする。


「俺、赤ん坊の頃に孤児院に捨てられてたらしい。まあ魔力の無い子供なんて産んだとなったら……どう思われるのか分かってるからな」


 エレナは何も言わない。魔力と共に合った自分では本当の意味でそれがどれ程辛いものか分からない。そう思ったから喉から言葉が出てこなかったのだ。


「でも孤児院の人は俺を受け入れてくれたんだ」


 昔を思い返す。


 ゾロア教の運営する孤児院であった為、魔術は神である始祖アスターが与えた祝福と教わった。だからそれを扱えぬ俺を見て、俺は祝福を受けられなかったのかと同じ孤児達は疑問に思った。


 しかし、当時の院長は俺にも祝福があるという。

 

「何も祝福は魔術だけではありません。この世に生を受けたこともまた祝福。食べる時にも命に感謝するでしょう?それは万物はこの世に生まれるという祝福を受けた命だからよ」


 諭すように言い聞かせる院長。だがそれでもみんなはまだ納得出来ないようだ。

 

「院長せんせー。でもどうしてジークと僕らは違うの?同じ祝福を受けたのに」

「同じ命でも、パンになる小麦とお肉になる豚では姿も形も違うでしょう?そして人間もまた、見た目も性格もそれぞれ違う。だから魔力の無いジークも少し違うだけで同じ命の祝福を受けた仲間なのよ」


 命の祝福を受けた者には違いがあるのが普通。だから俺が魔力を使えなくとも、祝福を受けた同胞であると言いたいのだ。


「その言葉に救われたんだ」

「そう、いい人だったのね」


 差別がまかり通る今の世界では考えられないくらい出来た人だと思う2人。


 そうして俺は魔力が無くとも幸せに過ごしていた。忌むべき奴が現れるその日までは。


「でも……ドラゴンが現れたのね」

「ああ」


 その日は久しぶりに修道院に行ったユウナが帰ってくる日だった。昼頃帰ってくると聞いていた俺や孤児院の者達。出迎えの為、特別にランチを豪勢にする事が許された。


 だがらその準備をしていたのだ。だが突如地面が大きく揺れた。町外れにドラゴンが降り立ったのだ。


 それは警備の魔術師を容易く突破し、ノイン町に押し入った。そして破壊の限りを尽くしたのだ。


 教会もその被害を受けた。

 竜は息吹1つで教会を囲う石壁を吹き飛ばす。そして吐き出した炎は教会そのものを破壊し、近くの孤児院にも火の手が回った。


 院長が最初の息吹で壊れた壁に押し潰された。だから、混乱する子供達を1番年上の俺が誘導して外に出た。


 俺は遠目に見たドラゴンの姿に恐怖した。その巨躯は教会を優に超える図体。琥珀の瞳は獲物を探してギョロギョロと蠢き、口の中には鋭い牙が並んでいる。


 そして全身を包む黒い鋼のような鱗や爪は、吐き出した魔術の炎を反射して妖しく輝いている。


 全身余すこと無く、破壊の為の武器。そしてそれを躊躇無く振るえる意思を内包している。


 それが俺たちを標的にするのに時間はかからなかった。 


「逃げろ!あいつと反対に走れ!」


 自分より小さい子供達にそう叫んだ。それを受けて皆が走り出した。だが無慈悲にも、邪竜はそこに炎を放った。


 俺が助かったのは、偏に坂から足を滑らせたから。斜面を転がって行った事で炎の軌道から外れたのだ。


「けど、俺が起き上がった時にはみんなは……」


 同じ孤児院の仲間は灰すら、影すら残さず消えてしまった。少し前まで共にユウナの帰りを待っていたのに。一瞬にして俺は独りとなったのだ。


 俺は圧倒的な力を持つ存在の蹂躙を受け、ただ悲痛な叫びを口にするしか出来なかった。


 そして、ゆっくりと歩み寄るドラゴン。それは俺を見下し、ニヤニヤと笑っていた……ように見えた。


 まるで、子供達を逃がした俺の選択を嘲笑うかのように。必死に足掻いても逃げられないのに、なお抗おうとした事を嘲笑っているように。


 やがて見下すのにも飽きたのか、その爪をもたげる。それはなんの抵抗も受けず、俺を一息に切り裂くのだろう。


 俺は己の死を覚悟した。だがそこに……1人の男が現れたのだ。


「その人は一目で分かるくらいの……とんでもねぇ魔力を纏った人だった。そして、手には黄金に輝く剣を握っていた」

「それって……魔剣……!?」

「ああ。今にして思えば、そうだったのかもしれねぇ」


 その男は竜の吐き出す炎を光の奔流で相殺した。そして長大な光の刃を剣から生み出し……その首を断ち切った。


 黒い鮮血が勢いよく吹き出し、辺りを黒く染める。そして俺もそれを頭から被った。だがそんな事は気にならなかった……ただ呆然と自分を救った男に目を奪われていたのだから。


「それから俺は駆けつけた魔術師に保護された。そして傷跡の残るノイン町から離れ、今住んでるアイン町の孤児院でお世話になってた。ちょうど近くにユウナさんの居る修道院もあったから……安心したよ」

「そうだったのね……」


 沈痛な面持ちでエレナは話を聞いていた。だがその話の中でも気になる事があった。


 魔素は不死世にある物質。それが集まって不死者(アンデッド)となる。だが竜はそれと規模が全く異なる。


 全身を高純度の魔素から物質化した怪物中の怪物。下手なアンデッドより強力な存在だ。だから……その血を受けた俺が気になっているのだ。魔術師としての興味と同時に、それが悪影響を与えてないか心配している。


「まあでも、今はこうして生きてる。俺はそれでいいと思ってるよ」

「そう、強いのね」


 そう言うエレナに俺は首を横に振って否定する。

 

「強くねぇさ。ただ強がってるだけだ」


 彼の中には未だ仲間を失った悲しみや、ドラゴンへの怒りが渦巻いている。それを内に秘めて見ないようにしているだけだ。それをずっと見ていたら……辛くて立ち上がれない。1歩も先に進めなくなるから。


 だから精一杯強がって、生きる事に全力を尽くしている。それだけなのであった。

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