第8章 ロシアとウクライナの戦争
第8章 ロシアとウクライナの戦争
由美子は毎日通ってくる。どんなに暑くても、家の手伝いの後でも、もう日課となっているようだ。憲法9条を理解する上で、もっとも典型的な事例が発生してしまっている。ウクライナの国境付近にロシア軍が集結し、侵攻するようだという情報は流されていたが、世界の誰もがまさかと思っていたことだ。
「国際世論があからさまな侵略戦争は許さない世の中になったはずといったものの、その国際世論があからさまな侵略戦争を許してしまった例がある。」
「ロシアとウクライナの戦争ですね。」
「ロシアは『特別軍事作戦』と詭弁を弄しているようだけど、クリミヤに続く、2度目の侵略戦争を許してしまった。パンドラの箱が開いて、国際世論も理想ばかりを説いていられなくなったというところだ。日本も本気で想定はしていなかったとは思うが、ロシアとウクライナの戦争は、憲法9条を理解する上で典型的な例になってしまったように思える。もちろん、この条文の解釈をめぐっては半世紀以上の論議と多くの解釈があるから、これはあくまで私の意見なんだけど。」
「分かりました。あくまで村上先生個人の意見として聞いておきます。」
「そして、あくまで表向きの話としてと聞いて欲しいんだが。」
「今度は表向き?いいですよ。」
「今回、ロシアがウクライナに侵攻した地域はウクライナとロシアがもめていた地域なんだ。ロシアやウクライナ、そしてその近郊の国々は、それぞれバラバラだったんだけどソビエト連邦共和国として一つにまとまったんだ。しかし、そのまとまりを保っていたソ連という国が崩壊し、再びバラバラの国となるんだが、その中核を成していたロシア、ウクライナもその一つだったんだ。」
「ソビエト連邦共和国ってソ連ですね。」
「そう。ソ連当時、ウクライナに核兵器もあったし、航空母艦も建造していたんだ。それがソ連崩壊に伴い、核兵器は手放し、空母は中国に売り払い、農業国としてスタートしたんだ。」
「中国?空母?」
「ああそれか。中国はワリャーグというウクライナで建造中止となった空母を洋上ホテルにするという理由で買い取り、空母として再び建造し直したんだ。そして中国第1の空母『遼寧』としてデビューさせたわけさ。空母研究のより所としてね。」
「ふ?ん。中国、やりますね。」
担任の村上は苦笑いの笑みを浮かべた。
「で、もともとのソ連がよいと思っている人たちはロシアよりに、新しいウクライナという国がよいと思っている人たちはウクライナよりということで、ロシア国境付近で揉めていたわけさ。」
「日本の周りは海なので実感はないですが、世界ではよくありそうな話ですね。」
「そして、ウクライナ国境でロシアよりの人たちがいじめられているとして、その人たちのためとして軍事行動に踏み切ったのが発端ということさ。特別軍事作戦とか言っていたけど、国際紛争解決のために戦争に訴えた・・・。」
「これが憲法9条で放棄したという国際紛争解決のための戦争ということですね。正規軍が軍事力を行使して、仮にも一国の領土に侵攻するのだから、日本国憲法がもう行うことはないと言い切った侵略戦争ですね。」
「このような場合、解放という言葉がよく使われるね。拡大していく中には自国寄りだけじゃなく、ウクライナ寄りの人々もいるんだけどね。最近、大国がこの手の手段に踏み切ることはほとんどなかったんだけどね。世界中からブーブー言われるから。」
「世界中からブーブー言われるのに、よく踏み切りましたね。」
「まあ、戦争の当初は正規軍なのかどうか非常に曖昧な民間軍事会社ワグネルがその多くの役割を担っていたんで、その辺は意識していたんだと思う。でも実際に他国の予想を裏切って侵攻に踏み切ったことは、この後話そう。」
「で?」
「ロシアの侵略に対してウクライナのとった行動は?」
「抵抗した・・・。」
「どうやって?」
「攻めてくる相手を攻撃した・・・。」
「誰が?」
「ウクライナの人々?」
「民間人?」
「いえ、ウクライナ軍だと思います。」
「そういうのをなんと言う。」
「先生、誘導尋問です!」
「そうだな。ウクライナも軍隊で抵抗したんだ。これこそ、防衛、自衛の戦争じゃないか。」
「確かに。しかも、援助してくれる外国を巻き込まないようにするためか、ロシア国内を攻撃しないですね。」
「怪しいのはいくつかあったし、今は各国も認めようとする動きもあるけどね。」
「そうですね。時間が経つにつれ、絶対許さなかったはずのことが少しずつ変わってきているように思います。」
「これって、憲法9条を考える上でとっても分かりやすいだろ。ただし、相手の国にある基地を攻撃できないのでやられっぱなし、守り一方で、戦争がいつ終わるともない状態となっている。難しい状況だよな。守り一方、つまり、勝たない戦争では、どんどん戦争が長引き、被害が拡大していく終わりのない戦争になっていく。どう終わらせるかというのは自分が負ける以外に選択肢がない。今回で言えば、相手が侵略した地域を渡し、NATOなどに加わらないことだ。そして、この力による現状変更を認め、その恐怖に永遠におびえることになってしまう・・・。」
「日本の政府が敵基地攻撃能力と言っているのは、これですね。」
「由美子はどう思う?」
「これがないとダラダラと長引くか、どんどんエスカレートするかではないでしょうか。なんか、この戦争が現実を突きつけてきたようですね。」
「つまり、敵基地攻撃能力は、」
「それでも、必要ないのではないかと。相手の国を攻撃してしまうとお互いがどんどんエスカレートして全面戦争になっていくような気がします。お互いに膨大が犠牲が出ると思います。エスカレートしていって全面的に攻撃しあうよりも、少しずつ時間を稼いで話し合いの道を探る方が・・・。」
「殴られっぱなしを防いでいるだけだと、ウクライナはともかく、日本は耐えられるかな。先ず第1に食糧や資源はほぼ輸入に頼っている。第2に自衛隊の弾薬や燃料はそう多くない。日米安保条約があるから最初だけ持ちこたえられればアメリカが助けてくれるという前提だから。で、本当にアメリカがどこまで守ってくれるかは不確定だし。第3に日本には隠れ場所がない。核シェルターの整備率はスイスやイスラエルが人口あたり100%なのに日本は0.02%ということを聞いたことがある。同じ北朝鮮の脅威にさらされている韓国が300%を超えているというが。まあ、実際に機能しているかどうかは別として。」
「単純に数字だけでいえば日本では5000人に一人の人しかミサイル攻撃から逃れられないということですね。」
「そう、シェルターの事実からざっくり言えば、日本ではミサイル攻撃から逃れるのは不可能だということだ。ウクライナでかなりの数のミサイルが撃ち込まれているが、何とか耐え忍べるのはシェルターが有効に機能しているからだとも聞いている。日本では途方もない、甚大な人的被害が出るということだ。」
「・・・。」
「小学生女子だったな。」
「戦争って、嫌いです。」
「そうだな。戦争映画や戦車や戦闘機が好きでも、本当の戦争が好きなやつはいないと思う。」
「好きではないじゃなくて、嫌いです。自衛とか、防衛って何なんですか?全く意味がないじゃないですか。防衛って何を防衛するんですか?」
「国民の生命と財産と言われている。」
「私には違うような気がします。それら全然守られていないじゃないですか。」
「その点だけど、実は今の政治家の考え方には大きな過ちがあるんじゃないかって思っているんだ。防衛力って本来は使われてはいけないんだ。抑止力って聞いたことあるか?」
「あります。」
「俺が思うに、このパラダイムは防衛力=抑止力でなくてはならないんだ。」
「パラダイムって見方や考え方の根源ってことですよね。どういうことですか?」
「難しい言葉を知っているな。さすが、本好きの由美子だ。で、抑止力ってなんだと思う?」
「抑え、とどめる力・・・ですか?」
「漢字そのまんまだな。平たく言うと相手を思いとどまらせる力ってことだ。由美子だって完全武装の相手にわざわざ闘いを挑まないだろ。よほど狂っているか、自暴自棄になっているかは別として。」
「相手を思いとどまらせるためには、相手よりも強くなければならないということですか?」
「単純に言えばそうだが、そう単純なものでもない。」
「なんか、禅問答みたいですね。」
「力が大切なのは間違いない。だから、バランスが大切で先人たちがそれを保とうと知恵をしぼってきたんだ。さっき相手よりも強くなければならないということが、それほど単純じゃないと言ったんだけど、日本みたいな憲法をもっている国なんてほとんどない。そんな国がうんと力をつけたら?」
「侵略を考えるかもしれない・・・ということですね。」
「そう、つまり、お互いが思いとどまるような微妙なバランスが必要なんだ。ところが・・」
「相手よりも自分が強くなろうとする。」
「その通り。そしてお互いがそうしたら?」
「際限なく競争が続きますね。そしておびただしい兵器で世界中が埋まってしまいます。」
「だよな。しかも、国の予算には限りがあるし、兵器ばかりにお金を注ぎ込んでいたら、食糧や燃料は足りなくなるし、学校も病院も建てられない、橋も道路もボロボロになりかねない。それでは国民の生命や財産を守るどころではなくなる。」
「で、知恵をしぼることになるんですね。話し合いでなんとかならないんですか?」
「なんとかはならないが、なんとかはしようとしてきている。お互いに軍隊を強くしようというのを『軍拡競争』というんだけど、それに歯止めをかけようというのが、『軍縮条約』なんだ。」
「条約って国と国との約束のことですね。」
「その通り、この軍縮条約はずっと昔から国と国との間で結ばれてきたんだ。今でもそうだよ。お互いの国の武器の数や種類を制限したり、非人道的だという武器は使ってはいけないという決まりを結んできたんだ。また、戦争のやり方に関するきまりなんかも決められているんだ。」
「武器に人道的も非人道的もあるんですか?戦争のやり方の決まり?スポーツじゃないんですから。そんなことより、根本的に戦争をやめるという決まりを創っちゃえばいいじゃないですか?」
「俺にそんなこと言われても困るんだが。おい、小学生女子、残念ながらそんな単純じゃないんだよ。軍縮は何度も行われてきているし、うまくいかなかった例もある。それに、世界中できちんと話し合う場がないんだ。」
「え?話し合う場がないって、どういうことですか?『国連』ってそういう場じゃないんですか???」
「国連、つまり国際連合っていう機関は、確かに国際問題を話し合う機関ではあるんだが、『きちんと』話し合える場とは言えないんだ。」
「でも、テレビで世界百何十ヵ国が話し合っているのをよく見ますよ。」
「・・・」
「先生?」
「・・・歴史からひもとき、仕組みについても多少説明していかなければならないな。国際連盟は知っているか?」
「聞いたことはあります。第1次世界大戦の後に出来た国際機関ですよね。第1次世界大戦の反省に基づいて出来たんですよね。そして、結局それでも再び第2次世界大戦は起きてしまって国際連合が出来た。そうですよね?あまり詳しくは知らないんですけど。」
「そうなんだ。第1次世界大戦の後、軍縮会議が行われ、特に負けた国は二度と戦争が出来ないように厳しい軍縮が行われたんだ。」
「ドイツも今までの兵器の数が厳しく制限されたんだよ。でも、何にでも抜け道はあるし、むしろ厳しく制限されたことで危機感をあおったんだろうな。ドイツは世界恐慌の中、ナチスのヒトラーの台頭を許し、再び戦争の道を歩むことになってしまうんだ。そこでドイツは制限された兵器以外の武器を模索するんだ。それが、由美子の感想文に関係のあるミサイルさ。フォン・ブラウンはこの軍縮条約がなければもしかしたらミサイルに手を染めることなく、平和なロケットの開発だけに終わったのかもしれない。歴史にイフはないんだけどね。」
「そうなんですか。でも、戦争が始まらなければ、ミサイルを開発しても抑止力にとどまったかも知れませんね。」
「それはおそらくあり得ない。抑止力としてではなく、実際に使うために開発しているんだ。そんな意味では北朝鮮のキム・ジョンイルが開発している核ミサイルとは根本的に発想が違うと思うんだ。弱小国の彼らが超大国のアメリカなんかに好きなようにやられないためにはあれが苦肉の策だったんだと思う。おっと、また脱線しちゃった。」
「でも先生、国連は第2次世界大戦の反省で第1次世界大戦のときよりもパワーアップしているんですよね。」
「今の国連は確かに世界のほとんどの国が加入するようになった。国と自称はしていても国際紛争を抱えていて、認めると大変になる国を除いてね。」
「イスラム国なんかはそうですね。」
「ああ、でももともとは第2次世界大戦の戦勝国がその後始末をするために生まれた機関だったんだ。主な戦勝国は?」
「連合国だからアメリカ、イギリス、フランス、ソ連、中国など・・・ですか?」
「お、くしくも安保理の常任理事国だな。」
「安保・・理?」
「国連には平和を目指すいろいろな機関があり、それぞれに役割を担って活動しているんだ。ユニセフやユネスコって聞いたことがあるだろう。ユニセフは子供たちの人権を守る機関だし、ユネスコは教育や文化、科学といった分野の機関になる。国連には総会もあるんだけど、安保理、つまり安全保障理事会は、その中でも国連の中核的な機関で安全保障に関わる機関なんだ。安全保障理事会は大戦の後始末を行なってきており、国連はここから発展していったとも言える。」
「常任理事国があるということは、それが中心なのですね?」
「そのほかにも非常任理事国というものあるんだ。今日本も含めて10カ国がその役目に就いている。これらは任期ごとに選挙で入れ替わる。敗戦国であり、枢軸国側であった日本がその役割を果たしているのは、平和になった証拠であり、日本の理念にもぴったり合っていると思うんだけどね。」
「常任理事国というのは、国連が出来た時から変わらない国なんですね?」
「厳密に言うと違うんだが、その通りだ。由美子がさっき挙げた5カ国だ。そして、これらの国が問題なんだ。」
「何がですか?」
「彼には『拒否権』があるんだ。安全保障理事会で14カ国が賛成してもその常任理事国の一国が反対すると、全てがチャラになってしまうんだ。」
「?」
「そう、ウクライナとロシアの戦争もロシアの侵略だからやめろというように決定付けることは出来ないのさ。」
「ロシアが拒否権を使うのですね。」
「その通り。つまり、国連は大事なところで機能しないんだ。それもあって世界中からブーブー言われようが、ロシアは戦争に踏み切ったんだろう。」
「なんてこった。」
「アメリカとソ連は長い間、ずっとお互いが違う体制で対立が続いていて、それぞれの利害によって拒否権が使われることが続いてきた。」
「一番重要なところが、一番ダメなわけですね。」
「残念ながら。国連自体は一生懸命なんだけどね。」
「でも、先生。気付いたんですけど、おかしくありません?常任理事国のソ連って崩壊して今はない国なんですよね。ロシアが代わりに入ってますけど。」
「ソ連は多数の国から構成されていたんだけど、その中でも一番大きかったのがロシアなんだ。当時のロシアの大統領が後継を宣言しただけでかなりうやむやなまま今に至っているんだ。中国の場合はかなり違うんだけどね。」
「?」
「ああ、実は国連発足当時は中華民国、今の台湾なんだけど、そこが常任理事国だったんだ。」
「???ますますよく分からないです。台湾て中国の一部だってことになっているんでしたよね。」
「特に中国、いや正式に言うと」
「中華人民共和国・・・」
「は、そう言っているし、今はそれで納得している国も多い。もともと第2次世界大戦で戦っていたのは中華民国の方だったんだが、戦後、中国で革命がおき、もともとあった政府は台湾へ移ったんだ。どちらの政府も自分たちが正当な中国だと主張していたんだが、確か1970年頃だったと思うが、紆余曲折あって国連で決議が行われ、中華人民共和国が中国の正式な国になった・・・と、はしょって言えばそうなる。」
「へえ?、そうだったんですね。でも先生、そうすると中国はともかく、ロシアは勝手に常任理事国になったんじゃないですか。国連が決議して正式に認めたわけじゃないですよね。こんな重要な場で既成事実がまかり通っていいんですか?」
「そういう意見もあって、少数ながら当時ソ連から分裂したウクライナを正式な後継にしたらいいんじゃないかという意見もないわけではない。まあ、それより今回の戦争を自ら仕掛けたということで、常任理事国としてふさわしくないとして除名しよう、つまりやめさせようなんて意見も出ているが、分かるだろう?不可能なのは。」
「ロシアに利害がある国が反対するんですね。」
「間違い無いだろう。さて、これからは裏の話に入ろう。」
「危ない話ですか?」
「この紙を見てごらん。裏のない紙ってあるかな。」
「私には両方とも表に見えますけど。」
「由美子ってたまに性格が悪いんじゃないかって思うことがある。」
「うふっ。」
「で、ロシアとウクライナなんだけど。民族の解放という国際紛争解決のためというのは表向きで、本当はウクライナの政権を倒したかったんだと思う。斬首作戦というやつだな。一気にキーウまで攻め込み、ゼレンスキー政権を倒す。目論見が狂ってしまったけど。」
「どうしてゼレンスキー政権を倒さなければならないのですか?」
「ウクライナは前はソ連の一部だっていっていたよね。つまり、向こう側の国だったわけ。ところが、最近、ウクライナは西側寄りとなって、NATO、北大西洋条約機構と言うんだが、ソ連などの東側に対抗する軍事同盟にも入りたいという意思を示し始めたんだ。ロシアとしては今までこちらの陣営側とは言わないまでもある程度中立を保った緩衝地帯がウクライナだったわけさ。しかし、そういうことになれば喉元に刃を向けられたのと同じになってしまう。それで、西側よりの政権を潰して自分たちにとって都合のよい政権を打ち立てる、そんなシナリオをプーチンは描いたんだと思う。例えば韓国が民族統一と称して北朝鮮に統一しようとしたら、きっとアメリカはだまってないよな。」
「民族解放は口実だったということですか。」
「全くの口実とは言わないまでも真相はえてして違うものさ。前にもロシアはウクライナのクリミアを攻撃し、勝手に併合してしまっている。その時に世界が強く非難しなかったツケが今回に回ってきているとも言われている。」
「クリミヤはどうして?」
村上はスマホで地図をしめしながら
「アゾフ海から黒海への出口だからな。そこを自国のものにしてロシア艦隊が自由に出入りできるようにしたいと考えたんだろう。そこはあっという間に占領してしまったんだが、おかげでウクライナは自国の防衛の大事さに気付き、次に侵略された時に備えて戦争の準備を密かに進めてきたんだ。そうでなければ簡単に3日で決着がついたろう。また、ロシアという国の善意を盲目的に信じるようなこともなかったことも準備を淡々と進めることできた理由だと思う。外交はある程度ばかし合いのところもあるからね。性格悪いんだよ。」
「裏を表と言い切っちゃうんですね。」
「ま、そんなところだ。」
村上はゆっくり息をした。迷い?
「・・・・こんな本音を吐露すると回りから『またお前は!』って言われそうだけど・・・・・。」
手首がこねくり回され、指がバラバラにくるくると動いている。
「私は言いませんよ、そんなこと。言いかけたことは、言ったことと同じって母がよく言います。言っちゃえば?」
「お前は無邪気でいいなぁ。ときどき、そうやってクラスメイトの前では見せない茶目っ気を見せるし。」
村上は最大のタブーであることは分かっているが、由美子にだけは言っておくべきだと思った。
「戦争で一番悪いのは『負ける』ことだ。そして、もっと悪いのは『負けると分かっている戦争』をすることだ。また、相手に『こいつなら勝てる』という隙を見せることもよくない。どれにしろ、国民に最大のダメージを与えかねないことになる。自分から絶対に戦争を『起こさない』とは言えても、戦争を『起こされない』ことは相手が決めることだから絶対を約束するものではないはずだ。」
確かに由美子は今、回りからどうしようもないバッシングを受け、血だらけ傷だらけになっている村上を想像している。でも、十字架に貼り付けにされているイエス・キリストのようなものがそこにオーバーラップしているようにも思えた。そして、村上先生の言う「真実」は自分で決めるということが頭をかすめたが、私はどう「真実」を決めたらいいんだろう。