第23章 提出!そして夏休みの終わり
第23章 提出!そして夏休みの終わり
村上が教務室に行って夏休み明けの準備をしていると、由美子が教務室にやってきた。どうやら清書が出来たようだ。教務室の前方の端の席から教務主任の堀川が声をかけた。Zoomでの会議から戻ってきたばかりで、ノートパソコンにACアダプターをつないでいる。
「おう、由美ちゃん。清書出来たかね?ちょっと貸してごらん。」
由美子が村上に目で合図を送る。村上に見せる前に堀川に見せてよいか?村上も印刷物の束を持ち上げながら、わずかに目を縦にふる。由美子は堀川に近づき、原稿用紙を渡す。
「堀川先生はこの本を読んだことありますか?」
「残念ながら。でも、興味はある。アポロ11号の頃は俺の生まれる10年も前の話だけど、月面着陸の偉業は知らないわけないし、高校生になったばかりの頃に公開された『アポロ13(サーティーン)』という映画については、何回も見たよ。もちろん、フォン・ブラウンのこともそれなりに知っているつもりだ。どれどれ。」
堀川は原稿用紙を痛めないように丁寧に受け取り、じっくり目を通した。
「なるほど。難しいところだね。俺たちも『善良な市民』なんだよなぁ、それは言えている。そこまで踏み出すことはさすがに出来ないんだよなあ。それにしてもV1号が巡航ミサイルで、V2号が弾道ミサイルか。イスラエルとパレスチナが行っている戦争でもバンバン飛び交っているし、これらも打ち落とされるようになってきているなんて、本当にどうなっているんだか。でもいつも泣くのは市民なんだよな。指導者連中はほとんどが蚊帳の外だし。彼らは生きの良いことを言っているんだけど、現実はそんなもんじゃなくて、数え切れないほどの悲しみと怒り、絶望を生み出している・・・。」
「私はその視点は嫌と言うほど、この夏学びました。それとは別に歴史の流れというか、別の視点で見ることも学んだように思います。どれがいいとか悪いとかではなくて、そこに書いたのが、私のとった立ち位置です。」
「さすが村上先生の教え子だね。」
「さすが・・・なんですか?その意味は・・。」
村上が声をかけた。
「由美子、こっちへ来てくれないか?堀川先生、原稿を由美子に返してもらっていいですか?ちなみに、誤字脱字はなかったですか。あると、下手すりゃ最初からやり直しになっちゃうので。」
「おう。良い子を育てたな。」
「ありがとうございます。育てたんじゃなくて、『発掘』ですかね。」
「なるほど。最近の教師にしては珍しいことを言うね。」
「先生、俺ももう若い部類には入らないと思いますけど。」
「若いとは言ってないよ。近頃って言っただけだ。」
「先生たち、私はいったい何なんですか?」
「由美子、ごめん。こっちおいで。原稿用紙見せて。」
差し出された原稿用紙を受け取ると村上はまるでスキャンするような目で原稿を追った。
「よし。もう締切までギリギリだ。応募用紙を添付して事務局に送付する。」
由美子は、定形外の校名入り封筒に原稿が入れられ、事務の小林さんが重さを量り、切手を貼ってくれた様子を見ていて、先生方ってなんて手際がいいのかって思った。それなのに生活を脅かすようなこれだけの労働時間がとられている。これって何なんだろう。まあ、由美子の父もそんな変わりは無く、最近の教員の処遇よりも酷いと思うことはある。先生の言っていた労働効率の悪さか。???これだけ密度の濃い働きをしているのに、稼げていないってのは?????
「ゆ~みこ!また、瞬間的にいろいろと旅に出ていたな。旅の邪魔して悪かったね。でもね、いつかはお前も『善良な市民』としていい母になりそうな気がする。(お前の母親を見ていると、我慢強く美徳に溢れた知性溢れる女性、きっとそうなるような気がする・・・)」
「それって、ジェンダー差別じゃないですか?」
「すみません。そんなつもりはない。」
「でも、それって深層心理の中にあるってことじゃないですか?」
「由美子!俺はお前やお前のお母さんのことをちゃんとリスペクトしながら発言したんだ。その思いがあることを感じ取れないようじゃ、お前のことがきっと嫌いになるというか、許せなくなる日が来るかもしれない。人間には善悪の判断も含めた『感情』がある。」
「先生、すみません。なんか今、マスコミの人達の気分ってこんなのかなって、つい実験していたような気がします。言葉の揚げ足をとるような・・・」
「由美子、お前は小学生女子だ。しかも小学5年生だ。背伸びしすぎても言い方向が必ず待っているとも言えない。回りも少しは大事にしろ。フォン・ブラウンのように。」
「はい、先生。フォン・ブラウンさんの夢は独りよがりじゃなかったですし、みんなが願っていた方向ですものね。黒い歴史は消えないものの・・・。」
「まあいい。もうすぐ新しい学期が始まるが、宿題は全部終わっているか?」
「メインである自由研究の感想文は今終わりましたし、完ぺきです。」
「算数は?ドリル一周だから手強いはずだけど。」
「・・・。えっ、算数って何ですか?うそでしょ。」
「いや、ちゃんと課題一覧にも記載があるし、ドリルは配られたよな?」
「算数のドリル、無かったです・・・。まさか、教室の机の中?やだぁ!!!」
村上はこれだけ青くなる由美子を見るのは初めてで、思わず吹き出しそうになってしまったが、本気で可愛そうな由美子を見て、それはたいへん悪いと思った。読書感想文を頑張った由美子におまけを・・・とも思ったが、それも由美子には失礼だろう。由美子ならきっとなんとかしてくるさ。・・・まあ、してこれなかったら、その時は考えよう。
新しい学期はすぐに始まった。初日は宿題だの自由研究だの、絵の具道具だの書道用具だのと、人間なのか道具のかたまりなのか、区別が付かない格好の子どもたちが登校してくる。この学校は昔ながらの様子が残っている。この様子もそれぞれの夏の成果を身にまとった誇り高き子どもたちの様子なのだ。由美子たちも中・低学年ほどのヤドカリスタイルではないものの、荷物は多い。でも、さすが、ちょっと大人っぽくなって恥ずかしさが出てきたのか、スマートだ。
「通子、久しぶり。また、よろしくね。」
「うん。」
あれ?通子、どうしたのかな?目に隈の出来ている由美子より元気ない?
「夏休みどうだった?」
「直接尋ねるくらい、私から離れていたということだよね。」
「えっ。」
「村上ちゃんと『キス』くらいした?、由美子、夏休み中、ずっと村上ちゃんと一緒だったっていうじゃない!私、なんか気持ちがぐちゃぐちゃして、自分でもよくわかんない。由美子のことはとっても大好きなのに、でもなんか突き飛ばしてやりたい自分もいる!どうにかしてよ!」
「先生とは、そんなつもりじゃ・・・。」
通子は本気で由美子を突き飛ばした。ランドセルがクッションになり、頭を打つようなころはなかったが、仰向けになった由美子も立ち尽くす通子もただ唖然としていた。回りの児童がいったい何が起こったんだと動きを止めていた。
この時、村上・・・いや、男性として他人を見るということを由美子は初めて意識した。もっとも『男の先生』より大きく外れていくことはなかった。ただ一瞬、脳裏をかすめたあの一瞬を除いては。
とうぜん、二人にはおとがめもなく、ちょっと過ぎればいつものような由美子と通子に戻っていた。ただし、個でみれば、二人とも背は高くなり、顔つきも体つきも変化していた。思春期というのはこの時期から本人が意識する間もなくじわりと始まるものだ。
読書感想文コンクールの結果が届いたのは、9月も下旬に近づいた頃だった。
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***小学校 第5学年 **** 由美子様
審査員一同による厳正な審査を行いましたが、今回は入選となりませんでした。
次年度もご参加を楽しみにしております。
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数ページに審査結果が綴られた薄い冊子が同梱されていた。もちろん、そこには由美子の名前はなかった。
校長室へ報告に行く際、肩に寄せた村上の手が自分をがっしりと引き寄せているのを感じた。通子には悪いが、ささやかなご褒美をもらっているような気がした。
「結果は結果です。真摯に受け入れることはとても大事なことです。フォン・ブラウンもきっと多くのこのような気持ちを経験してきたはずです。それでも彼はやり遂げた。来年は6年生です。ぜひもう一度挑戦してみてください。」
校長先生らしい、ありきたりの表現だったけど、それで十分。先生方みんなが味方だってなんか感じられた。事務の小林さんにもお礼に行こう。きっとビールのような泡がのっかった麦茶をご褒美に用意していてくれるはずだ。
基本的には最終章です。
後付けを書くかどうか迷っているところです。
※「由美子の読書感想文(第6学年編):仮題」の執筆を始めました。




