第21章 感想文の書き方?
第21章 感想文の書き方?
由美子の気持ちは確かめた。由美子のこの感想文でのねらいは、筆者の佐藤さんの評価に対して自分なりにフォン・ブラウンの評価を下すということだ。それからすればこの作文も十分ありなんだが、しかし、これは読書感想文コンクールだ。枚数制限というのはコンクール上の絶対的なルールだ。だから制限枚数に収めるのは必須だ。でも、それ以上にこれって、「読書」の「感想文」だろ?なんか違う。第一、文中からの引用が一つも無いような気がする。由美子の単なる思いや意見を述べただけの作文ではいけないんじゃなか?おい、どうする村上!
「俺って、『国語』の指導ってこんな下手だったっけ?」
つぶやく。学習したこと、全然使ってないじゃん。まぁ「あらすじ感想文」よりは段違いにいいんだけど。
そういえば、先ずは初発の感想。で、初発の感想を書かせる時は、先ず「分からない部分」それは言葉の意味や漢字の読み方っていう意味じゃない。古い外国のテレビ番組の中なんだけど、刑事コロンボというドラマがあった。完全犯罪のトリックをさえないおっさん刑事がひっくり返していくという推理ものなんだけど、そのコロンボが真犯人に質問するやつ。捜査に来たコロンボが一通り犯人に質問した後、部屋を出て行きかけたところで、くるっと振り向いて追加質問するやつ、それだ。コロンボの、普通(かみさんの言動とか)ならこうなっているんだけど、そうなってないのが分からないと吐露するやつ。 これが、完全犯罪のトリックの核心を突くんだよねぇ。しかも、自問しているから逆に犯人がそれに答えようとして墓穴を掘っていく。まぁ俺はテレビの再放送で見たけど、由美子の年代は流石に見てないだろうな。何回も再放送されているんだけどね。おっと、自分で脱線している。そう、「分からない部分」や「心を動かされた部分」、普通ならこうなんだけどちょっと違う部分とか、感動したり憤ったりする言動が書かれていた部分とかと言ったらいいのかな。それらにサイドラインを引かせ、自分なりの解答やその時の気持ちをノートに書かせる。クラスの中でも、流石に最近では「めちゃおもしろかった」で済ませる子は居なくなったんだけど。けれども『物語文』を扱うのは年間に3作品程度になってしまったから、もしかしたらそれだけでも褒められるべきことなのか。とりあえず、由美子にはまずこの作業をやらせよう。(きっとやってあるんだろうけど。ただしめちゃくちゃ付箋を貼ってそう。)
それからキーワードをいくつか決めさせよう。読んだ時にこの言葉がないと本全体がぼやけてしまうと言う言葉。また、文章を書くときにもこれは絶対に外せない言葉。テーマというか主題というか、文章の『魂』みたいなものだ。
それと、執筆する段階において基本となることだが、説明文の学習で低学年から嫌というほどやってきたはずの「話題提供、説明1、説明2、まとめ」といった4部構成を意識させよう。読書感想文は文学作品ではない。文学作品であれば『起承転結』が定番なんだろうけど、読書感想文は文学作品や説明文を読んで感じたり、思ったこと、考えたことなどを説明していく作文なのだ。本文を書いたならば(実際には付けないとしても)「小見出し」をまとまり毎に付ける。内容のつながり、つまり考えの整合性をチェックしていく。書く前なら、メモを作成する。メモの構成に従って本文を仕上げていく。そして最後には、題名をつけてみる。一発で文章全体に迫る一言になっているかテストするのだ。これが3ポイントシュートのように決まれば、自分の考えにブレはないはずだ。そして、インパクトのある第一文の作成。読む人を引きつける『書き出し』を考える。
その他も「事実」と「考え」を分けたり、「例」と「意見」を分けたりもしたな。物語なら「感情曲線」を描いてみたりしたな。場面毎の要約をしたこともある。心象表現を追うこともあったな。作品を並べ読みし、作者研究なんかもしたことがある。(面白いんだけど、結局市販のワークテストで覚えた『正解』を書いておしまいというのが未だに主流。反省してます。)
村上はやはり由美子を学校に呼ぶことにした。もう時間はない。新学期に向けて村上の時間もそちらに割り振らなければならない。指導しながら直接文章を起こしていこう。
村上は再び受話器を手にした。母親が出た。いつものように丁寧なお礼から話が始まる。そういえば由美子の母親も昔、先生だった。ちょっとだけ先輩になる。俺はどう映っているんだろうな。家に戻ったばかりの由美子がかわって出た。
「先生?どうしました?」
「由美子、明日も学校に来られるか?」
「はい。そのつもりでした。」
「・・・。(おい、おい、俺の仕事の時間は考えてないのかよ)」
「行っちゃ駄目ですか?」
「いや、その逆だ。明日も来なさい。」
「もちろんです。」
「で、由美子さぁ・・・」
村上は先ほど考えていたこと、要は国語の授業で学んだことを活かせということを説明すると
「もしかすると、ほぼ書き直しになるかもしれないけれど、由美子なら頭の中である程度整理出来るよな。書き直してくる必要は無いが、メモなんかでよいので、多少整理してきなさい。OK?」
と付け加えた。
「ラジャー!」
由美子はニコッとして村上には見えない敬礼をすると受話器を置いた。
由美子は本を引っ張り出した。そう言えばこの本を手に取ることが疎かになってういた。付箋がハリネズミのようについている。「分からない部分」や「心を動かされた部分」にはすでに付箋がついている。ただ量は多い。この中からベスト3を選ぶ。
一つ目の付箋。
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ナチスのミサイル開発に誘われたとき、フォン・ブラウンは『宇宙に行く為なら悪魔に魂を売り渡してもよいと思った。』と後に回想している。彼はこの時、無表情を装い「必ずや力になれると思います。大砲でも飛行機でもない、新しい兵器の開発ですね。」と述べた。彼は家に帰るなりベッドに飛び込んではしゃぎ回った。笑いが止まらなかった。膨大な予算も必要な人員もすべて同時に彼の元に転がり込んできたのだ。現実問題としてそれが5800人ものロンドン市民を死に追いやることなど少しも想像していなかったに違いない。フォン・ブラウンの目の奥には真っ黒な宇宙空間に飛び出すオレンジ色の炎しか見えていなかった。
子供の頃、体が宙に浮き、空を自由に飛び回る夢をみた経験が全くない者はいないだろう。ところが、現実にその能力が付与される・・・としたら。夢の中でしか実現できないと深層心理の中で理解している事柄が、ある時突然、現実となる瞬間が訪れたのだ。ただし、それは自分の『良心を悪魔に売る』という条件付きで・・・。読者の皆さんならどうするだろうか?
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この部分は、私の心にシミュレートを迫る部分で、この本を選ぼうとするきっかけの部分だった。フォン・ブラウンが多くの犠牲を全く考えず、自分の夢のために「悪魔に魂を売る瞬間」と佐藤さんは述べている。特にロンドン市民にとってはパンの笛を鳴らしながらやってくるV1号も恐怖をかき立てる存在だったが、いつとも知れず突然宇宙から降ってくるV2号のサドンデスはいつの間にか背後に死に神に忍び寄られているような恐怖をロンドン市民に植え付けた。そして、ミサイルは第2次大戦にとどまらず、各国において今もどんどん新しく進化を続けて、今もなお多くの女性や子どもを含む命を奪い続けている。
軍事パレードでは、必ずといっていいほどミサイルが登場し、大陸間で使用出来るような超大型の弾道ミサイルまで参加している。でも、これってもはやフォン・ブラウンがなんか話題になってはいない。確かに彼らが開発したV2号はロンドンを火の海にしたことは間違いない。そういう意味で彼には全く責任がないとは言えないが、この人はただ単に宇宙への夢を限りなく追っただけに過ぎないのではないか。佐藤さんはあくまで「戦争の視点」から攻めていっている。素直に「NO!」と言えない私はちょっと「違う視点」から眺めているような気がする。違和感があるのだ。私はその違和感の「決着」を付けたいのだ。
二つ目の付箋。
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1969年7月20日、サターンV(5)型ロケットで打ち上げられたアポロ11号は月面着陸に成功した。「この一歩は小さいが人類にとっては大きな飛躍だ」と月に降り立ったアームストロング船長は言った。しかし、このサターン計画以後、月以外への有人飛行は行われていない。GPSなど地球観測用の人工衛星(軍事用を含む)を除けば、宇宙開発は思ったほど進みはしなかった。その裏では絶対に不可能とまで言われたアンチミサイルミサイル(ミサイル迎撃用ミサイル)まで実用化され、極貧の小国まで弾道ミサイルを国産化出来るまでになってきている。宇宙ステーション、スカイラブやISSでさえもあくまで実験施設の域を出なかったし、スペースシャトルも結局はいろいろな問題を抱えたまま終わりを迎えた。結局は「闇」の部分が光の部分よりはるかにその存在を広げてしまっている。
だが、そんなことはつゆ知らず、アポロ11号の月面着陸を管制センターから眺めながらフォン・ブラウンはついにその夢の一つのゴールに達したことを噛みしめていた。しかし、その過程に多くの血が流れ、苦痛と悲しみが折り重なっていることを少しも気にとめることはなかった。多くの歓声と握手、はしゃぎ回る職員にもみくちゃにされ、今までの苦労は思い出していたが、V2号によってもたらされた血と、涙、嗚咽はその脳裏に浮かぶことはなかった。
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筆者の佐藤さんは宇宙開発はたいした成果を挙げていないばかりか、兵器ばかりが発達し、負の側面がどんどん広がっていることに嫌悪しているんじゃないかと思われる。人類に悲しみと苦しみを与えていることの方が多いのではないかと言いたいのだろう。けれども、宇宙開発は、現実には地球上を回る無数の人工衛星によって詳しい気象の予測が出来、大きな災害から被害を最小限で食い止めることができるようになってきたし、宇宙からの地球の健康診断が可能となってきてもいる。また、今まで地球の裏側と結ばれることの無かった通信も衛星を介することで可能となり、世界中の様子がリアルタイムで分かるようになるなど、通信も飛躍的に向上した。さらにGPS(Global Positioning System)は今や交通をはじめ私たちのインフラにとってなくてはならないものとなっている。負の面を否定するわけではないが、宇宙開発は確実に進歩していると思うのだが。歴史に『IF』は禁物だと言われていると先生に教わったが、先生が熟慮したいならそれも手だと言っているように、あえて『IF』を唱えるなら、『もし』フォン・ブラウンのような人たちが良心だけに従い、ロケットや宇宙の開発を諦めていたら?・・・いずれは実現していくんだろうけど、歩みは遅く、きっと未だに実現していない技術がたくさんあるような気がする。
三つ目の付箋。
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フォン・ブラウンは、終戦間近、ドイツから亡命しようとしていた。(中略)しかし間もなくドイツが降伏後し、アメリカに亡命することになる。アメリカもその技術の価値に気付き、戦後も彼はミサイル開発と宇宙開発を進めることなる。アメリカに渡ったフォン・ブラウンは妻子を得て、NASAの前身でミサイル開発(ロケット開発)に没頭することになるが、同時にドイツ時代にはナチスの親衛隊の少佐であった経歴が取り沙汰され、猛烈な批判を浴びている。その時フォン・ブラウンは「ナチスだったのは不本意だった」とか「宇宙開発(ロケット開発)のためなら、悪魔に魂を売ってもよいと思った」などと言い訳した。確かに彼はホロコースト(ナチスのユダヤ人絶滅計画の名称となっている)などのナチス親衛隊の残虐を直接行ったわけではないし、実際に戦闘に参加していたわけでもない。ペーネミュンデにおいて研究と設計を行っていただけだから、みんなが思っているような批判は当たらないと考えていたのだろう。しかし、V2号は多くの市民を犠牲にし、その悪名を轟かせたのは間違いない事実である。
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どちらというと佐藤さんも色眼鏡が濃いのかも知れない。彼はナチスの親衛隊員であったし、ミサイルという新兵器の開発と設計に関わっている。「悪」のイメージが付きまとっているのは間違いないだろう。ただ、佐藤さんはフォン・ブラウンがアメリカに渡ってからのことはあまり触れていない。有名なアポロ計画にはふれているが、私が調べたところ、ドイツの時と同様にミサイルの研究と開発にも携わってきているのだ。それをどうとらえるかだ。単に人間失格なのか、それとも普通の善良な人たちを超越した偉大な人だったのか。何があろうと、人が理由をつけて諦めてしまうようなことを本気でやってしまったんじゃないか、フォン・ブラウンという人は。
とりあえず、付箋を付けた場面は3つに絞った。そして、先生はキーワードを2~3個考えてみなさいとも言っていた。キーワードは最低二つ。作者の側のキーワード、そして読んだ側のキーワード。似たようなものが、全然違う。前者はあくまで推測だし、後者は現実に自分で感じたものだ。文章の中でたくさん登場する言葉の中にキーワードは多い。特に作者の方の考えが述べられている部分は要注意だ。ただし、あくまでそれは読者である私の推測だし、文中の言葉から100%選ばれなければならない必要もない。私がキーワードとしたのは『正論』である。佐藤さんは正論を述べているのである。フォン・ブラウンはどんな栄光を成し遂げようとも、憎むべき戦争に加担した『悪人』なんだ。それにたいして、私のキーワードは?
夏休み中かけて先生と話してきたことを思い出している。あまりにいろいろなことが語られ、そしてまた語り、あるときは本の引用や旅行で感じたことなどがぐるぐると頭の中の空間を飛び交っては遠くまで飛んでいき、跳ね返ってくる。収拾がつかない。その中にキラキラ光るものがいくつかあるのだが、手を伸ばして捕まえようとしてもすり抜けていく。夕食の時もお風呂のときも、布団に入ってからも同じだった。父は遠くに視線があって定まらない瞳をしている娘を心配して肩を揺さぶり、お味噌汁をこぼして母に怒られていたが、肝心の娘はそれさえも記憶に残らないようだ。母親は何も言わずに横目で時々そんな娘に目をやる。心配という目では無い。本当に倒れそうになったら、ちょっと手を添えるくらいの構えだ。基本的には声もかけない。むしろ口元は微笑んでいるようにも見える。娘の成長を感じている?娘の私は苦しんでいるんだよ・・・本当かな。実はとっても楽しい時間を過ごしているのかもしれない。
いつの間にか寝ていたようだ。思いっきり寝相が乱れている。タオルケットがかろうじておへそを隠している。パジャマも脱げそうなくらい乱れている。寝返りが相当激しかったことを物語っている。残暑というには厳しすぎる。まだまだ真夏と同じ熱帯夜が続いている。由美子は、逆立ちボサボサになった髪の毛を手ぐしで整えるとベッドから降りた。
もうすぐ2学期が始まるというのにお盆前のような暑さだ。異常だ、異常だと大人は言っているが、その異常の中で育った由美子たちにはピンこない。でも、この耐えられない暑さは異常だと分かる。学校に着くといつものように涼しい相談室が担任の村上といっしょに待っていた。助かる。いつもとちょっと違うのは、村上が普段使っているノートパソコンがテーブルの上に乗っかっていることだった。夏休み中に更改があったらしく、新しい。しかし、許可を得ていくつか必要なアプリケーションソフトを追加インストールしてあるようだ。由美子が支度をしている間に、Zoomで研修に参加しようと場所を探していた教務主任の堀川が顔をのぞかせた。
「おっと失礼!おう、由美ちゃん、夏休み中よく頑張ったな。いよいよ仕上げだな。がんばってね。」
由美子も付箋だらけの本をテーブルに置きながら、軽く会釈して微笑んで返す。
「最初は、『宇宙開発のきっかけとフォン・ブラウンの2つの面』についてだな。初稿を削ってみよう。」
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一八六八年にジュール・ベルヌが長編小説「月世界旅行」を書いてから多くの人が宇宙を目指してきた。彼の小説は大砲の弾に乗って月へ撃ち出されるというものだったが、現実にはロケットの開発を待たなければならなかった。
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村上はワープロにすでに打ち込んである由美子の初稿を元に「これいる?いらない?」を言いながら削除したり、入れ替えたり、表現を少し変えたりしながら直していく。
「後半部分は、『お兄さんやお父さんの夢のこと』が語られ、それがフォン・ブラウンの夢の追い方と重ねているけど、こういっちゃなんだけど、ちょっと弱いんじゃ無いか?由美子の主張ってもっとなんか強いものを感じていたんだけど、今までの話の中でね。」
もう一度夏休みの間に話した記憶を辿ってみる。
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みんな必死だった
「『可能なことであればやれよ』って、出来ないことを無責任に責める人もいるけど、そうじゃないんですよ。本当はそうじゃない。実は世の中って多くのそういう『良識的な人たち』で出来てるんだって。だから、フォン・ブラウンのような『悪魔に魂を売る』ことの出来る人間がいないと世の中は成り立たない、だめなんじゃないかって。」
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「確かに戦争は悪なんです。そしてそれは間違いなく正論だと思います。でもね、先生。世の中に正論を振りかざして、結局自分では何もしない。出来ないという逃げ道を口実に生きること。筆者の佐藤さんは正論を言っていますし、正解なんです。でも、私は違う。たとえ正論でもなくても、自分の夢に向かって突き進む、私はフォン・ブラウンの味方であり、よき理解者でありたいのです。」
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「先生、『やらない』んじゃなくて『出来ない』んじゃないですか。その証拠に、先生ってそれをやってますか?」
「・・・・。言われると思っていたし、由美子の言うとおりだ。分かると思うが、君たちの範囲で精一杯。全体を変える力はない。『出来ない』といった方が近いのかもしれない。」
「出来ないのはよく分かります。さっきから本当に自分だったらどうするか考えていました。この環境、つまり制度も変わっていないし、周りの人々の考えも変わっていない。この中でもがいていてもそれは出来ないのと同じなんじゃないかって思ったんです。そういう意味ではフォン・ブラウンはすごいんじゃないかって。彼は後から振り返れば批判を浴びる方法でも何でも、実現したんですから。別の角度というか側面からというか、実現までこぎ着けた、つまり『やった』ってのは、やっぱりすごい人なんじゃないかって。」
「なるほど。」
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「『勇気』といっても『嫌われる勇気』か?確かに教師の俺から見ても今の子どころか、親御さんも、下手すりゃ同僚もそんな勇気はない。いや、訂正する。勇気はあっても『振るう』ことはできない。」
「・・・。」
「これが、お前の言う『正論』でなくても突き進む人間、フォン・ブラウンか。」
「・・・。」
「俺は教師として何も言えない。『本音と建前』があるから。ひとつ言えるのは由美子、俺はお前が好きだ。本音で生きてるんだな、お前は。」
「・・・先生のエッチ。でも、ありがとう。私もそう言ってくれる先生が好きなのかも。」
「おう、ありがたく受け止めるよ。俺はお前が俺の教え子で良かった。お前はすごいよ。ただしこれが終われば、ただの教え子に戻るけどな。」
「もちろん。先生はみんなの先生ですから。」
と言いつつ、二人のやりとりは、形として少しずつ文章になっていく。
「よし、良い感じかな。」
「終わりですか?」
「いや、『画竜点睛』、最後の大仕事が残っている。」
「?」
「一番最初の文だよ。『キャッチー』さ。」
「??」
「どんな文章でもそうなんだが、この続きを読んでみたいって思わせるような最初の一文、これが九割を決める。」
「???」
「お前も愛読書家なら分かるだろ。最初に開いたページでその本の最後までを感じることができるってことを。」
「全部がそうではないですが、そういう傾向は、確かにあるかもしれません。」
「これはコンクールだ。この部分が審査員の印象を決めるんだ。」
「打算的ですね。でも、『三つ子の魂、百までも』からですものね。」
「う~ん、またわけの分からない例え方をする・・・。」
「そうですか?」
「キャッチーを考える前に一度、打ち出すぞ。」
原稿用紙モードで印刷をかける。教務室では高速プリンターからコピー並みのスピードで打ち出されたはずだ。




