第19章 由美子の初稿
第19章 由美子の初稿
原稿は手書きであった。由美子の筆跡だ。文字を追う。
宇宙旅行が現実のものとなってきた。アポロ計画は半世紀以上も前のことだったけど、当時から今までアストロノートは極限られた人たちだけだった。しかし、今や宇宙が私たちのものになろうとしている。サイド7が現実のものとなろうとしているのだ。
1865年にジュール・ベルヌが長編小説「月世界旅行」を書いてから多くの人が宇宙を目指してきた。彼の小説は大砲の弾に乗って月へ撃ち出されるというものだったが、現実にはロケットの開発を待たなければならなかった。アメリカのゴダードがロケットに人生を捧げたが、フォン・ブラウンも宇宙に憧れ、ロケットの開発に魅せられて一人だった。彼は大戦後アメリカに渡り、NASAの前身に身を置き、アポロ計画を進めた。彼のチームが開発したサターンロケットは全長110mを超える巨大なロケットで三人の宇宙飛行士を月まで運び、無事帰還させるという人類初の偉業を成し遂げたのだった。ゴダードと彼の違いは孤独を選ぶか、チームを選ぶかだった。
だが、私の読んだ本、「悪魔に魂を売った人々」は別のフォン・ブラウンを描いていた。
第2次世界大戦末期、今で言う巡航ミサイルであるV1号はイギリスのロンドンを火の海にしたが、世界初の大陸間弾道弾と言えるV2号ミサイルを開発し、ロンドンを恐怖に陥れたのはヒトラーのナチスドイツに協力したフォン・ブラウンのもう一つの顔だ。V1号は当時最新兵器だったレーダーで捕捉され、戦闘機での撃墜も出来たのだが、宇宙から突然降ってくるV2号は防ぎようがなかった。
彼は宇宙旅行という夢の実現を、ナチスというチームであろうが、それを利用した。ロケットの開発が出来るなら、ミサイルの開発であろうが引き受けた。いや、本心はそうでもなかったかもしれない。ミサイル開発をそっちのけでロケット開発を行っており、秘密警察から逮捕されてしまう事態に発展してしまったこともあったらしい。それでは困るとヒトラーが自ら彼を釈放することも起きている。筆者の佐藤氏は自分の夢に対して人の命と財産を奪った彼を許せないと言う。佐藤氏は「科学はあくまで平和の僕である」が新年である。だからどんなに宇宙開発に貢献しようと、戦争に協力した事実は消してはならないと言うのである。しかも、彼はそれを踏み台に華やかな栄光を手に入れているのが、なお許せないのだ。彼の開発したV2号ミサイルの犠牲になった人達から見ればとてもいたたまれるものではない。そんな犠牲の上に立つ宇宙開発の進展ならない方がよい。その気持ちは当然私にも分かる。人殺しがのうのうと表彰台に立って金メダルを首にかけてもらうのを黙って見過ごすことは出来ない。でも、「でも」なんだ。兄を見ていてフォン・ブラウンの気持ちも少しだけ理解できるのだ。
兄はパイロットになるのが夢だ。でも、現実は厳しい。スタート地点にさえ立てないことがあるのは分かるだろうか。家にははっきり言ってお金がない。大学に行った後、さらに航空大学校に通うなんて。で、兄が選んだ先は自衛隊だった。兄がスポーツ以外であれだけ打ち込んで勉強したのを見たのは初めてだった。すぐにでも飛行機に乗れる航空学生に傾いたようだけど、成績優秀ならアメリカ空軍への留学もあるというのに引かれ、防衛大学校の道を選んだらしい。兄は人殺しがしたいわけではないが、戦争となれば致し方ないと言っている。戦闘が始まれば誰かが死んでしまうだろう。兄は黙ってそれを見ていたくはないと言っていた。自分の国の人が死ぬのがよいか、相手の人の国の人を殺すのがよいかと問われたら後者だという。ただ、それは何倍も勇気のいることだという。見殺しにはしかたなかったという逃げ道がある。しかし、命令であったとしても相手を殺すことは自分の意思をもって手を下すということだ。と、兄は自分に言い聞かせるように言っていた。でも本当は99%空を飛ぶことしか考えていない。そんな兄を責める気はない。それはそれで兄らしい。
つまり、フォン・ブラウンも兄とそう違いはなかったんだろうと思う。
悪魔に魂を売ったのではなく、夢に魂を預けたのだ。夢を現実のものとするために自分を差し出したのだ。私はそんな気がしてしかたがない。筆者が言うようなことは正論だと思う。だが、人間というのはそんなものを遥かに乗り越えて進んでいくものだと思う。「宇宙に行く為なら悪魔に魂を売り渡してもよいと思った。」フォン・ブラウンの自身言葉である。こう言っておきながらフォン・ブラウンは最後まで悪魔に魂を売り飛ばすことはなかったんだと思う。だって、なんと言われようが、最後には人類に宇宙旅行の道を開いたのだから。




