表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
由美子の読書感想文 ~「悪魔に魂を売った人々」編~  作者: mugi_LEO
第1章 由美子と通子と読書と
2/25

第1章 由美子と通子と読書と

第1章 由美子と通子と読書と


ピカピカの白い車から偉そうな(偉そうにしている?)おじさんが降りてきた。大きなタイヤなのにゴムがとても薄っぺらい。バランスが悪い。おじさんは車からの降り際にスーツのえりを両手でぐいと引っ張るとそのままスーツ後ろのすそに手をすべらせ、同じことをしてシワを整え、車のわきに立った。

車の停止する音に、あわてて工場から飛び出してきた父は首に巻いた油まみれの手ぬぐいをとると、すぐに歩み寄ってペコペコとお辞儀をしている。腰をおとしてまるで「お控えなすって」をやるようにおじさんの前を進み、さびが浮いたトタンの外壁の脇を案内しながら工場に入って行った。

由美子はちらっと親友の通子を見ると、通子は小型ゲーム機の操作に夢中で、全く自分の世界から外を見渡たそう・・・などとはまるで無縁の様子だった。由美子は腰掛けていたドラム缶の上からヒョイと飛び降りるとくるりと通子の方を向いて話しかけた。


「うちの父って、いつもペコペコしてるなぁ・・・。」

「そりゃ、あんたのパパが偉いからよ。」

通子はゲームに夢中なようでめんどくさそうだ。それが通子のいいところなのか、どうしてそんなことを聞くのかとは聞き返さない。由美子は小さな石ころを蹴った。石ころはトタンに当たって小さな音を立てたが通子は目をあげなかった。


由美子は学級でそれなりだった。先生は信頼してくれているのは分かるが、友達はちょっと由美子に距離をおくのが感覚として分かる。由美子は勉強もそれなりに出来るし、それなりに自分でも可愛いと思う。ゲームや流行のドラマに疎く、ちょっと真面目過ぎて融通の効かないところがあるといえばあるかもしれないが、別段、他の子に迷惑をかけた覚えはない。ただ、ちょっとだけ、今ふうに言うと「ウザい」という曖昧な基準かつぼやっとした意味不明の基準で評価する子がいるのも確かだ。どおってことないんだけど。対して通子の外交方針は、他の文化を否定せず荒立てないということ。そんな通子とはなぜか馬が合う。

由美子をウザいと呼ぶ連中には最初は妬みからくる悪意を感じる奴らもいたが、だんだんそれが浸透してくると悪気はないというか、誰もが当たり前になってしまった、一つの文化のようになってしまった。(もちろん、それは「文化」という言葉への冒涜であるが)また、その文化が「悪」であることも分かっている。だから先生の前では絶対にそんな素振りは見せない。でも、この「悪」の文化も一つの文化なのだろう。


そういえば父のトラックに乗り、県道を走っているときのことを思い出したのだが、その時の道路標識は「50」だった。制限速度、時速50km以内で走らなければならないということは小学校5年生の由美子でも分かる。でも、父のトラックは時速60kmくらいで走っていたし、周りの車もそうだった。制限速度時速50kmの道路は確実に時速60kmほどで車が流れていた。由美子も別に気にしてはいなかった。それが当たり前だったから。ところが一台の軽自動車が車列の先頭をふさいだ。制限速度の50kmをまもって走っていたのだ。

「ん、何を考えて運転してんのかな。」父がちょっとイライラしながらも感心したようにつぶやいた。実は由美子もちょっと何かを感じていた。その気持ちが何なのか自分でもよくわからなかったが、みんな同じことをしているのに、なんでその車だけ、別のことしているのか、探さなくてもよい理由を探した。一人だけ正義感を振りかざす?それとも周りには全く無関心で我が道の行く?というような感じだろうか。

おそらく周りの車もいらだったのだろう。中にはわざと車間距離をつめて嫌がらせをするものや、前を見ようとして蛇行運転する車も現れた。



工場の戸が開いた。出ていくスーツ姿のおじさんに深々と頭を下げて見送る父の姿が見えた。私たちが先生に向かって行うそれとはあきらかに違和感があった。また、由美子のクラスメートがよくやる、相手がいなくなったとたん、下を向いたまま何かつぶやくそれとも違った。明らかに頭を下げている方ではなく、頭を下げさせている方への違和感だ。」

通子はゲーム機をドラム缶の上に置くと、ひょいと飛び降り、「なんか未来を創るって大変ね。」とスーツのおじさんから目を離さずにささやいた。

「あなたのパパ、なんかかわいそうだ」と言われたような気がした。


由美子の父が経営する町工場は、特殊な部品を作る会社だ。この工場でしか出来ない製品を作っている。その技術はすごいはずなんだけど、あまりにも特殊過ぎて使ってくれる会社がないのだ。「過ぎたるは及ばざるがごとし・・・」父はよく言う。

じゃあ、もう少し普通の部品にすればいいのだけど、それでは大きい工場に簡単に負けてしまう。とんがっていることは大事なことなのだが、それがボトルネックにもなっている。材料がとても高いので、借金をして仕入れ、売れると返済するという、綱渡りのような経営を続けている。自転車操業って言うんでしょ。こわいよね。だって、途中でキャンセルされたり、問題が生じて出荷できなくなったら、借金を返せなくなっちゃって自転車は止まってしまい、バランスを崩して倒れてしまう・・・即アウトでしょ。

何とか経営を安定して回転させるのはとても重要なことであり、ペコペコと頭を下げるのは、父にとって重要な工程なのだ。「かわいそう」という表現は、父には当てはまらないと由美子は考えている。


スーツのおじさんは、父の部品を買ってくれている人だ。もうかっているかといえば、実はぼちぼちでんな・・・というやつだ。ただ、車には相当入れ込んでいるらしく、固有の美的センスで車を愛している。乗りごごちは絶対に悪いはずなんだが、それを100%我慢しても大事にしたいものがあるのだ。職人の世界にはそういう人が多いらしい。


通子は「私、そろっと帰るね。これからピアノのレッスンなんだ。」

「ピアノかぁ、楽しい?」

「まあ、そこそこってとこね。曲が弾けるようになるのは楽しいけど、繰り返し練習は、やっぱりつまんないかな。でも、お教室には仲のいい子もいるから、行くのは嫌じゃないよ。」

「習い事かぁ、いいなぁ。」

「由美子は、習い事はしてないの?」

「うん。うちはそこまで余裕ないから。一番上の兄ちゃんは大学入ったばかりだし。」

「でも、健史くんって国立でしょ。」

「うん。国立と言えば国立かな。でも、やっぱ、なんやかんやお金かかるみたい。」

「お金かぁ、人生、地獄の沙汰も金次第ってね。でも、でも、由美子ってテストはほとんど100点だし、体育も万能だもんね。逆上がりも一発だったし、跳び箱も最上段を楽々跳んじゃうし。習い事なんて、確かに必要ないのかもね。そればそれでうらやましい。」

「そうでもないよ。家にいるしかないから、勉強してるしかないし、重たい部品を運ぶ手伝いや、工作機械の掃除とかさせられるから、体力もいやでもついちゃう。夏休みが始まったばかりなのに、いつも家にいるなんて、なんかつまんない感じがして。」

「まあ、由美子には由美子の人生があるし、私にも通子の人生があるってことね。じゃ。」

「またね。」

日が暮れるまでにはまだまだ時間がある。ドラム缶脇の大樹の陰から出ると、斜め上からの太陽が赤外線の嵐を降り注ぐ。

2、3歩見送ってから、手を振った。通子はピンクのかっこいい自転車用のヘルメットを被ると爽やかな水色の自転車をこいで遠ざかっていった。スカートが風をはらんで膨らみ、抵抗を受けて左右に揺れた。ちょっとだけ、涼しいかも。由美子は想像しながら、家の玄関に入った。


物が多く一見雑然としているように見える玄関で、他の靴と同じようにきちんとつま先を外に向けてサンダルを揃えた。居間に行くと扇風機のスイッチを「2」にして目の前に固定した。そして、両足の間にお尻をぺたんとついて座る。ファンが目の前30cmで回っている。顔の汗を蒸散させる。ちょっと前のめりになると顎にそって気流が服の間を通って胸元にも流れ込む。ああ、涼し!胸元が風で膨らむ。通子のスカートみたい。


小型携帯ゲーム機は通子のものだ。当然、通子は”彼”を連れ帰っているので、由美子はゲームも出来ない。ちょっと汗が引くと関取並みに重いトートバッグから本を取り出した。夏休みの直前、学校の図書室から借りられるだけの本を借りてきたが、こっちは市営図書館から目一杯借りてきた本の集団だ。300ページ超えの本格的名作ばかりだ。最近の学校の図書室からは駆逐された類のもので、市営図書館でも消えつつある。「怪傑ゾロリ」や「おしり探偵」は人気だけど、ちょっと物足りなくなってしまっている。由美子の手に取った本は厚さが4cmを超え、ハードカバーの表紙には題名や作者などが印刷されているだけで、派手なイラストなんかない。中をめくると細かい活字でびっしりと紙面が埋められている。時折り忘れられたようにモノトーンの挿絵がポツンと現れる。かなり古いとみえて表紙の角はところどころすり切れ、小口は若干きつね色かかっている。ちょっと古くなった紙の匂いもする。父は「由美子は『しょっぱい』本が好きだなぁ」とからかうが、舐めてみても塩辛くはない。厚手のブッカーのせいかとも思ったが、中も同じなので、本に味がないのは確かだ。ほつれかけたスピンの端を持って左右に振ると、直前に読んでいたページが開く。由美子は、1ページだけ前に戻って、「復習」から始める。すると、直ぐに「続きの世界」に自分を放り込めるのだ。


ジュール・ベルヌの作品は由美子のお気に入りだ。気に入った作品は何度も読み直してし・ま・う。「女の子のくせに」と言われそうだが、(最近はあまり使われなくなったが、人々の心の中にはしっかりこびり付いていて、時々顔をのぞかせることがある)意外にリアリスティックな冒険ものは好き。と、いってもむしろ嫌いなジャンルがないんだろうな。ただ、空想科学冒険小説は、機械職人の父の影響もあるのだろうし、何回も同じ作品をよむのは小さい時の母の読み聞かせの影響かもしれない。(でも、小さい子って、何度も同じ本を「読んで!」って、せがむんだよ)

「80日間世界一周」では、日付変更線のどんでん返しに思わず、「えっ、何なに?」て、ニヤケが止まらなかったし、「失われた世界」では、聴衆がホラ話だと思って聞いている冒険話の最後、翼竜が飛び出すシーンでは、腹を抱えて椅子からひっくり返ってしまった。

由美子は「その世界」に浸るのが好きだ。そして、その世界に浸るため、調べ物をすることも大好きなのだ。先の「日付変更線」の話からは地球の自転、緯度や経度のこと、それと海里の関係や時間の関係など、とても難しかったけど、それが分かるとなお楽しいことが分かったし、そうやって調べながら読むと次に同じ本を読んでも「また新しい物語」を読んでいるような気持ちになることが多かった。


小型の携帯ゲーム機は買ってもらえないのはしょうがないのだけど、別に欲しいとも思わなかった。由美子には最新のゲーム機よりももっとリアルな仮想空間に入れるアイテムがあったから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ