第16章 こども真ん中の誤解と情報教育の神髄
第16章 こども真ん中の誤解と情報教育の神髄
「最近よく言われる『こども真ん中』とか『子供中心主義』とかだけど、俺はあの言葉は嫌いだ。」
「?・・・先生は違うんですか?先生って私たちをすごく大事にしてくれていると思います。厳しいところは徹底的に厳しくて怖くて背筋が凍るくらい怖いと思うこともありますけど。」
「あの言葉は誤解を生む。」
「?」
「『子供はいつまでも子供じゃないということさ。いずれ大人になる。』その大前提を崩す言葉だと思っている。自戒なんだ。だいたい、あの言葉は『パンツの色まで指定しているようなブラック校則』に対して出来てきた言葉だと思うんだ。」
(パンツの色・・・よく出てきますね。)
「あれはどう考えても、学校側や先生の都合で作られたものだと思う。子供たちの心情など全く無視された校則だから、その視点を忘れるなよというための言葉だと思うんだ。」
「じゃあ、何ならいいんですか?」
「家の敷地の一部が畑になっているんだけど。」
(また、大きく脱線しそう・・・)
「定番のキュウリやトマトを作っているんだ。」
「家でも家庭菜園で母がやってます。」
「で、最初の頃は本当にせっせこ、せっせこと『水くれ』をしてわけ。」
「ちなみに『水くれ』は方言で昔の言い方らしいですよ。『水やり』が一般的だと思います。」
「・・・。で、そしたらキュウリが病気になってね。自分では精一杯可愛がっているつもりだったんだけど、キュウリにとっては迷惑な話で必要以上にジメジメしてたから、カビの病気が広がっちゃったんだ。」
「可愛がり過ぎるなってことですか?」
「可愛がる=大切にするということではないということだ。」
「人権の国、プランスだってそんな教育は行われていない。きっちり大人と子供は区別されているし、子供は出来ることがかなり制限されている。子供たちは早く大人になりたいと思うほどだ。させたいことをさせるのが大切にすることだなんていう勘違いはしていない。逆に子供は積極的に保護されている。ゲームや映画のレイティングなんかが典型だ。」
「あの何歳以上とかいう表記ですね。」
「大人が子供に制限を加えて守っている良い例だよ。子供のやりたい放題を放っておいてはいけない。自由には責任が伴うと言うことがDNAに組み込まれているんだ。子供が責任をとれないなんて自明のことである以上に、大人がちゃんと子供に対して責任を負うという風土なのさ。日本は先ず、大人が責任をとらないという風潮だからね。子供たちは迷うわけだよ。」
「でも、先生。『子供が真ん中』ってことはその両脇には誰かいる訳ですよね。子供を真ん中において守っていくってことじゃないですか。それって先生が今おっしゃったことと同じですよね。」
「さすがに言葉に敏感だね。子供の周りには囲んでいる人々がいる。その通り。親、先生、地域の人々、社会・・・。で、ちなみにこの『こどもまんなか』っていう言葉ってキャッチフレーズは何?何からきているの?」
「なんか、チコちゃんに叱られるみたいになってきましたね。」
「ボーと生きてんじゃねーよ!って最初NHKで使われたとき、実際にびっくりしたけどね。で、この『こどもまんなか』っていう言葉って、ほら。」
由美子は村上が差し出したスマホをのぞき込んだ。こどもというロゴの回りを文字がまわって『こどもまんなか こども家庭庁』というロゴとなって現れた。
「こども家庭庁からきているんですね。」
「まあ、子供の自殺や虐待、犯罪など、子供を取り巻く多くの問題が噴出する中、少子化の問題も深刻さを増したんだね。そこで政府がこりゃいかんと思っていたところ、『Children First』なんてことを勉強していた自民党の若手議員から、子供政策を横断的・中心的に推進する省庁を創ろうという提案があったらしい。その動きが国会でも出てきたと聞いている。」
「『Children First』って、どこかの大統領だった人のキャッチフレーズに似てますね。」
「グレート、アゲイン!」
「先生。」
「先に仕掛けたのは由美子だからな。」
「ソーリー。」
「そう、管総理の頃だったよな。」
「・・・。」
「で、最初は『こども家庭庁』という名称だったのが、異論があって『こども庁』に、さらに別の異論もあって『こども家庭庁』に落ち着いたらしいけど、そのへんは自分で調べてくれ。それで、この『こども家庭庁』なんだが、その目的は『こどもまんなか社会』の実現なんだ。この『社会』ってところが重要で、そのために『子ども基本法』を元に『こども大綱』というのがつくられたのさ。」
村上はさらにスマホの画面を見せた。
「加藤大臣が方針なんかを説明しているだろ。」
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「こども大綱」では、全てのこども・若者が身体的・精神的・社会的に幸せな状態で生活を送ることができる「こどもまんなか社会」の実現を目指しています。
そして、そのための基本的な方針として、
①こども・若者は権利の主体であり、今とこれからの最善の利益を図ること、
②こども・若者や子育て当事者とともに進めていくこと、
③ライフステージに応じて切れ目なく十分に支援すること、
④良好な成育環境を確保し、貧困と格差の解消を図ること、
⑤若い世代の生活の基盤の安定を確保し、若い世代の視点に立った結婚・子育ての希望を実現すること、
⑥施策の総合性を確保すること
を掲げています。
この「こども大綱」では、これまでにはない、初めての試みとして、
まず第1に、目指す「こどもまんなか社会」の姿を、こども・若者の視点で描き、それに対応する目標を定めました。
第2に、こども・若者が「権利の主体」であることを明示するとともに、こどもや若者・子育て当事者と「ともに進めていく」としました。
第3に、政策に関する重要事項について、こども・若者の視点でわかりやすく示すため、こども・若者のライフステージごとに提示しました。
第4に、こども大綱の下で具体的に進める施策について、今後、毎年、「こどもまんなか実行計画」を策定し、骨太の方針や各省庁の概算要求などに反映することにしました。
第5に、こども・若者、子育て当事者を始めとする様々な方々から、対面・オンライン・チャット、パブリックコメント、アンケート、ヒアリング、児童館や児童養護施設への訪問など、様々な方法で意見を聴き、いただいた意見を反映するとともに、こどもや若者にもなるべくわかりやすくフィードバックしました。
(こども家庭庁のホームページより)
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「要は、こどもたちの声に耳を傾け、いっしょになって、こどもや若者が住みやすい社会をつくっていこうってことだ。全くその通りだと思う。さらに加えられたのが子育てをしやすい社会を実現しましょうということだ。」
「子供が公園で遊んでいたら、公園の周りの家からうるさいと言われて遊べなくなったというニュースがありましたね。」
「バスにベビーカーで乗り込んだら、たためって怒鳴られたって事件もあったね。もう少し寛容な社会にならないかってことなんだと思う。」
「結局、先生って何が言いたいんですか?」
「2点ある。一つ目はキャッチフレーズ『こどもまんなか』『Children First』という言葉が誤解を生まないかという点だ。こどもたちの声に耳を傾け、いっしょになって、こどもや若者が住みやすい社会をつくっていこうという風には聞こえない。子供優先、子供がしたいと言えば何でも許されてしまうというように誤解されないかだ。そして2点目は、子供はやがて大人になるということだ。もっと極端なことを言えば、子供もやがては老人になるということだ。自殺や虐待の問題は深刻なんだが、子供だけの問題ではない。みんなにとって住みやすい社会であり、子供だけが優先される社会ではない。それは当然軽重はある。でも、今の政策は行き当たりばったりで、世間の全体を見据えているとは言えないような気がしている。」
「子供と大人って、難しいんですね。子供と大人の関係って、今まであまり考えたことありませんでした。それこそ、ボーっと生きてきたと思います。」
「法律や社会秩序の点では、子供と大人の線引きってどこかでしなけばならないが、実際は子供でも大人みたいな子もいるし、大人でももう一度幼稚園なり小学校なりからやり直した方がいいと感じる大人もいる。勉強だけでなく、しっかりと大人として認められるだけの教育がどっかにいっちゃったようだ。『学のある人』が居なくなっちゃったと感じる。」
「先生は、知識が豊富で頭がよい人というよりは『人格者』って意味で使ってますね。」
「まあ、そんなところなんだが。」
「詐欺や闇バイトに簡単に手を染めるなんて本当に節操が無くなってきましたものね。」
「『節操』なんて言葉、久しぶりに聞いた。」
「祖母がニュースを見る度に言っているから耳にタコが出来まし・・。」
由美子はあわてて耳を両手で覆って隠した。
「大丈夫。俺も学んだ。由美子は教え子ではあるが、他人だものな。」
「それってちょっと冷たい言い方に聞こえますけど。」
「ついでに言うと情報教育に対しても不満がある。」
「あ、話をそらす。でも、先生って、ほんと、不満だらけなんですね。」
「ああ、『必要は発明の母』『不満は改革の父』って言うじゃないか。」
「?『偶然は発明の父』とか『締切は発明の父』とか『不便はイノベーションの父』とかは何かで読んだことがありますが、それって初めてです。」
「そりゃ、村上作だから。」
「もう!」
「由美子も端末を学校から貸与されて使っているだろう。」
「はい。クロームブックですね。iPadを使って見たかったなぁ。」
「贅沢は敵だ。iPadは高い。コロナ騒動で一人一台端末の取り組みが前倒しされたから、けっこうゴタゴタしながら手に渡ったけど、これで学校での授業の様子も大分変わったよな。」
「まあ、そうですね。課題が示され、調べたり考えたりして提出するとお友達と比べることが出来る。それが話し合いに発展していき、新しく調べたりして考えを深めていく。まあ、以前もやってたことなんですけどね。スピーディーになったと感じます。でも、なんか『ぱなし』になったよう。」
「『ぱなし』か。『オープンエンド』とか、聞こえはいいが、それぞれが発表して終わり。議論にまで発展しない・・・つまり、表面をなでておわり。これも予定調和のたまものなんだろうな。ぶち壊して議論に発展していくことがない。教員の質なのか、学校教育システムの破綻なのか。」
「そう、みんなの意見を知って終わり。村上先生の授業もICTが入ってから、ちょっとつまらなくなった。せっかく今までよりもみんなの意見が見えるのに、いつも時間切れ!」
「ドキッ!確かに、ICTマジックに翻弄されていたようだ。いかにたくさんの考えを表出させるか。それに重きを置いていた。それって、結局はたくさんの意見を戦わせ、淘汰され、アウフヘーベンされた意見を捻出し、その過程でクラスの中の一人一人の思考力を高めようとするための手段で、目的ではなかったはず。由美子の言うとおりだ。ごめんな。・・・最近のツールは、自分の意見をカードに書いて、大画面モニターに一斉に表示させることができるだろう。」
「みんなの意見が一覧で見えますものね。こちらのモニターでも気になる意見を拡大表示させて見ることもできますから、とても便利なんですけど。」
「『けど』が付いたね。そう、この場面一つでもこれを見ている人がどう見てるかで全く違ってくる。同じ意見を探して、安心しようとする。これが大勢だったら、本当に安心して思考が停止してしまう。もし、違ったら罪悪感を抱き、何も考えずに自分の意見を捨ててそちらの意見に加わる。でも、出来るだけ自分の意見と違うものを見つけようとしたら。どうして、この人はこう考えるのだろう。ましてや、みんなだったら、自分が真剣に考えたら考えたほど、そこの理由を突き詰めようと最初から思考し直したり、みんなの考えのエビデンスを検証しようとするんじゃないかな。」
「つまり、先生は、私の『けど』の原因はそこにあると言いたいんですね。」
「さっき『ぱなし』って言っていたことさ。最後までいかず、尻切れトンボになる不快感とでも言うのかな。それとも、とってもすごいことが出来るのにそれを生かしていないというか。遠くまで行かなければならず、あえいでいる人に空飛ぶタクシーでも買っておいでと大金を渡したら、わらじを買って喜んでいるような。あ、別にわらじが好きなのを否定するわけじゃないよ。」
「でも、ギガスクールって先生も認めているでしょ。先生の不満の原因はそこ?」
「ああ、情報教育を進めていくこと、つまり、一人一人が端末を持つということは、単にパソコンやタブレットが使えるようになるだけじゃないはずだ。ハードウエアやソフトウエアは使い方を覚えても、別のところで端末が換わってしまえば、一からではないにしろ、また新しく使い方を覚える必要がある。それよりも重要なことは、一人一人の思考や考えを表現するエビデンスの手立てを得たということだと思っているんだ。つまりデータを元に一人でも戦える環境が出来たということ。何が言いたいかというと今までなかなか出来なかった「多数決文化の崩壊」(必ずしも多数が正解ではない)をもたらす環境が整いつつあるということだ。数や忖度や権威によって「正」が決まるのではなく、真実やデータで「正」を決めるという文化を醸成していくことができるということに他ならないと思うんだ。データが正しければ、99人を相手に一人でも戦えるということさ。これほど誰でもデータを探し、加工し、分かりやすく表現できる道具は他にない。単に端末の使い方を教え、それを覚えるのでは日本は対して変われないであろうと思うのさ。日本人の思考や文化を世界標準に変えるにはいいチャンスなんだけどね。」
「昔からの『島国根性』とか『ガラパゴス文化』は今のままでは改善しないってことですね。」
「それでも新しく始まったICT教育の推進、ギガスクールプロジェクトは悪くはないと思うよ。ただ、これも長期の展望に成り立った政策とは思えない。場当たり的だ。本来なら、もう20年も前に始まっていて当然のプロジェクトだから・・・。」
「私はありがたいと思っています。家じゃ兄のお古ですから。絵や文字、音楽や映像、コミュニケーションも電卓も教科書やノートさえ、みんな一つの中で扱うことが出来るから、すごいですよ。考え方を広げたり、深めたり、補強したり、ホント、便利なんです!」
「そうだよな。ホントにすごいツールなんだけど、どれくらいの人が本当のそのすごさに気付いているか。そして、それを生かそうとしているんだろうか・・・。」
「先生って、変、というか珍しい。熱いですよ。」
「いや、もっと熱い人はいっぱいいるさ。内部で原子炉のごとく燃えているのに、クールに振る舞っているから目立たない。みんな子供たちに向けて小出しに注いでいるんだ。叫んでいてもどうにもならないことを知っているから。出来ることをしている。あとは忙しすぎて内部で燃えさかる炎を自覚している余裕がない者はもっと大勢居ると思う。」
「でも、先生。先生はなんとかしようと思っているんですよね。いったいどうやって?議員さんとかに立候補するんですか。」
「学校の先生を辞めてそれに賭けるほどの勇気は無いし、それで出来ることはたかが知れていると思うんだ。」
「・・・。確かにきっと私もそれは出来ないと思います。でも、議員さんはいいんじゃないですか?」
「政治のシステムそのものがおそらく破綻しているのに、そこに入っても巻かれてしまっておそらくほとんど何も出来ないだろう。または蹴落とされるだけだろう。石破さんなんかそうだね。」
「じゃあ、どうすることも出来ない?」
「いや、マスコミの力がある。といってもテレビとかじゃなくて『本』かな。もっとも紙媒体ばかりじゃなくてデジタルでの本の発表の機会が今は増えている。うまくすれば多くの人が賛同してくれると思うんだ。」
「いいねがン万とかいうやつですね。」
「まあ、地道に取り組んでいるよ。書いている時間がとても限られているのはネックだけどね。由美子に作文、読書感想文を勧めるのはそんな理由もあるんだ。」
「なるほど。」
「まあ、ものを書くっていうことは何と言っても仕事や勉強と平行してやれるの中で対費用効果が大きいものだと思うからね。」
「私も書くということを通してこんな勉強になるとは思いませんでした。」
「まあ、由美子は特別だ。一冊の本を通して関連する多くの本を読み、人ととことん話し合って世界を広げ、深めていく子はあんまり居ないけどね。大体、時間を無駄だと感じて一つのテーマから離れないもんなんだが、由美子は気にせず、関係あろうがなかろうが、世界をどんどん広げていったものな。」
「だって、面白かったんですもの。感謝してます。先生のおかげです。」
「あ、その言葉聞きたかった。教師にとって一番のご褒美だから。」
「やったぁ!ご褒美をもらうんじゃなくてあげることができた!」
学校から帰ると通子から電話があったそうだ。遊ぼうっていう電話だったらしいけど、最近由美子は学校に入り浸りで家に居ないことが多い。
コールバックする。
「由美子ん家のママに聞いたら、ほとんど毎日学校に通って村上ちゃんと二人で話をしているらしいじゃない。私の村上ちゃんをまさかとるつもりじゃないでしょうね。」
由美子と遊べない不満を冗談でぶつけているだけなんだけど、由美子にはけっこう本気に聞こえた。
「通子、ごめんね。感想文を書こうと頑張れば頑張るほど分かんないことが出てきて気がつくと先生と何時間も討論しているってことも多くて。」
「由美子ってなんかすごい友達なような気がする。私もそんな由美っちが気にいっているんだけど、やり過ぎるとよくないよ。まあ、私なんかのように『普通』の教え子だったら村上ちゃんもここまでやってくんないだろうけど。まあ、今晩家族で花火やるんだけど、いっしょにやんない?おいし~いスイカもあるでよ!」
「ありがとう。お母さん、送り迎えは大丈夫だと思うから絶対に行く。工場脇の畑で採れた野菜をお土産にするね。」
「じゃ、暗くなる7時頃ね。待ってるよ~。」
「通子、ありがとう。助かった。」
「?」




