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由美子の読書感想文 ~「悪魔に魂を売った人々」編~  作者: mugi_LEO
第1章 由美子と通子と読書と
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第15章 教育は大丈夫?

第15章 教育は大丈夫?


もう、お盆のすぐ間近だ。ありきたりの表現だが、ジリジリと身を焦がすような真夏の日差しがそのピークを告げている。教務室の冷房は汗をかかない程度にうまく抑えられているが、新採用の頃は扇風機と団扇うちわで汗だくでいたことを思い出すと、ほんと、贅沢だと思う。もっとも、当時と暑さのレベルが全く違うような気もするが。

お盆近くになると夏季休暇や年次有給休暇を消化するために休みをとる教員が多くなる。普段帰りも遅く、土日も学校に来て仕事をする者が多いので、この時期の家族サービスは教員にとっての義務に近い。だが、村上のように年休(年次有給休暇)の消化のために、出勤簿上は年休にして出勤している者も少なくない。それに加え、妻の頼みよりも由美子のおねだりを優先してしまった村上だ。教師として由美子との話はとても楽しい。一緒に冒険を始めた相棒のようだ。妻は後を押してくれるのは分かってはいるが、ちょっと心苦しいところだ。その分お盆の間は目一杯一緒にいたいと思う。


「先生、今日は先生の一番得意分野、いや専門の教育問題ですよね。」

「ああ、そうらしいな。・・・やっぱりやめる。」

「だめです!先生!まな板の上の鯉を目の前にしながら、なんか不満そうですね!」

「いや、鯉は俺だろ!なんというか、自分がその立場にいるだけに、墓穴を掘るようで、なんかこう、自分自信を否定したり、エゴイストで嘘つきな自分をわざわざ自分から掘り出すようで、うん、気が乗らないだけさ。でも、自分で声に出してはっきりさせておく必要も感じている。」

「なんか、先生、スカイツリーの展望台からムササビスーツで飛び出そうとしている人みたいですよ。緊張しないで頑張ってください。クラスの人達も私も、先生のことをとても気に入っています。来年も担任でいてほしいと思っているんです。元気出して、ね、先生。」

「かなわないな。分かったよ。でも、由美子、ここでの話はここだけにしておいて欲しい。そして、お前が少なくとも成人するまでは心の中にしまっておいて欲しいんだ。お前が人をおとしめるようなことを言うような子じゃないし、自分しか知らないことを自慢したりする子でもないことは担任の俺がよく知っている。でも、俺にも養うべき家族もいるし、第一、死ぬほど恥ずかしい。」

「んー、なんか予想と真逆で随分と重いですね。でも分かりました。生徒と教師の関係というよりも女と男の関係での話ですから。」

「また、そういう言い方をする。ほんと、人間と人間のガチでの話だからな。」

「はいはい。分かったから始めましょう。で、日本の教育の問題ってなんなんですか?」

「いや、教育の問題・・というちまちまと改善を進めていく『問題』という言い方よりは、おそらく日本の教育自体がシステム的にもう崩壊してきているんじゃないかと思えて仕方ないんだ。」

「まただ。政治の話のときのようですね。なんか、そういうところから話が始まりますね。でも、崩壊って積み上げてあるものがバラバラと崩れていく様子ですよね!私達ってそんな中にいるんですか?」

「いや、そんな心配させるつもりもないんだが、由美子達には考えるきっかけにして欲しいと思うんだ。あくまで村上の考え方としてね。正しいかどうかは由美子達が成人し、どう育っているかによると思う。ただし育つだけだったら、それは間違いなくほぼほぼ立派な大人にはなっていく教育システムは維持していると思う。ただし、それがその時点の日本のベストの人材となり、これからの日本を担っていけるかどうかは別として。」

「このままいったら私たちは日本が必要している人材とはならないということですか?大人になって頑張って仕事して好きな人と結婚して、子供を産んで、ちょっとだけ幸せを味わう人生じゃダメなんですか?人材って、会社の稼ぎ手みたいじゃないですか?」

「でも大人になって仕事がなかったら?」

「え?」

「で、国全体でそうなったら?」

「えっえっ?」

「前にも話した通り、今日本の経済は厳しい状況になっているということと、おそらくだけどその原因は話しただろう。」

「高度成長期に大量生産に成功し、品質がよくて安いものを世界に売った。でも世界との競争力を維持するために安さ競争に入った。安くするために人件費を削った・・・みたいな。それで逆に国際競争力を失って・・・。」

「言われたことをきちんと理解し、他の者と協調しながら、文句も言わずに黙々と働ける人材、言われた通りにきちんとこなせる人材。これらの人材は高度成長期に必要とされた人材のイメージだけど、教えられた通りに、間違いなく、言い換えれば余計なことはせず、従順に働く能力だと言える。一言でいうなら「受け身」かな。言われた通りに動くが、言われなければ何もしない。その画一化の教育が行われている中、他の国でも同様の製品が生産され、豊かだった日本の賃金が高くなり、製品もそれなりの値段となっていく中、新興国では安い賃金を生かし、同じような製品を安く提供した。日本は対抗するために効率化を行なったが、結局はリストラで人件費を削り、育ててきた人材とともに技術を海外に逃してしまった。近隣の国では将来を見据え、2000年頃から教育を外国語教育と情報教育を重視した新しい人材の育成にシフトした。日本は前の成功体験から抜け出せず、そのまま。賃金も何十年も上らないという考えられないような『負』のスパイラル、螺旋降下に陥ってしまった。」

「先生はよく、『覚えようとばっかりするな!』ってよく檄を飛ばすのはそれですね。『自分の頭で考えろ!』『目的を忘れるな!』『それが意味するものはなんだ!』とか、通子は面倒くさがってますけど。『いちいち考えるの面倒じゃん。覚えた方が絶対ラク?』とか『最初に新しいことをやって苦労するより、上手くいったことだけ真似すればいいじゃん』とか言ってますよ。でも、先生はそうではいけない!って言ってるんですね。でも通子の考え方じゃダメなんですか。」

「ダメとは言わないさ。色々な考え方があっていい。でも、未だに通子のような考えが主流だから、そうじゃない人材も育てていかなきゃいけないんじゃないかってことさ。また、教師がその時代の人たちで大勢を占めているし、若い教師が入ってこない時代だからなぁ。しかも、知り合いの市教委の指導主事が『最初に新しいことをやって苦労するより、上手くいったことだけ真似すればいい』って堂々と言っているくらいだからな。残念ながらもう世界はそれでうまくいく時代じゃなくなった。」

「でも、最初に何も分からないところから始めるのって大変だし、時間もお金もかかるんじゃないですか?」

「その通り。じゃ、やめる?」

「うっ。私ならやりたい・・・と思う。でも時間やお金が・・・。」

「大変だよなぁ。」

「そこまで大変な思いをしてやるメリットってあるんですか?」

「じゃ、聞くけど、その大変さって、何?」

「? ・・・言ってる意味が分かりません。時間、お金?」

「時間やお金を確保することはもちろんそうなんだろうけど、おそらくそれが失敗ばかりで最終的にダメだったらっていう不安と戦うことだろうな。」

「先の見えない不安ってことですか。」

「まあ、先人は『夢』を『目標』に変え、『実現』という過程を経て今の社会を作ってきた。そこには数々の失敗が山のようにあり、その山を踏み台にして頂上を目指してきたんだ。実は失敗というのは成果の一つなんだよ。同じことをしたら失敗することは分かったはずだろ。だからまた原因を考えてちょっと変えてやってみる。そうやりながら到達点を少しずつ伸ばしていくんだ。今成功している人物を思い出してごらん。例えば『スペースX』のイーロンマスク。打ち上げたロケットの一段目を垂直着陸させて回収するという技術を確立したよね。最初は大失敗続きで周りからそれみろと散々揶揄されてきたんだ。 そんなもの、出来るわけないとね。でもね、ロケットが着陸に失敗するという同じような失敗に見えて、実は前と同じ失敗を繰り返さないように細かく改良を重ねていたんだ。そして今ではもう誰にも真似の出来ない技術を確立したんだ。他よりも進んでいて簡単には追いつけない部分、俺は『エッジオーバー』と呼んでいる。苦労するということは、このエッジオーバーを作ることなんだ。今、世界の企業、いや、国家が目指しているのはそこなんだ。AIなんかそうだろ。」

「大変だけど、失敗が続くと心が折れますね。」

「そんなことはない。彼らは行程を細かく分けて順次進めていく、つまり双六すごろくのようなものなので、失敗ではなくて、『まだそこまで到達していないが、ちょっとでも近づけばそれはそれで成功』なのさ。大爆発したってロケットが戻ってきたことで大はしゃぎさ。」

「ふ?ん、随分と前向きで楽天的てすね。」

「でも、大事なことだと思う。今の教育界、いや教育界だけじゃなく、社会全体が失敗を悪と見なして『石橋を叩いても渡らない』どころか、叩くことさえしない雰囲気がある。」

「そうですね。私たちも間違うことに対してとても敏感になっていると思います。正解じゃないといけないみたいな。男子の一部にはドリルの答えを写して提出しているという話を通子がしていました。」

「間違わないことや正解を追い求めることは決して悪いことじゃない。でも、世の中って何が正解で何が間違いか分からない事ってたくさんあるじゃないか。」

「ほら、先生の口癖がまた始まった。だから、自分の立ち位置を決めるために情報を集め、自分なりに判断を下すのが大切って言いたいんでしょ。」

「まあ、そうだ。」

「でも、クラスメートは先生が思うほどそんなふうに考えてませんよ。やっぱり正解じゃないと不安だと思います。」

(それって名付けて「あってる・あってないシンドローム」!)

「じゃぁ神様が絶対正解って言ってくれるの?」

「いや、神様じゃないけど、教科書もそうだし、ドリルの答えは正解なわけでしょ。」

「それは概ねそうと言えるが、絶対じゃない。」

「はいはい。代表的なのは『天動説』と『地動説』ですよね。」

「『いい国作ろう鎌倉幕府!』は『いい箱作ろう』になって、結局はそのあたりということになったし、聖徳太子も実在さえ疑われるようになり、最古の人類は数十万年前から400万年前となり、今では700万年前と言われるようになった。元寇だって2回目は神風どころか風さえ吹いていないらしいこととか、結構いろいろと変わっているんだ。」

「社会科ばっかりですね。私は5年生だから歴史の勉強はしていないんですけど。でも、兄の教科書を見てるからなんか、実感が湧かないですけど、聞いたような事柄が出てきますね。大方の年寄りはそういう感覚をお持ちなんですね。」

「俺は、まだ若いんだけど。」

「つまり、世の中には色々な考えがあり、新しいデータがアップデートされる中で、主流となる考え方も変化する。だから、クリティカルに考えろということですね。」

「由美子、いつの間に暗記した?」

「耳にタコが出来てますから。」

「どれ?」

村上は、由美子の左耳の耳たぶを軽く引っ張ると中を覗き込んだ。

「あん。」

「別にタコなんてないぞ。」

「先生△#%&、エッチ!小学生女子の身体に気安く触れないでください!」

「あ、悪い。別に他意はない。」

「もう、先生ったら。他の先生だったら訴えてますからね。」

村上には完全に由美子が小学生女子だということを失念していた。逆に由美子も女の子なんだから、別の配慮も必要だと改めて思った。ちょっと他人じゃ無い感覚になっていたようだ。教員が陥ってしまう、気を付けなければならない感覚のひとつだ。咳払いをひとつ。

「で、日本の学校の親玉って知っているか?」

「教育委員会?」

「もっと親玉。」

「文部科学省?」

「そう。そこが10年に一度、学校でどんなことをどれだけ教えるかっていう決まりを出すんだ。」

「学習指導なんちゃらですね。」

「そう、『学習指導要領』っていうんだけど、これは教育課程審議会っていうその方針や具体的に盛り込む内容を決める組織の発表を元に決められるんだ。各界から色々なひとが集まって意見を言うから決まった時間では到底教えきれないほどのたくさんの内容や方法が盛り込まれた方針が示されるんだ。場合によっては、実験校で先に実施され、そのやり方や内容で良いかが試されることもある。」

「それがまた色々な会議を経て、実際の内容や教えるのに必要な時間等が具体化されていくんだ。」

「良いですね。」

「先生も、これらの取り組みは、結構先を見通した意見も出てくるし、参加者の熱意を感じることが出来るんで、悪くはないと思っている。」

「でも、不満がある・んですね。」

「実は2000年の改訂の時に大きなチャンスがあったんだ。ここでは『総合的な学習の時間』が生まれたんだ。覚える学習から生み出す学習が取り入れられ、これは今までの日本型学習にはない画期的なことだった。もう一つ。小学校でも英語を中心とした『外国語』学習の必修化が議論されたんだ。プログラミングもそうだったし、次の世の中のグローバル化やICT化に向けた議論だったんだ。」

「すごいですね。あれ、でもそれらってつい最近始まったばかりと思うんですけど。」

「そうだね。それらの必修化は見送られ、総合的な学習の時間でやる内容例としてお茶を濁された、とても中途半端な内容となってしまったからね。」

「失敗した?・・・ということですよね。」

「まあ、そうかもね。アジアの諸外国はこぞって英語を必修化していったのに、日本は完全に出遅れたのさ。英語教育自体は日本は優秀で読み書きに関しては悪くなかったと思う。ただし、話すことに関してはからっきしだめでグローバル社会でコミュニケーションをとるところは非常に弱いままだったんだ。アジアでは植民地時代に英語が公用語となったインドがアメリカを中心とする国際社会で活躍しているのを目の当たりにしながらね。」

「『総合の時間』はどうだったんですか?なんか、あんまりパッとしてないようなんですけど。」

「そうだね。あれは相当大変なんだ。各教科では教科書や赤本・・・先生方が教えやすいように教え方等が赤い字で書いてある本があるんだが、それらは教える内容やその構成、順番などカリキュラムが丸ごと本になったものと言える。しかし、『総合』の場合はそれらを学校や教える先生がほぼ一から作ると言っても過言ではないので、事前調査なども含めると膨大な時間と手間が必要なんだ。その時間と手立てが俺たちにあったと思う?」

「先ず、無いですね。先生方がただでさえ朝早くから学校に来て夜遅くまで仕事をしているのは、私たち子供でも知っている事ですから。おまけに部活動で土曜とか日曜も働いている方も知っていますし。時間的なゆとりは全くといっていいほどないですね。」

「それから、これはあるあるなんだけど。」

「お試しもあるって言ったじゃないか。あれも実は予定調和のたまもので、『研究指定校』と言われるそれらの学校では、それを学校の取り組みの中心において目標達成のために120%の力で実践するのでどうしても良い評価になる。その学校の先生たちは寝る時間もなく取り組むので当然だよな。せいぜい3年程度頑張ればそれからは解放され、実績として評価されるので、後の人事にも影響してくるから何とか頑張れるんだ。ところが、ある意味何もかもそこに集中して取り組んでいく研究指定校とは違い、実際色々な取り組みがごちゃ混ぜになっている一般校ではそこまで頑張ることはそもそも無理な話なんだ。もちろん成果ばかりではない中で、研究成果としては良いところだけが取り上げられ、予定調和から外れたところは葬りさられる。現実離れした良いとこ取りなのさ。」

「へえ?。それでは現実的にうまくいくのは難しいですね。」

「実際、若い時にそういう学校に勤めたことがあるけど、研究のまとめに問題点を書いたら、校長先生からあっさりとボツを言い渡されたこともある。」

「なんか未承認の着色料と合成甘味料をたっぷりと使ったケーキみたいですね。」

「また、わけのわからない例えをする。」

「で?」

「『総合の時間』については、そんな訳の分からない教育活動よりも、その時間を利用してどんどん知識を詰め込んだり、学習したことを習熟させる時間に使った学校もあったと聞く。」

「『総合』の時間なのに『総合』的に考えられて作られた教科ではなかったんですね。しかも『あるある』なんて。」

「まず言っとくけど『総合的な学習の時間』は『教科』ではないよ。教科書は「ないだろう。」

「確かに。」

「まあ、日本の教育分野に限らず、こういうことはあるあるな問題なんだ。でも特に教育分野では大きいいかな。なんせ教員は働かせ放題だから。神聖な職業だからお金云々(うんぬん)は馴染まないと思われてきたし、我々もそう思ってきた。」

「お金ですか?」

「そう。教員は一定のお金を支払うから残業代はない仕組みなんだ。確かに教員の場合、残業の定義は曖昧になるんだけど。」

「でも一定のお金が上乗せされるんでしょ。働いても働かなくても。いいなあ。」

「でも、実際の話、過労死ラインの月80時間以上はおろか、100時間を超えて働いている教員は一人や二人じゃない。労働基準法という働く人のための法律では月45時間以上の残業は基本的にさせてはならないことになっていて、これ以上は特別な場合以外は許されないことになっているんだ。もっとも公務員は労働基準法が完全に適用されるわけじゃないんだけどね。ちなみ家での持ち帰り仕事を含めると教員の平均残業時間は96時間と言われている。完全に過労死ラインを超えているじゃ?ん。ホワイ、ジャーパニーズピープル、ソー、オーバーワーク!?」

「私も厚切りジェイソン、好きです。残業時間の件、つまり働き過ぎだということは分かりました。でも、お金とどういう関係があるのか分かりません。」

「今私たちがいただいているのは『教員特別手当』といって給料の4%が支給されている。これは時間に換算すると一日約30分ぶんの上乗せ。土日を抜かして月に25日働くと750分、つまり12時間半ということになる。残り分83時間と30分の残業代、ちなみに法定労働時間40時間を超えたら、本当は25%の割増が発生するので膨大な額となる。おまけに小学校でも過労死ライン超えが半数、中学校では3/4がそうだから、人数としても多くの支払いが必要となる。これを支払うとなったらおそらく財政は破綻する。」

「・・・。」

「教員の献身におんぶに抱っこだったものが、これだけの支出を伴うとなれば、いやでも学校の体制を見直さざるを得なくなるだろ。」

「先生たち、首になっちゃうんですか?」

「お金がかかるから、もっと少ない人数で教えろと?一人あたりの残業がもっと増えるぞ。」

「じゃあ、今まで以上にサービス残業が増えるということですね。」

「んなことしたら、誰も教員になりたがらない。いや、それはないな。志の高いやつは必ず居るから。でも、学校が維持できるほどの教員が確保できなくなるのは間違いない。事実毎年教員採用試験の倍率が下がり続けている。多くの若者が職業として教員を選ばないようになってきている。そうなると教員に向かない者まで採用されていくことになる。」

「教員に向かない者って?」

「ごめん、それはノーコメントだが、代表的なのはクビなどの重い懲戒処分を受けるような人だ。」

「コメントしてる・・・。『チョーカイ』て?」

「要は罰のことだ。最初に戻る。」

「そうですね。話があっちこっちにとんでますよね。」

「教育に対する根本的な考え方というのが時代に合わなくなってきているということだったね。」

「そうでしたっけ?」

「そうだ。」

「じゃあどうぞ。」

「分かりやすいのはテストの状況かな。あくまで単純にだけど。今までのテストといえば、教科書やノートの持ち込みはだめだよな。テストまでに決められた範囲を必死で覚えて、それを答案に写す。でも、そうじゃなくてある課題が出されたら自分で必要なメディアを使って調べ、それを元に自分で考えたアイディア、まあ考えだな、を表現する。場合によっては人の意見を聞いて参考にしてもよい。」

「先生、それじゃ点数がつかないじゃ無いですか。」

「何で点数つけなきゃいけないの?」

「えっ?」

「評価は出来るよ。」

「考えを導くのに人を含めた必要なメディアを駆使しているか。自分の考えの根拠が整合性ももって述べられているか。相手に分かりやすいように工夫されているか。他人の考えに乗っかる場合にはその根拠が示されているか。そして、その考えがオリジナリティーのあるものか。つまり、他人に迎合していないってことかな。」

「それじゃ、3・2・1なんかの評定も難しいんじゃないですか?」

「なんで1・2・3の評定なんかつけなきゃいけないの?必要なのはメディアを駆使できていないと評価したら、それに対して支援し、力を付けてあげることだろ。」

「まあ、そうといえばそうなんですけど。」

「由美子でさえ、『そういう感覚』なんだから、世の中の大人、教員も含めてね、変わらないわけだ。」

「でも、大変そう。」

「大変だと思うことは、やらないのね。」

「いえ、そんな。」

「良いことなら、大変だと思うことでも挑戦するのが本当じゃないの?」

「・・・。」

「ごめん、イジメた。そんなつもりはないんだけど。」

「・・・・。」

「もちろん、今までのやり方を全否定するつもりはない。ただ、大きくシフトして行かないといけないんじゃないかと思う。」

「・・・。」

「それでまた最近、単に人気取りの政策が流行してきて教育が新しい展開に進むと期待されているんだけど、俺に言わせれば『逆行』だ。今、一番やっちゃいけない方向に向かっているような気がする。」

由美子がちょっと顔をあげた。

「・・・、それって?。」

「『教育の無償化』さ。俺も電子書籍のサブスクを始めてから、実はじっくり本を読むことが少なくなったような気がする。『タダ感覚』って思考の中の価値観まで変えてしまう。」

「でも、能力がありながら学校で勉強出来ない人も沢山いるんでは?私は賛成なんですけど。」

「俺はそれとこれとは違うと思う。そういう人を支援する政策と誰でもタダにするのとでは全く性質が違う・・・と考える。極端な例だが、由美子のお兄さんはその道を見つけただろう。頑張ろうと思えば、本当は道があるし、そのために努力もしただろう。」

「まあ、兄の場合は極端だと思いますけど・・・。今は経済格差が広がって高校にさえ通うのが難しい人たちもいらっしゃるって。」

「それなら、その人たちに支援をすればいいだけの話さ。奨学金を充実させて、ヨーロッパの国々のように返還義務を無くしたり、最初から施与したりすればいい話だと思う。全員に少しずつばらまくよりも施与できる金額も多くなるし。」

「なるほど。」

「そして、最悪なのが『給食費の無償化』を『教育の無償化』と言っている政治家や自治体、マスコミのなんと多いことか。」

「チコちゃんに出てくる言い方ですね。」

「『喰って終わり』が教育かぁ!それだけのお金があったら人を雇ったり、教材を充実させたり出来るんじゃないか?早々と取り組んだM市は年間1億7000万円も使うんだ。これが腹の中に入って終わりだ。」

「それってちょっと極端な表現過ぎませんか?」

「すまん。興奮してしまった。でもね、この県は、ん、N市のことね。戊辰戦争で武装中立を目指したんだけど、新政府軍との戦いで焼け野原になったんだ。詳しくは司馬遼太郎の『峠』を読むといい。司馬遼太郎さんって知っている?」

「司馬遼太郎さんは知っていますが、さすがにまだ手を付けていません。今度読みます。」

「で、焼け野原になったN藩に中の良かった三根山藩から『米百俵』が見舞いで届くんだ。食うものにも事欠いていたN藩の者は喜んだが、藩の大参事であった小林虎三郎は、『今腹を満たすよりも復興の為には人材の育成が大事だ』と言って、大反対を押し切って学校の資金に充てたんだ。この逸話が後に山本有三の戯曲、つまり演劇の台本だな、その『米百俵』として有名になったんだ。今でもこの『米百俵の精神』は受け継がれてきている。」

「なるほど。それからすれば先生のおっしゃるとおり『真逆』ですね。」


「もう一つ。『学習指導要領』は全国一律でいいのかってこと。東京上野の学校では近くに国立博物館や美術館といった日本有数の施設がある。でも、自然豊かな海水浴場やキャンプ場はない。また、この近くには世界的に有名な金属食器や刃物の工場がある。それぞれの地域の特徴があって、そこに生きる人々や環境の財産がある。ここは冬に雪がたくさん積もるが、東京では晴天続きだ。それが全国一律でいいのかって意味。そこが文部科学省にも分かっていて重い腰をあげたのか、一コマの授業時間を小学校で5分削って40分に、中学校でも同様に45分として新たに学校裁量の時間を生み出そうとしている。これだって、ドリルをやる時間にしようなんていうことを今から言っている学校もあるそうだ。まあ、学校裁量だから何とも言えないんだけど。」

「先生、『やらない』んじゃなくて『出来ない』んじゃないですか。その証拠に、先生ってそれをやってますか?」

「・・・・。言われると思っていたし、由美子の言うとおりだ。分かると思うが、君たちの範囲で精一杯。全体を変える力はない。『出来ない』といった方が近いのかもしれない。」

「出来ないのはよく分かります。さっきから本当に自分だったらどうするか考えていました。この環境、つまり制度も変わっていないし、周りの人々の考えも変わっていない。この中でもがいていてもそれは出来ないのと同じなんじゃないかって思ったんです。そういう意味ではフォン・ブラウンはすごいんじゃないかって。彼は後から振り返れば批判を浴びる方法でも何でも、実現したんですから。別の角度というか側面からというか、実現までこぎ着けた、つまり『やった』ってのは、やっぱりすごい人なんじゃないかって。」

「なるほど。」



村上はちょっとここらで休憩を入れようと思った。教務室に戻り、冷蔵から冷たい麦茶を入れてこようと席を立った。相談室のドアを開けようとするのとコンコンコンとノックがされたのはほぼ同時だった。ドアを開けると事務の小林さんが立っていた。お盆には結露で白くなったグラスが二つ、キンキンに冷えた麦茶が入っていた。

「そろっと熱がこもってきたころじゃないかと思って、冷やすもの、持ってきましたよ。」

「いや、小林さん、ありがとう。もしかして、小林さんってテレパシーを感じたり、人の心が読めたりする超能力をもっているの?」

「いえ、先生と由美子ちゃんの様子から時間を計算すれば、このあたりの時間にいきつくでしょ。計算がぴったりあったようですね。うふ。」

恐ろしささえ、感じてしまう。村上は小林が由美子に微笑みかけながら麦茶をテーブルに置く様子を見ながら大きく首をふった。そして、

「小林さん、いつもありがとう。」

と言って、親指を立てた。グッジョブだ。



「クゥーッ!」

村上は眉間が痛くなりそうなくらいキンキンに冷えた麦茶を喉に流し込む。思わずうなってしまった。一気にリセットできた。由美子は由美子でハンカチでグラスを包みながら少しずつ飲んでいる。首を突き出しての飲み方はお年寄りかよ。フーフー冷ましながら飲んでいるみたいな格好だ。

エアコンが効いた部屋だけど、冷たい飲み物はうれしい。ビールが欲しいとか言うものならピシャッと返されそうだけど、きっとその次はゼラチンで泡を作って、ビールそっくり麦茶とか作ってきそう。小林さんはなかなかよめない。さて。

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