第14章 スイスという国
第14章 スイスという国
「そう、アルプス山脈で有名なスイスだが、さっきも言った通り、スイスも日本と同様に国土の70%が山地なんだ。スイスも国内で農産物の生産はコストがかかり、輸入に頼っている。自給率は日本と同じように高くはなかったんだ。でも、それではよくないということで、国民投票が行われ、農家を政府、つまり国民が支援する法律ができたんだ。えらいのは、ニュースでインタビューされていたその主婦の話。その方は農家を支援して助けることは結局自分たちの食料を確保する為なのだから、農家を税金で支援することは私たち国民として当然のことだと言い切っていたんだね。やっぱりスイスは大人の民主主義国家だと思った。国民が大人だよ。政府を国民と素直に言い換えられるもの。」
「歴史の違いですか?」
「それもないとは言えない。スイスの有名キャラと言えば?」
「アンリ・デュナン。」
「ん。他には?」
「・・・アルベルト・アインシュタイン。」
「ん。他には?」
「ジャン・ジャック・ルソー?」
「移民系だな。他には?」
「ヨハンナ・シュピリ?」
「アルプスの少女ハイジか。ん、他には?」
「・・・ウィリアム・テル?」
「やっと出てきた。」
「ウイリアム・テル?それって、もしかして弓矢で息子の頭の上のリンゴを撃ち抜いたって人ですよね。前に読んだ音楽の本に確か書いてあったと思います。オペラかなんかですよね。」
「ああ、有名なオペラ、つまり歌劇だな。作者はロッシー二だったっけ?間違ってたらごめん。その物語の年代とすれば14世紀ころ、日本では鎌倉時代くらいかな?」
「でも、ウイリアム・テルって架空の人物らしいですよ。」
「俺は、人物とは言ってない。『キャラ』と言ったんだ。」
「確かに。」
「ウィリアムテルは架空の人物とも言われているがスイス人のほとんどは実在の人物で、国を救った英雄として考えているんだ。スイスも元は別の国の一部だったんだけど、13世紀に独立を果たすんだ。その時に活躍したのがウィリアムテルなのさ。しかし、国際的に独立が認めれたのは17世紀になってから。第三代将軍、徳川家光の終わりの頃かな。その後もナポレオンのフランスとかと争っているし、決して最初から中立を保とうとしてわけではない。スイスは農業が難しい国なので、他国に国として傭兵を送っていたこともある。スイスが傭兵で有名な国だとはちょっと考えられないだろう。でも、今でもイタリアのローマの中にあるバチカン市国ではスイス兵が法王を守っているくらいだ。で、そんなスイスだけど1815年のウィーン会議で中立が認められるんだ。これは当時中の悪かったドイツとフランスの緩衝地帯となる役割が大きかったためだと思われている。そして20世紀に入ると、第1次世界大戦、第2次世界大戦という大きな戦争があるんだが、なんとか中立を守ったのさ。前にも話したと思うが、ドイツから攻め込まれる恐れがあったので、軍隊を国境に配置して備えたり、実際に領土を侵犯した航空機等を撃墜したりしている。」
「先生、結局何が言いたいんですか?」
「村上としては。」
「失礼しました。」
「村上としては、スイスは昔からとても外交的に苦労してきた国だということさ。日本は270年にも及ぶ鎖国をしてきた状態だったときもね。黒船が現れてやっとその外交問題に直面したということさ。その後の幕府の慌てぶりは江戸幕府崩壊の引き金となるんだけどね。歴史が違うのさ。」
「具体的にスイスと日本の政治はどう違うのですか?」
「先ほど、スイスはヨーロッパの緩衝地帯だという話をしたね。周りをドイツやフランスの他にイタリアとオーストリアに囲まれている。強国に囲まれているので、危機感は尋常じゃないのさ。実際、第2次世界大戦の時には、連合国側のフランスが早々と降伏してしまい、周りを全て枢軸国で囲まれたこともあったのさ。」
「それはいつ攻め込まれるか、たまったもんじゃないですね。」
「それで、スイスは伝統的に政党の割合が決まっているんだ。」
「ん。どういうことですか?」
「日本のように多数決で少数意見が押し切られてしまうということがない、ということさ。」
「どうしてそれが大切なんですか。」
「みんなが大切されるということ。『みんな』という言葉は使い方の難しい言葉なんだ。日本の教育の話、つまり学校の話になっていくが、お楽しみ会なんかでよくなんかやろうという話になるだろう。」
「夏休みに入る前にもやりました。あっ、先生、そう言えばあの時怒りましたね。」
「覚えているか?」
「はい、お楽しみ会の時、男子の提案でドッチボールをしようということになって、女子も含めて『みんな』賛成しましたよね。そしたら、『みんなじゃない。吉田はどうするんだ!』って。吉田君、あの時確か陸上大会の練習中に足首をがっつり捻挫してギブス巻いてましたよね。男子が『吉田ならいっしょに見学してればいいんじゃない』って言ったら先生、さらに怒りまくっていましたよね。その時、吉田君が『おれ、見学でいいよ』と言ったら、今度は吉田君にも怒りまくるんだから。それで、別のレクにするか、どうしてもドッチボールがやりたいなら吉田君も納得できるようなやり方を考えろって結局また1時間潰して話し合いましたっけ。で、ルールが大幅に変わって、あれもうドッチボールじゃなかったですね。でも、吉田君も楽しんでいたし、結構あれはあれで『みんな』が楽しめたと思います。」
「最初の『みんな』賛成しましたって言うときの『みんな』と、後でいった『みんな』が楽しめた時の『みんな』って違うのが分かるか?」
「そう言えは最初の『みんな』には吉田君が抜けていて、最後の『みんな』には吉田君も入っていて、それこそ『みんな』だと思います。なるほど、先生はそれで怒っていたんですね。」
「由美子にしてはかなり鈍い反応だ。やっと分かったのか。」
「はい。遅ればせながら。」
「スイスはね、誰もがね、このようにみんな大切にされ、安心出来る国家なんだ、いや、目指しているんだ。だからいざという時には国民が一致団結出来るんだ。考えの違う人たちもそれぞれが、出来ることをするんだ。『オラ違うからオラ知らん』というどこかの国とは違うよね。」
「それ、日本の国ことですか。」
「日本の多くの学校では、今の例が最初の『みんな』の段階で、ほぼスルーされてしまう。学校の先生たちでさえ、多数決が民主主義だと勘違いしているから。いや、基本的な民主主義教育がきちんと行われてこなかったんだと思う。社会科の公民の授業のような内容は小さい時から体系的かつ経験的に実施され、小学校6年生や中学校3年生で一年かけて集大成されてもいいと思うんだけどね。はっきり言って軽視されてきたと思う。」
「また小学生女子相手に難しい言葉や考えを並べ立てるぅ。」
「ごめんごめん。まぁ、やっと障害者やLGBTQなどのマイノリティーに対しても目が向いてきているから、ちょっとは前進しているんだと思うけど。」
「マイノリティーという言葉は知っています。少数者って意味ですよね反対言葉はマジョリティ。箒に乗って飛んできそうですけどね。」
「まじょめ(まじめ)にやって。」
「もう??」
「日本の教育についてはまだ言いたいことある。聞いて。」
「先生ではなく、村上様として聞いてあげます。」
「待った。教育問題はまた今度にしよう。もうこんな時間だ。それにやっぱりやめた。」
「えー、やめるのはだめです!!」




