第13章 政治の世界って
第13章 政治の世界って
外は相変わらず暑い!街ゆく人々は日陰を伝って歩いている。日向と日陰のコントラストは半端じゃない。目を移した瞬間、残像がヤバい。由美子も帽子をかぶり、水筒を笠懸にしている。木陰、建物の陰、電柱の陰まで利用しながらポイントポイントを経由して校門をくぐったのが見えた。
相変わらず汗びっしょりなのに、子供って臭くない。大人だと、特に村上は汗っかきだからよく汗臭いと言われる。通子は気にすることでも平気で言ってくるが、由美子は気を遣っているのかそういうことは口にしない。そういう意味ではかえって気をつけなければいけない。
「先生は『政治』に対してどういう考えや気持ちを抱いているんですか?」
汗びっしょりな由美子に下から覗き込まれ、そのひたむきな瞳をもろに見てしまった村上は、
「政治か。教員は政治的中立性が求められるからな。答えられないよ。」
「昨日約束したでしょ。じゃあ、先生と生徒じゃなくて、一人の男と女として聞く。」
「あのな、なんかその言い方、やめて欲しい。政治的な中立うんぬんよりも誤解を招きそうだ。」
「いえ、男として二言はないって使うじゃないですか。女ではそういう使い方がないんだけど、そういう意味。先生なんか誤解した?」
「そいう時は、一人の人間対人間としてって言うんだ。」
「確かに、そういう言い方が良さそうですね。ジェンダーは全く関係ない話だから女も男も無いですよね。」
「いや、歴史的な視点では政治とジェンダーは切り離して考えられないんだけど、今回はまた話が取り止めもなくなってしまうから、またにしとく。聞かれたことに関する個人としての考えだけは、言っとく。」
「先生としてではなく、村上修正様の考えとして聞きます。」
「では話しますが、あくまで個人的な見解だからね。」
「いつもそうですよね。ではどうぞ。」
「先生が・・・、ごめん。この村上が、ずっと昔から思ってきたことだけど、もう今の政治は制度も含めて、限界にきているんじゃないかと思ってきたし、今も思いはますます強くなっている。もう政治システムが今の構造ではうまく機能しない。根本的な理念から再構築が必要なんじゃやないかって。」
「どうして?どんなところがそうだと思うんですか?」
「この村上は政治学を勉強したわけじゃないんだが、大学で法律系のゼミに所属させてもらって、経験的に政治には多様性というか、ランダム性が大切なんじゃなないかと考えるようになった。」
「なんですか?ランダム性って?モビルスーツ?」
「ガンダムって言いたいのか?漫才はしておりません。ボケとツッコミは無しでお願いします。」
「はい。でもガンダムだと思ったんですもの。」
「ランダム性ね。つまり、一定のというか、固定というか、同じものがずっと続かないってことなんだけど。バラバラというか、規則性がないというか、そんなことだ。」
「なんで続いちゃだめなんですか。安定すると思うんですけど。」
「さすが、由美子だね。そう、同じものが続くということは確かに安定には繋がる。でも、考えてごらん、チョンマゲを結っていた時代の制度が今も変わらなかったら?」
「先生、また極端な・・・、すみません。村上様、また極端な例を出しますね、分かりやすいですけど。」
「由美子はまだ実感がないと思うけど、世の中ってどんどん変わっているよね。」
「最近、チャットGPTとか、AIが話題になってきてますよね。車の自動運転の取り組みも始まっているし、ドローンも人が乗るようになって空飛ぶタクシーなんかも実用段階に向かって秒読みですよね。核融合炉の話題も出るようになりましたね。確かに私の生きているこの間にもけっこう変化が起きていると思います。」
「1980年代生まれとしては、電話の変化が大きい例となるかな。持ち運べる電話が普及し始めて自分でも持てるようになったんだけど、それが今やカメラやビデオ付きのわけの分からないスマホになって、持ち運ぶインターネットPCどころか、全く別の生き物が生まれたみたいになっている。」
「スマホは電話でもあるようなないような、小型のコンピュータっていうような言わないような。やっぱり、スマホはスマホです。」
「経済の面でも変わったよ。戦争でボロボロの日本だったのが、だんだん豊かになってきて、GDPを見ても世界20位くらいだったのが、世界中で日本の製品が使われるようになってきて、ついにアメリカについで世界2位となったこともあるんだ。でも、ここ10年くらいの間に中国に抜かれ、最近ではドイツにも抜かれ、今度はインドにも抜かれることが決定的になっている。ちなみにGDPのは国内総生産といって国内のあらゆる産業がどれくらい稼いだをまとめたものだ。一度は豊かになったようにみえたが、再び貧乏な国に向かって転落していくようになったんだ。国民一人あたりのGDPでも銀メダルや銅メダルのときもあったんだけど、今は20位以下なんじゃないかな。賃金だってアメリカが少し前から1.5倍になっているのに、日本はずっと横ばいで、世界の平均賃金よりも下なんだ。よく引き合いに出されるのがビッグマック指数、つまりハンバーガーの値段を国毎に比べたものなんだけど、アメリカが700円くらい出しても買ってくれるけど、日本じゃ400円くらいじゃないと買ってくれない。貧乏になった。ちなみにこの指数が第1位のスイスに至っては900円以上となる。おそらくもともと見せかけの部分もあったんじゃないかと思うけど。実質そこまで国が成長したのではなく、24時間働き通しで作り上げた虚構でしかないのかもしれない。つまり、8時間働いて3000円稼ぐ国と24時間働いて6000円稼ぐのでは確かに倍稼いでいるが、同じ8時間労働では2000円しか稼げていない・・・。」
「それらの原因がランダム性が無くなったことが根本にあると、せ・・・村上様は思うんですね。」
「そう、戦後は、ほぼ自民党、正式名称は自由民主党というんだが、彼らが政権を担ってきたんだ。上り坂の時は政策の方向を大きく変える必要はなかったかもしれない。だけど、今この下り坂まっしぐらの時代に変わらなくていいんだろうか。」
「他の政党に交代することはなかったのですか?」
「あったんだけど、長続きはしなかった。多くは、今までの政策を引っ掻き回しただけで終わった。東日本大震災の時には、福島第一原子力発電所の事故で最後までメルトダウンを認めなかった政権もあった。その時、アメリカの原子力空母がトモダチ作戦を開始し、福島へ緊急支援に向かったんだが、その際にその情報が伝えられず、福島第1原発から流れ出た放射能のプルームで被曝する事故も起きている。」
「そうなんですね。」
「特に対外的、外交ではいろいろな問題が噴出してしまった。」
「野党が政権をとることは先生の言う、ランダムではないのですか?」
「とうぜん、メリットもあればデメリットもある。変な話になるが、世の中って変化があるだろう。例えば冬から夏になるとか。冬の間はこたつをたててぬくぬくしているのはOKだよね。でも、夏になっても今までと同じようにこたつが必要だと考えているのが今の政治なんだよ。野党はいろいろ批判するんだけど、実際にやることはこたつをストーブに替えようということなんだ。根本は実は何も変わってはいない。政治をやろうとすると政治家にならなければならない。政治家になるために(政党としては人数を維持するため)には人気が必要だと思っている。人気をとるためには、お金をばら撒きたい。お金をばら撒くにはお金が必要だから国債(国の借金)を際限なく発行する。これは国民の意思とは違った政治の一人歩きの仕組みだよね。政治家にならなければ何も出来ないというジレンマで、政治家になるためにはとりあえず今が良ければよいという先送りの理がまかり通ってしまっている。政治家個人の資質というよりも、もう、政治の仕組み自体の問題なんだろうと思う。」
「それに対抗する違う考えの者が入ってこれない仕組みになっているということですね。黒い色ばかりのマーブルチョコレートじゃダメなんですね。彩りがカラフルなマーブルチョコじゃないと。」
「そう、大企業が儲けられる政策を応援する政治家ばかりじゃだめなんだ。確かに昔はそれで良かったかもしれない。日本の企業は大企業を頂点とするピラミッド型だったからハンカチを持ち上げるように1箇所を持ち上がると全体が持ち上がったが、今は違う。持ち上げようとしても持ち上げられなくなったんだ。そこで、なんとか持ち上げらるよう、裾をどんどん切り詰めて軽くしていったんだ。」
「リストラとかいうものですね。」
「そう。人件費を詰めて安い製品となるようにしたのさ。同じ品物なら安い方が競争力があるから。しかし、外国では人件費が安かった国が同じような製品を作るようになって、さらに安く売り出した。そうなると他では作れないような商品を作って売ればいいんだけど、開発できなかった。今や掃除機や扇風機はイギリス発祥でシンガポールに拠点を置くメーカーが首席と言っていいよね。高くてもバカ売れしている。」
「???。だって日本は今まで独創的な商品を作ってきたわけでしょ。」
「新しい商品を開発できるだけの体力がなくなってしまったのもあるが、大事にすべき『人』を切ってしまったから。また、外国の会社は儲けたお金で高給を約束して優秀な人材を引き抜いた。人材イコールその人材が持っている技術が欲しかっただろうな。大切な技術と技術者はどんどん外国に流出したんだ。」
「人を大切にしないところ、昔、先生がおっしゃってた戦争の頃と同じように感じます。」
「そうだね。さっきの話じゃないけど24時間働けますか?とか、リストラとか、人を使い捨てにしてきたところは、特攻作戦の考え方と変わらないのかもしれないな。」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「ネットが発達してきたから直接民主制にするとか、政策を考えるの民営化するとかあるんだけど、とりあえず出来そうなのが『くじ引き民主主義』かな。」
「くじ引き???」
「そう。今は『衆議院と参議院』の二院制なんだけど、どちらも政党が絡んでいる。選挙で正当に選ばれた人たちが協議する場なんだけど、さっきも言った通り、国民ファーストというよりは政党ファーストなってしまっているのが現状なんだ。」
「で、くじ引きって、まさかくじで国会議員を選ぶとか!?」
「まっ、そのまさかだ。衆議院はそのままで、参議院の方をくじ引きで選ぶ。当然だけど、参政権をもつ人に限る。0歳の赤ん坊が選ばれても無理だろう。そこはしっかり条件は整備しなくちゃならないんだけど。また、性別や年齢、職業なんかが偏らないように制度を作ることも大切かな。」
「なるほど、その方々は政党の利害はないわけですね。個人的な利害はあっても、国民として普通のことですから。」
「その人たちが中心となって立法すること自体は無理かもしれないけど、打ち出された政策が国民感覚で妥当かどうかは判断出来るんじゃないかな。」
「なるほど、衆議院では通っても参議院で必ず否決されるような政策を打ち出しても無駄だから、自然と国民感覚に近い政策も打ち出されるようになり、一石二鳥ですね。」
「だけどね、難しい面も現行の制度で分かってきている。」
「現行?」
「今のは立法の話だが、司法の世界では似たよう仕組みが既に取り入れられているんだ。」
「三権分立の司法ですね。兄の教科を読んだからちょっとだけ知っています。司法って裁判所とかのことですよね。」
「裁判と聞いて、由美子ならなんかピンとこないか?」
「・・・裁判員制度?あれって、確か、素人の方がランダムに選ばれて裁判を行うやり方ですよね。そう、裁判が国民感情に添えるようにって海外の制度に倣ってできたものでしょう?」
「末恐ろしいな。」
「これ、読書じゃなくて、テレビで知ったことです。この前もアニメスタジオに放火してたくさんの人を死なせてしまった犯人への裁判がこの制度を利用して行われるみたいですね。」
「そうなんだ。この場合、検察の方は死刑を求刑しているんだが、裁判員となった方は、自分の判断で人が死ぬかもしれないので、そんな重い責任を負いたくないという人も少なくないんだ。また、職業をもっている方も多いので、突然選ばれても困るという人も多い。くじ引き民主主義もこれらの補償をどうするかも大きな問題さ。」
「くじ引き民主主義って先生・・、いや村上様が考えたんですか?」
「まさか。私の頭はそんなに良くないよ。実はこの仕組み自体は古代ギリシャ時代からあるんだ。」
「???、いつの話ですか?」
「古代ギリシャのアテネで民主政治が始まったのは確か紀元前6世紀頃だと言われていると思う。世襲によって権力が誰かに集中していかないように考えられたらしい。この場合、役人がくじ引きで選ばれたんだけどね。この時代のギリシャは民主主義といっても市民と呼ばれるのは男子だけだったし、奴隷制の上に豊さも成り立っていたので、多くの問題を抱えていたのも事実なんだ。でも、民主主義というような考え方自体が生まれたというのは、とてもすごいことだと思う。」
「私たちの日本でも本当に国民のための政治が実現するんでしょうか?」
「う?ん、なんとも言えない。やっぱり国民次第だと思う。」
「政治家じゃなくて、国民なんですか?」
「じゃあ聞くが、政治は誰がおこなっている?」
「政治家。」
「ブッ、ブー!国民だよ。国民主権なんだ、日本は。普通にそう言ってしまうところが、今の日本国民の幼ささ。」
「幼いんですか。」
「そう、民主主義国家の国民としてね。非常に幼いと思う時がある。日本に民主主義の考え方が入ってきたのは明治以降で、ヨーロッパの民主主義の歴史と比べると全然幼い。ヨーロッパでも王政と民衆の対立があって、新しい思想家の考え方の元に民衆が王政を倒して理想というか、民主主義が獲得されてきたんだ。そこに至るまでは今で言う内戦を経て、多くの犠牲を払って勝ち得たものなんだ。そこで樹立された政府は正に国民によるものなんだ。」
「日本の場合は違うんですか?」
「日本の民主化の過程はちょっと違うかもしれない。江戸時代を考えてみると将軍がいて、民がいる。支配する者とされる者の関係だな。これは王政のヨーロッパとそう変わりはない。ただ、民衆が蜂起したヨーロッパの革命とは違い、ヨーロッパの制度をお手本とはしたものの薩摩や長州、土佐といった藩による首のすげ替えといった方が良いかもしれない。確かに世の中はガラリと変わったが、根本は変わっていなかったんじゃないかと思うんだ。つまり、天皇中心の政府と民衆の間の支配する者と支配される者の構図は変わらなかった。それが、さっき由美子が国民と言わなかった原因が如実に現れている証だと思う。第2次世界大戦後、アメリカが日本の民主化を図ったが、身体に染み付いたものが抜けきれなかったということだろうか。」
「政府は自分たちの側にあるのではなく、私たちを支配している者という感覚が抜けきれていないということですか?」
「まあ、そんなところかな。税金のことを考えるとよく分かるんだけど、日本の場合、税金を取られるという感覚が大きいよね。しかもそれが自分ではなく、他のところで使われるのは好ましくない・・・みたいな風潮は感じないかい。」
「私、小学生女子ですから、しかも5年生ですからあんまり分かんないんですけど。」
「そうだね。でも、政府から自分のところにお金がパラパラと現金で振りまかれたら悪い気はしないよね。これを『ご機嫌取り政策』とでも名付けておくか。まあ、ほとんどは国債による借金なんだけど。」
「それは、少しでも現金が手に入れば嬉しくない人はいないと思いますけど、借金してまでそうしてくれるのはちょっと・・・。」
「実はね、この前テレビで見たんだけど、農業自給率の問題でね、日本は自国で生産できる食料が40%以下なんだけど、これは安い外国産の食料が手に入るから、わざわざ国産の高い食料を買わなくていいということだったんだ。憲法前文で謳われていたように、世界が平和でみんな仲良いという理想の前提で実現できたことなんだ。でも、ロシアとウクライナの戦争で食料やそれを生産するために必要な肥料なんかも手に入りにくくなっただろ。で、自給率を上げるために国産の食料を増やそうとしているんだけど、農家は経費は上がっているのに、国民の生活を支える食料の値段をあげることがなかなかできない。それで赤字になってしまう。すると経営がうまくゆかず、農業をやめてしまう農家がたくさんあるんだ。これでは自給率があがらないどころか、ますます減っていくと思うんだけど。効果的な政策がうてないでいるんだ。」
「高い国産の農産物を買わないと農家がどんどんつぶれて居なくなるということですね。・・・でも、実際は。」
「そう。そういう動きがないわけではない。でも、今の日本は貧乏になってきて少しでも安いものを買い求める傾向にある。」
「分かります。」
「ところが、先のテレビ番組ではスイスの主婦のインタビューが印象的だった。」
「またスイスですね。」




