第10章 新しい戦争のかたち
第10章 新しい戦争のかたち
「けれどね、由美子。今は憲法9条で想定されているような戦争ばかりではなくなってきているように思えてしようがない。ロシア・ウクライナ(戦争)はもはや例外的なのかもしれない。新しいタイプの戦争を想定しなければいけないのかもしれない。」
「?、・・・『テロとの戦い』とかいうやつですか。イスラエルとハマスの戦争?確かにロシアとウクライナの行っている戦争とは何かが根本的に違うような気がしますが。」
村上はスマホを取り出し、ささっと画面をなで、由美子に示した。
「治安維持法と重ねて語られる悪評高い『特定秘密保護法』によると、テロ行為の定義は「テロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。)」とされている。まさにハマスがイスラエル相手に行った行為はテロなんだ。」
「テロですか・・・。それに対する戦争というには一方的なような気もしますが。」
「ハマスが何千発ものロケット弾を市内に撃ち込んだのはイスラエルの軍事施設を特定してねらっていたわけではなく、無差別的な攻撃を加えていたし、自分たちを閉じ込めておこうした壁を乗り越えてイスラエルに侵入し、その場にいた一般市民を次々と銃で殺傷したんだ。また、野外コンサート会場でも銃を乱射し、そこで音楽を楽しんでいた人々に銃弾を浴びせて多くの人を殺害したり、百人を超える人質を拉致したりしていったんだ。自分たちの身の安全が脅かされたり、要求が通らなかったりしたら、人質を一人ずつ殺すと・・・。」
「テレビで見ました。」
「イスラエルはそりゃ怒るよな。全く関係ない、と言える・・」
「微妙な言い回しですね。」
「・・市民が虐殺され、連れさられたんだから。それで、イスラエルは報復としていやってほどの空爆を行ったんだ。おそらく世界最高の防空システムで発射場所の特定は簡単に出来るだろうから、そこをピンポイントで爆撃しているんだろうけど、発射場所が病院だったり、学校だったり、またはその近くだったりしているんだろう。報復作戦なので、攻撃地点を叩くだけにとどまらない可能性もあるが。まあ、病院や学校が爆撃され、そこにいる一般市民が巻き添えになって血だらけの姿や泣き叫ぶ子供達が世界のメディアに注目されれば、イスラエルの悪評をかき立てるには非常に効果的だな。ロケット弾を発射して反撃を喰らう前に逃げ、ワザとそこを攻撃させるということも十分考えられる作戦だ。」
「それってひどいじゃないですか!その人達の解放のために闘っているのに、本末転倒です。味方の一般市民をそんなふうに利用することなんて!」
「う?ん。ま、解放というよりは、主義主張を通すためだと思うけど。まあ、私たちとしては例え病院に戦闘員が隠れていようが、そこを病人ごと吹き飛ばすことは絶対あり得ないし、やっちゃいけないことなんだけどね。まあ、イスラエルは非情にもそれをやっちゃっているから世界中から非難を浴びている。」
村上は由美子の目がうるんできていることに気付いたが、話を進めた。
「それより、私たち西側の考え方を土台に議論していいんだろうか。彼らの考え方には私たちの感覚では推し量れないところがあるのに、こちらの見方だけで今回のテロを理解しようとしていいんだろうか。彼らは平気で自爆テロをする集団なんだ。それが神に対する聖戦と考えているから。一般市民が巻き添えになろうが、私たちの感覚で判断できるもんじゃない。聖戦のために犠牲になったのだから、彼らは天国に行ける。むしろ、天国へ行けば感謝してくれるだろうと考えているのかもしれない。巻き添えになる人々への感覚がおそらく私たちと相当ずれているんじゃないか。聖戦、ジハードのためなら、一般市民の犠牲など、『犠牲』という感覚とは違うのかもしれない。もっとも、それじゃぁ一般市民にとってはたまったもんじゃないけどね。ハマスの指導者や戦闘員との考えと一般市民の考え方にはかなり違いがあるんじゃないかな。まあ、イスラエルも西側の論理よりもハマスの論理で動いているようなところがある。ハマスが犠牲を想定している以上、西側の論理でそこを攻撃しなければハマスの思う壺だし、ハマスがそれを想定している以上、そこからは引けないということだ。一般市民の犠牲を覚悟でハマスを攻撃しなければならないということなんじゃないかな。イスラエルも西側の一員を名乗る以上、犠牲は最小限に抑えようとはしているはずだが、ハマスが一般市民をあえて盾にしている以上、血みどろの戦いとなるだろう。」
由美子が固まっているのが分かる。(小学生女子・・・を盾に出来ないほど。)
「そして、これは全て推測での話で、必ずしも事実とは言えないということだ。誰も本当のことを確認しようがないから、平気でウソがつかれ、また、真実を訴えても一笑にふされてしまうのが戦争の現実なんだ。現地に入っている命がけのジャーナリストの情報でさえ、信ぴょう性が限りなく低く評価されてしまう。また疑いようのない映像でさえ、一部だけを切り取って流せばそれを全く反対の情報として発信できる。そして、多くの人はそれが疑いようのない真実だと信じこんでしまう。これは、戦争に限ったことではなく普通のニュースでも平気であることだけどね。」
「メディアは信じちゃいけないんですね。」
「いや、『簡単に』信じてはいけない、ということだ。真実は自分で決めるしかないということと言ってもいい。」
「真実って自分で決めるものなんですか?」
「信頼できるメディアというのは当然いくつかある。でもそられらが伝えていることは必ずしも神の唯一無二のような絶対的な真実ではないし、そんなことはありえない。我々が迫れる真実というのは、それらを比較し、何が真実なのかをデータで矛盾が無いように考え、問い正し、自分の立ち位置を決めることしかない。真実は自分の中にしかない。」
「まるで量子論みたいですね。真実は信じようと思った瞬間に真実となる!みたいな。」
「量子論?俺も聞いたことはあるが、よく分かんないけど。」
「原爆の時にアインシュタインが出てきたじゃないですか。あの後の話で相対性理論と量子論の矛盾の話が出てきて超ひも理論が解決したって書いてありました。」
「・・・なるほど、俺にはよく分からないということがよく分かった。で?」
「前の議論の焼き直しになるが、ガザで病院が攻撃され、ハマスはイスラエルが攻撃したのだと非難している。世界も当然そのような目で見ている。今まで民間人を巻き込むような攻撃を続けているのだから、そりゃそうだ。でも、イスラエルは自分たちではないと言っている。他の組織がミサイルの発射を失敗し、その傍受した証拠もあると言うのはとても嘘くさい。だから逆に嘘ばかりでもないような気もしてくる。ハマス側は当然ロケット弾の発射地点に報復されると民間に被害が出そうなところを選んでいるだろうし、ただでさえどこへ行っても人口密集地であるガザから発射しているんだろうからそもそも民間人の犠牲者が出ない方が不思議だし、もしかすると報復されるのを意図してそのような場所、つまり病院等の近くを選んだのかもしれない。しかも、そこで発射ミスすれば大変な被害が出ることは分かるはずだ。そして最も引っ掛かるのがアメリカ大統領がイスラエルを訪問すると宣言したその日の直前だということだ。イスラエルを孤立させただけでなく、アメリカ大統領が意図していた周辺国を介しての和平の道を閉ざした他、極悪イスラエルを訪問するアメリカの顔にも泥を塗るのに成功したわけだ。ハマス側は病院で亡くなった多くの民間人は殉教者として考え、犠牲者になったという我々の感覚とは違った思いをもっているのかしれない。」
「どういうことですか?」
「病院で犠牲になった人々を殉教者としてたたえ、しかたないというか、我々が思うかわいそうだとかいうか、ひどいとかという感覚とは違った思いをもっているかも知れないということだ。」
「何か怖いという感覚におそわれています。何か切ないという思いを通り越してこわい!」
「そう、私もそう感じることが多い。第2次世界大戦のころとは明らかに何かが違って来ている。最新兵器が飛び交っているウクライナ・ロシア戦争は、兵器こそドローンとか精密誘導兵器とか最新なんだけど、軍隊対軍隊という形は今では非常に珍しくなった大変レトロな戦い方ではないのかと思う。ある意味正統な戦い方なんだろうけど、民間人に紛れ、民間人を盾に犠牲にしながらまた相手の民間人を攻撃していくテロのやり方は、相手の正規軍を無にしてしまう新しい戦争のやり方なんじゃないかと思う。欧米の多くの国はこのような戦いに対応しきれていない・・・。我々が直接標的になるということ、また、正規軍という頼もしいはずの力が無力だということで、言いしれぬ恐怖を感じているのかもしれない。」
「相手はやりたい放題なのに、正規のやり方で相手を止めようとすると関係ない人を巻きこまざるを得ない。そのことは逆にもろに自分自身への批判として降りかかってくると言うジレンマ。どうすればいいんでしょうか。」
「どうしようもない。ただ一つ言えるのはガザの人々は貧しくしいたげられてきたということだ。今に始まったことじゃない。そこを乗り越え、みんながまんべんなく幸せになればテロの確率はゼロに向かうんじゃないか。」
「私はそうとも考えられません。人間ってやっぱり自分の価値観を押し付けてしまいがちですし、イスラム原理主義の方々は、先生のおっしゃる通り、価値観が違うような気がするんです。私は女ですから、本を読むのも勉強するものやめさせられたら耐えらえない。」
「と言うことは、我々の価値観を守ってくれる集団を大切にしていくしかないということかな。」
「例えば祖国、日本の国ということですね。民族であり、文化であり、そこに暮らす実際の人々ということですね。なんか、国って考えてみたこともなかったけど、いったい何なんだろうと改めておもいました。」
「国、と言うものの真実は由美子の中にある。」
「はい。また、それですかと言いたいけど。」
「本当に最近は読書感想文からどんどん離れていくような気がするな。」
「いいえ、先生、長い時間ありがとうございました。本当に読書感想文に直接関係のない脱線ばかりだったけど、実は本当にその上でなければ感想文はあり得ないというか、村上先生らしい話ばかりでためになりました。でも、正直言えば面白かったというのが一番です。」
「俺もだ。あくまで私見だからな。真実はあくまで由美子が決める。」
「でも、戦争を考えているうちに、大人の世界って単純じゃないとは思っていましたけど、本当にいろいろ渦巻いているんですね。特に政治っていったい何なんでしょう。」
「まあね。政治と戦争には切っても切れない縁がある。そしてその要因に経済も大きく関わっている。」
「政治か。ありがとうございました。」
「まあ、気を付けて帰れよ。暑いし、熱中症注意だ。」




