67本目:自滅
『逃げろ』
そう言われて、「はいそうしましょう!」と賛同する者はこの場にいなかった。
直接能力について尋ねたわけではない。しかし判明しているものだけでも日本の、いや世界の脅威になる事は間違いなかった。
今此処で逃せば、欲望の汚泥は世界を呑み込む。そう想像するのは難しくなかった。
「逃げるわけないじゃないっ!」
「そうですねぇ、私としてもちょっと放置は出来ませんしぃ」
「ちょ、ちょっとどころじゃありませんっ! 人間を食料に無尽蔵に増えるモンスターだなんて、逃がしたら大災害ですっ!?」
「上には雅や大河もおるからなぁ、ウチも逃げぇ言われても逃げる気にならへんわ」
NOと答えた四人に、クトーは言葉を続けた。
『誰も此奴を放置して逃げろとは言っておらん。『巻き込んでしまう故、逃げろ』と言っておるのだ』
「巻き込む、ですか? クトーさん、貴方何をされるおつもりですか?」
尼崎の問いに対し、クトーはさも当然かのようにこう答えた。。
『此奴を何も無い虚無の次元に閉じ込め──消し飛ばす』
◆
マザーは訝しむような目で流々を。いや、流々越しに見えるクトーを見ていた。
異世界では何百年と人間を観察し続けていたマザーの洞察眼は、スキルも相まって今やほぼ全てのものを見通す力を持っている。
そんなマザーから見ても、クトーは弱い存在であった。
先程邪魔をしてきた、眼鏡の女よりも弱い。取るに足らない存在だった。
初めて見た時から流々に抱かれており、時折ふわふわと浮いている。
『変な奴がいる』と、そう思ってはいたが、あまりの存在の小ささにペットか何かだろうと判断していた。
実際特に何かするわけでもなく、知らない内に消えていた。
きっと村正に切り捨てられたのだろう、そう思っていたのだが・・・今になって姿を現した。
「あれは、何だ?」
突然姿を現した、それも流々の中にだ。
そんな生物がいるのか? そういえば流々と似た形をしている。何かの繋がりがあるのか?
視ても全く分からない。
取るに足らない存在であった筈なのに、『今アレを放置するのは不味い』。マザーはそう思えて仕方なかった。
何よりマザーにそう思わせるのは、クトーから感じる独特の気配である。
マザーは過去何度かこれと同じ気配を感じた事があった。
最初は前にいた世界の聖職者達を見た時だ。
微かではあったが、内にコレと同じものを感じた。
次が勇者パーティーと対峙した時。
勇者、賢者、聖女、それぞれ雰囲気は違えど、内には同じく体を焼かれるような強い気配があった。
なんとか彼等を倒し、飲み込んだ後には何故か気配が消えて、彼等は弱体化してしまっていた。
そして最近では護が変化した時だ。
アレが現れた時、今迄とはその存在感が違った。
マザーはまるで命を握り潰されるような、重く強い気配を護から感じていたのだ。
実際、その恐ろしさ・・・いや、異質さはとても説明出来るようなものでは無い。
そして目の前のクトーである。
マザーはそれが何であるかを見極める為に、クトーの中のそれに目を凝らした。
その時──それと、目が合った。
目が合った、合ってしまった。
ここに来てマザーは、漸く目の前のアレが何であるか悟った。
護を、クトーを視て、漸く何であるかを理解した。
マザーからそれを見ていたのではない、それよりずっと前からマザーは見られていたのだ。
──深淵を覗く時、深淵もまた此方を見ている。
不幸にもマザーは、クトゥルフの邪神を直視してしまった。
「あ・・・ぁ・・あ゙ぁ・・あ゙*Hwdぃ2いぎぃMlB&MS5v7U&kNpg@v2Va?Ba**R4I&wzTvH6vok8ああ゙8Cあ゙ぁ8zCががKjぁ2ぁが@b.Q/zKxmL@QX5VeqYmJM$Rlhぅ゙FIorABsiブxぅ8g7cph4N$ぎxeG4あああっ!?!?」
突如、マザーがドス黒い何かを撒き散らしながら錯乱し始める。
「なんやっ!?」
「ななな何が起こったんですかっ!?」
「き、気持ち悪いわね・・・」
『・・・愚かな』
マザーがその状態に落ちた為か、勇者達も糸が切れたように崩れ落ちる。
クトーはこのチャンスを逃さなかった。
『今だっ! 娘よ、あちらの壁を焼き切れっ』
「胡愛よっ、ちゃんと覚えなさい!」
胡愛はクトーの言葉に即座に反応、文句を言いつつも炎樹と共に熱線を飛ばす。
ただの壁ならば、焼いたところで現れるのは変わらぬ岩壁だろう。しかし指示に従い焼き払うと、壁がドロリと溶けて始め向こう側に空間が見えた。
「あれは・・・」
「ウチらが降りてきた通路やでっ、よっしゃ!」
『急いで上がれ!』
「急いで登るわよぉ!」
四人は指示に従い、現れた通路へ飛び込んだ。そして少し遅れ、流々と護も飛び込んでくる。
その後ろからは流々を求めるように追ってくるマザーの触手。
それが通路に出てくる既で、クトーはその空間を切る。
「Hwdぃ2いぎぃMlB&8Cあ゙ぁ8zCががKj!! ぁ2ぁが@b.Q/zKxmL@QX5VeqYmJM$Rlhぅ゙FIorABsiぎぃいいiiy!?!?!?」
「ひいいいいいっ!?」
追ってきた触手がそこに壁でもあるかのように、見えない何かによって遮られた。
奥から更に二本三本と触手が鋭く伸びてくるも、全て見えない壁に阻まれる。
「こ、これは、何が起こっているんですか?」
『通路の此方とあちらで次元を断った、理論上向こう側は別の世界だ』
「とんでもない力やな、パパさんは何で初めから使わへんかったん?」
『我の力はほぼ全て流々に移譲されている。今の我に出来ることは、精々が今いる次元に手を加える程度だ。今のこれも安易に使えるものでは無い』
「はぁ~、なんとも凄いお力ですのねぇ」
「クトーさん、貴方はいったい・・・」
最後の質問に対し、クトーは口を閉ざした。
マザーの自滅という幸運もあり、流々達はこうして全員揃って危機を脱することが出来た。
流々はそれに安心して、空腹だったこともあり脱力して床にへたり込む。
──その時、『ポスンッ』と何かが頭に当たる軽い感覚がする。
「んぅ?」
「どうしたの、流々?」
「んー、ううん。何でもないよ、お姉ちゃん」
ポリポリと頭を掻いたが、特に違和感も無かった為「気のせいかな?」と思うことにした。
7層の方を見ると、未だマザーは見えない壁に遮られている。
マザーは出てこられない、ならばあとは地上に戻り報告と可能なら討伐するだけだ。
皆が大きく息を吐き緊張を解いた時、クトーは視界の端であるものを見つけた。
マザーが何か長いものを持っている、何やら見覚えのあるそれは──。
──ピシッ
見えない壁に罅が入る。
「おっ、おとーさんっ!?」
『おのれ、しつこい奴めっ』
「流々っ!」
「逃に"にRlhぅ゙FIor逃ABsi逃ぃいぎぃMlB&8Cあ゙ぁ8zCががあ.Q/zKxmL@QX5VeqYmJMざあ゙Rlぁhぅ゙FIorABsiぎぃいいKj!!」
壁を割り、伸びてきた触手に流々が捕まった。
護が咄嗟に流々を掴むが、あまりの力の強さに体が引き摺られる。
壁を僅かに突き破り、手を伸ばすマザーの口元には何か長い物が──切られた流々の蛸足を咥えていた。
『あ奴、まさか流々の肉片から耐性を得たかっ!?』
「ククちゃーーーんっ!」
「いやっ、ダメ!! 流々っ、流々ーーーーっ!!」
「工藤さんっ、危険です!」
再び壁の向こう側へ引きずり込まれる流々と護、胡愛の手を伸ばすも届かず空を切る。
そしてクトーは咄嗟に力を使い、再び空間を歪ませた。
『貴様らの後ろに地上への直通路を開けたっ。すぐに入り口周辺の者を連れて退避しろっ』
「し、しかしっ!」
尼崎は再び生徒を置いていく形になり、やるせなさから唇を強く噛んだ。
そんな彼女にクトーは告げる。
『この後直ぐにでも、あ奴をダンジョンごと消し去る。決して巻き込まれ──』
「ククちゃ──」
「ぐっ──」
声が途切れ、クトーを含めた流々達三人は再び暗い7階層へと落ちていった。
「イヤッ、流々! るるううううっ!!」
「胡愛ちゃん、流々ちゃんなら大丈夫よっ! あの子は強い、ママはそれを間近で見たもの。だから、だから心配無いわっ。きっと大丈夫よ!」
「せやで、胡愛ちゃん! それにや、横にはあの鬼みたいに強い護さんもおるんやで? あんなん敵さんの方が可哀想ってもんやろ!」
「そうですね。それにクトーさんの言葉が本当でしたら、危険なのは寧ろ私達の方です。急いで知らせに行かないとっ!」
四人は後ろ髪を引かれるも、クトーの言葉に従い地上を目指した。




