59本目 マザー
遅くなりました、難産でしたm(_ _)m
『シュー・・・シュー・・・ブツブッ・・・』
アタシは何をしていたんだろう。
護るべきものに庇われ醜態を晒し。
漸く何か出来るようになったと驕り。
愛する者を手に掛けられ失った。
『シュー・・・シュー・・・ブツブツ・・・』
二度と失いたくないと側に居たのではなかったか。
必ず守ると固く誓ったのではないか。
アタシは何度それを破れば気が済むんだ。
アタシは何度あの子の期待を裏切れば気が済むんだ。
アタシは姉失格だ。
もう取り戻せない。
あの子の居ない世界に用はない。
世界がどうなろうと、あの子が居ないなら知ったことでは無い。
あの子の所へ行こう。
もしかしたら怒っているかも知れない、愛想を尽かしているかも。
全力で謝ろう、いっぱい甘やかせて許してもらおう。
ごめんね。
すぐに行くから、そっちならアタシ達を邪魔するものは無いから。
今度こそは永遠に一緒だから。
だから・・・だからちょっとだけ待っててね。
コイツ等を先に──地獄に落とすから。
◆
護は愛しい妹の頬に手を添える。
冷たかった。
ほんのり残る温かさが、まだ生きているのかもしれないと錯覚させる。
護は普段から流々の頬をよく撫でていた。
そうすると流々はくすぐったそうに笑い、そして嬉しそうに頬を染める。
護はそんな流々が、堪らなく可愛かった。
どうだ、こんなに可愛い子が自分の妹なんだぞと自慢して回りたかった。
長い睫毛に、くりくりとした丸く大きな瞳。
ツンと上を向く可愛らしい鼻。
小さく桜色をした唇。
歯を見せ笑う表情。
話を上手く伝えようと手を振る仕草。
ちょっと舌足らずな話し方。
全てが愛くるしい。
護は流々に口吻した、驚いて起きてくれるかもしれない。
だが起きる様子はない。当り前だ、現実はお伽噺のように甘くは無い。
そんな事で愛する者は目覚めない。
起きない、目覚めない。
・・・奪われた。
奪われた。奪われた。
奪われた、奪われた、奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた。
──ユルサナイ。
『シュー・・・シュー・・・ブツブツ・・・』
産声が勇者達の耳に届いた。
何代にも渡り長らく顕現していなかった邪神の産声。そしてその言葉ですらない声には、聞いた者を発狂させるほどの怨念が込められていた。
「うっ、なんて瘴気だ・・・」
「神の加護すら、突破するほどの呪いが・・・ただの、声に・・・」
「ぐ・・・ぅ・・・」
「あ・・・あぁ・・・ぁぁぁ・・・」
その声は鍛え上げられた精神力を持つ剣聖、呪いに抵抗できる聖女や大賢者、そして神の加護を持つ勇者ですら、その声に精神を蝕まれる。
特に先程死亡した勇者はなぜ自分が死んだのか、どうやって死んだのか、いつ死んだのか、全てが不明なままでの復活であり、その上でのこの攻撃。
復活したばかりの彼の心は、恐怖と混乱で染まっていた。
「神よっ・・・何が起こっているというのですかっ!」
「あの娘に動きは無いっ、では此の声は何処からっ!?」
何処からか聞こえる声に、勇者達の視線が未だ流々を抱き締めたまま俯く護の背中に集まる。
その背中から発せられるのは、魂が押し潰されるような禍々しい圧迫感。
何が起こっているかは不明だが、その全ての原因は恐らく護。そう納得するには十分な気配が漂っていた。
「・・・勇者殿、一斉に切りつけますぞ」
「わかった」
二人がじりじりと間合いを詰めたその時、護に変化が起こる。
蕾が咲くように、護の後頭部がガバッと開いた。
まるで果実のように皮が剥け、中身をぶち撒けながら正面に向かって捲れあがっていく。
血と粘液の糸を引きながら赤ピンク色の肉の花が咲き、続けて背中、そして腕と順に肉が捲れ上がり、体の全てが裏返っていった。
生々しい肉の音と膿の臭いを漂わせながら、そこに姿を現したのは辛うじて人のシルエットを保った何か。
内臓をぶら下げ肉の中を目玉が魚のように泳ぐその姿は、元が人だと認識出来てしまうが故に勇者達の精神を搔き乱す。
その悍ましい光景に勇者達も硬直。しかし流石は世界を救った者達、込み上げる怖気と吐気を抑え込み直ぐ様危機を察し行動を開始する。
彼等は本能的に理解した──あれは不味いと。
「──っ!? 《セイント・スマイト》!!」
「虚牙一刀流《流桜・一輪挿し》」
「かの者達に加護を。《セイクリッド・ブースト》」
「呪いの炎に焼かれなさぁい。《カース・フレイム》」
剣聖と勇者は油断なく剣を構え──瞬きの間に接近。技を放つ。
先に接近したのは剣聖だった。
如何なる壁も刺し貫く高速の突き《一輪挿し》に、護だった肉塊は虫を見るような視線を向ける。
肉塊はその技を目で追いながら、上半身を反らし避けた──様に見えたが、膝であろう場所から剣の様な歯を持った口が飛び出し、剣聖の上半身を食い千切った。
肉の中を泳ぐ二つの目玉が剣聖から勇者に視線を移す。
勇者は輝く剣を肉塊に叩きつける寸前だった。
目前にまで迫った剣が肉塊に触れるより早く、腹から飛び出した本来腹に収まっているはずのそれが、勇者に絡みつく。
嫌悪感からできた1秒にも満たない隙の間に、勇者は再び肉塊の口に収まった。
瞬きの間に倒された英雄を見て、大賢者は魔法を急いだ。だがそれは失敗に終わる。
何故? 大賢者は視線を下げる、そして気付いた。
杖が・・・いや、手が無い。
「えっ? ──あ」
大賢者に許されたのはその一言のみだった。
それを見た聖女には何が起こったのか認識でき──聖女の頭部が捻り抜かれる。
肉塊は聖女の頭部から伸びたプラプラと揺れる骨を見詰め、口を開けた。
ボリッ、ゴリ・・・
その後、勇者達の残った部分を口に放り込んだ肉塊は、横たわる流々の側へ歩み寄りただ佇む。
目玉がじっと流々を見詰める。
ぽたりぽたりと目玉から雫が落ちた。
言葉は無い。
いつの間にかクトーの姿も無い、流々と共に眠りについたのかもしれない。
護はそれから暫く流々を見詰め続け、ぐっと堪える様子を見せた後優しく抱き上げた。
「・・・・・・」
触手で頬を優しく撫でると、そのまま包むように流々を取り込んだ。
まるで『これで誰にも盗られない』とでも言うように。
背後で人の気配がした、復活した勇者パーティである。
「あれ? 俺達なんで・・・おいっ、あの化け物なんだっ⁉」
「なんと禍々しい・・・あのような魔物は初めて見ました」
目玉が肉の中を泳ぎ、背後に居る勇者達に向いた。
彼等はまるで今の護を初めて見るような深い嫌悪感と恐怖を視線に滲ませている。
「シュー・・・シュー・・・ブッブッ」
肉塊に言葉はなく、彼等を見てただ凄まじいまでの怒気を放つ。
彼等の声が、顔が、一挙手一投足が、全てが肉塊の心を逆撫でる。
そしてその目が訴える。
『オマエタチニ、ワカルカ』
『アノコヲ、ウバワレタ、イカリガ』
『アノコヲ、ウシナッタ、カナシサガ』
『オマエタチニ、ワカルカ!!!!!!』
肉塊はそれからも勇者達が何度復活しようとその全てを喰らい尽くしていった。
元の世界において人類の希望となり平和を齎した者達、そんな者達が手も足も出なかった。
魔族の神とも讃えられた魔王を討ち果たした人類最強の戦士達である彼等が、だ。
だがそれは何ら不思議な事ではない。
例え人類最強に上り詰めようと。
例え魔の神である魔王を討ち果たそうと。
彼等が敵う筈が無いのである。
何故なら彼等の目の前に居るのは、不完全とはいえ紛うこと無き邪神。神の一柱。
そして彼等を襲っているのは──『神の怒り』である。
「(いったい、何が起コっているノ!?)」
護による一方的な虐殺に最も混乱していたのは、他でもない欲望の汚泥の母体であった。
かつて世界を滅ぼし掛けたこの化け物の行動原理は非常に単純で、ただ人間になりたいが為に観察すること。
末端を作り出し、観察させ情報を持ち帰り、それを本体に反映させることで全体をアップデート。
そうすることで末端はより人間に近付いていく。
そしてそれは敵を倒すうえでも非常に有効であることを欲望の汚泥は知っている。
観察することで相手の強さ、戦い方、弱点だけに留まらず、その再現力を持って相手の攻撃への対処法までを確立する。
そして倒し、食った相手のスキルや技術や加護迄もを全て奪う。それが欲望の汚泥の強さの秘密であり、勇者達が勝てなかった理由でもある。
末端だけを戦わせ、本体は隠れる。そして時間を掛ければ掛けるほど欲望の汚泥は学習し強くなっていく。
やがて勝てる生物は居なくなる。それが欲望の汚泥の最も恐ろしい性質である。
魔法に優れる魔族でも勝てなかった。
身体能力に優れる獣人でも勝てなかった。
神樹の加護を得るエルフでも。
神器を生み出すドワーフでも。
母たる海に守られた人魚達も。
誰も欲望の汚泥を倒すことが出来なかった。
かの世界で欲望の汚泥を唯一封印出来たのが、最も弱く知略のみで戦う人間だったのは納得の話なのかもしれない。
話は反れたが要は何が言いたいのかというと、欲望の汚泥にとって末端とはいくらでも作れる都合の良い不死身の兵隊であると共に、情報を持ち帰り己を強化するための大切な器官なのである。
仮に倒され殺されてもゲル状の体を滅する方法はほぼ無く、確実に情報を持ち帰りしっかりと対処されたうえで逆に打ち倒す。
欲望の汚泥の正体を知らない限り負ける事の無い、必勝パターンであった。
しかし今日ここでその定石が崩された。
末端が全く帰ってこないのである。
故に体内で起っている出来事とはいえ欲望の汚泥は状況を把握できない、何も対処できない。
人間で言えば目隠しをしてボクシングをしている状態になってしまったのである。
末端が帰ってこない故に何も見えない。
その原因は肉塊となった護にあった。彼女は敵を全て食い殺している、故に本体へ帰るものが無いのだ。
そう今までほぼ無敵の存在であった欲望の汚泥にとっての『天敵』が、己の手によって誕生してしまったのである。
誰も帰ってこない、調査の為再度末端を送るがそれも帰ってこない。欲望の汚泥は一方的に消耗を強いられる。
そして更にここに来て予想外の事態に陥る。
「どうして、帰ってこないノ。何が起コっ──ギヤアアアアアアアアアアアッッッ⁉⁉⁉」
生まれて初めて感じた痛み。
皮膚を引き剥がされた様な、肉が削がれた様な痛みにマザーは絶叫を上げる。
末端をいくら攻撃されても痛みなど全く感じない、つまりこれは母体が直に攻撃を受けたという事である。
しかしどうやって? 母体は隠れている上に幾重にも物理・魔法の護りを掛けている。
仮に偶然当たった所でダメージが通るわけもなく、母体も末端と同じくゲル状の肉体をしている為すぐに修復される。つまり負傷などする筈が無いのだ。
情報量の多い勇者パーティは複数体同時に生成できない、それに今更増やしたところで隙をつく程度しか出来ないだろう。
欲望の汚泥は仕方なく一匹の小動物を目の代わりに送る、そこで見たのは勇者が復活するまでの間にダンジョンの床を喰らう護の姿であった。
「(何ヲして・・・まさか、気付いたノか!?)」
マザーの声に恐怖が混じる。
このダンジョンはマザーの作り上げた本来存在しないダンジョン地下7階。
ダンジョン一層分にも匹敵する大きさの欲望の汚泥が擬態した階層であり、無機質な岩壁も、垂れ下がる鍾乳石も、足を濡らす海水も、その全てが欲望の汚泥の体の一部である。
肉塊となった護にそれを見破る思考が残っているかは分からない、だが本能で気付いた勇者達が復活する僅かなタイミングでダンジョンを攻撃し始めた。
マザーにとって今の護は天敵、最強の手札が通じないばかりか肉体が損傷させられる。
マザーは今迄に無い事態に、恐怖と混乱でまともな判断がつかなくなっていた。
そして唯一の希望に縋る。
「オい、オまえっ!! やめロ、これ以上攻撃するト、妹帰って来なくなるゾ!!」
ピタリと護の動きが止まった。
目玉が肉の中を泳ぎ、奥に捉えたのは3メートルほどの真っ黒な人間の上半身、マザーである。
護はそれを見て身動ぎもしない。それを見て正解と思ったか、マザーは言葉を続ける。
「私が死んだら、妹帰って来なくなるゾ! 諦めるなら、妹と全く同じノ、作ってやるゾ! どうだ、それなら良いだロ? だから、攻撃止めて見逃せ!!」
反応は帰ってこない、だがピタリと動かなくなった護を見てマザーは勝機を感じた。
「だが作るには情報が足りない、だから妹の体渡せ。そしたら生きた妹渡すゾ」
その言葉に護はゆらりと立上り、マザーに向かって歩み始める。
マザーを見る瞳に意思がある様には見えずただ暗闇が広がっていた。
妹の単語に反応があったという事はまだ僅かにでも意識はあるのだろう。肉塊の姿になった理由までは分からなくとも、先ずはこれで主導権を握る、そして妹の体を手に入れよう。
そうマザーは考えた。
事実肉体としての性能はマザーが睨んだ通り護より流々の方が高い、更には取り込んだのちに村正や勇者の戦闘経験を入れて作れば最強の手札が出来上がる。
そうすれば目の前のあれも倒せる、そしてそれすらも取り込めば自分を脅かす者は居なくなる。
あとはもっと人間を観察し全てを飲み込む、そうすればきっと自分は人間になれるだろう。
マザーの望みは徹底していた、それが叶うかは別として。
勝利を確信するマザーに。護は足を引きずるような歩みでズルズルと肉の触手を引き摺りながら近付く。
「(さぁ、もっと近付け。そして妹ヲ渡せ。そうすれば私は・・・)」
愛する妹を失い、怒りから変貌し、人とも思えぬ姿となった彼女は幽鬼のよう。
その姿は悍ましいにも関わらず、悲しさに溢れていた。
五分ほどであろうか、ゆらゆらを体を揺らしながら歩く護は遂にマザーの下へ到達する。
それを見るマザーの顔が恐ろしい笑みに歪んだ。
「さぁ、渡して。直ぐに会わせてあげる」
欲望の汚泥は人間の悪感情から生まれた、人間になり損ねた化け物。
人間を知り、人間を学び、人間に成り替わろうとする強欲の化け物。
故に感情を学ぶ。
故に思考を学ぶ。
故に繋がりを学ぶ。
だからその人間が一番嫌がることが分かる。
だからその人間が一番欲しいものが分かる。
だからその人間が絶対断れないものが分かる。
国一つの人間を学び飲み込んだ欲望の汚泥という化け物にとって、全ての人間は彼女の手の平の上だった。
「(分かる、分かる分かる。この娘がドう考えるかが分かる。ドう思っているかが分かる。ドう動くかが分かる。大好きだったんだヨねぇ、トり返したいよねぇ、生き返ってホしいヨねぇ。分かるヨ、ソの気持ち。悲しいヨねぇ、悔しいヨねぇ、苦しいヨねぇ。だから全て私に渡しなさい、さぁ早く早く早く!)」
マザーは最後の一押しと、足元に偽流々を生み出した。
「おねぇちゃん・・・くるしいよ・・・はやく、あいたい」
「早く会いたいノよね、だから私に任せて」
「「だから、渡して」」
偽流々を見た護の目玉から滴が落ちた。
声にならない嘆きの感情がただの音として口から零れる。
勝利の笑みを浮かべるマザー。その顔が──半分消し飛んだ。
「ぎゃあああああああああああああっっっ⁉⁉⁉」
何故、何が!? 残った目を下に向ける、そこには偽流々を食う護の姿があった。
「ドうしてっ、妹に会いたかったんじゃないノ!?」
マザーには分かっていた、護は心から流々を愛していたと。
マザーには分かっていた、護は絶対に流々を取り戻そうとすると。
だがマザーは知らなかった。
時に人間の思考が大きな隙を生むことを。
時に人間の感情が最大の弱点になることを。
時に人間の想いが──怒りが、全てを超越することを。
無数の肉の触手が矢を射るような速さでマザーに伸びる、その先には剣の様な歯が並ぶ。
一本目が右肩に噛みつき、それを止めようとした左腕に二本目が噛みつく。
叫び声をあげる前に顎に噛みつき、胸に腹に次々と噛みついていった。
噛みつき、食い千切り、また次が噛みつき食い千切る。
だが決して急所を狙わない。そんな事をしても無意味だろうし、それで消えられては気が済まない。
長く、長く長く、もっと長くもっと沢山激痛を味合わせ無様を晒し尊厳を踏み躙る。
そこには一秒でも長く苦しめてやろうという意思が込められていた。
あの子はもっと痛かった筈だ。
あの子はもっと怖かった筈だ。
あの子はもっと苦しかった筈だ。
──コノテイドデ、ユルサレルト、オモウナヨ。
護から嵐の様な怒りの感情が放たれる。
「騙された、騙された、騙されたっ! コいつは、私を殺すコトしか考えてない。復讐するコトしか考えてないっ──村正あああああああっっっ!!」
痛みに身を捩るマザーは最強の手札を呼ぶ、すると護の影から村正が飛び出し護に切りかかった。
他にも柱の影から、マザーの背後から、水の中から、その数は二十を超える。
それはマザーの奥の手。
個体の情報量の多さ故に一体づつしか作成できない人間を複数製作。母体にかなりの負荷をかける、文字通りマザーの最終手段である。
邪神の力が増した護と言えど視覚を惑わす村正の動きを捕えるのは困難。
それも今回は複数体、流々の触手のように固めることの出来ない護の触手では村正の刃を受け止めることは出来ない。
超速度で動けるようになった今の状態でも、無傷で避けきるのは不可能であった。
護は触手を周囲に無数に張り巡らせる。
そして触手に触れた感触のあった所の空間ごと噛みつく──1体目。
それだけで学習したのか残りの村正の反応が消える。
今の護に上下左右前後の概念はない、村正を見つけようと全身の肉の中を目玉が高速で泳ぐ。その目玉に向かって刃が迫った。
迫る刃に巻き付くような形で肉が動き、そのまま上半身を噛みちぎった──2体目。
「《流桜・八重咲》!!」
「《流桜・影討》」
護に迫る八線の刃とそれに追従する刃。迫る計十六線を高速で離脱することで攻撃から逃れる。
その避ける先を読んでいたかのように新たな刃が背後から迫る。
「《流桜・一輪挿し》」
「討ち取ったりっ!」
前方から迫る鋭い突き、背後から首を狙う切り払い。
それを護は敢えて受けた。
「このまま落してくぇ‟──」
「急所を外じぐっ──」
そして食った──3,4体目。
刺さった刀を抜き捨てる。傷口はぶくぶくと泡を立て修復されるがダメージまでは回復しない。
加えて、回復が遅い・・・先程より明らかに力が落ちていた。
クトゥルフの邪神達は階級の高い神ではない。それ故地球に顕現出来ているのだが、それでも神の末席に座る者達である。
異世界の災害級モンスターと言えど邪神と比べれば強さに天と地ほどの差があり、まず邪神が負けることはない。
だが彼等は弱った神である。弱り、消滅しかけたため人間に帰化した存在であり、未だ力は回復しきっていない。
現に今の護もムナガラーの力を三割ほど解放しただけの状態の上、徐々に出力が落ちていっていた。
更に何度繰り返したかも分からない勇者達との戦闘。想像していたよりも消耗が激しいようだ。
そんな彼女を支えているのは、ただ怒りの感情だけである。
「あらぁ、押されてるノ? あははは、初めからコうすればヨかったね!」
そう、護はただ流々を害した者達への怒りの感情だけで動いている。
流々の為に、欲望の汚泥に負けるわけにはいかなかった。
「キュルルルルルルルゥゥゥゥッッッ!!」
村正が三体迫る。
迫る刃は横平行に三線、単純だが避け辛い。恐らく徐々に避け辛い攻撃に切り替えられている、護の癖を見切られているのだろう。
だが刀の斬撃がデリケートであることを知っている護は、速度を上げて刃を身で受けた。
刃の角度が合わなければ刀は切れない。
速さが乗らなければ刀は切れない。
肉を断とうとした刃を護は逆に折った、そしてまとめて食った。
これで計7体目。
切り抜けはしたが無傷では無かった、護の肉はいくらか減っていた。
削られた肉の間から赤い液体が流れる。
塞がらない、明らかに回復速度が落ちていた。
護の目に焦りの色が出る。しかし村正は護の都合など関係ないと襲い掛かるのであった。
それから三度、四度、村正の刃を凌ぎ数を減らしていく。そしてそこで気付いた。
村正の数が減っていない。
護は、あれだけ多弁だった村正が全く喋る様子が無い事にも気付く。
実はマザーは村正から戦う以外の情報をすべて排除し、村正の複製数を増やしていた。
ただ戦う人形と化した村正の攻撃は激しさを増す。
二体倒せば一度は斬られる、本来なら悪くない条件だが数の底が見えない相手では不利過ぎる。
いつか押し負けるのが目に見えていた。
防ぐことが出来ない斬撃。
落ちていく回復速度。
数の見えない敵。
ここ迄相性の悪い敵だとは思ってもいなかった、だが流々の事を思えば諦めようなど考えもしない。
何故なら、刺された流々はもっと痛かった筈だ、もっと苦しかった筈だ、怖かった筈だ。
その苦しみを少しでも多く味合わせてやらねば、気が済まない。
護の怒りの炎は更に燃え上がった。
目の前にいつの間にか迫る刃を噛んで受け止める、触手で腕をへし折りそのまま背後から迫る刃の盾にする。
斬られた村正と斬った刀を持つ手をまとめて食う。
腕を失った村正を叩きつけて潰すが、背中から刺された。
目玉が背後に回り相手を触手で捉え、肋骨が伸び串刺しにする。
その後ろから串刺しにした村正ごと触手が断ち切られる。
すぐさま全力で体当たりをし、壁に圧し潰した。
背から音も無く接近してきた村正が二体、体当たりをするように護を貫く。
触手で巻き取り床に叩きつけた後、触手が口に変化しそのまま食い殺した。
下を向いていた護を四方から村正が襲うが、それに気付いた目玉が肉を泳ぎ両肩に回る。
幾本もの触手が伸び、独楽のように回る護の動きに合わせ全員を弾き飛ばす。
足元の死角から刀が伸びる、腹から頭を貫かれた。
そのまま腹が口へと変化し噛み砕く。
護が地面に両手を叩き付ける。
隙あらば襲い掛かろうと備えていた村正達の足元から肉の触手が無数に飛び出し、村正の頭を貫いた。
肉の触手を回避した村正は宙から護に襲い掛かる、右腕を切り飛ばした。
護はすぐさま目玉を動かし補足、残った腕で殴り飛ばされた村正は壁のシミとなる。
そして腕を失うという隙を、村正が逃すはずが無かった。
村正が護の右側から斬りかかる。
護は左腕を振り切った状態であり、その勢いを利用して回転しながら回避。
別の村正が上から護を床に縫い付けた。
背中から肋骨が生え、背の村正に噛みつく。
右側の村正が背の村正ごと肋骨を切断、護は足から伸びた肉の触手でその刀を絡め捕る。
村正はすぐさま刀を離し、脇差で触手を切り裂いた。
護が左手を伸ばそうとした時、左から近付いた村正が左手を切り飛ばす。
村正は打刀と脇差で左肩と左足を床に縫い付けた。
動けない。
うつ伏せに倒れる護に、また新しくやって来た村正の刃が迫る。
刃が狙うは目玉、そこは護の弱点にならない。だが回復力の落ちた今の状態では視界を失った次の瞬間には体を細切れにされてしまう事だろう。
そうなれば如何な護と言えど死ぬ。
ここまでか。
言葉はない、だが瞳に激しい感情が込められている。
悔しい、一矢報いてあげることが出来なかった。
悲しい、一人ではやり返すことも出来ない。
寂しい、流々が居なければやはり自分は何もできない。
流々、流々、流々──。
ギラリと冷たい光沢が護に触れる瞬間──刃が止まる。
「・・・?」
刃がピクリとも動かない、だがそれは村正が刀を止めたわけでは無かった。
村正の体に何かが巻き付いている。
どれ程の力で絞めているのかそれはギリギリと音を立て、そのまま村正を握り潰した。
「──っ⁉ なにっ、何が起こったノ!?」
護にも分からなかった、よく見ると両脇に居た村正も捕らわれている。そして先程の村正と同じ道を辿った。
触手は護の腹から飛び出している、護の肉の触手とは違う生物らしい八本の触手。
護は心に温かさが戻っていくのを感じた。
触手は少し藻掻くような動きを見せた後、地面に手を突くようにして踏ん張る。するとズルリと何かが腹から飛び出してきた。
「~~~っ、ぷはっ! 苦しかったぁ!」
〇今回の図式
『超回復するガチギレ中の無形の邪神(再生力徐々に低下)』VS『勇者パーティを無限生産するスライムみたいな何か』の食い合い
【補足】
〇欲望の汚泥の能力について
・観察して食って、その人間が持つ者を全て奪い取る。記憶以外の全て、性格や人格、スキルや加護も奪い取るため周りの人は気付けない。
・食った人間の姿を作り出し、保管していたスキルや人格をインストールさせることで人間そのものを作り出す。
ただし人間ごとに情報量が異なり勇者や剣聖の様な特に情報量の多い人間は一人程度が限界。
体を作り出すのはコストが低め。インストールするものを厳選することでコストを下げ、情報量を減らすことで剣聖でも複数体作ることが可能。
今回、情報量を減らす+奥の手で百体近い剣聖を作り出した。
・欲望の汚泥は流々と護を手に入れることに執着しすぎた。人間の感情を学んだことで執着と傲りを知り、それが隙になった。
・欲望の汚泥はコールタールのようになっていて滅しにくい。
その為、倒す→回収→アップデート→強化再生を繰り返す。
護に食われると回収できず消滅するので、欲望の汚泥にとって天敵。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後まで読んで下さり、ありがとう御座いました!
また次の更新も宜しくお願い致しますm(_ _)m




