6:生誕舞踏会
婚約者がいる相手を、好きになりかけた後ろめたさ。
それをトレイシーが感じてくれたおかげで、王太子はアマンダは嫌がらせをしていないと信じた。
その結果、生誕舞踏会で、断罪イベントは発生しなかった。
アマンダはトレイシーと関わらないようにし、この舞踏会ではひたすら王太子と一緒にいて、取り巻きの令嬢とさえ、距離をとっていた。
一方のトレイシーは、攻略対象の一人、公爵家の嫡男と仲良く話している。もしトレイシーと彼が交際を始めることになっても、アマンダはもう、悪役令嬢として邪魔をすることはないだろう。
嫌がらせをすれば、その様子を見た誰かに告発されるかもしれない――という恐怖をアマンダは体験してしまったのだ。王太子との自身の幸せを願うアマンダは、もう余計なことはしないだろう。
こうして二度目の転生は、途中まで悪役令嬢になっていたアマンダを方向転換させ、ヒロインにもアマンダと関わらない道へ進むんでもらうことができた。
これで「めでたし、めでたし」かというと……。
乙女ゲームとしては、エンディングを迎えたと思う。
でも、実際はまだ終わらない。
なぜなら、セリーナは復讐を願っていた。
その復讐は果たされないが、彼女が本来いるべき場所に、戻してあげたいという気持ちに私がなっていたのは事実。
それにセリーナは、自分が元の場所に帰れるよう、準備を進めていた。アマンダを悪役令嬢にするだけではない、もう一つのことを。その仕上げが待っている。
生誕舞踏会に付き添った私は、一足先にジャコビー伯爵の屋敷へ戻っていた。
屋敷には、セリーナの実家――ナイトレイ家に仕えた敏腕バトラーのモリスが待っている。彼は借金のカタで、ジャコビー伯爵家に引き抜かれてしまっていた。
「セリーナお嬢様、お帰りなさいませ」
ジャコビー伯爵家で働くようになっても、モリスは私の、ナイトレイ伯爵家の味方でいてくれた。
「モリス、準備は整っている?」
「ええ、5年かけ、調べはつきました。セリーナお嬢様がアマンダ様の信頼を勝ち得たように、わたしはジャコビー伯爵の信用を得ることに成功しました。そして裏帳簿の存在を知り、その写しを作り、既に旦那様のところへ送ってあります」
「ありがとう、モリス!」
生誕舞踏会に付き添う私にアマンダは、ちゃんとしたドレスを着るよう求めた。それだけ今日の舞踏会は華やかなものだったから。何せ断罪がなかった代わり(?)なのか、アマンダと王太子の結婚式の日取りが発表されたのだ。
ということで今の私は、優しいスカイブルーの身頃に、銀糸で美しい刺繍が施されたドレスを着ている。スカートは、ウエストから裾まで、淡いスカイブルーから濃いサファイアブルーにグラデーションしていた。ふわりと重ねられたチュールには、ビジューが飾られ、動く度に煌めきを放つ。
「参りましょうか、セリーナお嬢様」
「ええ、行きましょう」
モリスにエスコートされ、ジャコビー伯爵の執務室へ向かった。
今日の王太子の生誕舞踏会は、舞踏会とついているが、実際は誕生日パーティー。ゆえにアマンダの両親は屋敷にいた。
ジャコビー伯爵の執務室の扉の前につき、モリスがノックをする。
「モリスです。ジャコビー伯爵」
「入れ」
黒のスーツの執事姿のモリスに続き、ドレスアップした私が執務室へ入って行くと、ジャコビー伯爵は驚いてこちらを見た。
贅沢好きなジャコビー伯爵は、贅肉もたっぷり。
執務机の椅子に窮屈そうに体をおさめ、脂ぎった顔している。
「何の用だ、モリス。それと……セリーナ」
怪訝な顔をするジャコビー伯爵に、モリスは裏帳簿を発見したことを告げる。さらに既に写しをとり、それはナイトレイ伯爵家に届けてあることを。
「な……、お前、なんてことを!」
「もしもわたしとセリーナお嬢様に手を出せば、ナイトレイ伯爵はその裏帳簿を公にします」
ジャコビー伯爵は歯ぎしりしてモリスを睨んだ。
「ジャコビー伯爵」
「なんだ、小娘!」
「ナイトレイ伯爵家を貶め、多額の借金を背負わせましたよね。それは全て帳消しにしてください。もし帳消しくださらないなら、これを国王陛下に送り付けます」
私はジャコビー伯爵の執務机に封筒を置く。
「なんだ、これは!」
怒鳴り、唾を飛ばしながら、封筒の中の手紙を見たジャコビー伯爵の顔は、青ざめる。さらに突然手紙をビリビリと破った。
「それは写しです。本物は隠してあります」
私がジャコビー伯爵に渡したのは、屋敷で働くアマンダと年齢の近い従者が、アマンダと許されない関係にあると示す証拠――捏造した手紙だ。でもその文字はアマンダの文字そのもの。
だって、アマンダに美しい文字を教えたのはセリーナだ。アマンダは美しい文字を書けるようになるため、セリーナの文字を真似ていた。その結果、アマンダの文字は、セリーナの文字にそっくりになった。
でもセリーナはその文字を、普段使うことはない。あくまで王太子の婚約者候補になるにあたり行われた学問の中で、使っていた文字に過ぎない。
そしてアマンダの相手とされる従者。彼は既にこの屋敷にはいない。出稼ぎでホワイトヘッド王国に来ていたが、今は母国に帰国しており、どこにいるかは不明。
よってこの手紙の真偽は、アマンダしか確認できない。だがこの手紙を見た国王陛下は、アマンダがこの従者と関係を持ったと判断している。だからこそセリーナは、ジャコビー一族と共に、斬首刑で命を落としたのだ。
大丈夫。
この世界でもこの手紙は、切り札だ。