5:王太子
ヒロインであるトレイシーと、話すことが出来たのは、大収穫だった。
なぜなら王太子からトレイシーがお茶に誘われているという情報を、聞き出せたのだから。
間違いない。
私が送った手紙を見た王太子が、トレイシーに念のため、確認しようとしているのだと思う。アマンダから何か注意を受けたり、喧嘩になるようなことはありませんか、と。
ここで、トレイシーと王太子が親密になっては困る。
トレイシーには、婚約者がいる男性に恋心を少しでも持った罪悪感があるならば、嫌がらせを受けことは黙っておくべきだと釘は刺した。
だが釘を刺しただけでは、とても万全とは言えない。
実際に会った王太子の優しさに、ほだされる可能性がある。
そこでこんな提案をトレイシーにした。
「そのお茶会ですが、よろしければ私も同行しましょう。まずトレイシー様はあまり宮殿や王宮に足を運んだことがないですよね。トレイシー様ご自身も慣れてない。付き添われるメイドも不慣れでしょう。でも私はアマンダお嬢様の付き添いで、何度も宮殿や王宮に足を運んでいますから。少しばかり変装し、トレイシー様の専属メイドのフリをしてお供しますよ」
この提案にトレイシーがどんな反応をするかは、まさに賭けだった。
だが、王太子からのお茶会の話をしている時点で、私はトレイシーから信頼を得ていたようだ。「ぜひお願いします」と言われたのだから。
トレイシーが私をあっさり信用した理由は、分からなくもない。
アマンダ達から仲間として扱われていたが、実際は嫌がらせを受け続け、トレイシーとしては不安でいっぱいだった。そこに救世主のように私が現れたのだから。
ともかく同行できることになったので、アマンダには正直に話し、その時間帯に暇を与えてもらった。まさか王太子がトレイシーを呼び出していると思わず、青ざめアマンダは「セリーナ、お願い! 嫌がらせの件、なんとかバレないようにして」と泣きついた。
こうして私はトレイシーと共に宮殿へ行くため、着替えをして、変装を行うことになる。
まずかつらを被り、髪色を変える。
地毛はプラチナブロンドだった。それがチョコブランのかつらを被るだけで、ガラリと印象が変わった。普段は眼鏡をかけていたが、今回は眼鏡なし。メイド服はトレイシーのノヴェロ男爵家で使われている、グレーのワンピースと白エプロンを身に着けた。
一方のトレイシーは、クリームイエローにフリルがついたドレス姿だ。
王太子がトレイシーを招いたお茶会は、庭園を見渡すテラス席で行われた。付き添いの私は、着席する二人から少し離れた場所で、様子を伺うことになった。
「今日は突然呼び立てるような形になってしまい、申し訳なかったですね、ノヴェロ男爵令嬢。私の婚約者であるアマンダと君がいるのは在学中、よく見ていました。でも実は君とはほとんど話したことがない。挨拶ぐらいはしたと思うのですが。そんな君だけど、アマンダとは仲が良かったのかな?」
サイラス・ジョン・ホワイトヘッド――アマンダの婚約者であり、ホワイトヘッド王国の王太子だ。
長身で脚がスラリと長く、本日のエメラルドグリーンのセットアップも実に似合っていらっしゃる。髪はバターブロンドで少し癖毛な感じがオシャレ。すっと通った鼻筋にコバルトグリーンの瞳。薄ピンク色の唇は女子みたいに艶やかだ。
そんな王太子を前に、トレイシーはすっかりぽ~っとしてしまっている。
「トレイシー様、ナプキンが落ちました。そして王太子様が質問されています」
トレイシーに答えるように私が促す。そこでトレイシーは我に返る。
「あ、はい。アマンダ様は、男爵家の中でも序列の低い私のことを仲間に加えてくださり、とても感謝しています。卒業後もお茶会にお誘いくださり、一緒に舞踏会に足を運んだりしています」
「なるほど。では仲が良いのですね?」
「そうだと思います。アマンダ様は人気者なので、いつも周囲に沢山の令嬢がいます。私とばかり仲がいいというわけではないですが、一緒に行動させていただけて、いつも光栄に感じています」
さすがにトレイシーも「とても仲良しでした!」とは言いにくいようだ。それでも自身の後ろめたさがあるので、必死にアマンダを擁護してくれた。
その結果、最終的に王太子は……。
「ノヴェロ男爵令嬢、あなたの話を聞けてよかったです。最近はもう送られてくることがなくなったのですが……。実はあなたが、アマンダにいじめを受けているという告発があったので、心配していたのです」
予想はしていたが、心臓が止まりそうになる。何せ告発をしていたのは、覚醒前の私、セリーナなのだから。
「でも二人の間には問題がないようで、安心しました。これからもアマンダと仲良くしてあげてください」
王太子がこう言ってくれたことに、胸をなでおろすことになる。
断罪につながる芽を、摘むことがなんとかできた。