4:ヒロイン
別室にいたトレイシーの元に私が訪れると。
彼女はおどおどした顔で私を見る。
ちなみに悪役令嬢の専属メイドであるセリーナの容姿であるが、髪はプラチナブロンド。お団子にして結わいていたが、おろすと腰までのサラサラの美しい髪をしていた。瞳の色は濃い紫。メイドでいる時はべっ甲の伊達メガネをかけている。肌は透き通るように白く、手足もほっそりしている。確かに元伯爵令嬢だと実感できる容姿だった。
そんな姿であり、決して恐ろしい姿かたちをしているわけではないのだが……。
アマンダの専属メイドであるセリーナは、トレイシーからしてみれば、アマンダ同様、怖い存在。すぐに私から視線をはずし、俯いている。
実際、今日のようにアマンダがトレイシーに紅茶をかけることは、何度もあった。このジャコビー伯爵家の庭園に用意されたお茶の席において。
お茶をぶちまける理由は「あら、カップにハエがはいっているわ」「あ、うっかり手が滑ってしまったわ」と様々。どんな理由であれ、アマンダがトレイシーに紅茶をぶちまけても、セリーナは動かなかった。
無表情に静観している。
私が覚醒する前のセリーナの中に、トレイシーに対する同情はあった。でも自身の復讐が優先されていた。よって心を無にして、アマンダがトレイシーに嫌がらせする様子を、ただ眺めているだけだった。
ただ眺めているだけだが、トレイシーからすれば、セリーナ以外のメイドも含め、全員アマンダの共犯者にしか見えない。よって、今のようにおどおどしていると理解できた。
「トレイシー様。先程脱いでいただいたドレスは、当家でクリーニングし、お届けにあがります。今、着ているドレス、サイズは大丈夫ですか?」
問われたトレイシーは、紺色のドレスに触れ「大丈夫です」と小さく答える。
とても乙女ゲームのヒロインとは思えない程、萎縮していた。
「そうですか、それは良かったです」
そう言いながら、私はトレイシーの対面のソファに腰をおろした。
そこにメイドがお茶とケーキを運んできた。
ケーキは、前世のゲームのプレイ情報で把握していた、ヒロインの好物の苺のタルトだ。
艶のある美しい苺が飾られたタルトの登場に、トレイシーの表情が少し緩む。
「どうぞ、召し上がってください。こちらを食べて、気分が落ち着かれましたら、お屋敷までお送りします」
「……あ、ありがとうございます」
トレイシーは目の前の置かれたタルトと私の顔を見比べ、そこで固まってしまう。
「私がいると食べにくいようでしたら、席をはずしますよ」
「え」
そこでトレイシーの目が泳いでいる。
「席をはずしてほしい」と答えることが、失礼になると思っているのかしら?
「あ、あの……」
「何でしょうか」
「……アマンダ伯爵令嬢さまは、学校を卒業後もこうしてお茶会に招いてくださり、ご学友だった皆様とお食事に行く時も誘ってくださります。……私とアマンダ伯爵令嬢さまは『友達』なのでしょうか?」
切実な問いをされてしまった。
友達なのに、こんな風に紅茶を何度もかけられるものなのかと聞きたいのだろう。でもストレートにそれは聞けず、その結果が今の質問。
「私は……真の友達ではないと思っています。本当の友達であれば、こんな風に紅茶を何度もかけられることはないでしょう。しがらみがなければ、もう学校も卒業しているのです。お誘いを断る理由なんて、いくらでも作ることができます。ですから、縁をお切りになってもいいのではないでしょうか」
完全に想定外の返事をされ、トレイシーは「え」とまたもや固まってしまう。
「とはいえ、アマンダお嬢様はご存知の通り、完璧な伯爵令嬢として知られています。そのアマンダお嬢様が故意に紅茶をかけることがあるとしたら……。何か理由があるのでしょう。心当たりはありませんか?」
問われたトレイシーは我に返り、腕組みして考え込み、「分かりません……」と項垂れる。
「これはトレイシー様のことではないのですが、以前、アマンダお嬢様から相談されたことがあります。アマンダお嬢様の婚約者は、ご存知の通り、この国の王太子様です。サイラス王太子様は、とても立派なお方。女性からの人気も高いです。アマンダお嬢様という婚約者がいるのに、サイラス王太子様にちょっかいを出す女性がいるのは事実。それを知った時のアマンダお嬢様は……とても怒っていました」
この話を聞いたトレイシーの顔は、青くなっている。
自分の中でほのかに目覚めている恋心が、アマンダの怒りを買うものであると認識したようだ。
「アマンダお嬢様が怒る理由は、お分かりになりますよね?」
トレイシーはこくこくと頷く。
「婚約者がいる男性を好きになるのは、ルール違反ですから」
スカートの上の手を、トレイシーはぎゅっと握りしめ「そうですね」とか細く返事をした。そしてとんでもない話を私に打ち明けた。
「……実は、王太子様に明日、お茶会に誘われているんです。私に関するある噂を耳にして、確認したいことがあると言われまして……。王太子様に会いにくのは止めた方がいいでしょうか?」