3:悪役令嬢
左手に熱さを感じ、手の甲に液体を確認した。
目を前方に向けると、左側に、金髪巻き髪碧眼の釣り目の美女がいる。真っ赤なド派手なドレスを着て、その手には紅茶のカップ。これは悪役令嬢であるアマンダ。
右側を見ると、右腕で自身の顔と頭を庇うようにしている、これまた金髪碧眼のストレートヘアの小顔の美少女がいた。鮮やかなレモンイエローのドレスの袖は、茶色く濡れている。これがヒロインのトレイシー。
二人の間には白いテーブルクロスが敷かれた丸テーブル。そこにはマカロン、エクレア、クッキーなどの、見るからに美味しそうなスイーツが並べられている。
今日は天気が良かった。
そこでジャコビー伯爵家の庭園でお茶会を行っていた。そしてアマンダにとってはいつも通り。トレイシーへの嫌がらせとして、彼女に熱々の紅茶をぶちまけていた。そして私はそのとばっちりを受け、手の甲に紅茶が飛んできたというわけだ。
アマンダの専属メイドである私は、黒のワンピースに白いエプロン姿で、手には布巾を持っている。ひとまず紅茶をかけられたトレイシーに、布巾を差し出す。
「大丈夫ですか? よかったらこれをお使いください」
するとトレイシーは驚愕と畏怖の表情を浮かべ、固まる。
アマンダの専属メイドである私が布巾を差し出すなんて、何か裏があると思って当然。でも何も裏はない。私は同僚のメイドを呼び、トレイシーが着替えができるよう、部屋へ案内するよう頼む。
「ちょっと、セリーナ、何をしているの!? いつもあなた、黙って見ているだけなのに!」
アマンダが今にも私に噛みつかんとする勢いで怒鳴った。
せっかくマナーを教えてあげたのに。
興奮すると声を荒げる癖は、どうしてもなおらないようだ。
「アマンダお嬢様。その理由をご説明します」
そう言うと私は自分がサイラス王太子に匿名で書いた手紙――アマンダのトレイシーへの悪事を暴露する手紙――の一つを彼女に渡す。
「何よ、この手紙は? 宛名は……サイラス王太子様宛じゃない」
「はい。その通りです、アマンダお嬢様。何者かが、アマンダお嬢様を貶めるため、サイラス王太子様にこの手紙を送りつけているようです。中をご覧になって見てください」
アマンダの周りに座る令嬢達は「どういうことかしら?」と小声で囁き合っている。
封筒を開け、中の手紙を読んだアマンダの顔を青ざめた。
「こ、これはどういうこと!?」
「ですからアマンダお嬢様を貶めようとする、何者かの仕業です。既に何通かはサイラス王太子様の手元に届いているようで。ただ、アマンダ様は日頃の行いが優秀です。よってサイラス王太子様は、この手紙に書かれていることを信じていないようですが……。今後は、トレイシー様に関わるのは止めた方がいいと思います」
「な……! この手紙の犯人を捕まえ、ソイツをぎゃふんと言わせればいいのでは!?」
アマンダを悪役令嬢に仕立てのはセリーナだ。
でもアマンダには……悪役令嬢になりうる資質があるのは確か。それこそが今の発言だ。
「こんな手紙を王太子様に送り付けている犯人ですよ? 自身に何か危険が及ぶことを想定している可能性があります。最悪の事態に備え、決定的証拠をサイラス王太子様に送り付けることも考えられます。トレイシー様からは手を引くのが一番です」
「でも」
「アマンダお嬢様、よく考えてください。こんな詳細な内容、その場にいるか、その場を見ていた人間しか書けない、そう思いませんか?」
そこでアマンダの顔がひきつり、自分の周辺に座る令嬢の顔を見回す。令嬢達は口々に「私達はそんな手紙を書いていません!」と否定するが……。
アマンダは既に疑心暗鬼になっている。
今、この瞬間から、アマンダの関心はヒロインであるトレイシーから離れた。トレイシーよりも身近にいる裏切り者探しに向かったはずだ。
アマンダの関心がトレイシーから離れている間に。
トレイシーの対処をしないと。
私はこの場を別のメイドにまかせ、着替えをしているだろうトレイシーのところへ向かった。