2:現状把握
本当に困った状況である。
状況。
乙女ゲームのヒロインであるトレイシーが攻略対象として選んだのは、王道ルート。つまりはアマンダの婚約者であるこの国ホワイトヘッド王国の王太子サイラス・ジョン・ホワイトヘッドを攻略対象に選んだのようなのだ。
サイラス王太子は、アマンダより2歳年上だが、留学をしていた期間がある。留学後、2年生として編入しなおしている。その結果、2年生と3年生の時、アマンダと共に学生生活を過ごした。もちろん、その学校にヒロインもいたわけで。そこでサイラス王太子とトレイシーは、出会っている。
最初は学友の一人に過ぎなかったはずだが、セリーナはアマンダからトレイシーについて聞かされると……。
「アマンダ様。サイラス王太子様は、この国の王族です。つまりはこの国の頂点の方です。彼と会話し、交流が許されるのは、選ばれた者のみ。アマンダ様は婚約者ですから許されますが、そのトレイシーという女は、男爵家の娘。しかも商人が金で爵位を買ったようなものですよね。そんな女がサイラス王太子様のそばにいていいと思いますか? 品の悪さがサイライス王太子様にうつってしまわれますよ」
私が覚醒する前のセリーナは、既にこんな言葉をアマンダに囁いていた。
セリーナ自身、男爵家の令嬢であろうが、王太子と仲良くすることを、悪いこととはこれっぽっちも思っていない。ただ、アマンダが悪事に手を染めるように、尤もらしく言っているだけだった。そしてこの理由であれば、貴族社会で育ったアマンダなら、すんなり受け入れやすいと考えた。
この目論見は……的中する。
加えてセリーナは、アマンダにこう告げる。
「婚約者であるアマンダ様が、サイラス王太子様を悪い虫から守るしかありません。これは婚約者の務めでもあるのです。アマンダ様が動かなければ、誰が動いてくれますか? アマンダ様しかいないのです。サイラス王太子様を守れるのは」
そして「でもどうやってサイラス王太子様をお守りするのですか?」と、自分を立派な令嬢へと導いてくれた専属メイドのセリーナの言葉を信じ、アマンダは問いかける。
対するセリーナは「それは……」と、まずはトレイシーに変なニックネームをつける、トレイシーの前でヒソヒソ話をする、トレイシーが来たらわざと笑うなど、アマンダが抵抗感なく行動できそうなものを指示する。
分かりやすく仲間外れにはしない。仲間内で仲間外れにする方法を、アマンダに伝授した。
そこからはもう、さっきのように紅茶をかけるとか、ドレスをわざと踏んで転ばせるとか、人前で恥をかかせるとか、あらゆる嫌がらせがトレイシーに対して行われることになる。でも、それはいつも仲間うちで行われた。
いじめではないわ、だって私達、お友達でしょう――。
その結果、アマンダへの嫌がらせは、教師にも婚約者である王太子にもバレないまま、卒業式を迎えた。そしてトレイシーへの嫌がらせは、現在も続けられているが、その一方で。
セリーナはアマンダを陥れるために、サイラス王太子に匿名で手紙を書き始めていた。アマンダのトレイシーへの悪事を暴露する手紙だ。
だが現状、まだサイラス王太子は、アマンダがそんな悪事をするとは信じていない。なにせ表向きはマナー・ダンス・教養のすべてが揃った美しき完璧な伯爵令嬢、それがアマンダであるからだ。
ハエの一匹さえ殺せないという顔をしているアマンダが、手紙に書かれているような悪事をするはずがない――とサイラス王太子はまだ思ってくれていた。
そうではあるが、覚醒前のセリーナの調査では、トレイシーは既にサイラス王太子に恋心を抱き始めていた。アマンダの取り巻きの一人であるとはいえ、トレイシーは、サイラス王太子と挨拶以外の会話をすることがなかった。
話すことさえ許されない、雲の上の王子様。その憧れは現在、トレイシーの中で好意に変わりつつあった。
つまりはこのまま私、セリーナがアマンダの悪事をばらす手紙を書き続け、証拠を突きつければ、心優しいサイラス王太子はトレイシーを気にかけるようになる。つまり、サイラス王太子とトレイシーの仲が、深まる流れになってしまう。
さらにセリーナは、屋敷で働くアマンダと年齢の近い従者が、アマンダと許されない関係にあると示す証拠――手紙を捏造している。しかもこの二人は、超えてはいけない関係になっていると、その手紙で暴露しているのだ。これを公にすれば間違いない。
断罪イベントへ一直線だろう。
そうなる前に覚醒できて、本当によかった。
まずは私がアマンダの悪事をばらす手紙を送るのは止めよう。
そしてアマンダにはトレイシーへの嫌がらせを止めてもらう。
同時にトレイシーには、サイラス王太子を諦めてもらわないといけない。
一度目のセリーナの記憶、乙女ゲームを知る前世日本人の記憶、そして二度目のセリーナの記憶を取り戻した私は、生き残りをかけ、動き出すことになる。