1:裏設定
私、セリーナはアマンダの専属メイドをしているが、由緒正しき伯爵家の令嬢だ。父親であるナイトレイ伯爵は、アマンダの父親であるジャコビー伯爵と、船舶事業でライバル同士だった。父親は快適な旅を約束する豪華客船を作り、成功を収めていたが、それを真似して事業を起こしたのがジャコビー伯爵。
ジャコビー伯爵は裏からいろいろ手を回し、父親の客船の納期を遅らせ、運行の邪魔をし、その結果……。私の父親は多額の借金を抱え、虫の息にまで追い込まれてしまった。そこでジャコビー伯爵は、何食わぬ顔で父親に近づき、金を工面してくれた。
でもそれはさらなる罠で……。
借金の返済の目途がたたないのならと、ナイトレイ伯爵家の有能なバトラーを引き抜き、父親の所有する競走馬を奪い、挙句に私を……自身の娘の専属メイドとして雇ったのだ。
私を雇った理由。
それは私、セリーナが、両親により、王太子の婚約者候補になるべく育てられていたからだ。セリーナは、伯爵令嬢として完璧なマナーとダンスと教養を身につけて育った。一方のアマンダは、マナー・ダンス・教養、そのどれもがイマイチ。私をメイドとして雇い、アマンダにこの三つを身につけさせようと、ジャコビー伯爵は目論んでいた。
両親の借金もある。だから私はこのジャコビー伯爵の目論見に従った。つまり、専属メイドとして雇われ、マナー・ダンス・教養を、アマンダに叩き込んだ。結果、アマンダは見事、王太子の婚約者に選ばれ、現在に至っている。
だが、私は……セリーナは、ジャコビー伯爵を許していなかった。忠実な専属メイドとして、アマンダに仕えていると見せかけ、水面下では……。
アマンダが悪役令嬢になるよう、画策していた。
厳密には、私が覚醒する前のセリーナは、乙女ゲームのことも、悪役令嬢のことも知らない。だから単純に、アマンダの評判が落ちるよう、悪女と言われるよう、アマンダのことをコントロールしていたに過ぎない。
だがそれはアマンダを、見事悪役令嬢へと仕立てていったのである……。
って、そんな裏設定があるなんて、この乙女ゲームの世界に転生するまで知らなかった! それにセリーナはモブなんかではなく、これではまるでラスボスのような存在に思える。
ただ、セリーナの気持ちは分からなくもない。
王太子の婚約者となるべく育てられた伯爵令嬢だったのに、メイドへと貶められていたのだから。
だが、セリーナは知らなかったのだ。
もし、アマンダが悪役令嬢として断罪されたらどうなるかを。
王太子から断罪されれば、ジャコビー伯爵家は、アマンダを含めた一族郎党すべて、断頭台送りだ。
実際、メイドのセリーナとして斬首された一度目の記憶が、私の脳には刻まれている。かつ二度目となるセリーナの人生が始まり、そしてそのセリーナに、私は転生していたことに気づいたのだ。
かなり複雑な世界線での転生だと思う。
でもそうなった理由はなんとなく想像がついた。
セリーナは復讐をしたかった。自身を貶めたジャコビー伯爵家に。でもその復讐は、乙女ゲームのシナリオにより、成功せずに終わってしまった。復讐はできたがセリーナは死んでいる。成功とは言えないだろう。
今度こそは成功させたいとセリーナは願ったはずだ。でもそのためには、乙女ゲームについて知る人間の記憶が必要だった。
ゆえに断頭台の露となり、消えたセリーナが再び転生した時、もう失敗したくないと思い、成功を強く願った結果、私の魂が彼女の体に宿ったのではないか……と思った。
ちなみに宮廷音楽家から断罪されれば、ジャコビー伯爵家は、一族の恥さらしとして、使用人を含め、国外追放。ちなみに国外追放され、峠越えをしている最中に、一族と使用人は山賊に襲われ全員死亡する。
公爵家の嫡男から断罪されると、アマンダは娼館送りになる。その際、彼女に仕えるメイドもみんな、娼館に送られてしまう。
隣国の第二王子から断罪されると、彼の母国の砂漠に、アマンダを含めた一族郎党すべて、置き去りにされる。その先に待つのは猛烈な陽射しと飢えと渇きと死のみ。
私は……悪役令嬢に転生したわけではない。だが、私のせいで悪役令嬢が誕生し、それは私自身の破滅へとつながってしまう。
そして現在、アマンダもヒロインであるトレイシーも18歳。
断罪の場は、アマンダが18歳の時、婚約者である王太子の20歳の生誕舞踏会の場で行われる。どの攻略対象を選ぼうと、この舞踏会で断罪イベントが発生してしまう。
そしてこの生誕舞踏会は……あと三日後に行われる。
時間がない!
なんとしても断罪イベントを回避しなければ……!!