探偵、琴吹 流
104話 探偵、琴吹流
「愛さん、ごめんなさい。ナニが悪かったのかしら……すぐにもどりますから」
「ちょっと待って、もう少しココに」
「どうしたんです?」
「まえに来たときに。こっちでは、わたしは本の主人公の存在だったわよね。しかも、その本の作者が、ウチの会社の社長……」
「そんなコト憶えてたんですか。実はあたしはこっちの世界では、あるお金持ちのお嬢様。あたしの家の場所ヘ行ったら洋館が立ってて。今のあたしにふさわしい家でしたわ。でもその家には、まだ幼い娘が……」
「時間的な物も違うのね。こっちは」
「全く違うというわけでもないようです。発音が同じだけど字が違うとか。ココの渋谷みたいに。まったく同じ人間も居るとアンジェラが。よく言うパラレルワールドとか……」
「で、ココが渋谷なんで、ウチの会社を見てこようと思うの」
わたしは、会社のある方へ歩きだした。
もうすぐ見えてくるはずのカフェ月光が見えない。
あ。
『純喫茶月光』が。
こっちでの渋谷は、まだ喫茶店なのか。
もしかしたら、時間も跳んじゃったテマリ。
ここには若い頃の女将がいるのかな。
もうすぐ歩くと会社のあるビル。
その前のコンビニがない。
あれは酒屋かな?
うそ、マンションだが、一階にはショップが。
「マジック雑貨の店ソフィア・アントワネット。怪しげな店ね。ちょっとのぞいていいかしら」
テマリが、一階のショップへ入り5分ほどで出てきた。
「この店、スゴいです。マジック雑貨というから手品のグッズ店かと思ったら。魔術関係の店で海外物グッズから、洋書のグリモワールまである本格派ですよ。あたしたちの世界にもあったら……毎日通っちゃうわ」
「見て、二階にあるはずのウチの会社がない。占い屋さんよ」
4階に探偵社の文字が。
でも、葵探偵社……。なんか聞いたことある社名ね。
たしか、社長が昔勤めてた会社だ。
そこの社長が、寿探偵社の今のオーナーだ。
あそこに若い社長が居たりするのかしら。
「どうなの愛さん。このビルが愛さんの……」
「テマリ、時間とかも大分ズレてるみたいよ。ここ、ショーワかしら?」
「名前や住む人が微妙に違いますけど、そんなに時間は変わりません……。の、はずですけど……。言われてみれば、周りの人の服装が古い。あたしはこの時代くらいでも珍しいけど。街歩く人たちもなかなか古くさいファッションだわ」
「ちょこっと行ってみようかしら、あの探偵社。何処から上がるのかしら?」
「ショップの中にエレベーター有りましたよ」
わたしはマジック雑貨ソフィア・アントワネットの中へ入った。
「店の左側の奥にトイレが、その横にエレベーターが有ります」
短い時間に店内を探索したわりに随分と詳しいね。テマリ。
エレベーターの横に占いの部屋は2階と言う看板が置いてある。3階はどこかの事務所。その上が葵探偵社だ。
上へのスイッチを押すとエレベーターが上から降りてきた。
1階へ、ドアが開くと中に人が。
タバコをくわえた痩せた男はヨレヨレのグレイのスーツ姿。
ロン毛で口ヒゲ。
髪は黒いが、社長だよね。
「社長!」
いけない、思わず。
「はぁ、オレは……」
男は閉まるドアをおさえてエレベーターのハコの前で。わたしたちが入るのを待ってる。
「そっちの黒いお嬢さんはユニークなファッションだね。カワイイし、メガネのお嬢さんは美人だ」
「あの、真中に立ってたらドアおさえてても入れないんですけど。おじさま」
「黒子ちゃんは何処かのお嬢様かな? おじさんは、実は天使なんだ。二階のいい加減な占いなんてやめて僕とお茶しません」
思いっきりナンパだ。天使って。
それにわたしたちを占い部屋の客だと思ってる。
「あの、わたしたち。4階へ、行きたいんですけど」
「ええっ4階……あんたら探偵社に」
「はい。あなたは、もしかして探偵社の人?」
「そうだよ、あんなせまくるしくてホコリぽいとこは、なんだから外で話を聞くよ」
男は、わたしたちを『純喫茶月光』に連れて来た。
「お茶代は僕が。なんでも好きなものを頼んで」
「いらしゃいませ」
若いウエートレスが水を置いた。
この女性は、もしや。
「ケーコちゃん、お手伝いかな? 休みいつ? 今度の休み、映画観に行かない?」
「休みは……。ありません。ココのバイトですから。ご注文は?」
「あたしコーヒーフロート!」
「オムライスが食べたい」
「メガネのおねえさんは、お腹すいてるの」
「ソレもありますけど、ココのオムライス。美味しいと聞いてますから」
「おねえさん、ここいらの人?」
「渋屋に住んでます」
「りゅうさんは?」
「ボクはいつもの」
「バナナジュースですね」
「違うよ、ホット」
あっちの世界の女将ならラブラブかと。
けっこうツンデレぽいっ、この娘。
「そうなんだぁ。渋谷にお住まいで。あ、僕はこういう者で」
男は名刺をテーブルの上に置いた。
葵探偵社 琴吹 流
あ、やっぱり。
この男は社長の若い頃。
世界が違うので正確には別人なのだが。
「で、お依頼の件は……」
わ、名刺をしまった。くれるんじゃないの。
「すみません、コレは最後の一枚でして。今あげちゃうとあとが困るんで」
「捜してほしいんです。獄門島……愛という女を」
「その人は、あなたの……なんです?」
「それは、わたしです」
「はぁ? どういうコトです……ああ。同姓同名の方を捜してる?」
「ちょっと違います。わたし、記憶がなくて、持ち物に獄門島愛と……。わかりますよね、優秀な探偵さんなら」
「はあなんとなく……で、人捜しは値がはりますよ。はじめに契約金と必要経費をいただき、成功したら、その捜査費としての代金をまとめて」
「捜査費と必要経費はちがうんですか?」
「必要経費は、捜査にかかる代金の前金。捜査費は仕事にかかった金額と成功代金です」
なんだか、わたしんとこと違う料金ね。
「今、持ち合わせがないので用意してきます。事務所で契約書出して待ってて下さい」
頼んだオムライスが、来た。
「美味しい!」
カフェ月光のオムライスと似てるけど、ちょっと違う味。こちらの方が美味しい。
オムライスを食べたわたしは、テマリと、店を出た。
そして渋谷の駅前に。
「いいのかしら。あんなコト頼んじゃって」
「ためしたの。あの男が獄門島愛を知ってるか」
「知りませんでしたよね」
「まだ、わたしが主人公の本は書いてないのね」
「愛さん、コレがきっかけで主人公の名を……。でも、ホントに本の作者なんですかねぇあの人。小説とか書く人には見えませんでしたわ。同じ名のペンネームの作家だとは思いません?」
「いや、あんなペンネーム使う人はそういないわ。わたしの中でそう感じてるの……。だから」
「じゃ戻りますか愛さん、あたしたちの世界へ!」
葵探偵社。事務所。
「おかしいなぁ」
いくら待っても来ない。あの二人。
「どうしたの? コトブキくん」
「あ、オーナー。実はね、これこれこいうわけで……」
「もしかしたら依頼をやめたのかもね。その女性たち。コトブキくん見て」
「なんで、ですか……。オーナー、ボクそんなに頼りなく見えます?」
「見えなくもない」
「自分を捜してくれって、ボクは、からかわれたんですかね?」
「キミの知り合いでもないんだよね」
「ええ知らない女たちです」
「どこかでナンパしたんじゃないの。その娘たち……」
「そーいえば渋谷に住んでると……」
「まーいいじゃないの。お金の被害があったわけじゃなし。話し、変わるけど。僕、小説書いたんだ、オカルト本を出してくれた出版社にもっていくつもりなんだけど、ちょっと読んでくれないかな」
「いいですよ。オカルト物ですか?」
「いや、ファンタジーミステリーなんだ」
「『笹屋賀ひかるの奇妙な仕事』なんか、インパクトないタイトルですねぇ」
「そうかね、ちょとまえに売れた『鈴木みつえの憂鬱』とかよりいいと思うが」
「そうだなぁ……。獄門島愛とか、どうです?」
「インパクトあるねぇ〜。それにしよう」
「あれ、筆名がボクじゃないですかぁ〜」
「僕の名前、使いたくなかったから。それにオカルト本の作者というイメージをなくすため。キミの名を使わせてもらうよ。『獄門島愛の奇妙な仕事』、琴吹流著。いいじゃない。キミ、コレが売れれば有名になれるよ」
『魔法の瞬間移動』の巻 おわり
つづく




