いきなり婚約破棄してきた元婚約者の彼が不幸な最期を迎えても私には無関係です、何とも思わないのです。
「君とはこれからやっていけない。そんな気がしてきた。ということで! 君との婚約は破棄とする!」
ロングヘアが独創的な婚約者アドロスボモスはある日の昼下がり突然そんなことを言ってきた。
それは彼の家の庭にて二人でのんびりしていた時のことであった。
「え……ちょ、ちょっと……急過ぎないですか……?」
「そうだね、今日初めて告げたからね」
「そうですか……」
「けど、この気持ちは決して揺らぐことのないものだよ。君とは終わりにする、僕はもう強くそう心を決めているんだ」
私たちはどことなくそっけなさもある関係で、でも、仲が悪かったわけではなかった。それゆえ順調だと思っていた。が、どうやらそうではなかったようだ。そこそこ順調に進んでいると思っていたのは私一人だけだったようで。彼の認識は私の認識とは大きく異なったものであったようだ。
悲しいことだ……。
既にすれ違っていたなんて……。
「今日でおしまいだよ」
「……残念です」
「何を言っても無駄だよ」
「はい、分かっています。ですから……受け入れます、婚約破棄」
本当は離れたくない。
今さら関係が壊れてしまうなんて辛い。
でも私は彼の選択を受け入れるしかないのだ。
残念ながら、人間には他者の心を変える能力は備わっていない。
「さようならアドロスボモスさん」
「ああ、さよなら」
のんびりした昼から一変、辛い日となってしまった。
◆
「何よそれ! 最低じゃないの!」
「でもアドロスボモスがそう言ってきたから……仕方ないの、言われてしまったから」
婚約破棄された。
そう伝えたら母は激怒した。
「酷すぎるわ、今さらそんな」
「心配かけてごめん……母さん……」
「あ、いや、そういう意味じゃないのよ!? 貴女は悪くないのよ!?」
「ありがとう」
「酷いっていうのはアドロスボモスくんのことよ。ああもうどうしても許せない……なんてこと! 急にそんなことを言い出すなんて!」
母はどこまでも感情的であった。
◆
あれから三年が経った。
私は親戚の人の紹介で農場で働き始めた。
それが二年半ほど前のこと。
そこで働いている中で知り合ったのが今の夫である栗色の髪の青年モッモである。
私はもう仕事はやめた。
しかし彼は今も農場にて働いている。
ちなみに私は家事をしている。
家事をこなしつつ、彼の帰りを待つ。
そんな毎日。
忙しくて大変さもあるにはあるけれど、それでも、楽しいことも多くある。
それに。
何よりも、彼と共にあれることが嬉しい。
ちなみにアドロスボモスはというと。
あの後女遊びをし過ぎていたためにうっかり危険な男の恋人である女性にまで手を出してしまったそうで。
怒った闇組織の男に誘拐される。
で、激怒している男とその仲間たちによって殴る蹴るの暴力に晒され、髪の毛もすべて毟られたそうだ。
その亡骸は海に沈められたのだとか。
ああ、なんて恐ろしいこと……。
この世にそんな地獄のようなことが本当にあるのだろうか……、なんて思ってしまうくらいで。
でもきっと事実なのだろう。
やらかせば償わなくてはならなくなる。
それはこの世の決して変わることのない理。
彼が不幸な最期を迎えたのもつまりはそういうことなのだろう。
ただ、それが彼の選んだ人生なのだから、他者があれこれ言う必要なんて欠片ほどもないのだろう。
当たり前だ。
彼の人生は彼が決めるもの、それ以上でもそれ以下でもない。
つまり。
彼が不幸になったとしても、それは、彼以外の誰のせいでもないということなのだ。
「モッモ、今日これ作ってみたの」
「おおー!」
「好きだったでしょう? 確か。ハンバーグサラダ」
「好き好き! 大好き!」
「今日はこれを食べましょうよ」
「よーっし、やーったぁーっ! 食べたい食べたい!」
だから私はアドロスボモスがどうなろうとも気にしない。
ただ真っ直ぐに生きていく。
私は、愛しい人と共に楽しいことをして歩んでゆくのだ。
◆終わり◆