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7 一夜明けての大騒ぎ


 一夜明けて。

 突然の結婚しました宣言、社交界には激震が走ったらしいよ。


 俺は朝も早くから叩き起こされて、あちこちから来る使者の対応や問い合わせに対する返事などで大忙しだ。と言うのも、ウチの子たちを狙っていた連中は、婚姻はレティの卒業後と言う認識があった。だからこそ、在学中に篭絡すればいいと考えていたのに、突然の結婚しました宣言。


 そりゃ慌てる連中は出るだろうなと思ってたよ。思ってたけど、なんでわざわざ俺に真意を確かめに来るんだよ!? 陛下から祝福されてんのに冗談なわきゃないだろ!


 そんな事を思いつつも顔にも態度にも出さないように気を付けつつ対応していると、奥さんが呼びに来た。

「どうした?」

「兄が来ておりますわ」

「は?」

 義兄が、何でまた?

 取り敢えず、使者たちに持たせる返事は奥さんが変わってくれると言うのでお願いして、サロンへと急いだ。

「邪魔してるぞ」

「なんで来た。忙しいのわかってんだろ」

「だからこそ、来たんだ」

 何言ってんだみたいな顔で返されたけど、おかしくないか!? 確かに義兄にとってはここは実家だけどさっ。まあ、みんなバタバタしてるのはわかってたので、勝手知ったるなんとやらで自分でお茶を淹れて寛いでいたらしい。なんか腹立つな!

「ああ、表の目立つところに公爵家の紋章が入った馬車を止めさせたから、これで小物は来なくなると思うぞ」

 しれっと、すごい事を言っている

「あ、その手があったか」

 取り敢えず、いきなりの訪問はこれでなくなりそうだとわかったら、急に疲れが出てきた。

「ぐったりだな」

「当たり前だっ! 朝から問い合わせの手紙といきなり来るバカどもの相手で大変だったんだぞっ」

「ふむ。あの二人は陛下からお言葉を賜ったのだが」

「その意味が理解できんバカが多いからこんなことになってんだろ」

「名は控えてるのか?」

「当然」

 ウチに来たり手紙よこした連中は、全て記録している。

 取り合えず家令を呼んで、現状までのリストを義兄に見せた。

「まあ……下位貴族はまだ仕方がないと言えなくもない。しかし、侯爵家までこれ……ん?」

 義兄の怪訝そうな声。

 あ、気づいたな、これ。

「なぜ、シルヴァンの生家から問い合わせが来ているんだ?」

「知らん」

 本当は知ってるけど。

「当主がシルヴァンを自分の跡取りだと豪語して勝手に縁談を組んでいると言う噂は事実だったと言う事か」

「知ってんじゃねーか」

「ふむ。なんでも名門伯爵家の令嬢と婚約させようとしていたらしいからな。届け出もあったが、当然却下だ。そもそも我が国にシルヴァン・カンタールと言う名の貴族は存在しない。存在しない相手との婚約など成立するはずがなかろう」

 当たり前。家名は当の昔に変更済だ。

「まあ、お相手の伯爵家からは貴族院にクレームが入ったが」

「クレームになる理由がわからんのだが」

「婚約に関する書類を貴族院で突っぱねられて、初めて気づいたそうだ。捕まえたと思った金の卵が偽物だったとわかって、文句の一つや二つも言いたくなったんだろう」

「いやいやいや。シルヴァンの事情なんて割と有名だろ」

「関心がなければそんなものだろう。まあ、あの家の娘がシルヴァンを見初めたのがそもそもの発端らしいぞ。嫡男はその辺りは冷静に見ているし、そう言った事情にも詳しい。何度も両親と妹を窘めていたようだが、完全には止められなかったようだ。親が馬鹿をやった後、すぐに貴族院を訪れて謝罪していた」

「逆だよな、普通」

 呆れる。子供に尻拭いさせてどーすんだ。

「嫡男は先妻の子で、とても優秀だ。娘は後妻の子で母子共々少々問題がある。だが、当主は後妻と娘を溺愛しているので始末が悪い。嫡男の教育を先代が主導したのは正解だったと言えよう」

「…………」

 なんとも言えない。ただまあ、実の親から蔑ろにされていたって点ではシルヴァンと同じか。

 つーか、この手の話って、割とどこにでも転がってるものなの?

「あの家も近々嫡男が爵位を継ぐ事がすでに決定している。両親と妹はそれを覆す手段としてもシルヴァンを手に入れたかったようだが、全てにおいて嫡男のほうが上手だ。その辺りも含めてすでに対処済み、両親と娘は来月にも領地へ送られるそうだ」

 どうやら現当主は、当主の座から引きずり降ろされることがすでに決定しているようだ。何があったのかは知らんが、ボンクラが当主の座に居座ってたんじゃ家の存続にかかわるから、優秀な跡取りがいるんならさっさとそっちに譲った方が正解。

 その後、義兄は俺から受け取ったリストをもって帰っていった。これから来るのも名前を控えておけと言われたので了承。

 家の方はこれで落ち着きそうだが、学園はどうだろうか。

 子供たちがちょっと心配だったが、時間がたてば落ち着くだろう。



 **********



 子供たちが学園から帰ってきたところで、ちらっと話を聞いてみた。

 やはり、友人たちに囲まれて大変だったようだ。ただまあ、元々婚約者だったしその婚約期間も十年以上という年季の入りようだったんで、基本的には疑問に思われることもなく概ね好意的に捉えてくれたらしい。ただ、そうではない目も多少あることはシルヴァン含め多方面から報告を受けている。

「とはいえ、大半は取るに足らんが……この辺りは要注意だよなぁ」

 報告を受けた中でも厄介な奴筆頭はもちろんマリウス王子殿下。様子を聞く限りでは、まだ諦めてないらしい。どうも学園で何とかレティと接触を持とうとしているようだけど、この辺りはディオンとルシールが協力してさりげなく遠ざけてくれているので、いまの所は成功していない。本当は一度会わせてきっぱり振ってやった方がいいんじゃないかとも思ったんだか、王太子殿下から行動が読めないから止めておいた方がいい言われたので実行していない。

 そして、ヒロイン。攻略対象達とはある意味順調に接触していってるようだ。ただまあ、あの夜会以降、やたらと三年の学舎に顔を出しているようで、度々見かけるとシルヴァンが言っていた。王太子を狙っているのか、それとも。

「あの様子だとシルヴァン狙いの可能性が高いよなぁ……とはいえ、普通は陛下が認めた結婚に下手なことは出来んだろうが」

 常識が通じない奴には関係ないだろう。


 そう。あくまでここはゲームの中で、自分がシナリオを決められるのだと思い込んでいるお嬢さんにはね。


 本当に、一番厄介だ。常識が通用しないと言うよりは、現実を見ていないのだから。

 今の所はレティに接触している様子はない。そもそも専攻している科が違うので、接点もないはずだ。しかし、そこは常識が通用しないヒロイン、何をしてくるか予想がつかない。

「王子は下手に権力もっているだけに厄介だが……ある程度は予測も付く。ヒロインはなぁ」

 本当に、コイツはどういった行動に出るのかが全く予想できない。

 ヒロインはおそらく、ゲームのシナリオ通りに物語を進めている気になっているんだと思う。実は学園長にも協力を依頼してあって、ヒロインの言動については割と細かく報告が来ている。

 ……いや、ほら。入学式の時に様子がおかしかったからさ、ウチの娘を見て妙な事を口走っていたので心配なんだって話をしたんだよね。そしたらまあ、あの時に俺と同じように怪しく思った父兄は結構多かったらしくて、学園としても監視を置いてるんだと。で、希望するなら情報を流すって言われたんでお願いしたんだ。

 ただまあ、そこまでしてもらうんなら俺のほうも、もうちょい協力するかって提案した。当初は午後の短い時間だけだった予定を、丸一日当てることにしたんだ。どうせ月に一度やる事には変わらんし。おかげでものっすごく感謝されたよ。

「しっかし……マジでわけわからんな」

 学園長から送られてきたここ一週間の行動履歴を確認しているんだが、マジで意味わからん。いや、俺が実際にゲームをプレイしてたらその理由がわかったのかもしれんが、これだけ見ると本当に意味不明だ。

 神出鬼没だし、各攻略対象者には結構な頻度で接触を図っているらしい。本人的には偶然を装っているんだろうが、これを読んだ限りでは怪しさ大爆発だ。

「あ~……そういやディオンが意味不明すぎて怖いとか言ってたな……」

 攻略対象の一人である我が甥っ子のディオン君、めでたくエンカウントしたらしい。

 いや、本人的には嬉しくもなんともないんだろうけどね? 多少なりともディオン攻略に夢中になってくれてりゃ、レティに絡むことはないかなーと、ちょっと思っただけで。まあ、聞いた感じだと好感度を上げるためのイベント? それをやってるようだ。特に狙いを定めたというわけではなさそう。

「しっかし……婚約者いるっつってんのに誘うとか、やっぱ常識ねーな……」

 報告書は、読めば読むほどに頭が痛くなってくる。

 もうね、ヒロインが記憶持ちなのは確定なんだよ。ただね、それでもこの世界であの年まで育ってんだから、この世界の常識とか持ち合わせてるって思うじゃん。普通は。


 皆無なんだよ、ヒロイン! そう言った常識とかが完全欠如してんの!

 有り得ないだろ!? 何をどう育てたらあんな非常識の塊に育つんだよ!


 いやもう、本当にマジで頭痛い。ディオンには悪いけど、レティが絡まれなくてホントよかった……!

 そんなことを考えてたら、シルヴァンがやって来た。

「どうした?」

 なんか、ちょっとと言うか、かなり不機嫌なんだけど?

「ペリーヌ・バローが接触してきました」

「は?」


 ちょっと待て、なんだって?


「……直接、か?」

「はい」

「状況は?」

「帰り際、レティを迎えに行くときに待ち伏せされました」

「向こうはなんと?」

「夜会で見かけて、話をしてみたかったと」


 あ、完全にロックオンされたな、これ。


 予定よりも早く接触できるとわかって行動に移したという事は、やはりシルヴァンが本命の可能性大だ。

 これは、面倒なことになったぞ。

「他には?」

「これから仲良くしてほしい、相応しくなれるように頑張ります、だそうです。こちらの返事も待たずに走り去りました」

 完全に表情が抜け落ちてるシルヴァン、マジでお怒りのようです!

 まあ、そりゃ怒るよね。妻がいると公言しているのに、人目のある場でそんなこと言われるだけでもアレなのに、こちらが返答する前に逃げるとか。

「レティは?」

「見られましたよ」

 憮然と答えるシルヴァン。ご機嫌斜めになるわけだ。

 俺だって、どーでもいい奴に可愛い奥さんが見てる前でそんな意味深かな台詞吐かれた日には、マジで殺したくなる。誤解されたらどーすんだと。

「何か言われたか?」

「いえ、特には」

 何でもない事のように答えているところを見ると、レティも特に反応を見せたわけではないのだろう。シルヴァンが何よりも大切にしてくれている事はあの子が一番よくわかっているはずだ。不快に思う事はあっても疑う事はしないだろう。

 それにしても、頭が痛い。

「……シルヴァン」

「はい」

「お前が本命の可能性が出てきた」

「……」

 シルヴァンがあからさまに嫌そうな顔をしている。

 入学式の件で、バロー嬢への印象は最悪だからなぁ。それに加えて今回のこれ。基本的にレティ以外の女性に興味がないシルヴァンにとっては殺意を抱くどころの話じゃないだろう。

「とはいえ、お前たちはすでに婚姻済み。しかも陛下から直々に祝いのお言葉を頂いている以上、あのお嬢さんが出来ることは少ない」

「そうですね。狙うとすれば、醜聞による離縁。状況的にはレティを陥れる方向になる可能性が高いかと。それと考えたくはありませんが、亡き者にしようとする可能性も」

 シルヴァンの言葉に頷く。

 確かに考えたくはない事ではあるが、可能性は低くないだろう。これはあのお嬢さんに限ったことではなく、ウチの子たちを狙う連中なら考える可能性がある事だ。

「後は、お前に薬を盛って既成事実を狙う、という可能性もある」

「その前に葬り去りますよ」

 鼻で笑いながら、さらっと怖いことを言いやがる。本当にコイツはレティ以外は基本的にどうなろうと知ったこっちゃないんだろうな。だからこそ俺も安心して愛娘を託せるってのもあるんだけど。

「あまり物騒なことを口にしないように。……例のお嬢さん、学園内では常に監視されている」

「監視……ですか」

「入学式の件だ。多数の父兄からあれは大丈夫なのかと不安視する声が上がったようで、当面の間は監視をつけることになったそうだ。私にもその報告は届いている」

 先ほどまで読んでいた報告書をシルヴァンに渡す。

 訝しげな顔をしつつも気になるようで、ざっと目を通し……読み終わって零れたのは、大きな溜め息。

「正直に申し上げてもいいでしょうか」

「なんだ?」

「理解不能です」

「同感だ」

 逆に、これを理解できる感性を持ってたらヤバイだろ。

「まあ、向こうにとってはすべて意味のある行動なんだろうとは思う。私が細かなところまで覚えていたら、これらの行動もまだ理解できたのかもしれんが」

「理由はわかっても理解できるかは疑問ですが」

「ああ……まあ、それもそうだな」

 真顔でシルヴァンに訂正されて、思わず同意した。確かに理由が分かっても理解できるかは別問題だな。正直に言えば理解したいとも思わないし。

「それに……とてつもなく不愉快ではありますが、私を欲して接触してくるというのであればまだ理解できます。ですが、こうも不特定多数の男子に声を掛けている姿を大勢にさらしておいて、それを言葉にされたとしても信じるバカはいないのでは?」

「ああ、うん。普通はそうなんだけどね」

 シルヴァンの疑問はもっとも。なんでターゲット以外のやつも軒並み口説くような真似するんだと言いたくなるのもわかる。

 でもね、それがこのゲームの趣旨なんだよ。理解できないかもしれないけど、攻略対象全員とある程度は仲良くならなきゃいけないんだよ。お前を攻略するための必須条件だからさ。

 ゲームでのシルヴァンの攻略は、他のキャラより一年遅れてのスタート。この開始時に、他の攻略対象とある程度仲良くなっていないと、シルヴァンのルートは開かないと妹は言っていた。なんでもこの状態にすることで初めて、人間不信気味のシルヴァンがヒロインに興味を抱くようになるらしい。万人に優しい人間など本当にいるのか、いるとしたらなぜそんな風になれるのかと、そう言った好奇心から少しずつ会話をするきっかけを作っていくのだそうだ。

「まあ、あのお嬢さんが何を考えているのかはわからん。ただ、お前がターゲットになっていることは疑いようもないだろう。……婚約者のいない他の奴に行ってくれれば様子を見るだけに(とど)めておけたんだが、こうなってはこちらも動かざるを得ない」

「はい」

「幸いにも王太子殿下が味方してくださっているのは大きいし、陛下から直接お声を掛けていただけたのもこちらにとってはかなり有利な展開だ。お前はこれまで通りに学園生活を送りなさい。諸々の調整は私がやるべきことだ」

「承知しました」

「後は……そうだな。お前も単独での行動は控えなさい。警戒対象は二人だけではない」

 神妙な顔をしてシルヴァンが頷く。

 そう。特に注意すべきはマリウス殿下とヒロインの二人ではあるけれど、それ以外にもウチの子たちを狙ってる連中はいる。こちらが把握していない存在も、きっとあるだろう。

 だが、これらの経験は今後、この家を背負っていくシルヴァンには決して無駄にはならないはずだ。息子にさらなる成長を促す意味でも、これを利用しない手もないだろう。とはいえ、色々と心配な要素もあるから俺も全力でサポートするけどね。

「まあ、もうしばらくは様子を見る必要はあるな。とにかく、お前とレティは常に身の回りには注意しなさい。あと、出来るだけレティから目を離さないように」

「はい」

 素直に聞き入れてくれるシルヴァンに、他にもいくつか注意するべき点を伝えて下がらせた。

 それにしても、厄介なことになった。

「マジかぁ……」

 ちょっと本格的に色々と対処しないとダメかもしれない。

 今後起こるだろう出来事に、俺は頭が痛かった。




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