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6 王家主催の舞踏会


 やってきました、王家主催の夜会。

 年に一度、この時期に開催されるこの夜会には国内の貴族の大半が出席する、最大規模の催しでもある。

「レティ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」

 シルヴァンの隣でガチガチに緊張している愛娘に、奥さんが苦笑まじりに声を掛けている。

 でもまあ、仕方ない。

 この夜会、社交界デビューを終えた貴族子女が初めて陛下からお声を掛けていただける場でもあるのだ。基本的に王城へ来ることなんてないし王族と関わってこなかったレティが緊張するのは仕方ない。……王太子殿下は別だよ? レティにとって殿下は、シルヴァンの友人で自分を可愛がってくれるお兄さんって認識だから。


 そして、ついに我が家の番が回ってきたわけですが。


 まずは家長である俺が挨拶。続いてエレーヌが挨拶し、次にシルヴァンが挨拶して。

 レティが緊張しつつも優雅にカーテシーする。うん、上手!

「そなたがレティシアか。なるほど。ルシアンが隠したがるのもわかるな」

 からかい交じりに陛下の言葉に、俺は思わず苦笑だよ。

 陛下の直ぐ側では王妃殿下が声を掛けたそうにうずうずしているけど、まだ陛下の話が終わっていないので大人しくしているようだ。さすがにその程度の分別はあったらしい。

「ああ、そうだ。シルヴァン、レティシア。そなたらの婚姻の届けは受け取ったが、式は挙げぬのか?」

 陛下の良く通る声に会場が一気にざわついた。王太子殿下はしれーっとしているが、王妃殿下は完全に硬直している。……マリウス殿下の反応がちょっと気になるな。レティを見つめていることには変わりないんだが……なんかちょっと引っかかる。

 そして、この件を知らなかったレティも完全に硬直。まあ、そりゃそうだよね。

「レティシアの卒業を待って、改めて執り行う予定でございます」

「うむ、そうなのか」

 そんなレティとは対照的に淀みなく答えるシルヴァン。うん、お前は本当に優秀だね。陛下も満足そうに頷いておられるよ。

「私としてもルシアンの後継者が妻を迎えたのは喜ばしい限りだ。実に目出度い。式を挙げるときは報告を。私からも祝いの品を贈らせてもらおう」

「もったいないお言葉でございます。詳細が決まりましたら必ずご報告させていただきます」

 そう言って深々と頭を下げるシルヴァンに倣い、レティも頭を下げる。

 ふむ。王妃殿下が呆然としている間にさっさと逃げるか。

「では、陛下。我々はこれで」

「ああ。楽しんでいくと良い」

 俺から陛下に挨拶し、家族を連れて壁際に移動。


 わはは、会場からの視線が痛いぞ! こうなるのはわかってたけどな!


 予定通りにウチの子たちが正式に夫婦となったことを陛下の口から祝福してもらえたので万々歳だ。これで国内貴族どころか王妃さまも口を挟めなくなった。上出来、上出来。

 あの時の、あの王妃さまの愕然とした顔からしてこの場で何か企んでいたのは間違いなさそうだが、もうこれで覆せんぞ。ざまーみろ!

「は、恥ずかしかった」

 ぽそっと呟かれる声に見ると、レティが両手で頬を押さえている。顔が真っ赤だ。

 そして、そんなレティの隣では俺以上に上機嫌なシルヴァン。取り敢えず、今日この場で発表するまでは婚姻済みなことは黙っとけと言ってあったので、もう黙っている理由もなくなったのが嬉しいのだろう。学園ではレティに言い寄る男が多くてずっと苛々してたらしいしね。

 これで堂々と【俺のだから触んな!】と言えるもんな! ついでに可愛い奥さんを自慢できるのは精神衛生上とても良い。経験済み。

「本当に、もう。どうしてそんなところまで旦那さまに似てしまったのかしら」

 奥さんがおっとり疑問を投げかけてきますが。

 いや、だって。親子だし。

「父上を見て育ってますので」

「そうねぇ。シルヴァンは旦那さまに似てるものねぇ」

 奥さん、おっとり肯定。

 まあ、遠縁だから血は繋がってるんだけどさ。身体的特徴が似てくる程、近い血縁じゃないんだけど? 奥さんの方が血縁近いでしょ。

「そうよね、お母さま。お父さまにそっくりよね、シルヴァンって。お顔だって似ているもの」

 おおう、レティにまで断言された。

「そう言ってもらえるのは嬉しいな。私は父上を見て様々な事に励んできたのだから」

「お父さまが目標だって言っていたものね」

「ああ。父上以上に尊敬できる相手には巡り合えないんだ。当然だろう」

 うん、全開の笑顔で言われるとさすがに照れるからやめてくれないかな。

 俺もかなりの親バカな自覚はあるけど、うちの息子も大概だ。ここまでのハイスペックに育ったのだって本人の努力の賜物なんだけど。俺は少しの手助けをしてやったに過ぎない。つーか、ここでこのまま話をしていると俺の顔面が火を噴きそうだからやめて。

 何とか誤魔化さないとと思ってると、タイミングよく貴族たちの陛下への挨拶が一通り終わったらしい。演奏が始まった。

「二人とも、行ってきなさい」

 夫婦となって初めての夜会。仲の良さを存分に見せつけてこい。

 そんな意味も込めて二人の背中を押すと、頷いてホールへと出ていった。

 楽しそうに踊る二人の姿に、ようやく少しだけ肩の荷が下りた気がする。

「やれやれ。やっとここまで来たか」

 ぽそっと呟けば、奥さんがにこっと笑った。

「そうですわね。でも、まだこれからですわよ」

「わかってる。まだ油断は出来ないからね」

 二人が踊る姿は、周囲の視線を集めている。まあ、陛下からの爆弾発言があった直後だから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。視線も大半はお似合いの二人に対する羨望のようなものだが、そうではない視線も多い。この場で確認できる連中だけでも確実に顔と名前は記憶しておく必要がありそうだ。

 まあ、こんなこともあろうかと知り合いから便利な魔道具を借りてある。取り敢えず、この場は記録できるので後でゆっくりと対処を考えよう。

 気になる相手を片っ端から目で追って魔道具に記録していると、隣で奥さんが笑いだした。

「どうした?」

「シルヴァンったら。続けて二曲目を踊るようですわよ」

 くすくす笑いながら奥さん。

 この国では、同じ相手と二曲続けて踊るのはマナー違反とされている。ただし例外があり、相手が自身の婚約者や配偶者である場合は当てはまらない。

「ああ、もう堂々と続けて何曲でも踊れるしな」

 これまで色々と抑えていた分、見せつけておきたいんだろう。婚約者という立場では覆される可能性もあったために、これまでレティは夜会への参加は本当に必要最低限だった。だが、夫婦となった今はもうその心配もない。

 シルヴァンとしては、この機会に牽制しておきたいんだろう。レティに熱い視線を送る連中へ。……あの妙な視線に気づいているからなのかもしれないけど。

「しかしまあ……我が子たちながら、注目度がすごいね」

「仕方ありませんわ。何かと話題のルシアン・グランジェの跡取りと愛娘ですもの」

「妙な注目はいらないんだけどねぇ」

「あら。未だにご婦人方から熱い視線をもらっているではありませんか」

 からかいを含んだ奥さんの声に思わず苦笑だ。俺が奥さんしか興味ないの知ってるくせに、なんてこと言うかな。

 仕返しとばかりに腰に腕を回して抱き寄せ、

「私には大切な奥さんがいるからね。君以外、必要ないよ」

 耳元で囁くように告げる。

 昔はこれで真っ赤になっていたけど、さすがに今は慣れたもの。それでも嬉しそうにくすくす笑っている姿は、本当に可愛い。ああ、大好きです奥さんっ。

「では奥さん。一曲お相手願えますか」

「ええ」

 奥さんを連れ出して踊りの輪に加わる。

 気づいてたレティがにっこりと笑っているが、その笑顔がまた可愛い……!

 あの子、昔から俺と奥さんが仲良くしているとそれを嬉しそうに見てニコニコしてたんだ。お父さまとお母さまが幸せそうで嬉しいって。もう、天使だろうウチの娘!

 見る人が見れば一発で分かるシルヴァンのレアなデレデレ具合をひっそりと観察しながら親バカ全開なことを考えていたら、奥さんに感づかれた。笑われたよ。

「旦那さまがあの子たちを愛しんで育ててくださった結果ですわよ」

「そこまで親バカではないつもりなのだけれど」

「あら。無自覚でしたのね」

 楽しそうに笑う奥さん。でもね、奥さんだって俺のこと言えないと思うけどな。

「私は親バカだという自覚がありますもの」

 読まれていたようで、にこって笑いながらそう言われてしまったよ。

 本当に、奥さんには敵いません。

 曲が終わったところでまた壁際に移動。シルヴァンたちも休憩するようで、戻ってきた。いやもう、二人ともはた目にはっきりわかるくらい上機嫌だよ!

「お疲れ」

 戻ってきた二人に飲み物を渡してやる。ああ、それは俺が確認済みだから飲んでも大丈夫だよ。

「父上。挨拶回りはどうしますか?」

「ん~……取り敢えず、団長の所と義兄の所は済ませておくか。後はまあ、知り合いがいれば」

 言いかけてそれを見つけた俺が硬直したのは悪くないと思うんだ。顔が引きつらなかっただけでも褒めてほしいと思う。

「義兄上があそこに! 行くぞ!」

「ち、父上?」

 少々強引に家族を引き連れてその場を移動。

 シルヴァンにそれとなく視線で注意を促すと、気づいたらしい。若干、眉間に皺寄ってたよ。


 なんで俺が慌てたかって?

 ヒロインがこっちに来るのが見えたからだよ!

 びっくりだよ! いくら端の方とは言え、なんで踊ってる人たちの間を抜けて来るんだ、バカなのか! 周り見ろよドン引きされてんだろーが!


 ウチの子たちが踊ってた時からこちらの様子を窺っている感じだったんで警戒してはいたんだが、警戒しといて正解だった。あんなのに声かけられて知り合いだとでも思われたらたまったもんじゃない。

「あら? あの方、確か魔法科の……」

 あ、いかん。レティもさすがに気付いたか。

「見ちゃいけません」

「え?」

「だめだよ、あんなマナー違反を堂々とやるような令嬢と知り合いだと思われたら、後が大変だよ」

「でも」

「はいはい、いいから。伯父さまにご挨拶しないとね」

 レティはなぜか気になるようだったけど、強引に義兄一家の元まで連れて行く。マジでこの場であれに絡まれるとか悪夢だから。

 王家主催の夜会は、とんでもない人数が参加するのが常。

 なので、義兄のように要職についている家は他とは少し扱いが違い、専用のスペースが設けられているのだ。そこへ立ち入るためには、当然のことながらそのスペースを与えられている家長の許しが必要。まあ、そうじゃなくても、基本的に下位の貴族はこちらへは立ち入れない仕組みにはなっている。さっきのお嬢さんのように作法を無視しなければの話だが。

「来たか」

 待ちかねていたらしい義兄一家。

 形式上の挨拶を済ませると、レティは少し奥へと引っ張られ、エレーヌと義姉に挟まれて何やらあれこれ言われている。まあ、結婚おめでとう的な事を義姉に言われてるんだろうけど、なんかテレテレしてて可愛い。

 一方、シルヴァンは息子二人に挟まれてこちらも何やら言われている。まあ、似たような感じだろう。小突かれたりしているけどお互いに笑顔だから放置だな。

「私がレティと話をしたかったのに……」

「こんなとこで伯父バカを披露しないでくださいよ」

 ささっとレティを連れて行ってしまった自分の奥さまを恨めしそうに見ている義兄に、一応釘をさしておく。人目のあるところで隙を見せるような人ではないとわかってはいるけど、レティが絡むといささかおバカになるので念の為だ。

「それより義兄上」

 ちらっと視線をそちらへ視線を向けると、心得顔で頷いた。

「従者には取り次ぐなと言ってある。そもそも、なぜ単独でここへ来ようとするのだ」

「その辺りの教育を一切受けてないのでは? 先ほども踊りの輪の中を突っ切ってこちらへ来ようとしていましたし」

 俺の言葉に、義兄が顔をしかめている。

「まあ、男爵家であれば上位貴族のような作法は必要はないが……それでも最低限の教育はされているものではないのか?」

「さあ。正式に末娘になったのも二年ほど前のことですし、色々と追いついていない可能性はありますね」

「ああ、そういえばそうだったな」

 納得顔の義兄。

 実際、下位の男爵家だろうと生まれた時からそういった環境で育っていたら、最低限のことは身についているはずなんだ。もちろん、個々の差はあるけれどね。だから、あのヒロインのような令嬢は、市井で育ったのだと言動で丸わかりとなってしまう。

 これが、引き取られた先が高位貴族の家だったら、徹底的に仕込まれ、及第点を得るまでは社交の場に出ることはなかっただろう。あのヒロインの行動は、その辺りには比較的緩い下位貴族だからこその結果ともいえる。

「しかしあのご令嬢、なぜこちらへ来たいんだ? レティか?」

「……シルヴァンが目当てのようですよ」

 ここは義兄に隠しても仕方ないので、正直に言っておく。義兄なら間違いなく味方になってくれるし。

 案の定、義兄が盛大に眉間に皺を寄せているよ。

「シルヴァンを? なぜ?」

「わかりません。二人で踊っていた時から見ていましたし、曲が終わるタイミングで近づこうとしていたのも見ていました。それもあってこちらへお邪魔させてもらったのです」

 そう。あのヒロイン、曲が終わりに近づくたびに二人に近づこうとしていた。ただ、シルヴァンがレティを離さずに三曲も続けて踊ったので、タイミングを逃していたみたいだったけど。

「まあ、あの見目に惹かれるご令嬢が多いのはいつもの事ではあるが……」

 そう言いながらも、一瞬だけ視線をヒロインに向けた義兄。

 宰相という立場柄、義兄はそういったモノを見抜く能力は優れている。あの娘が純粋にシルヴァンに憧れを抱いているわけではないことくらい、気づいているだろう。


 ならば、目的は何か。


 恐らくそんなことを考えているんじゃないかと思う。

 ……義兄上、本当に申し訳ないが、あのヒロインの行動に深い意味はないと思うんだ。ただ、来年にならないと接触できないはずのシルヴァンが思った以上に近くにいるのを見つけて、思い付きで行動に出ただけだと思うんだ。たぶんきっと恐らく、何も考えてないと思う。いや、予定よりも早く攻略開始できるラッキー、ぐらいは思ってるかも?

 ただまあ、義兄に馬鹿正直にそれを言うわけにもいかないので。

「入学式の件もありますし、私としてはウチの子たちに近づけたくはないのですよ」

 一応、そう言い訳しておく。近づけたくないのは事実だし。

「賢明な判断だな。取り敢えず、退出が許される時間になるまではここにいろ。あのご令嬢は手の者に見張らせておく」

「ありがとうございます」

 遠慮なくそうさせてもらおう。見た感じ、諦める様子はないみたいだし。

「せっかくレティの社交を広げる場だというのに」

 忌々しそうに義兄が呟く。

「まあ、社交のチャンスは今回限りではありませんし、今日の所はこれで問題ないかと」

「陛下の発言もあるしな。間違いなく囲まれるか」

「ええ。少し冷却期間があったほうがいいかと。学園に行けば否応なしに囲まれるでしょうから」

 別にね、貴族は在学中に婚姻しててもそれほど珍しい事じゃないんだ。この国では社交界デビューが済んでいれば婚姻は認められる。政略的な理由で婚姻関係を築くことが当たり前の貴族社会ではよくある事。

 それでも学園ではそういった事に興味津々な年齢の生徒たちしかいないのだがから、色々と聞かれたり勘繰られたりするのは仕方ない。少し時間を置けば落ち着くだろうし、その程度は自分たちで対処できないと、これから先、とてもじゃないがやっていけないだろう。レティにはまだきついかもしれないが、頑張ってもらうしかない。


 その後も義兄の元で時間をつぶしている間に、何人も俺たちの元へやって来たよ。義兄への挨拶のついでに、という建前ではあるけれど、みんなウチの子たちを祝福してくれた。特に団長なんか涙目でレティによかったなぁと言ってくれて、レティも嬉しそうに頷いてお礼を言っていた。散々可愛がってもらってたからね。

 でもね、団長。ついでに俺に復帰を促してくるのはやめてくれないかな。しかもなんで陛下まで連れて来てんだよオカシイだろ! おかげで俺が復帰するのかって会場がざわついたじゃねーか! 

 復帰、無理だからね!? 少なくともレティが卒業するのを見届けるまではそんな余裕はないっ。

 そう言ったのに、団長と陛下、そろっていい笑顔で、じゃあ、三年後を楽しみにしてるって……いや待って。何言ってんだと言い返そうとして、気づいてしまった。今の言い方だとそう取られても仕方ないよなと。


 やべぇ、墓穴掘ったかも……!


 内心、冷や汗だらだらながらも、一度辞したのに復帰なんて簡単に出来るわけないよなと思い直して、適当に流しておいた。

 ……うん、わかってるよ。団長と陛下がその気になってるんだから、復帰はたぶん難しくないってことくらい。でも今はまだ考えられないのは事実だし……まあ、その時になったら考えよう! さっきの様子から判断して逃げられない気がしないでもないけど、今は考えない!


 そんなこんなで、夜会は無事に乗り切った。

 明日からちょっとした騒動が続くだろうけどそれは明日考えよう……


 なんか、疲れた。



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