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番外編 ◆ 護衛達の日常 ◆


 ルシアンの従者であるザックは、一見では優し気で穏やかそうな印象だ。見た目もそこそこ良いので、女性から熱のこもった視線を向けられることも少なくない。

「その見た目を生かしての、諜報活動も出来そうだけどねぇ」

 そんなことを呟いたのは、エルヴィラ。彼女の持つ技術のアレコレを教えてもらいたくて、ザックが個人的に指導を頼み込んだ結果、こうしてたまに教えに来てもらっているのだ。ルシアンには内緒で。

「それで面倒ごとに巻き込まれてもアレなんで。俺は陰でコソコソやる方が性に合ってるんですよ」

 ルシアン相手に素で言いたい放題言っている姿を見たら大概の女性は憧れなんか吹き飛ぶだろうが、そんな失態を犯すような男ではない。加えて利用できる相手は上手に利用する狡猾さは持ち合わせているが、基本的に女性は相手にしないようにしている。女性絡みで発生するトラブルは面倒なことになる事が多いからだ。

「あ~……まあ、それもそうか。恋愛絡みはこじれること多いしねぇ」

 納得したらしい。エルヴィラも周囲が異様に容姿の整っている連中ばかりなので、その辺りは散々体験済みだったりする。巻き込まれる方で。

「余計なトラブルは極力遠慮したいんで。ただでさえ旦那がそれ絡みでトラブル起こしやすいんでね」

「トラブル……まあ、勝手に思いを募らせてとんでもない行動に出るおバカさんもいるしねぇ」

「旦那はそのパターンが多いです」

「ルシアンだしねぇ」

 なにやら納得しているエルヴィラ。普段から奥様溺愛の言動を繰り返す姿を見ているのだ、万が一にもルシアンが相手を勘違いさせるような言動を取る姿が想像できないのだろう。

 基本的にルシアンは妻であるエレーヌ以外は眼中にない。なので、相手に勘違いされるような言動を取ることはないのだが、お花畑の住人にはそれが理解できない。名前を呼ばれた(家名で声を掛けただけであり、名前を呼んだわけではない)、微笑みかけてくれた(完全な愛想笑い)、これだけで十分なのだ。

 なんでも自分の都合のいいように脳内変換するのが基本な連中なので、常識が一切通用しない連中には、これだけで勘違いするのには十分な材料と成り得る。

「なんでまあ、俺までその手の騒ぎを起こすのは避けたいんですよ。ただでさえあの旦那、無自覚に引っかけてきやがりますからね」

 そして、その後始末をするのはザックだ。まあ、だいたいは穏便に諦めさせる方向で手を打つのだが、中にはどうすることもできない場合もある。

「なるほどね。まあ、面倒事は極力避けたいってのはわかるよ。ザックの役割を考えたら、まあ、私のオリジナル魔法が欲しいってのもわかるし」

 そもそも、エルヴィラがザックに教えている技術の大半は、誰にも気づかれずに完遂させる為、というのが前提にある。全てにおいて秘密裏に動き、味方にさえも悟らせずに終結させるのを目標としているのだ。

 ルシアンの下で間諜的な役割をも担ってきたザックが、エルヴィラの持つ技術に興味を抱いたのはある意味当然と言えよう。

「しっかし、エルさんも変わってますよね。普通、こんなもん赤の他人に教えないですよ?」

 ザックのように、普通は門外不出で完全管理されるような類の技術だ。それこそ、外部の人間に教えるなど有り得ない。

「別に、誰にでも教えるわけじゃないさ。ザックはルシアンを裏切ることはないから、教えてもいいかなって思っただけだし」

 断言するエルヴィラに、ザックが軽く目を見開く。

 普段、ルシアンを雑に扱う事の多いザックではあるが、それは幼馴染と言う関係があるからであり、ルシアン自身が堅苦しい主従関係を望まないからこそ、でもある。主が望むような自分を演じるのも、ザックにとっては当たり前の事だった。

「そんな驚かなくても。見てればわかるよ、貴方は主と定めた人を裏切る事は絶対にない。それこそ、召喚士と召喚獣のような強固な関係に近いんじゃないかな。そして、その強固な絆は【血の盟約】によるものだろう」

 しれっと爆弾発言をするエルヴィラに、ザックは今度こそ驚きを隠せなかった。


 【血の盟約】と言うのは、契約魔法の一つ。隷属の呪術のような一方的な関係ではなく、基本的には対等。その上で、お互いの望む形で内容を決定できるのが特徴だ。


「いまではすっかり廃れている契約魔法だけど、特定の一族には今も受け継がれていると聞いてる。……ちょいとね、調べさせてもらった。貴方の一族、元は北大陸の【隠者の森】、そこの出身だよね」

「ちょっと調べる程度で、そこまで辿り着けるわけがないんですけど」

 あまりにもあっさりと言い当てられ、さすがにザックが苦笑する。

 エルヴィラの言う通りで、ザックの一族は元々はグラフィアスがある北大陸の、【隠者の森】と呼ばれる地域の出身だ。【隠者の森】はいわゆる隠里であり、基本的には外部との接触はない。そして、特殊な能力を持つ一族として一部では有名でもある。

「まあ、確かに俺のひい爺さんがそこの出身なのは間違いないです。こっちに来てだいぶ血は薄れてますけどね、俺は先祖返りなんで」

「なるほどね。まあ、そうじゃないかなとは思ってたけど」

「本当に、隠し事できませんね」

「申し訳ないけど、妃殿下につながる可能性がある人物は全て探るのが基本なんだ。悪く思わないでね」

「ああ、それはわかってます。あんな危なっかしい人を守るんじゃ、そうなるでしょ」

 ザックの言う危なっかしい人と言うのは、エルヴィラの主である大公妃の事。

 可愛らしい容姿ながらも知的で鋭い一面を持っていて、なかなかに気が強い。大公が心配して自分の側近や部下から選りすぐりの人選で護衛騎士隊を結成させたのは、かなり有名な話だったりする。

「言っても聞かないからねぇ……」

 どこか遠い目をしてしみじみと呟く姿に、ザックは少し同情してしまった。

 ルシアンも無茶なことをすることはあるが、あくまで自分で対処できる範囲で、だ。いたずらに周囲に負担をかけるようなことはしないし、させないのが基本。なので、ザックたち護衛もそこまで大変ではない。

 だがエルヴィラの主は、自身がそこまで強くないことは自覚している。その上で自分の護衛達を巻き込むことを前提としての行動をとるので、油断も隙もないのだ。ただ、それは自分を守る騎士たちに絶対の信頼を寄せているから、というのもあるし、結果として事態が好転したりするのが大半なので、強く言えないというのもあった。

 唯一、大公妃を止められる大公も自分の妃にはとことん甘いので、基本的には自由にさせている。そうなると当然のことながらエルヴィラたち護衛の負担は増すばかりとなるので、巻き込まれる方はたまったもんじゃない。しかも、大公妃のこういった行動が、護衛騎士隊の実力を底上げする結果となっているのだから、始末が悪い。

「何と言うか、本当に上手に周りを巻き込む方ですよね」

「もうね、本当に、巻き込むことを前提にして動くからさ。せめて、事前に相談するなり危険のない方法を選んでくれればまだいいんだけどさぁ」

 そう言って、諦めたように溜め息をつく。

 ザックから見た大公妃の印象は、初対面の時から油断できない相手という感じだった。直接言葉を交わしたわけではないが、聞こえてくる範囲でも言葉の端々に罠を仕掛けてほしい情報を引き出すと言ったことを、当たり前のようにやっていた。相手に気づかれないように、本当にさりげなく。

 そうやって相手にも気づかせないウチに情報を引き出すかと思えば、正面から堂々と喧嘩を売るようなことを言って相手を怒らせることもある。まあ、言っていることは正論ではあるのだが、もうちょっと言い方を考えた方がいいのではないかなと、聞こえる範囲にいた事で聞いてしまった事があるザックはそう思ったことがあった。

「大公妃さまに口で勝つのは難しいっしょ」

 舐めてかかろうものなら鋭く抉る勢いで反撃されるのは確実だろう。

 ルシアンも、たまーに面倒になってくると相手を適当にあしらってわざと怒らせたりすることはあるが、大公妃ほど派手にあからさまではない。それでも、その後に色々と後始末が発生する確率が高くなるし、その後始末の大半はザックの仕事になる。故に、何してんだと後で説教大会になったりもするのだが。

「頭の回転も速いけど、それ以上に口が回るからねぇ。まあ、その話はいいや。で、さっき説明した通りで、基本はこの三つを重ね掛けすることで大抵の場所は攻略できるんだけど、いちいち三つを重ね掛けって面倒じゃん。なんで、さっきの短縮形を組んでみたんだ」

「言いたいことはわかりますけど、組んでみたっておかしいでしょ」

 呆れ気味にザックが突っ込む。

「状況次第だけど、潜入中は悠長なことしてられないじゃない」

「言いたいことはわかりますけど、それで新しい魔法を構築しようとはならないですよ。普通は」

 普通、そんな簡単に新しい魔法の創造なんぞ出来るはずがないのだ。属性や発動条件、効果等、すべて考えた上で構築させなければならないし、その効果を生むためにはどういった属性にどういった効果を与えるのか等も全て検証して作り上げなければならない。効果の薄い簡単なものであっても、そこに至るまでには膨大な検証時間が必要となる。新たな魔法の創造など、普通は年単位、あるいは一生かけて行うものなのだ。


 しかし、そこは常識が通用しない規格外。


 エルヴィラはこんなのあったらいいな程度で着手し、ポンポンと新しい魔法を構築しているらしい。まあ、実用化までにはそれなりの時間は掛けているらしいが、それでも常識はずれなことには違いなかった。そして、今回ザックが教えてもらっている魔法もエルが考案して構築したものであり、現状ではエルにしか使えない魔法なのだ。当然、その存在は極一部にしか知られていない。

「私の場合は、魔法以外にも色々と基礎知識があったからねぇ」

 エルヴィラの言葉に、ザックはなるほどと呟く。

 ザック自信、詳しいことを聞いたわけではない。しかし、主の普段の言動やエルヴィラ、ミサキと言ったある意味特殊な友人たちとの話を耳にする限り、ミサキが元居た世界、そこにエルヴィラも関係があるのだろうことは察していた。この三人が組んで開発した数々の独創的な魔道具を見ても、そこの繋がりは疑いようがない。

 まあ、だとしてもザックには関係のない事だった。ザックにとってルシアンは主であり絶対的な存在であることに変わりはないのだから。

「ああ、また話がそれたね。手順は、さっき説明した通り」

「了解です」

 やってみろと促され、実践してみる。

 エルヴィラのような瞬時発動は無理でも、順を追ってやれば出来なくはなかった。ただ、それでは実戦で使うのは無理がある。

「ああ、やっぱり筋がいいね。うん、今の段階でそこまで持っていけるなら大丈夫。あとは練習あるのみだねぇ」

「……これだけでもえらく難易度高いですけどね」

「初回でそこまで出来たんだから、問題ないよ。この短時間で発動させるトコまでもってこれたんだから、自信もっていいよ。まあ、それが使えればかなり楽にはなると思うけど、やたらと気配に敏感な奴とかたまにいるから、その辺りの見極めはしっかりね。油断すると返り討ちにあうよ」

「わかってますよ。ウチの奥様みたいな人もいるんでね」

 ザックが頷きながら答えると、エルヴィラが怪訝そうな表情を見せた。

「あのさ、エレーヌって何者? 完全に気配遮断しないと近づけない人って、初めて遭遇したんだけど」

「何しようとしたんですか」

「いや、ルシアンから聞いて、ちょっと興味湧いてさ。いつもの調子で近づいたら、範囲に入る前に気づかれた」

 範囲に入る前、それは確実に仕留められる間合いの事だ。もちろん、そんな気はなくてどんなもんかなと試しただけなのはわかっているが。

「やめてくださいよ。奥様に何かあったら旦那が発狂しますからね」

「わかってるって。私だって理由もなく友人の家族を手にかけるようなことはしないよ」

 ここで、理由もなくと付け加えるのがエルヴィラの正直なところだ。


 彼女には彼女なりの信念があり、仕える主がいる。その主と敵対するようなことがあれば、たとえ今現在、親しくしている相手であってもその手にかける覚悟は常に持っているのだ。


 この辺りはザックにも理解できる事なので、それに関しては何もいう事はない。そんな事態が起きないことを願うが、万が一の場合は刺し違えてでも止める覚悟はある。

 住む場所が違い、仕える主が違う以上、絶対という事はない。ただ、出来ればそんなことにはならないことを心底願うだけだった。


 その後もしばらくエルヴィラによる指導が続き、如何に短時間で術式を組み上げるか、そのコツのようなモノを聞いて発動だけなら問題なく出来るようになったのが夕暮れ近く。そろそろルシアンが帰宅すると言うので、今日はここまでとなった。




 ルシアンに内緒で習得した技術の数々はこの後も色々と役に立ち、色々な意味でルシアンから感謝されることになる。ただ、それらがエルヴィラから教えを受けた技術を用いたものだと後から知ったルシアンは、ザックがエル化してると頭を抱えることになる。




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