番外編 ◆ 蛙の子は蛙だった ◆
卒業間近の、訪問先での出来事。
レティさん、意外と過激な性格をしているようです。
不測の事態です。
レティが激怒しております。
どうしよう、奥さん怒ってる時みたいでちょっとマジ怖いんだけど。
「あなた方! こんな小さな子に手を上げるなど恥ずかしいと思わないのですか!」
激怒するレティの腕には、きょとん顔のイザーク。レティが守るようにしっかり抱き寄せてるんだけど、当の本人はレティとある一点を交互に見て不思議そうにしている。まあ、小柄なレティだ、こんな風に怒鳴られたところで怖くはないと思うんだけど……やっぱりいい度胸しているよな、イザーク。全然動じてないもん。
そして、俺の視線の先では。
なぜが体格のいい男性三名、レティの前で正座して顔面蒼白で震えております。しかも、びしょ濡れ。
ちなみにこの三人、どっからどう見ても魔族です。
いま俺とレティは、アストラガルへと来ております。俺がちょっと用事があっての訪問なんだけど、レティはイザークに会いに来た感じ。
で、俺は要件を済ませるべく、目当ての人物との会談に臨んでいたわけなんだけれど……なんか騒がしいと言うか野太い悲鳴が聞こえてきたもんで、慌てて駆け付けたらこの光景。ちょっと本気で意味が分からないんだけど?
震えてる連中、どうやら例の選民意識の塊なイザークを消そうとしていたおバカ集団とは違うらしいんだが、イザークを排除しようとしている一派であることに変わりはないらしい。元から警戒対象だったらしく、今日はここへの接近禁止を言い渡されていたみたいだよ。俺の会談相手に。
まあ、それはそれとして、レティ。なんでこんなことになってるのか、お父さんに説明してくれないかな。
「しかも幼子一人を大人三人で! 恥を知りなさい!!」
「なしゃい!」
イザークが一緒になってなんか言ってるよ。
いやいや、それよりもレティ、お父さんに説明して!
なんか雰囲気的に止めに入ったほうがいいのはわかってんだけど、怒り方が怒り心頭な時の奥さんそっくりで……いや、ここで怯んでどうするんだ、俺。
「あの、レティさん? 何があったのかな?」
恐る恐る声を掛けると。
「あ、お父さま! 聞いてください!」
俺に気付いていなかったらしいレティ、ぷんすかしながら説明してくれたところによると。
レティ、イザークが案内してくれるってんで、この辺りで冬の間だけ咲く珍しい花を植えてある庭に来ていたんだけど、そこに乱入してきたのがこの目の前の三人。
いきなり難癖付けてイザークを連れて行こうとしたので止めたところ、少々揉めてその時にイザークを突き飛ばしたらしく、レティ激怒。
エルから教えてもらっていた対物理防御の結界をコイツラの周りに展開して周囲から遮断、その内部にぎりぎり顔が沈まない程度にまで水を溜めたそうです。
…………いや、なにをさらっとえげつない事してんのかな、この子。
説明聞いて、思わずレティを凝視してしまったよ。
要するに、溺死一歩手前だったのね、コイツラ。しかも寒さ厳しいこの時期、風は冷たいし、顔色悪くもなるのも納得だわ。しっかし、魔族相手でも通用するのかよ、レティの対物理結界。しかもこれを一瞬でやったらしく、避ける間もなかったみたい。身を守る為の結界をそんなことに使うなんて誰が思うよ。恐怖心、半端なかったんじゃなかろうか。
確実にエルの影響だよね、これ。防御のための結界をそんな使い方するなんて絶対にレティの発想じゃないだろ、エルの奴何を教えてんだよマジで。
ウチの子がっ。可愛い可愛いウチの子がっ!
どうしよう、別方向に驀進してるよ確実に!
ちょっとマジでどうしよう。いや、近衛に行くことを考えたらこのくらいはできたほうが安心ちゃ安心だけど、女の子だよ!? いつの間にこんな逞しくなってたの!
「やるじゃん、レティ」
ふと聞こえてきた、感心したような声。
隣を見ると、いつの間にやらミサキが来てた。
「ミサキ姉さま」
「ねーさま!」
いつの間にやら、ミサキ。聞いていたらしい。
イザークがミサキの方へ歩いていくと、流れるような動作てひょいっと抱き上げる。
「で? 何があった?」
ミサキが再度、説明を求める。
「この人たちが失礼なんです! いきなり来て、イザーク君に出て行けって言うんですよ! それを止めたら訳の分からないことを言い始めて、一人が私に手を上げようとしたんです。イザーク君が止めに入ってくれたんですけど、そうしたらイザーク君を突き飛ばしたんですよ!」
「ほう?」
すっとミサキの目が細くなり、いまだ正座中の三人の肩がわかりやすくはねた。まあ、ミサキはここでも結構やらしているらしく、あいつヤバいから手を出すな的な認識をされているらしいよ。さすが暴走娘。
というか、レティ? 手を上げられそうになったって、今言ったよね? お父さん、それは聞いてないけど。
「レティ、ケガはしなかったの?」
「大丈夫です、お父さま。咄嗟に防御結界も張りましたので」
「防御結界……」
そーかそーか、防御結界を発動させる程だったわけか。可愛い娘になにしてくれやがるんだ、コイツラ。だいたい、こんなちっちゃい子と女性を相手に、大の大人が三人って。だったら俺たちが加勢しても問題ないよな?
「やめろ、ルシアン。お前が暴れたらここら一帯壊滅すんだろーが」
「お前と一緒にするな」
失礼な奴だな、俺は周囲を巻き込んで暴れるような真似はしないぞ!
「切れると見境なくなるくせによく言うわ」
鼻で笑われた。マジ失礼。
ただまあ、これ、ミサキがわざと言ってるのわかってるから、取り敢えず乗って置くことにする。
俺が得意なのは、あくまでも対人戦。騎士なんざ言い方を変えれば人を殺すのが仕事だ。まして近衛などは王宮に詰めていることがほとんどだから、室内等の狭い空間でも対処できるように訓練を積んでいる。俺は、そういった戦い方に特化していると言っていい。
要するに、俺が暴れたとしても広範囲に被害が及ぶことはない。
それを理解しているミサキがなんであんなことを言ったのかといえば、それが明確に目の前のコイツラに俺という存在を認識させるためだ。すでにこいつらが警戒対象としているミサキがそんなことを口走れば、よほどのバカでもない限りは俺も危険人物だと認識されるだろう。
まあ、事前に俺がミサキやエルと肩を並べる存在だってことはこちらでも周知されていたようだから、敢えてこんなことする必要はないと思うんだけど。
つーか、今回は俺の娘に対する恐怖心の方が植え付けられたんじゃねーの?
今後のことを考えれば、レティが魔族とも対等にやりあえる存在だと認識されたのは、ある意味保険にもなるからいいんだけど……ちょっと複雑。普通の女の子だからね、ウチの子。…………普通、だよね???
そんなことを、若干もやもやしたものを感じながら考えていると。
「また君たちか」
呆れたような声とともに登場したのは、イザークの父である宰相メフィスト。
「本当に、懲りないね。しかも他国からの来賓に何をしているのかな?」
にっこり微笑みながらも、ミサキからイザークを受け取りしっかり抱っこ。
イザーク、思いがけずお父さんに抱っこしてもらってご機嫌になっているよ。可愛いな。
「さ、宰相閣下! 我々はこの国の為に!」
「言い訳は結構。何度も言うが、私は君たちの主義主張を受け入れる気はないし、妻以外を娶る気もない。イザークは私の可愛い息子だ。そもそも、私はイザークに私の仕事を、この名を継がせる気はないと何度も言っているだろう」
「……周りは、そうは思いません」
「だとしても、今このような場で話すことではない。下がれ」
有無を言わさぬ雰囲気で命じる。
さすがに魔王に次ぐ権力者のいう事は無視できなかったのだろう、大人しく出て行ったよ。……出て行く前に一言謝れやと言いたかったが、取り敢えず止めておいた。関わらないほうがよさそうだ。
「申し訳ない」
いきなり頭を下げられ、慌てる俺とレティ。
全然気にしてないから、どっちかというとやりすぎたのこっちだから不問でいいと慌てて告げて、でもイザークを突き飛ばしたことは許せないので、きちんと謝罪させてくださいレティが付け加えて。
で、俺は中断していた話の続きを伺うことになった。
そもそも俺は、ちょっとある場所にある人物を預かってもらえないかの打診をしに来ただけなんだけどな。ついでに、昨年末の件で進展があったかの確認を、ね。まあ、レティには内緒な話なので、イザークにこっそりお願いして庭を案内してもらってたんだけど、まさかあんな事になるとは。
あ、レティはですね、卒業資格は取得済みで、あとはもう卒業式までに何度か学園へ行けばいいだけな状態なのですよ。で、今日も暇そうにしてたから、イザークに会いに行くかって誘ったらついてきました。
ちょっとしたハプニングはあったが、再度イザークに誘われてお庭にお花を見に行ってるよ、レティは。今度はミサキも一緒に行くと言っていたので、何も心配してない。むしろ、何かあった時の過剰防衛が怖い。
そんなことを思いつつも、こちらの要望を伝えて快諾を貰い、ついでに気になっていた事など一通り聞くことが出来て結果は満足。信頼できる相手であれば情報共有するのは構わないとのお言葉も頂いたので、義兄と団長にはある程度の報告はするべきだろう。
でもまあ、今回の事で実感した。
見た目、ほわほわした感じだし、多少気が強い所はあっても普通の女の子だと思ってたんだけど。
やっぱ、俺とエレーヌの子だわ。




