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番外編 ◆ クルキスでの出来事 ◆

学園生活二年目の春休み。

本編に組み込むつもりで書いてたのに、保存したファイルをどこにしまったかわからなくなって、そのまま忘れていたお話。本編の投稿終わってファイルを整理してたら出てきたので、投下。



 ただいま春休み中のレティシア。お供にシルヴァンを連れて、神聖国へと来ていた。ミサキから指導を受けている聖属性魔法のアレコレを、聖女に仕上がり具合を確認してもらうためだ。

「どうしよう……緊張してきた」

 控室で聖女が来るのを少々硬い表情で待っているレティシア。緊張のあまり、ガッチガチに固まっている。

「大丈夫だ。ミサキ姉上から教えていただいたことを、そのまま見せればいい」

「それはわかってるけど……失敗しそう」

 珍しく弱気なレティシアに、シルヴァンが苦笑する。

 ミサキから指導を受けるようになって、一年近くが経つ。その成長は目覚ましく、治療系の魔法に関しては、すでに中級までを一通り習得している。

 まだ学生であり学業が優先であることには変わりないが、ミサキの指導を受けつつ自分なりにコツコツと勉強を続け、努力を重ねてきた結果だ。

 それが先日、ミサキから唐突に、


『そろそろ姉さんに確認してもらうか。来週、予定取るから空けとけ』


 と、言われてレティは大慌て。

 聖女と面識はあっても、直接指導など受けたことはないレティシア。ミサキから色々と逸話は聞いていたので、いつかは直接会って見てもらいたいという思いはあったのだが、こんな唐突にそんな機会が巡ってくるなど想像もしていなかった。

 いきなりの事に、半泣きでどうしようと狼狽えるレティシアをシルヴァンが宥めすかし、同時に両親にも相談。

 両親、特に父であるルシアンはミサキからのいきなりの提案(強制?)に強引だなと呆れていたが、今以上を目指すのであれば、聖女に実力を見てもらうのはいい勉強にも刺激にもなるとは思うけれど、実際に行くかどうするかは自分で決めなさいと言った。

 当然、まだまだ勉強するつもりでいるし、出来れば上級治療士の資格取得を目指したいと

考えていたレティシアは、迷ったものの行くことを決断した。

 そして、この一年の成果を聖女に見てもらう為に、今日はここへ来ている。緊張するなと言うほうが無理な話だろう。

「んな緊張すんなって。姉さんには私からも報告いれてっから、軽く確認するくらいだぞ」

 横からの声に、レティシアはぷくっと膨れた。

「ミサキお姉さまは慣れているから、大丈夫なの! 私は数回しかお会いしたことがないもの」

「去年の夏だって会ってんだろ」

「そうよ、夏にお会いしたきりなのよ! それも、ちょっとご挨拶しただけだもの。今日はこの一年の成果を見ていただくのだから、緊張するに決まってるわ」

「……わかった。わかったから、その膨れっ面はヤメロ」

 少々乱暴にレティシアの頭をなでる。

 一応、ミサキにとってレティシアは弟子のような存在。ルシアンの頼みで引き受けたことではあるが、厳しく指導しても腐ることなく、ひたむきに努力を続けるレティシアのことは好ましく思っていた。


 だからこその、今回の件だ。


 通常、聖女が直々に仕上がり具合を見るなんてことはない。これは聖女がミサキの実の姉だから、その辺りの融通がきくというのものあるのだが、ミサキ自身がレティシアを聖女に会わせておきたかったというのが大きい。

「浄化は姉さんから指導を受けたほうが手っ取り早いのはお前もわかってんだろ」

 だから、この機会に仲良くしておけとミサキに言われ、レティシアは不満そうな顔をしながらも頷いた。

「しかし、姉上。浄化系の指導は姉上もしていますよね? このまま姉上に見てもらうのではダメなのですか?」

 シルヴァンが不思議そうに質問をしてくる。

「私が教えられる範囲で済むならそれでも構わないが、それ以上となると難しい。レティは浄化系に関しては私以上に適性が高そうだからな、姉さんから指導を受けたほうがいい」

 再びレティシアの頭をなでなでしながらミサキが言う。

「え? お姉さまよりも?」

 ミサキの一言はレティシアにとっても意外だったようで、驚いていた。

「なんだ、気づいてなかったのか。つーか、私は浄化系はそこまで適性は高くないんだよ。いまある程度まで使えるようになってんのは、姉さんに無理矢理、叩き込まれたからだ」

 ものっ凄いスパルタだったけどなと、いささかげっそりした様子で付け足したミサキに、シルヴァンとレティシアは思わず顔を見合わせた。このミサキにそこまで言わせる指導とは、一体どんなものだったのだろうかと。

 若干、不安が増してきたレティシア。ここまで来て逃げ出すことなど絶対にしないが、果たして耐えられるだろうかと心配になってきた。

「いやねぇ、ミサキ。誤解されるような言い方をしないでちょうだい」

 ふと、部屋に聞きなれない声が響いた。

 待ち人が来たのだと、レティシアが慌てて立ち上がって頭を下げる。

「ああ、いいのよ、楽にしていて」

 長い黒髪を背に垂らした女性が、部屋に入ってきた。

 聖女シオリ。ミサキの実の姉にして、クルキス神聖国の公爵夫人でもある。歴代の聖女の中でも最高位の力を保有していると言われている存在であり、この神聖国ではかなりの発言力を持っていた。

「久しぶりね、シルヴァン。レティシア。お母さまは変わりないかしら」

「はい、おかげさまで。健やかに過ごしております」

「聖女様のおかげで、活動的な母に戻りましたわ。本当に、ありがとうございました」

「ふふ、いいのよ。ミサキのお友達ですもの」

 聖女は二人に座るように促し、さっそく本題に入る。

「レティシア。貴女のことはミサキから報告を受けているわ。ミサキは私が直接指導したほうがいいと言っていたけれど、その前に貴女の今の実力を見せてもらいたいの」

「はい」

「今日は疲れているでしょうから、明日にしましょうか。城下の救護院へ一緒に行ってもらうわ」

「わかりました。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくね。今日はゆっくりしていて。ミサキ、あとはお願いね」

「はいはい」

 ミサキが適当に返事をすると、わずかに苦笑を浮かべて聖女は部屋を後にした。

 ガッチガチに緊張していたレティシアが、脱力したようにソファーへ座る。ミサキはそんな様子に苦笑しつつも人を呼んでお茶の用意を頼んでいた。

「ああ、緊張した……もう、聖女様、なんか神々しくて直視できないわっ」

 ほんのりと頬を紅潮させたレティシアが呟く。同意するように頷くシルヴァンとは対照的に、ミサキは首を傾げているが。

「どうしよう、シルヴァン。私、ちゃんと出来るかしら」

「大丈夫だ、これまでの努力が無駄になることはないのだから。もう少し肩の力を抜きなさい」

「わかってるけどっ。もう、他人事だと思って」

 むくれるレティシアを、シルヴァンが苦笑交じりに宥める。

 そんな二人を眺めつつ、持ってきてもらった茶器を受け取ったミサキはさくっとお茶を入れて二人の前に置いた。普段からやっているので手慣れたものだ。

「ありがとうございます、ミサキお姉さま」

「どういたしまして」

 早速手に取ったレティシアがカップに口をつける。

 ふわっと広がる香りに、ほうっと息を吐く。

「いい香り……ミサキお姉さま、これはなんのお茶ですの?」

「ん? ああ、ハーブティー。エルが送ってきたんだよ」

「まあ! エルヴィラお姉さまが?」

「そう。あいつの主のお気に入りなんだと。リラックス効果があるって言ってたぞ」

「そうなのですね。確かにこの香り、落ち着く気がします。ね、シルヴァンもそう思わない?」

「ああ、そうだな。執務の合間に飲むのも良さそうだ」

 この世界ではあまり一般的ではないハーブティー。ハーブが薬草として扱われていることが大半なので、お茶にして飲むというのは一般的ではない。

 香りも味も、紅茶と比べるとクセがあるので、好みが分かれるところだろう。ただ、目の前の二人は気に入ったらしいことに気づいたミサキは、帰るとき少し持たせるかと考えていた。この二人が大丈夫なら、恐らくルシアンとエレーヌも大丈夫だろう。

「さて、レティ。一息ついたところで明日の確認といこうか」

 しれっとミサキが宣言する。

 途端にむくれるレティシア。

「意地悪ですわ、ミサキお姉さま。せっかくいい香りで落ち着いたところなのに」

「別やらんでもいいぞ。明日はぶっつけ本番で行くか」

「それはいやです! もう、意地悪っ」

 相変わらずの膨れっ面に、シルヴァンが苦笑交じりに頭をなでている。

 ミサキは二人のこんなやり取りを見ているのが嫌いではない。というか、レティシアがミサキの中ではすでに妹ポジションなので、可愛い妹を構いたい気分なのだ。要は、レティシアをいじって遊んでいる。

「なら、軽くおさらいだ」

「はいっ」

 途端に、ぴっと姿勢を正して聞く体制に入る。まだ子供っぽいと事は多々あるレティシアだが、きちんと状況の応じて切り替えができるくらいの順応力は備えていた。

 そうして始まる、座学。

 これまでミサキから教えてもらったことは、一通り復習してきている。レティシア自身は気づいていないが、ミサキが教える内容はここ神聖国の基準で考えてもかなりのハイレベルなもの。それを難なく吸収できている時点でレティシアも相当にハイスペックなのだが、彼女にその自覚はない。周りにハイスペックすぎる家族や知り合いが多すぎる弊害かもしれない。

「お姉さま、これは? この場合、こちらを優先するのではなく?」

「ん? ああ、これか。まずは全体把握をして、次にここを確認する」

「確認……あっ」

「わかった?」

「はい、理解しました。こういう場合もあるのですね」

「滅多にないけどな。まあ、通常の手順でも問題はない。ただ、解呪や浄化は時間との勝負となる場合がほとんどだ。初期で出来るだけ正確に状態を把握し、最短の術式を組むのが理想だ」

「時間との勝負……」

 呟き、なにやら考え込む。

「どうした?」

「あ、いえ……あの、もしも、ですけれど」

「なんだ?」

「あの……長期間にわたって支配みたいなことを受けていた場合は、解呪しても元の状態に戻るのは難しいということですか?」

 唐突な質問に、聞かれたミサキばかりかシルヴァンまでがきょとんとした。

「一概には何とも言えんが……個人の耐性や術式次第なところが大きい。だが、期間が長ければ長い程、術式そのものがそいつに定着してしまうこともある。その場合は解呪することは逆に危険だ。最悪、自我が崩壊する可能性がある。だけど、なんでそんなことを聞くんだ」

 質問に答えつつも、当然の疑問をミサキがぶつけると。

「お姉さまが時間との勝負とおっしゃったから、気になってしまって。だって、罪を犯して一時的に奴隷とされている人たちって、長期間その状態なのでしょう? 償い終わって解放される時に大丈夫なのかなって思って」

 レティシアの言葉に、ミサキとシルヴァンが思わず顔を見合わせる。

 基本的に犯罪奴隷として重労働に着くような連中は、生きているうちに解放されることはない。基本、終身刑を言い渡され者が従事するからだ。というか、そもそもが隷属の魔法はそういった用途以外では多くの国で使用することが禁止されている、禁呪だ。

 いささか的外れなレティシアの心配をどう受け取ったのかはわかあないが、ミサキが何とも言えない顔でガシガシを頭をかいている。

「あのなぁ……いや、まあいいか。取り合えず、あの連中にはそういった心配はいらないから気にするな」

「そうなの?」

「ああ。ほら、余計な事を考えてないで、次。これやってみろ」

「あ、はいっ」

 催促され、レティシアは指示された通りにこなしていく。

 隣でその様子を見守っているシルヴァン、詳細はわからなくとも今レティシアがやっていることが誰にでもできるような事ではないことくらいは理解できる。純粋に、すごいなと感心していた。

「ほら、レティ。制御が甘い。もう一度」

「はいっ」

 厳しく指導されても、出来なくて悔しい思いをしても、諦めることなくひたすら訓練を繰り返してここまで来た姿を見ているだけに、シルヴァンは改めて自分も負けてはいられないなと強く思った。

「こら、それじゃダメだっつってんだろ。最後まで気を抜くな。制御が甘いと中途半端に解呪して、余計に悪化させかねないんだぞ。解呪する前に殺す気か」

「ごめんなさい、もう一度っ」

 軽くおさらい、と言っていたはずなのに、気づけばいつもの指導風景。

 この後もしばらくこんなやり取りが続き、様子を見に来た聖女が止めるまで続いた。

 休んでもらうように言ったはずなのにおかしいわね、と聖女に言われたミサキが、バツの悪そうな顔をしていたのは言うまでもない。



 その後、ゆっくり休んで翌日に備えたレティシア。

 聖女とともに訪れた救護院で、聖女が見守る中、治療を必要といしている人々を癒していき、その中に聖女がひっそりと紛れ込ませていた解呪が必要な患者がいる事にも気づいた事で、聖女から褒められることとなった。

 結果、この訪問でレティシアは中級治療師の資格を取得し、浄化系の適正も高いことを聖女から認定される事となった。

 この事により、将来的にはクルキスで神職へ着くことが出来る可能性もある有能な人材だという事が知れ渡り、滞在中にレティシアに面会を求める男性が急増してシルヴァンの機嫌が急降下。

 おかげで滞在中、すぐに急降下するシルヴァンの機嫌を直すために、レティシアは終始シルヴァンから離れることが出来ずに過ごすことになったのだった。




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