5 学園生活スタート
多少のトラブルもあったが入学式も何とか終わり、学園生活がスタートです。
この王立学園、寮もあって大半の生徒は寮生活をしている。我が家は学園からも比較的近い場所に屋敷があるので、レティは通学を選択した。シルヴァンも自宅から通っているからね。一緒に登下校できるのが楽しみらしいよ。
「お父さま、お母さま。行ってきます」
あああ、にっこり笑ったレティが可愛い……
「いってらっしゃい。シルヴァン、お願いね」
「はい」
仲良く馬車に乗り込むのを見送って、ほっと一息。
ここからが正念場。回避できそうな事は一通りやって来たし、レティも設定とは大違いの素直で優しい子に育ってくれた。若干、ぽわんとしているけど。加えてシルヴァンと言う超ハイスペックに溺愛されて幸せそうにしているし、悪知恵きかせてすでに婚姻済み(まだ公表はしてないけど)、あの子があのゲームのようになる心配はもうほとんどないと思って大丈夫なはずなんだけれど。
それでも、もしかしたらという思いは消えない。不安は完全には払拭できてはいない。
「旦那さま」
「ん?」
「心配ですか?」
お見通しらしい奥さんに問われて、思わず苦笑する。
「そうだね。できる限りの事はしてきたつもりだけど……まあ、後はあの子たち次第かな」
「大丈夫ですわ、きっと。だって旦那さまは私の運命も変えてくださったでしょう?」
そっと触れてくるエレーヌの腰に腕を回した。
ゲーム上の設定だと、俺の妻であるエレーヌは開始時の数年前に儚くなっている。原因不明の病を患い、家族の献身的な介護も虚しく帰らぬ人となるのだ。ゲーム内では、レティシアにとってエレーヌは自分を諫める唯一の存在だった。諫める人間がいなくなったことにより、レティシアはさらに我儘で傲慢な令嬢へと突き進んでいくことになる。
だから俺は、エレーヌの健康には常に注意を払っていた。それでも病は妻の体を蝕み、このままではと焦っていた時に、俺が魔道具を作るようになったことで出会ったある人物が力になってくれた。
まさか、魔道具作りがきっかけとなり、それがエレーヌを救ってくれる出会いに繋がるとは思いもしなかったけど。
あの出会いが無かったら、今こうしてエレーヌを腕に抱くことはなかった。
こうしてエレーヌと共に在ることができる幸せは、俺にとっては掛け替えのないものだ。そして、この幸せはレティとシルヴァンがいなければ失っていただろうモノ。
「私はエレーヌがいないと生きていけないからね。この先も、何があろうと護るよ」
「ふふ。旦那さまが仰るのだから間違いありませんわね」
「ああ。なのでもう一息。協力してほしいな、奥さん」
「もちろんですわ」
くすくす笑う奥さんの額に唇と落とすと、促して屋敷へと戻った。
**********
さて。ゲームであればここから色々なことが本格的に始まるわけだが、昨日の入学式でヒロインと攻略対象が出そろったと思われる。まあ、俺が覚えている限りなんで、他にも隠しキャラ的なのがいるかもしれんが、俺は知らん。よって、現時点で関係者と判明している連中だけでも今の内にちょいと整理をしておこう。
まずは俺と同じ転生者らしいヒロイン、ペリーヌ・バロー。
男爵家の末娘という事にはなってるが、血の繋がりはない養女であることは把握済み。たまたま領地を見回っていた時に平民ながら魔力の強い子供がいると聞きつけた男爵が、どこかの高位貴族の落胤かもしれないと考えて引き取ったお嬢さんだ。実際には稀に出る魔力が強いだけの平民の子で、生みの親は男爵家の領内で牧場の下働きをしている。
性格は明るく優しい子とはなっているが……作ってんだろうな、アレは。俺は、あいつがレティを見て【悪役令嬢】と口にしたのを聞いているし、あの時に一瞬だけ見せた眼は決して無垢な少女のモノではない。加えてコイツは少々チート的な特殊スキルもあって、食べ物に回復魔法の効果とかを付与できるんだ。これも攻略を進めていくには大切なアイテムのひとつだったと記憶している。
現時点ではヒロインが誰を狙っているのはわからんが、仮にシルヴァンを狙ってきたら全力でレティを陥れようとするだろう。一番の警戒対象だ。
次、マリウス第二王子殿下。
学年こそ違うが、今後なにかと絡んできそうな気配。
本来ならレティはこの第二王子の婚約者になっていたんだろうと思う。実際、そうなりそうな流れに持っていかれそうなこともあったが、俺と奥さんで断固拒否の姿勢を貫いて今に至る。さっさとシルヴァンを婚約者に据えたのも今となっては正解だった。
ゲーム内では、スタート時点ですでにわがままで傲慢なレティに愛想をつかしているという設定になっている。
現実は顔見知りですらないレティと、何とか接点を持とうと色々画策しているようだ。ただこれ、王妃殿下の意向でそうしているだけで、王子本人はそこまでレティに興味を持っているようには思えないんだよねぇ……あ、いや、興味を持ってることには変わりないとは思うんだ。ただ、それがどうにも恋愛絡みとは思えないというか。
まあ、下手に権力を持っているだけに油断はならないと考えていたんだが、入学前に婚姻を成立させてしまったのでその心配は少なくなったと考えてはいる。油断は禁物だけど。
ゲームでは主役というかメイン攻略対象者だった王太子リオネル殿下。
王太子自身はさすがメイン攻略対象と言ったスペックで、シルヴァンには劣るがかなりのハイスペック。性格は基本的には穏やか、対人スキルはさすが次期王というレベル。ただ、武芸はさほど得意ではなく、それもあってシルヴァンを自身の護衛兼側近にしたいらしい。今の所、シルヴァンは返事を保留している。
王太子はシルヴァンと同じ歳で、知った時は意外に思ったんだが仲が良い。なんでも入学早々、ライバル意識丸出しだった殿下に突っかかって来られたことがあったらしいんだが、正々堂々と勝負した結果、向こうが負けを認めてそれ以来、仲良くしているそうだ。お互いに溺愛する婚約者がいる身だったので色々と相談とかにも乗っているうちに仲良くなったらしい。今ではいい友人関係となっている。
ちなみに王太子はお忍びで我が家に来ることがあり、レティのことは妹のように可愛がってくれている。
レティと同じ学年のディオン・ヴェルディエ。
今年入学した公爵家の次男でレティの従兄妹。父親は宰相。
小さなころから家族ぐるみの付き合いなので、レティともシルヴァンとも仲が良い。小さい頃はレティが好きだったようだが、今は一昨年婚約した令嬢一筋。なんでも趣味を通じて知り合ったとかで話が合うらしい。
コイツは勉強だけは出来るってタイプだったんだが、ウチの子たちと遊ぶようになって色々と要領もよくなり、今ではシルヴァンほどじゃないにしろ文武両道に育っている。
ディオンは本来は第二王子の側近候補だった。しかし、根本的に考え方が合わないと、昨年になって本人が辞退している。でもまあ、王子は幼馴染みたいなもんだし、いまでも交流はあるようだ。あちらとしても有能な側近候補を手放したくはないので、何かと絡んでくるらしい。ディオンは迷惑がっているけどな。
近衛騎士団長の息子、ジェレミー・シャリエール。
侯爵家の三男で、自身も騎士として身を立てるべく日々頑張っているらしいんだが、コイツは何かというとシルヴァンに絡んでくる。悪い方の意味で。
どうもレティの婚約者だってことが気に食わないらしいんだが、それ以外にも剣でも魔法でもシルヴァンに勝てないのが悔しいようでやたらと敵視している。シルヴァンは相手にしていないようだが、俺としては少々目に余る行動が多かったので団長にはチクッといた。近衛騎士を目指すならあの感情駄々洩れは治せと言いたい。足元すくわれるのがオチだ。
第二王子の側近候補。
財務大臣の息子、ヤン・パスマール。
伯爵家の嫡男で第二王子とは幼馴染の側近候補。というか、すでにほぼ側近扱い。
親は財務大臣だけど言語系の才能があり、すでに古代語の解読や研究を手掛けている秀才。大人しい性格で口数も多くはないが、言うべきことはビシッと言えるタイプ。
第二王子に対してもその辺りは遠慮なく接しているので、陛下はじめ教育係的な連中からも重宝されている存在だ。何かあった場合のストッパー役を担っているらしい。
そして、最後に我が自慢の息子君、シルヴァン・グランジェ。
ゲームだと隠しキャラ的存在で一年後にならないと出てこないんだが、超ハイスペックな難攻不落の貴公子として人気だったと記憶している。妹がハマってたキャラ。いまは俺の息子。カッコいいけど可愛い息子。たまに見せるはにかみ笑いがめっちゃ可愛い。
あまりにもハイスペックに成長しちゃったもんだから、元の両親が何度となく返せ戻せとうるさい。あれっだけ出来損ないの邪魔者扱いしといてよく言うわ、誰が渡すか。シルヴァンは俺の息子だっつーの。
「順当にいけば、狙うのはリオネル殿下かマリウス殿下だよなぁ。つーか、こうしてみると婚約者がいないのマリウス殿下とジェレミーだけか」
なんか、意外。
ゲームだと、婚約者がいるのは王子だけだったと記憶している。
現実は、マリウス殿下とジェレミーだけがいない。
こんなところにも表れている相違点。自分が深くかかわった部分だけが元の筋書きからそれたのかと思っていたんだが、どうやらそう言うわけでもなさそうだ。
「マリウス殿下はレティ狙いだろうし、ジェレミーも怪しいんだよなぁ」
今や人妻だぞ、ウチの娘は。他探せよ、ホントに。だいたいなんでそこまでレティに執着するんだよ、シルヴァン以外眼中にないからな、レティは。
しかし……こうして攻略対象者たちを見ると、なんかヒロインとくっつきそうな奴が一人もいないんだけど、なんで? 本格的な攻略開始前だからかな?
「う~ん……今の所はみんな婚約者との関係は良好って聞いてるしなぁ。まあ、本当の所はわからんが」
表面上は良好な関係という事になっていても、実際にそれが事実かは俺もわからん。ディオンと王太子殿下の所は本当に仲が良いのは知っている。ヤンは接触ないので知らん。親父さんとは近衛時代にそこそこ交流会ったんで知った顔ではあるけど、息子の話は聞いたことがないな、そう言えば。まあ、そこまでプライベートな話をするような関係でもなかったしなぁ。
そんなことを考えると、ノックが響く。
答えると奥さんだった。基本的に執務中は来ないんだけど、珍しいな。
「どうした?」
「お兄様から連絡がありました」
「宰相から?」
なんだろう?
「来月の王家主催の夜会の件で、事前にお話があるそうですわ」
にっこりと奥さんが告げてくる。
はて? 何か特別な事でもあったかな?
「ですので、本日のディナーにお招きしました」
「今日の今日とはまた急な話だね」
「はい。ですが、お兄様がわざわざ言ってくるのですから、なにかあるのかと思いまして。王宮では誰に聞かれるかもわかりませんので、お招きした方がいいかと判断いたしましたの」
「うん、それでいいよ。ありがとう、エレーヌ。では、段取りは任せてもいいかな?」
「はい。滞りなく準備いたしますわ」
「お願いするよ」
必要事項だけ確認して、すっと出ていく奥さん。
うん、出来る奥さんです。俺がまだ仕事中なのわかってるから、必要最小限の確認だけしてすっと退場。さすがです、大好きだ!
「さて。では、義兄上が来る前に終わらせるか」
さっさと片付けて奥さんの手伝いしよう。
**********
夜。
予定通りにやってきた義兄と夕食を共にして、今は俺と義兄、シルヴァンと執務室でお話し中。本当はエレーヌも呼びたいところだが、そうするとレティも呼ばないといけなくなる。いやほら、ね? この状況でレティだけ呼ばないってのもオカシイでしょ。実行したらあの子拗ねるだろうし。かと言って、あの子にはまだこういった裏事情的な話は聞かせたくないわけだ。……裏事情かわかんないけどさ。まだ何も聞いていないから。
で、義兄の話ってのが、ちょっとと言うか、かなり有難いことだった。
「では、ご挨拶に伺った際にお声を掛けていただけるという事でしょうか?」
と、シルヴァン。いささか意外そうな顔をしている。
まあ、わかるよ。俺も意外だ。
「その通り。お前たちの婚姻証明書、写しを陛下に渡すように殿下に言われただろう。あれをお届けしたんだが、今日になってその件で呼び出されてな」
「ずいぶんな時間差だな」
「お忙しいのだ、仕方あるまい。タイミングもあるしな。で、陛下から夜会の時に公表してもいいのなら言葉をかける、とのことだった」
うん、状況的には正直言って有難いかな。
お言葉をかける、それはシルヴァンとレティの結婚を祝福してくださるってことだ。要は王家が認めた結婚ってことになる。
どちらにしろ、その夜会でウチの子たち結婚しましたって言いふらすつもりだったから問題ない。むしろ陛下の口から言って頂いた方がインパクト強いだろうし、王妃殿下やマリウス殿下への牽制にもなるだろう。
断る理由はないね。
シルヴァンはどうかなとちらっと視線を送ると頷いた。なので、自分で返事をするように促す。
「是非ともお願いします。伯父上」
「わかった。明日にでも陛下にはお伝えする」
そう返事をすると義兄は用は済んだとばかりに、さっさと帰っていった。忙しいからともっともらしいことを言ってはいたが、今日はレティともたっぷり話せたので満足したんだろう。本当に、伯父バカ。
何はともあれ、王太子殿下に続き陛下もこちら側についてくれることは確定した。有難い。これで王妃殿下とマリウス殿下への対策は多少は緩められるかな。これでもう、強引な手はもう使えないはずだ。
シルヴァンも自室へと戻り、一人執務室に残っていた俺は色々と思い返していた。
まず、ゲームとしてのスタートは学園の入学式。ただ、この時点での各キャラのゲーム上の設定と現実はかなりかけ離れている。一番かけ離れているのが我が家の設定だろうな。
悪役令嬢なはずのレティシアはほんわかないい子だし、シルヴァンという超ハイスペックな跡継ぎを得ているので家も安泰。おまけに二人は婚姻済み。しかも愛娘は珍しい聖属性に適正有り。これは入学前の適性検査で判明したことで、判明した直後から魔法科への勧誘がものすごかった。本人は普通科に行く気満々だったので、さっくり断ってたけど。
設定上では故人のはずのエレーヌは今も存命で、健康問題は完全に解決済み。
近衛騎士として王宮にほぼ詰めているはずの俺は、疾うの昔に近衛騎士を退役して今は魔道具の開発を軸に他国にいる協力者と共に事業を展開中。あちこちに伝手も出来てるので、いざとなったら家族連れて逃亡することも可能。
「……うん。まったくの別物になってるよね」
逆に合致する事のほうが少ないくらいだろうか、我が家の設定に関しては。ここまで違うのだから、現時点で恐らく我が家の没落ルートは回避できてると考えてもいいだろう。
「次の分岐点になりそうなのは……王家主催の夜会か」
開催まで、二週間と少し。
取り敢えず今は、そちらの準備を滞りなく済ませることに専念しよう。