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後日談 ~ルシアンと従者・②~


 ルシアン・グランジェ改めルシアン・カンタール。

 この程、正式にカンタール侯爵位を拝命いたしました。息子が成人して爵位を継承するまでの代理侯爵だがな。

「俺はさっさと引退して領地に引っ込む予定だったんだがなぁ……」

 なんでこうなった、マジで。

 いや、経緯はわかってんだよ。シルヴァンの実の親共がやらかしすぎて没落まっしぐら、しかし先代までは名門だった侯爵家を簡単に潰してしまうのは惜しいという事になり、なぜか俺にその役目が回ってきた。……正確には、俺の息子に、だ。

 しかし、それが決まった当時はまだ奥さんのお腹の中にいたからね、パットは。さすがにすぐにってのは無理だし、それなりの教育も施さなきゃならん。バカの二の舞になったら、家を残した意味がなくなるしな。そこで、パットが問題なく継げるようにするべく俺が教育を施し、継承させよって事になったわけだ。

 本当はねぇ、直系であるシルヴァンが継げば一番丸く収まるんだろうが、いかんせんあいつはグランジェの次期当主となることが決まってたし、何よりカンタールに戻るのを本人が断固拒否。かといって、前当主の近い血縁から選ぼうにも、王家が派遣した選定人のお眼鏡に叶う者がいなかったんだと。……すごいよね? 候補にすらならなかったらしいよ、ひとりも。

 で、近いとこだとボンクラばっかでどうにもならなくて、候補者の選出を継承権のある親戚一同にまで範囲を広げ、改めて選定に入ろうかとしていたタイミングで、俺の奥さんの妊娠が発覚。それを聞いた選定人、俺の子なら大丈夫だろうとなぜか陛下に提案、貴族院の重鎮たちも参加した会議で審議した結果、満場一致で意見がまとまり速攻で許可が下りたって事らしい。意味わかんないんだけど。

「最初っから国王様は旦那に目をつけてたっぽいですからねぇ。他の親戚の手前、きちんと選定してますよって姿勢は見せてましたが」

 面倒くさそうにザック。只今俺と一緒に、引き継いだばかりの侯爵家の状況を把握する為、領地やその他諸々の報告書に目を通しているところです。

 そう、俺がそんなことになると、ザックももれなく巻き込まれる。これは仕方ない、だって俺の従者だもんコイツ。悪いがそこは諦めてくれ。

「いや、だからなんで俺? 俺、本当に辛うじて継承権があるって程度だったんだよ?」

「そうですけど、旦那はあっちの先々代のご当主には可愛がられてましたし、なんとなく似てるじゃないですか」

「それは俺が祖母さん似だからであって」

「だからっしょ。直系じゃなくて傍系にこそ血が強く出たって感じじゃないっすか。だから旦那、若とも何となく似てんだし」

「まあ、シルヴァンは先々代に似てるからなぁ」

 祖母さん似の俺、祖父さん似のシルヴァン。レティにもたまに言われるんだけどね、どことなく顔立ちは似てんのよ。というのも俺の祖母さん、シルヴァンの祖父である先々代の当主の姉なんですよ。で、この姉弟が小さい頃は本当に良く似ていたらしくて……その血がなせる業か、俺とシルヴァンも何となく似てんだよな。ぶっちゃけシルヴァン、実の親よりも俺の方が似てるからね。

 そして、これもシルヴァンがあのバカどもから虐待されていた理由のひとつなんだ。あのボンクラ、厳しい父親の事が大っ嫌いだったんだ。なんで、自分の父に似ているシルヴァンに辛く当たってたんだわ。父親には何一つ勝てなかったから、余計に。ちっちゃいシルヴァンなら何を言っても何をやっても反撃される心配なかったからだと思うけど、本当に最低最悪なボンクラだわ。

「それに、ですよ。不意打ちで強引に進めて逃げ道塞がないと、旦那、この話了承しなかったっしょ」

「当たり前だろ」

 すでに決定事項として国王陛下からの書状が届いちゃったから、どうすることも出来なかったってだけで。いくら侯爵位とは言え、没落寸前の家なんざ誰が継ぎたいと思うのか。

「だから、向こうは強引に話進めたんでしょーが。旦那が継承する条件として、向こう五年間の領地収入にかかる税の減額と新しい屋敷の贈与なんておまけつけて」

「それだよ、それ! そもそも、その条件がオカシイだろ! なんで爵位継ぐだけでそんなオマケついてくんだよ」

 本当にね、聞いた時びっくりしたもん。有り得ないからね、こんな条件。

「こんな機会でもなきゃ、旦那は王家からの褒賞を受け取らないからっしょ。近衛時代から色々と功績上げてんのに、褒賞となると悉く辞退したじゃないっすか」

「俺は仕事してただけだぞ。余計なもんはいらんわ」

 褒賞だの勲章だの受け取ると、後がメンドイ。そう言うのに敏感な連中がすり寄ってくるの目に見えていたし、そうなると騎士としての仕事にも支障をきたしそうだったから、受け取り拒否してた。だって、ちょっとなんかあると、途端に香水キツイ連中が密着しようとしてきたりするんだよ! マジで吐きそうだったからね、あれはっ。

「だから、旦那の上げた功績ってのは、近衛騎士の範疇を大きく超えてるんだって、あれっだけ言ってんのに……ホントに自覚しねーな、この人は」

 ものっ凄い呆れた目を向けられた。なんでだよ。

「いちいち、そんなもん受け取ってたらキリねーだろ」

「だから、それがおかしいっつってんですよ。そもそも旦那、近衛ですよ? 王宮の警備や王族の護衛が主な仕事でしょうが。それがなんで、護衛として行った先でアース・ドラゴンを単独討伐なんてことになるんですか」


 そういや、そんなこともあったね。


 あれは、当時はまだ王太子だった陛下にくっついて友好国を訪問してた時だったか。あの時は流石に俺も、倒した後はしばらく放心状態だったもんなぁ。

「いや、あれは……成り行き?」

「成り行きでドラゴン討伐するわけないっしょ」

 殊更、呆れた顔をされた。

「あのミサキさんでさえ絶句してたじゃないっすか。一人で迷宮に行って最下層まで当たり前のように行く人がですよ? 高ランクがPT組んで討伐するような迷宮のボスを単独で倒すような人が、絶句したんですよ? わかってます?」


 わかってるよ、そこまでしつこく言わなくても!


 そもそも、別に俺だってやりたくてやったわけじゃないんだよ。ただ、訪問先で向こうの近衛に絡まれてたのガン無視してたら、なんかどっかのバカがなんかやらかしたとかでドラゴン引っ張ってきやがったんだから仕方ねーだろ、俺だって意味わかんなかったよ。しかも手負いで見境なくなってたもんだから、何とかするしかねーじゃん。仕方ねぇ、共闘するかと覚悟決めたら、俺以外誰もいねーし。

 その時の話をですね、いつだったかミサキにした時にですね、あいつ絶句しやがったんですよ。で、しばらくしてぽつりと、【バケモノか】って言いやがった!

 お前に言われたかねーよと反論したんですが、逆に懇々と真顔で説明されました。


 まず、迷宮にドラゴンの類は出ない事。難易度の高い魔物も確かにいるが、それだってドラゴンと比べたら全然弱いし、それは迷宮のボスクラスだろうと同じこと。

 中型のアース・ドラゴンは土属性の力が強く、防御力がハンパない上に力の強さは全竜種の中でも上位に食い込む存在。

 そんなアース・ドラゴンの手負いなんて、多少動きに制限はかかっていたかもしれないが、どう考えてもリミッター外れた災厄。一個中隊全滅覚悟で挑むくらいの相手だし、それだって勝てる保証はない。

 それを単独で討伐、しかも自分は無傷って、これをバケモノと言わずに何と言うんだ、みたいな感じで。


 そこまで言われて、さすがに俺も【あれ?】って思ったわけですよ。

 確かに俺、よく一人で倒せたよね。ただね、無傷だったのは理由があってだね、あんなのの一撃、掠りでもした時点で致命傷になるの分かってたから、必死に避けてただけなんだよ。死ぬ気なんてなかったし。

 ただ、それを成し遂げたのが俺じゃなくて他の誰かだとしたら、俺もそいつの事は間違いなくバケモノって言うと思う。だって、どう考えてもおかしいもん。ちなみにその話をした時エルもいたんだが、あいつは人の事を変態呼ばわりしながら大爆笑してやがった。

 まあ、そんなわけで、不本意ながら単独での竜種討伐なんて功績がついてしまったわけで、その所為で一気に名が広まってしまったという、嬉しくない事態になったわけです。


 帰国後も大騒ぎだったよマジで。


 ただ、俺は疲れてたし早く家族に会いたかったから、早々に帰らせてもらったんだけど……俺にとっては、帰宅してからの方が恐怖だった。

 疲労困憊ながらも何とか無事に帰国出来て家に帰った途端、出迎えてくれたのは仁王立ちの奥さん。どうやら先に王宮から説明があったらしくてね、大激怒でした。ひとしきり怒られた後は泣かれて大変だったけど……うん、無茶した自覚はあったんだよ、さすがに。だから、ひたすらゴメンナサイしてた。その後、ザックからも延々と説教くらったしな!

「とにかく、そう言った近衛騎士の範疇を超えた功績が多すぎるんです、旦那は。だからこそ、今このチャンスに少しでもって考えたんでしょ」

「だからって、屋敷建てるとかやりすぎだろ」

 領地の減税だけで十分だと思う。俺的には。

 そうそう、屋敷をね、建ててくれてるんですよ。グランジェ家の隣に。たまたま土地が空いていたからとか言って。しかも、侯爵家なんだから最低でもこのくらいは必要とか言って、グランジェ家よりデカいんだよ。内装なんかも、なんか王宮から派遣された建築家が張り切って取り仕切ってて、俺がまったく口を挟めないと言う。まあ、私室とか執務室なんかの内装はちゃんとこちらの意見を取り入れてくれてるんだが、応接室とか客室とか玄関ホールなんかは任せてほしいって押し切られて……俺としては、出来るだけシンプルにしてくれると有難いんだけど。あと、そんなに金掛けなくていいからね? いくら費用は王宮側が全面的に持つって言ってくれてても、限度があるからね? 本当に、頼むよ?

「何言ってんですか。近衛時代の功績に加えて、お嬢の件でグラフィアスとの国交を結ぶきっかけつくったりしてんじゃないっすか。アレがどれだけの国益に繋がってると思ってんです、向こうにしてみたら今回の件でもまだ全然足りないでしょうよ」

「ええー……」

 あれは俺の所為じゃないと思うんだけどなぁ、エルから宰相紹介してくれってお願いされた結果だし。

 そもそも、俺がエルと知り合ったのだってミサキに紹介されたからだし、ミサキと知り合ったのはウチに出入りしてた行商がきっかけだったわけだし。俺が自分から何かしたわけじゃないんだけどな。

「きっかけはどうだろうと、そこから縁を結んで国交を結ぶまでにいたったのは、旦那の功績でもあるんですよ。つーか、周りはそう見てますね」

「余計な注目はいらん」

 本当に、面倒ごとばっか寄ってきやがるから、嫌なんだよ。後ろでひっそりしてたいんだよ、目立ちたくないんだよ俺はっ。

「旦那が目立たないとか無理な話っしょ」

「俺、何も言ってないよね?」

「口は開いてなかったですね」


 口はってなんだよ、口はって!


 マジでコイツはなんか特殊能力でもあるんじゃないの? 俺が考えてること大体言い当てるし。わかりやすいって言うけど、絶対にそんなことないと思う。

「特別な力なんてないし、何度も何度も何度も何度も言ってますけど、旦那が分かりやすいだけです」

「何度もって強調しすぎだろ!」

「自覚しない旦那が悪い」


 しれっと返しやがったぞ、コノヤロウ!


 普段は俺の扱いが雑なんてもんじゃないのは今に始まった事じゃないが、それにしても、もうちょっと遠慮しろよマジで。ただまあ、コイツが多方面で優秀なのは有名な話でな、名家の当主とかにさえ、自分の従者として迎えたいとか普通に言われるくらいなんだわ。なんで、仮にここを去ったとしても引く手数多だろうから、困る事にはならないだろうと思うよ。引き抜きの話なんてしょっちゅう来てるからね。

 本当にね、外面完璧だし優秀な従者なんだ、コイツ。俺に対しても普段はきちんと主として扱ってくれるし立ててくれるけど、誰の目もなけりゃこんなもんだ。……オカシイな、俺はコイツの主なんだよな?

「心配しなくても、俺の主は旦那だけです」

「だから、心を読むな」

「今更、他に仕えるとか面倒なことは御免ですので」

「それ、面倒だからここにいるって聞こえるんだけど」

「そうとも言いますね」


 あっさり認めるんじゃねーよ、お前!!


 コイツは、本当に……まあ、ザックがいなくなったら俺がパンクするのはわかってるし、今更ザック以外に傍に来られても俺が受け付けないかも。……いや、絶対に無理だな。コイツ以外に俺のプライベートにまで踏み込まれるのは無理だわ。気が休まらん、絶対に。

「ま、俺以外に旦那の従者は務まらないっすよ」

「それもそうだな」


 そこは納得するしかないわ。


 なんだかんだ言いつつも、俺にとっては最高の従者であり、心許せる数少ない友人であり、兄弟同然に育った大切な幼馴染だ。コイツ以外を側仕えとして置く気はないし、その予定もない。そもそも、自分で言うのもなんだが俺もそれなりの高スペックだし、その俺についてこれるヤツなんてそうそういないしな。

 なんにせよ、コイツとの付き合いは一生続くんだろう。

「それはそうと旦那」

「ん?」

「これ、一体何をしたらこの短期間でここまで悪化させられるんですかね?」

「そこは是非、俺も知りたい」

 本当に、なんでこんなことになってんだが。

 もうね、カンタールの領地経営の確認してるんだけど、内容が酷いなんてもんじゃないんだわ、マジで。仮にも当主教育受けてきたはずの人間が仕切ってて、なんでここまでって思うくらい酷い。俺も領地経営に関してはそんな得意じゃないけどさ……基本的に、義父やザックにまかせっきりな部分も多いし。そんな俺でも、さすがにこれはないって思うレベルなんだよ。

「さすが、名君と言われた先々代の功績を悉くぶち壊したポンコツですねぇ」

 ザックがしきりに感心している。感心するな、頼むから。

「いや、もう呆れを通り越して感心しますよ。王家の手が入ってかなり整理が進んだはずなのにコレですよ。意図的にやったってここまで悪化させるのは至難の業だと思いますけど」

「いや、うん。そうなんだけど」

「しかも急激に悪化したの、五、六年くらい前からじゃないですか。王家が介入したのが三年前だから、ホントに数年で没落一歩手前まで悪化させたって事っすよ。なにやらかしたんですか、あのポンコツ」

「五、六年前だと、時期的には嫡男の件か?」

「あ~、時期的にはそうかも。ただアレの件は一応、被害者のひとりってことになってますからねぇ。財政的にはそこまで影響なかったと思いますけど」

 それもそうか。賠償だのなんだのならなかったんなら、そこまで財政を圧迫するような事態にはなっていないだろう。だったら尚の事、なんでいきなりここまで財政が悪化したんだ?


 思わず、ザックと顔を見合わせる。


「……調べます?」

「一応、頼む」

「了解っす」

 すでに王家が介入してるんだから、ヤバい感じなことはないと思うけれど。

 色々心配だし、きっちり調べておいた方がいいだろう。

 パットに引き継がせるまでの暫定的な継承とは言え、継がせるまでに現状のマイナスな状態をゼロにまでは回復させないと。出来ればプラスにしてから渡してやりたい。

 成人を迎えるまではまだ時間はあるけど、うかうかしてると結構あっという間だ。……ああ、そろそろ従者の選定を始めてもいいかもしれないなぁと、ふと思った。


 選定とはいっても、候補はすでにいるんだ。最有力候補が。


 俺の中ではすでに決定事項なんだが、パットの従者にと考えているのはザックの息子。今年で四歳になる。本格的に勉強してもらうのはまだ先でとしても、そろそろパットの従者としてついてくれないかを打診してもいい頃合いかもしれないななんて、考えていたら。

「ああ、そうだ。旦那」

 ふと、思い出したようにザック。

「うん?」

「ウチの息子、今年から本格的に教育を始めることにしました。来年くらいから訓練を兼ねてパトリック坊ちゃんにつけようかと考えてるんで、その許可を」


 これだよ。

 本当にコイツは……これで俺の心読めないとか言っても、信じるわけねーだろ。タイミング良すぎるんだよ、マジで。


「そのままパットの従者になってくれるならいいぞ」

 どうせ、俺から打診するつもりだったんだ。ザックから言ってくれたんなら、乗らない手はない。ちなみにザックには、もう一人今年で八歳になる娘がいるんだが、その子は五歳からウチの護衛達に交じって木剣をぶん回してます。中々に筋が良いです。

「了解です。では、その方向で教育します」

 それではと言い残し、ザックが部屋を出て行く。

 ザックの事だから、数日中に俺の欲しい情報は集めてきてくれるだろう。ついでに解決方法もいくつか用意して提案してくれるだろうから、それ待ちだな。

「本当に、頼りになる従者さまだよ」

 幼馴染であり、親友であり。

 大切な大切な、家族の一人。


 願わくば、この関係が続くことを。

 お互いに爺になっても気安い関係でいられることを、願うよ。

 


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