表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/63

後日談 ~2人の女性の末路~

前半は卒業式の真っ最中。

後半は、約一年後の某国。

**王妃のその後**




 卒業パーティーで騒ぎが起こっていたのと同時刻。

 王宮の一角、王妃の私室では断罪が始まっていた。

「説明していただけますか、王妃殿下」

 王妃の部屋から押収された魔道具の数々。

 一年前まで弟王子に使われていた隷属の呪縛、それと同様の効果を秘めた魔道具。ブレスレットだったり指輪だったりピアスだったりと、かなりの数が白い布の上に並べられていた。

 王太子直属の騎士に拘束され床に座らされている王妃に、リオネルは冷たい視線を向けている。

 王妃付きの侍女はすでに拘束され退出済み。この部屋に、王妃の味方と言える者は一人としていない。

「リ、リオネル。これは一体、なんの真似なの?」

 戸惑いと怒りが混ざったような表情で、自分を見下ろす息子に問いかける。

 お飾りとは言え、一国の王妃だ。普通に考えれば、こんな罪人のごとく騎士に拘束され、膝をつかせるなど有り得ない。しかし、いまそれを指示しているのは王太子。国王に次ぐ権力者だ。

 この時点で王妃が今後、どう扱われるのか決定しているも同然なのだが、残念ながら王妃がそれに気づくことはない。

「いくつか確認したいことがありまして。余計なことをされても面倒なので、拘束させてもらいました」

 息子の言葉に、その冷たい目に。

 いまのこの状況全てが、母親に向けるモノではないことに、ようやく気付いて混乱した。


 その様子を、何の感情も感じさせない表情で、ただ観察しているリオネル。


 今のリオネルには、はっきり言えば怒りしかない。しかし、それを顔に出さないくらいの事は出来る。

 常に自分に素直な王妃には理解できないだろうが、次代であるリオネルは自分の感情をコントロールする術は身に着けている。しかし、本音を言えば怒鳴り散らしたいくらいではあった。

 仲の良かった弟が、自分と徐々に距離を置き始めてから変わっていくのがわかっていたのに、何も出来ずに悩んでいた間。元凶である母は、自分の欲望の為だけに弟を隷属させて支配下に置いていたのだ。


 許せるはずがなかった。


 近い将来、この国を背負う者としても、この件は見過ごすわけにはいかない。事が事だけに公にする事は出来ないが、それでも無罪放免とはいかないし、この先の時間を平穏に過ごさせるつもりもない。きっちりと責任を取らせるつもりだった。

「まずは、あれらの魔道具。所持していた理由をお聞かせ願えますか」

 テーブルの上に、所狭しと置かれた魔道具に視線を送りながら、そう問いかける。

 大半は王妃の元使用人が身に付けていた物。王妃から引き離した後、その多くは安全な場所で今も治療中だ。ほとんどの者は、多少の影響が残ってはいるが順調に回復していっている。しかし、数人はかなり厳しい状態に陥ってしまっていた。

 こちらからの要請に応えてくれたクルキスから派遣されてきた神官たち。彼らが言うには、特に状態が思わしくない数人は、回復までには年単位の時間が必要であり、それでも完全には戻らない可能性が高い。それが、診察と治療にあたってくれた神官たちの見立てだった。

 強制的に隷属させるというのは、そのくらい負荷が掛かる事なのだ。だからこそ、厳しく使用が制限されている。


 それを、一国の王妃が知らないはずがないのだ。いくら政治や情勢に無関心だったとしても。


「我が国では基本的に奴隷制度は廃止されています。例外的に重罪人を鉱山などに送り込む際、逃亡防止の為に使用する以外は。……重罪人にしか使用が認められていない隷属の付与がされている魔道具を、なぜ貴女がお持ちなのですか?」

「な、なんのことかしら?」

「これらの半数は、ここの使用人に着けられていたものを協力者に外していただきました。解析の結果、主と登録されているのは貴女だと判明しています。そして残りの半数が、この部屋を捜索した結果、見つかったものです」

「私は知らないっ、私じゃないわ!」

「貴女ではなかったら、一体誰が? 貴女に従うように設定されているものですよ? 王妃殿下」

「私は貴方の母ですよ!? その私を疑うというの!?」

 必死な形相で訴えてくるが。

 大切な弟をこんなもので縛り付けて自分の意のままに操っていた女を、母だと思えるはずもない。

「おかしなことをおっしゃる。これだけの証拠があり、隷属されていた証人もいるこの状況で、疑うも何もないでしょう」

「私が! 王妃である私が! そんなことをするわけないでしょう!? これはきっと誰かの策略よ!」

「誰の、ですか?」

 冷静に問い返すリオネルに、王妃は言葉を詰まらせた。

 普段から私室で悠々自適に過ごしている王妃だ。接触があるのはその自己愛の強さを利用できないかと企む奸臣や、懇意にしている商人たちのみ。政治的な話も派閥的な話も、縁遠い世界で好き勝手に生きてきたのだ。自分を陥れようとする者がいたとしても感知する術を持たないし、罪を擦り付けられそうな名前すら思い浮かばないのだろう。

 仮にも一国の王妃として、余りにもお粗末すぎる状態だった。もちろん、こんな状態を容認してきた王やその周囲にも責任はある。息子である自分にも。

「政務に関わるでもなく国内貴族との付き合いもほとんどないどころか、他国からの来賓が来てもまともにホスト役もできない。挙句にこんなものを使って周囲の者を自分の思い通りに動かそうなど、まともな人間のする事とは思えませんが。そんな人間を陥れて、一体誰が得をすると言うのです?」

 辛らつな言葉の数々に、王妃の顔が怒りで赤く染まる。

「あ、貴方、母に向かってなんて口の利き方を!」

「母、ねぇ」

 小さく呟き、喚き暴れる王妃を冷たく見下ろす。

 王妃が母親らしい姿を見せた記憶など皆無だ。物心つく頃にはすでに後宮に籠り、悠々自適に過ごしていて、まともに父の手伝いすらしていなかった。たまに構ってくることもあったが、本当に気まぐれに話し相手をするだけ。忙しいながらも時間を作り、父親として接してくれた王と比べても共に過ごした時間は極端に少ない。

 一応、自分を生んでくれた存在ではあるので、これまではそれなりに敬意を払って接してきたつもりではあった。しかし、弟の件が発覚した時点で完全に見限る決意を固めていた。

「貴女がマリウスにした事。気づいていないとでも?」

 そう問いかければ、王妃は目を見開いた。

「あいつのトレードマークと化していたピアス。まさか、あれが魔道具だとは思いませんでしたよ」

「な、なんのことだか」

 そう答えつつも、明らかに視線が泳いでいる。

「惚けるのですか? あれは、マリウスの八歳の誕生日に、貴女が送ったものだ。知らないとは言わせない」

「知らないものは知らないわ! 自分の息子に、そんなことをするはずがないでしょう!?」

「実際に、していたではありませんか。マリウスを自分に逆らえないようにし、事ある毎にレティシア嬢に近づけようとしていたでしょう。貴女が指示している姿を何度もこの目で見ているんですよ」

 レティシアが学園に入学後は、特にそう言った言動は多かった。学園で接触できる可能性が増えた事で、王妃はマリウスに色々と指示していたのだ。ペリーヌを利用しようとしたのも、その一環だったのだろう。

「幸いにも、マリウスは僅かに残っていた自我で何とか抑え込んでいたようですが。……ご存じでしたか? マリウスもかなり限界に近かったんです。昨年のあのタイミングで、シルヴァンが聖女様への道を繋いでくれたからこそ、無事に回復しましたけど。本当に、ギリギリだったんですよ」

「え?」

 王妃の顔が、一瞬呆ける。

「昨年……? なに? あの子、そんな前から呪縛が解けていたの? 聖女って何よ、この国に聖女なんていないじゃない!? どうなってるのよ!?」

 なぜか激高し始めた王妃に、リオネルは呆れていた。

 あれだけ否定しておいて、あっさりと自分がやったことを認める発言をしている。しかも、それに気づいていない。さらに許せないのは、呪縛が解けていたという事だけに意識が集中している点。息子が限界に近かったという事に関しては、気にした様子は皆無だ。

 のせられやすい性格で、今は有難くはあったが。自分がこれの血を引いているのかと、なんとも言えない気持ちになった。

「語るに落ちるとはこのことですね。まあ、それに関してはわかっていたことですから、貴女が否定しようとこちらには証拠は整っています。言い逃れはできませんよ」

 呆れつつもリオネルがそう告げれば、王妃は今更ながらにしまったと言わんばかりの顔に。

 本当にこうも迂闊では、父が早々に表に出さなくなったのは正解だったのだなと、改めて思った。他国とは言え、王族として生を受けてそれなりの教育を受けてきたはずなのに、どうしてここまでと頭が痛くなる。

「そうだ。もうひとつ、確認しておきたいことが」

 ふと、思い出してリオネルが王妃を見据える。

「貴女はなぜ、そうまでしてレティシア嬢を手に入れたかったのです?」

 息子からの問いに、王妃はピクリと反応した。

「おかしな話ですよね。確かにレティシア嬢は幼い頃から美少女と評判で、私たち兄弟とも年が近かった。伯爵家とはいえ、名門グランジェ家の令嬢だ。この国の事情に詳しくない貴女がどちらかの婚約者候補にと考えるのは、まあわかりますよ」

 そう言いながら王妃の前にしゃがみこみ、その顔を見つめる。

「でも、おかしいでしょう。グランジェ伯爵は早々にシルヴァンとの婚約を決めていた。その時点でレティシア嬢が私たちの婚約者候補に挙がる可能性は消えたのです。そもそも、名門グランジェの直系が王家に嫁ぐはずがないんですよ。仮にシルヴァンと婚約していなかったとしても、王家以外で相応しい嫁ぎ先を決めていたはずです。でも、貴女は諦めなかった。なぜです?」

 王妃は答えない。だが、それはリオネルも想定済み。

「……貴女は一時期、近衛騎士だったグランジェ伯爵を自分付きの護衛騎士にしようと色々と画策していたそうですね」

 息子の言葉に、王妃はまともに反応した。

「聞きましたよ、聖女様から。グランジェ伯爵夫人が臥せっていた原因、病ではなく呪詛であったと。もしかして、あれも貴女の仕業ですか」

 自分を追い詰める息子を睨むだけで口を開かない王妃。

「伯爵夫人を亡き者とし、その娘を手中に収めることでルシアンを側に置こうとしたのですか? 娘を人質同然に王宮で囲ってしまえば、ルシアンに抗う術はないでしょうからね」

 淡々と問い詰めるも、王妃は口を開かない。


 この沈黙を、リオネルは肯定と受け止めた。


 立ち上がり、振り向く。この為に、無理を言って同席してもらった協力者。壁際に控えていたその騎士を呼んだ。

「お願いできますか」

 騎士は肩をすくめると、王妃に近づく。

「あまりやりたくはないんですが……最初にご説明した通り、一度でも行使すれば元に戻る保証はできません」

「承知の上です。陛下からも許可は得ています」

「そう言う事でしたら」

 すっと近づく騎士。

 王妃を拘束していた騎士たちも離れ、皆が距離を置く。

 拘束を解かれて立ち上がった王妃ではあったが、周囲を見て怒りの表情を浮かべる。

 逃げようにも周囲は王太子付きの近衛騎士が固めているので、どうにもできない。それが気に入らないのだろう、近づいてくる騎士を睨みつけていた。

 騎士が、あと数歩というところで足を止めた。

「さて。王妃殿下には初めまして、ですかね。私はエルヴィラと申します。グラフィアスの大公妃殿下付きの護衛騎士です。……表向きは、ね」

 そう言い終わると同時、王妃を中心にして魔方陣が浮かび上がり、光の檻が王妃を閉じ込めた。慌てた様子で中で暴れているが、声は一切外に漏れない。

「無駄ですよ。ああ、ご心配なく。貴女の声は外には漏れませんから好きなだけ騒いでください。こちらの声は聞こえていますね? 素直に話していれば苦痛を味わう事もなかったのでしょうが。まあ、ご自分の愚かさを呪ってください」

 うっすらと浮かべる笑みに、見ていたリオネルをはじめ立ち会っていた騎士や文官たちも背筋に冷たいものを感じていた。

「最終確認です。殿下。本当に、よろしいのですね?」

 背を向けたまま、エルヴィラが確認する。

「はい。お願いします」

 迷いなく返事をしたリオネルに、頷いた。


 すっと片手をあげたエルヴィラが光の壁の前で指を鳴らした、瞬間。


 間違いなく絶叫を上げているだろう王妃が床に転がり、のたうち回っている。頭を抱え、悶えるそのさまを顔色を変えて見守る面々。

「彼女の精神に直接干渉してあちらの魔道具に記憶を転写している状態です。ご要望にあったここ十年分との事なので、まあ……相当な苦痛でしょうね」

 何でもない事のように呟くエルヴィラに、顔色は悪いながらも目をそらさず見守っているリオネル。事前にどういった状態になるかは聞いていたので、覚悟はしていた。彼女の言う通り、素直に話してさえくれればこんな方法を取らずに済んだのにという思いを抱きながら。

 顔には出さないものの、その内なる葛藤はエルヴィラには伝わっていたようだ。

「私一人いれば問題ありませんよ」

「いや。依頼したのはこちらです。最後まで見届けます」

 きっぱりと拒否したリオネルに、エルヴィラは意外そうな顔をした。

 だが、すぐに表情を戻す。

「あれは古代魔法の一種です。人の記憶に無理やり干渉するので肉体的な苦痛はありませんが精神への負荷は計り知れない。……正直に言えば、抵抗している人間から十年分の記憶を一気に抜くとなると、間違いなく廃人同然となります」

「あれでも元は他国の王女です。さすがに我が国で処刑はできないし、婚姻時の契約がありますので母国へ戻すこともできません。幽閉以外の選択肢がない以上、大人しくなってくれた方が助かります」

「……なるほど」

 呟き、どこか納得したように頷いた。

 国を最優先と考えることが出来る王族であるならば、たとえ肉親であろうと不安分子は排除するのが当然だ。

「ルシアンから頼まれていますし、大公殿下からも正式に国交を樹立させたのだからと、今回の件で協力することは許可していただいています。……こういった特殊な仕事で手助けが必要な場合はルシアン経由でご相談ください。必ずとは言えませんが、出来得る限りはお力になれるようには検討します。まあ、私が直接手を下すとなると我が主の許可が必須にはなりますが」

「……こういった方法がある事は、知識としては知っていました。ですが、この目で見るのは初めてです」

「まあ、そうでしょうね。ああいった精神系に作用する魔法の大半は、古代魔法と呼ばれる旧時代の知識です。現代の一般的な魔法と比べれば、術式はかなり複雑です。使いこなせる魔導師はほとんどいません」

「ですが、貴女は自由自在に使っている」

「私は少々特殊な環境にいましたので、その所為ですよ」

 目の前の凄惨な光景を見ても顔色一つ変えず、淡々と答えるルシアンの友人にうすら寒いものを感じたリオネルではあったが、国を守る立場にある以上、こういった事も時として必要になる事があるのは理解している。だからこそ、今回のこれも自分の目で最後まで見届ける覚悟をしたのだ。たとえそれで母親の命が失われることになったとしても。

「頃合いですね」

 エルヴィラがスッと手を振ると、光の檻が消失して。

 床には頭を搔きむしった状態で両目を見開いたまま、ピクリとも動かない王妃の姿。

 躊躇する見物者たちをよそにエルヴィラが近づき、状態を確かめる。

「……意外に頑丈だな」

 ぼそっと呟く声。

 しゃがみこんでその顔を覗き込むも、王妃の口からは言葉は発せられていない。呻くようなことが漏れているだけだった。

 一応は死んでいないと言う事実に若干ながらほっとしている様子のリオネルを横目に、記録用の魔道具を確認する。

「ああ、ちゃんと記録できていますね。ただ、最初にご説明した通り、人の記憶というものは必ずしも正確ではありません。自分に都合のいいように塗り替えている場合もあります。すべてを鵜呑みにすのは危険だという事はご承知おきください」

「わかっています。……おい」

 リオネルが控えていた騎士たちに指示を出す。

 扉のひとつが開き、控えていた侍女たちと共に王妃を何処かへと運んでいった。

「王妃殿下の状態ですが」

 エルヴィラがぽそっと口を開いた。

「一応、僅かに自我が残っている状態ではあるようです。ただまあ、正気でいられる時間はそう多くはないかと。……今なら手を加えれば、多少は元に戻る可能性も僅かながらありますが?」

「いえ、必要ありません。王妃は急病で、無期限の療養に入ることになっています」

「ああ、すでに決まっているんですね」

「はい。回復はしないので、このままこちらで用意した場所で、残りの時間を過ごしていただきます」

 きっぱりとリオネルが告げる。

 要するに、王妃はこのまま病気療養に入り、二度と表に出て来ることはない。そして、そう遠くない未来、そのまま病死する事になるのだろう。

「畏まりました。では、アレの使い方は、紹介していただいた魔導師に説明しておきます」

 そう言って一礼すると、さっと退出していった。



 数年後、王太子リオネルが国王として即位してから数か月ほどたった頃。

 リオネルの母である前王妃が、即位の直前に長年の闘病の末に亡くなっていたということが、ひっそりと発表されたのだった。





 **********





 **ヒロインのその後**




 質素な部屋、鉄格子付きの窓。

 ここはアストラガルにある研究施設。特異な魔力や特殊スキルを持つ者が研究対象とされている場所であり、問題を起こしたそういった者たちを隔離するための施設でもある。

 もちろん、非人道的な扱いを受けることはない。生活は保障されているし、素直に研究に協力していればある程度の自由もある。

 ただし、監視の目がなくなることはなかった。


 ペリーヌがここへ連れて来られて一年近くが経つ。あの卒業式の後から自由を奪われ、しばらくしてからここへ連れて来られた。

 当然のことながら、ここへ来る時もペリーヌは大人しく従ったわけではない。しかし、監視を巻いて逃亡することは叶わず、またそんな隙もなかった。

 騎士と魔導師による尋問が何日にもわたって続き、家に帰ることも許されず、王妃と懇意にしていることを口にしても何も変わらない状況に苛立ちが隠せなかった。

 そんな状態がしばらく続いたある日、ペリーヌは唐突に拘束されていた部屋から連れ出された。

 そのまま別の部屋に連れて行かれると、いきなり両手に拘束具を着けられ目隠しをされて、小さな檻のような物に入れられた。


 そんな状態で、どれ程移動したことだろう。


 かなり長い時間を移動していたように思えたが、ようやく目隠しを外された時は、この施設の今自分が暮らしている部屋の中だったのだ。

 そこで初めてここがアストラガルという別大陸にある国だという事を知らされた。

 いつの間にか国外へ、しかも別大陸にある国へと連れてこられたと知ったペリーヌは反発してすぐに逃げ出そうとした。だが、この研究施設は最初に拘束されていた場所よりも遥かに監視が厳しい場所だったのだ。

 自分一人で逃げ出すのは無理そうだし、逃げ出せたとしても故郷に戻る術がない。

 どうにか戻るためには協力者が必要だと考え、学園時代のように自分を助けてくれそうな者を探すことにしたペリーヌ。自分の容姿をもってすれば、すぐに一人や二人は協力してくれるようになるだろうと軽く考えていたのだが、協力者を得られないまま今に至る。


 アストラガルは、魔族が治める国。


 保有する魔力量においては全種族一であり、元々魔法に長けた一族だ。ペリーヌの微弱な魅了など、そもそも効くはずがないのだ。

 それでも、なんとか篭絡出来る人間はいないかとペリーヌもここの職員たちを注意深く観察していたが、そんなことは研究所側にはすべて筒抜け。そもそも、こういった一般的ではない、しかし放置すると厄介なことになりかねない魔法の使い手を研究している施設なのだから、当然のことながらしっかりと対策は取られている。

 それでも諦めず、自分がいかに可哀そうかを訴え続けている。

 シルヴァンの元へ戻るんだ、話せば誤解だってわかってくれる、あんな拒絶の言葉は言わされたに決まっていると、ひたすら繰り返しているペリーヌ。しかし、世話をする職員たちは聞き流すだけで真面に取り合わない。ペリーヌに関するこれまでの経緯は、ここの職員全員に詳細にわたって情報が共有されているのだから当たり前だ。


 微力とはいえ希少な魅了魔法の使い手、しかも自覚のない常時発動型。

 研究対象としては、この上もない貴重なサンプル。


 モルモット的な意味では、とても魅力的な存在であり興味をそそられるのだが、かといって本人に興味を持つ職員はこの施設には存在しなかった。あくまで彼女の持つ珍しい魔法に、研究対象として興味があるだけ。

 しかし、わりと頻繁に、何人もの研究者が会いに来ることもあって、ペリーヌは自分の魅力に惹かれているのではと勘違いしている。だからこそ、ここから出るという事を諦めていないし、篭絡できると何の根拠もなく信じ込んでいるのだ。

 だが、今のこの状況も研究の為、わざとそう思うように仕向けているだけだったりする。要するに、感情の変化で魔法の効果に影響が出るのかを調べているだけだ。


 すべては研究者たちの、掌の上。

 それに気づくことが出来ないペリーヌだった。



「だからね、私は早くここを出て行かないといけないの」

 ペリーヌは自分の部屋を訪れた女性研究員に、先ほどから繰り返しそう訴えていた。

 この研究員、特に親しいわけではないが、同性という事もあり、研究以外でもペリーヌとは接触することが多い。だから余計に、たとえ研究所内であっても自由に動くことが出来ないペリーヌは彼女が来ると待ってましたとばかりに訴える。シルヴァンに会わせろと。

「ねえ、お願い。シルヴァン様だって、きっと待ってくれているの。彼は私が救ってあげないといけないのよ」

 今日もいつも通りに、いつもと変わらぬ内容を訴えてくるペリーヌを、研究員は冷めた目で見ていた。

 事前に共有されていた情報にあった通り、自分に都合のいいことしか信じないし理解しない性格はいまだに健在。これに付きまとわられているなんて、気の毒すぎるというのが彼女の正直な感想だった。

「何度も言っていますが、出かけたいのであれば行先と理由を申請してください。正当な理由があれば許可は下りますから」

「許可なんて下りたことないわよ!」

 苛立ちを隠さずにペリーヌが怒鳴る。それはそうだろう。

 ペリーヌの外出許可が下りないのは、その行先と理由。

 母国へ恋人シルヴァンに会いに行くためと毎回書いているだから、許可など下りるわけがない。それを何度も説明しているのだが、ペリーヌは理解しない。

 彼女の中ではシルヴァンは恋人であり将来の夫であることは決定事項。それは貴女の勝手な思い込みでしかないんだよと周りがいくら諭しても、理解しないし出来ない。なので、申請するたびに却下されているのだが、毎回それでひと悶着起こるのだ。

「虚偽の理由では許可はできません。それ以前に、貴女はこの国から出る事は出来ないと何度も言っているでしょう」

「だったら、シルヴァン様を連れてきてよ! もうずっと会えてないのよ!」

 向こうは貴女の存在など当の昔に忘れているでしょうよと、言ってしまいたくなるのをぐっと堪える。

 本当に、貴重な研究対象ではなかったら関わりあいたくない人種だった。上からは、あまり刺激しないようにと言われているので、普段は何を言われても軽く流すだけにしている。こうして日に数回、経過観察を兼ねて接触しなければならないのも、はっきり言って面倒ではあった。


 いつもなら適当に相槌を打ってさっさと退出するのだが、この日は違った。


「……シルヴァン・グランジェ卿は、来年の春に正式に伯爵位を継承するそうです」

 いつもは必要最低限の事しか喋らない研究員がそう言い、ペリーヌは驚いた。しかも、大事なシルヴァンに関する情報。

 ペリーヌはこの時点で、この研究員を勝手に自分の味方だと認識したようだ。

「そうなの? あ! じゃあ、伯爵になったら迎えに来てくれるって事? きっとそうなのね!」

 勝手に色々と自分にとって都合のいい方に考えるのも、変わらないなと研究員は呆れた。いま伝えた情報だけで、どうしてそうも自分にだけ都合がいいように変換できるのかと。

 しかし、彼女はペリーヌに希望を持たせるためにそれを教えたわけではない。むしろ。

「奥様が第一子を妊娠中とのことですので。出産後、しばらく時間をおいてからお子様のお披露目と一緒に爵位を継承なさるようです」

「え?」

「いまや愛妻家として有名なようですよ。奥様のご懐妊を知って今まで以上に溺愛なさってるそうですから」

 淡々と説明する研究員に、ペリーヌは理解できないと言わんばかりの表情。

 実際、理解したくなかったのだ。シルヴァンが自分以外と子供を作るだなど。結婚したとは言っても、学園時代はずっと白い結婚のままだと知っていたから、まだ自分にチャンスはあるはずだと、今この時まで信じていた。

「こど……も? や、やだ、なんの冗談」

「冗談ではありませんよ。次の秋ごろの出産予定だそうです」

「う、そ」

 呆然と呟いた次の瞬間。

 その顔が、怒りに赤く染まった。

「冗談じゃないわよ、有り得ないわそんなこと!! なんでシルヴァン様の子を悪役令嬢が生むのよ!? おかしいでしょ、それは私の役目なのよ!! 私が! シルヴァン様に愛されるべきなのよ!!」

 ここ最近はしおらしくしていたペリーヌ。言動は相変わらずだしシルヴァンへの執着も変わらずではあったが、研究には協力的な姿勢を見せていたので、もう少し行動制限を緩くしてもいのではという意見が一部から上がっていたのだ。

 だが、大半は大人しくして機会をうかがっているだけだろうと考えていた。今まさに、それが証明された形だ。


 事実を伝えたら、本性が見れるのでは。


 そんなある人物の提案に乗って、ペリーヌが一番気を許しているだろうこの研究員が事実を伝えに来たのだが、効果覿面だったようだ。あまりにも予想通りの反応に、思わず溜息がこぼれる。

 ただ、こうなると何を言ってもしばらく治まらないのはわかっているので、わめくペリーヌを無視してさっさと退出した。

 先ほどのやり取りは、少し離れた部屋で他の研究員たちも見ている。今頃は間違いなく【更生の可能性なし】との判断が下されている事だろう。

「伯爵もお人が悪い」

 研究員のつぶやきは、ペリーヌの耳の届くことはなかった。




「全っ然、変わってねーじゃん」

「旦那」

 思わず素で呟いたルシアンに、ザックが小声で注意する。

 しまったと言わんばかりの顔をするルシアンに、同席していた一同は気にする様子もなく頷いていた。

「一年も隔離されていれば、多少は認識を改めるかと思ったんだけどねぇ……」

 呆れ顔で呟いたのは、グラフィアスの大公ミハエル。この施設がグラフィアスとアストラガルの共同事業の一環で建設された関係で、今回もこうして来ている。

「ここしばらく、表面上は大人しく従順なふりをしていたがね。アレに改心を求めるのは無理ではないか? 自分が世界の中心という前提を捨てることができない以上、どうにもならんだろう」

 こちらも呆れた様子の魔王弟アシュタロト。一応、この施設の責任者的な役割もになっている為、今回同席していた。

 それから、ふと思い出したようにルシアンに顔を向ける。

「アレの相手を三年とは……」

 思いっきり同情を込められた目を向けられ、ルシアンから乾いた笑いがこぼれた。

 実際、ルシアンも共にいるザックも、ペリーヌには散々迷惑を掛けられた。特にザックは監視は勿論、ルシアンの補佐からレティシアの護衛やその他諸々でも忙しく働いていたこともあり、ペリーヌの事も良く知っている。

「まあ、これではっきりした。彼女に関しては行動制限の緩和・解除は許可できない」

「そうだね。先の事はわからないが、あの様子では変わることはないだろう。これまで通りの態勢で監視しつつ、様子を見ることになるかな。やれやれ、彼女の本当の両親の希望を叶えられる日は来ないようだねぇ」

 手にした手紙に視線を落としつつ、ミハエルが呟く。

 ペリーヌの本当の両親は、彼女が起こした数々の事を知って卒倒しかけたようだが、それでも男爵家へ行くことを止めなかった自分達にも責任があると考えているようだった。これ以上は周りに迷惑をかけられないから、娘を連れてどこか他の国へ行く、二度と戻らないからどうか許してほしいと言った内容の手紙が、定期的に届いている。

 それもあり、今回は経過を確認するためにこうして当事者の一人であるルシアンを招いて様子を見ることにしたのだ。ペリーヌと関わっていた彼であれば、彼女が何かを隠して演技していたとしても気づくのではないかと考えて。


 結果として、そんなの必要はなかったが。


「ご両親には気の毒ですが、彼女を解放するのは危険だと思いますよ。我々のように魔道具等で対処できればそこまで脅威にはなりませんが、そうではない者からしたらかなり危険かと」

 ルシアンが言うと、二人は頷いた。

「うん、そうだね。そこはグランジェ卿の懸念が正しいだろう。という事で、やはり当面は現状の体制をを継続という事かな」

 ミハイルの提案に、アシュタロトが頷く。

「それがよかろう。職員には私から通達しておこう」




 貴重な研究対象として、アストラガルの研究施設で生涯を終えたペリーヌ。

 無自覚なままの魅了魔法を常時発動していた影響か、二十代の後半に差し掛かったころから急激に老化が進み、四十を迎えることなく老衰によってこの世を去った。

 彼女は亡くなる直前まで、自分の運命の人と思い込んでいた令息の元へ帰る事を諦めずにいたのだが、最後の数年は妄想と現実の区別もつかなくなっていたようだ。


 自分の作り上げた妄想の中で穏やかに生涯を終えることが出来たのは、ある意味、幸せだったのかもしれない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ