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49 理想(ゲーム)と現実


 始まりましたよ、卒業記念パーティー。

 これが終われば、みんなそれぞれの道を行くことになるので、全員で集まる最後の機会。

 流れる曲に合わせて踊る者、集まって談笑している者と、それぞれ思い思いに過ごしている。そんな中で愛娘はクラスメイト達と楽しそうにお話し中。もちろん、その隣にはシルヴァンが張り付いていますが何か。


 ……息子君、そこまでべったりくっつかなくてもいいんじゃないかな。さすがにちょっとレティも動きにくそうだよ?


 まあ、シルヴァンが何を警戒しているのかはわかってるから、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。レティのクラスメイトはいつもの事って感じで平然としているけど、交流がなかった生徒たちなんか、ちょくちょく二度見してる。

 わかるよー、レティの前以外じゃ基本的に無表情なシルヴァンが、蕩けるような笑みでレティを見てるんだもん、我が目を疑いたくなるだろうさ。特に騎士科で世話になった連中。シルヴァン、追試や補講対象になった生徒連中を一人も脱落させることなく、卒業まで行かせたからね。もちろんシルヴァンだけの功績じゃないけど、役割的にはかなりの影響を及ぼしているはず。かなり厳しくやったとは聞いている。


 でもまあ、今はそんなことはどうでもいいんだよ。

 なんかね、パーティ始まってだいぶ経つんだけど、いまだにヒロインの姿が見えないんだけど気のせいかな。


 そんなことを考えていた時だった。

「!?」

 突如、会場全体を包むような魔力に、背筋がぞわりと泡立つ。

 それと同時。入口からゆっくりと見慣れた姿。

「やっと来たか」

 呟き、周囲の様子を窺う。

 バロー嬢、近づいてきた騎士科の下僕どもと何やら話をしているが、視線はちらちらとシルヴァンがいる方へいってる。

 しばらく談笑していたが、やがて下僕六人がそれぞれの方向へと歩き始めた。

「……くるな」

 向かっている方向は、ザックが調べてくれた魔石が仕込まれている場所。

 発動させる条件が分からなかったんだが、この感じだと六ヶ所同時に何かしなければならないのかもしれない。

 気持ち的には焦るが、見守る事に徹する。


 そして、それは起こった。


 会場がざわりとする。

 フロア全体に浮かんだ魔法陣、それが淡く光ってその上にいる生徒たちを包み込む。

 そして、光に包まれた生徒、十人強だろうか。バロー嬢の方へと歩いて行き、その後ろに立った。下僕連中と合わせると、二十人は超えていそうな人数だ。


 バロー嬢の顔が悦に入る。


「発動条件の三つ目。一定数以上の支持者、か。やはりこれを狙っての事だったか」

 仕掛けられた魔法陣は、魅了の効力を増幅させるもの。そして、バロー嬢は魔法陣の起動と共にこのフロア全体を包み込むほどの魅了魔法を展開した。

 元々、攻略対象者以外には効果の薄い魅了だ。普通に使っただけでは無理と判断して、この方法を取ったんだろう。……どこでこんな方法を知ったのかはわからないが、厄介なことこの上もない。


 そして、バロー嬢が一歩前に出る。

 手にしている、アレは。


「さあ、シルヴァン様! 思い出して、誰を愛するべきなのかを!」

 魔道具から、増幅された魔力に波がぶわっと広がり、会場全体を包み込む。

 ざわつく会場、バロー嬢はまっすぐにシルヴァンを見つめているが。

 眉間に皺を寄せたシルヴァン、ぐいっとレティの腰を抱き寄せた。その姿に、大丈夫とは思っていたけど、安堵で思わず大きく息を吐いた。

「え?」

 そしてバロー嬢、訳が分からないって顔してる。そりゃそうだろうよ、ゲームなら発動させた時点で対象とのハッピーエンドが約束されているんだから。

 バロー嬢が手にしている、ゲーム内では救済アイテムと呼ばれている魔道具。これ、シルヴァンルートの難易度の高さに一部のユーザーから苦情が凄かったらしくて、救済措置として、なんだかの購入特典で手に入るアイテムなんだそうだ。ただ、これを使えるようになるのって本当に終了間近なので、使えば結果的には攻略は出来るけど、途中のお楽しみであるイベントやその他でのシルヴァンとの甘々は見れないってんで、賛否両論だったらしい。

「な、なんで? え?」

 バロー嬢が再び魔道具を発動させるも、結果は同じ。まさか、そんなチートアイテムが本当に存在するとは思わなかったが……過去の遺物っぽいんだけど、出所は調べないとだな。

 魔道具の標的にされているシルヴァンは、不快そうにしながらもレティを離さない。見た感じではわからないが、恐らく何か感じているんだろう。周りで見てる卒業生たちは何が起こっているのかわからずにぽかんとしてる。

 ただ、そんな生徒たちとは違い、密かに警備についていた後輩どもは完全に臨戦態勢。一応、あいつらには精神系の耐性が上がる魔道具を持たせてあったから、それが反応したんだろう。


 バロー嬢が色々と仕掛けていることを知り、こっちだって対策を練っていたわけだ。コイツが事前に仕掛けていた魔法陣も当然のことながら解析済みの対策済み。


 万全の態勢で俺たちもこの場にいるんだよ、ヒロイン。


「どうして……どうして!? 救済アイテムの条件は満たしているじゃない! どうして発動しないの!?」

 もはや悲鳴に近いバロー嬢の叫び。

 事前に説明していた教師陣により、関係のない生徒たちが退出させられる中、必死に何度も魔道具を発動させるバロー嬢。

 魔道具は、間違いなく正常に動作している。バロー嬢の望む結果にはなってないってだけで。


 まあ、無駄だよな。だってさっきバロー嬢に従うように移動していった連中、こっちの仕込みだもん。


 最悪の場合を想定し、油断を誘う意味もあって最後まで騙す方向で準備を進めていた。

 今日、会場にいた全員に入り口で配った花、あれはエルの手によって一時的に状態異常回避の付与が施された魔道具。……あいつ、一時的というか短時間であれば、普通は魔道具化できるはずがない生花なんかにも付与をつけられるらしいんだよ。オカシイだろなんでそんなことできんだよ。今回は助かったけど。

 まあ、エルは疲れたっつってたんで、先に戻って休んでもらってる。なんで、この先は不測の事態が起こったら俺が対処せにゃならんのだが、ここまで手を貸してもらって今更しくじるわけにはいかい。

 とはいえ、この先はシルヴァンたちに任せることになっているから、俺は傍観。もちろん、ヤバそうなら介入するが、基本はあの子たちが対処することになってるんだ。色々とね、言いたいことや聞きたいことがあるらしいんだよね、あの子たちにも。


 シルヴァン、レティ。しっかり引導を渡してやりなさい。


「こんな……こんなはずじゃ……!」

 何度も連続で発動させていたせいもあるんだろうが、魔道具が発動しなくなった。恐らく連続で起動させたことによる負荷で、魔石か魔道具本体かはわからんが一時的に機能停止状態に陥ってんだろうな。

 だが、それに気づかず尚も起動させようと躍起になってるバロー嬢。その間にも、応援を頼んでいた後輩どもはいつでもバロー嬢を拘束できるようにスタンバイ。微妙に距離詰めてるが、魔道具に気が行ってるバロー嬢は気づかない。

「なにが、したかったのですか?」

 凛とした声が響いた。

 どうやら愛娘が最初に出るようです。まあ、シルヴァンがガッチリとレティの腰に腕を回してはいるがな。

「学園でも、貴女は色々なことを私の所為にして、責めるようなことをおっしゃっていました。とっても迷惑だったんです、理由くらい教えていただけませんか?」

 いつもの、ほわほわした雰囲気のレティではなく。ここぞという時だけではあるけどこんな感じに凛とした姿は、やっぱり俺の娘だなぁと思う。

 しかし、バロー嬢は気に障ったらしい。

「なんなのよ! だいたい、あんたがゲーム通りに動かないから! なんで悪役令嬢がシルヴァン様とくっついてんのよ!!」

「……なにをもって私を悪役とおっしゃっているのかはわかりませんが。貴女がこれまでに私に対して、してきたことを考えれば、悪役と言われるのはそちらでしょう」

「なんですって!?」

「学園での三年間、貴女と交流と呼べるような関りは一切ありませんでした。知り合いでもない上に、専攻も違うし学舎も違うのだから当然ですよね。貴女の事はシルヴァンに絡んでくる女生徒の一人として認識はしていましたが、それだけです。そもそも、授業以外で私が魔法科の学舎へ行ったことなど皆無なのですけれど」

「うるさい! あんたはゲームで悪役令嬢って決まってんのよ! ヒロインである私が、望んだとおりのキャラと一緒になる為に、親密度を上げるためにだけに存在するキャラなのよ! それなのに私の邪魔するなんて!!」

「邪魔をされたことはあっても、邪魔をした覚えはありません」

「ふざけんじゃないわよ、私がシルヴァン様に近づけないように、あんたが何かしてたんでしょ!?」

「何もしていません」

「だいたい、なんでゲーム通りに動かないのよ!? そもそもあんた、第二王子の婚約者なハズでしょ!!」

「そのような事実はありません」

 レティ、きっぱり否定。

 なんつーか……見てると激昂するバロー嬢に対して、レティはあくまで冷静だね。ただ、レティはバロー嬢が何を言っているのかわかってない部分も多いようで、心底不思議そうな顔をして小首を傾げている。まあ、普通に意味わからんよな。

「ゲーム……第二王子殿下と婚約、ですか? 私には、貴女が何を言ってるのかちょっとわからないのですが……シルヴァン、わかる?」

 首をひねってシルヴァンを見上げるレティ。

 当然、シルヴァンはヒロインの言ってることは大体理解しているだろうよ。俺がそこそこ詳細に話して聞かせているし。

 だが、この場では首を横に振った。うん、そうだね。下手に知ってるなんてことは明言しないほうがいいよ。じゃないと、事情を知らない連中にバロー嬢の同類と思われかねない。

 そして、バロー嬢はこのやり取りも気に入らなかった様子。目が吊り上がった。

「ちょっと! いい加減、シルヴァン様から離れなさいよ!!」

「シルヴァンが放してくれなければ無理です」

 レティのド正論に、バロー嬢が奇声を発してる。

 いや、見りゃわかんだろと言いたい。どっからどう見てもシルヴァンがレティを捕獲してんだろーが。……捕獲って言い方は良くないか、でもそんな感じだし。

 たまーに、とんでもなく積極的に行動する事があるからね、ウチの子。シルヴァンもそれを警戒してレティを捕獲してんだろうよ。

「シルヴァン様!!」

 お、ターゲットがシルヴァンに移動。

 いやいやシルヴァン、そんなあからさまに眉間に皺を寄せない。もうちょっと抑えなさい、息子君。

「目を覚ましてください、シルヴァン様! 貴方が結ばれるべき相手は私であって、そんな悪役令嬢なんかじゃないんです!」

 必死な形相で訴えているが。

 うん、シルヴァンの眉間の皺が深くなっただけだね。

 対して、レティはやっぱり不思議そうな顔。シルヴァンが裏切るはずがないってわかってるから不安はないようだが、バロー嬢の言ってることが意味不明すぎてどう反応したらいいのかわからないんだと思う。……レティにも、もうちょっと説明しておくべきだったかな。あの子に余計な情報与えると、別方向に暴走しそうだったんで止めたんだけど。

「彼女はああ言ってるけど?」

「やめてくれ」

 うんざりした様子で、レティを腕の中に閉じ込める。

 それを見たバロー嬢、また奇声。シルヴァン、わざとやってんだろうけど、煽るのは程々に。

「シルヴァン様!」

「私は貴女に、名を呼ぶことを許した覚えはない」

 不機嫌全開で、シルヴァン。

 しかしヒロイン、応えてくれたことが嬉しかったようで顔を輝かせています。……違うだろ。なんでだよ、あれっだけ露骨に嫌そうな顔してんじゃねーかシルヴァン。アレでなんで喜べるんだよ、無駄にポジティブだよなコイツ。

「この機会にはっきり言わせてもらう。私は貴女に対しては嫌悪しかない」

 ドきっぱり言い切ったシルヴァンに、さすがにショックを受けているらしいバロー嬢。

「ゲームだか何だか知らないが、貴女の妄想に付き合う気はない」

「もっ……! 違う、妄想なんかじゃない! ここはゲームの世界で、私は、私がヒロインなんです!」

 必死なバロー嬢に、シルヴァンは眉間に皺を寄せるだけ。

「私が選んだ攻略対象は、私と結ばれる運命なんです! 私は最初からシルヴァン様だけをっ」

「それがどうした」

 問い返すシルヴァンの声は冷たい。

「私の最愛はレティシアであって、貴女ではない。そもそも、碌に知りもしない貴女に興味などなかったが、レティシアへの暴言の数々、冤罪を誘発しようとしたことを含め、今は嫌悪しかない」

「そんなっ!」

 悲痛な声。今にも泣きそうだけど、どう考えても自業自得だろ。

 レティは悪役という思い込みを前提に動いてたんだ、シルヴァンの好感度なんて上がるはずがない。というかね、入学式の時に呟いた悪役令嬢っての、シルヴァン聞こえてたからね。もう、あの瞬間から好感度なんて上がるどころかマイナス、もしくはえぐれてたんじゃないかと思うぞ。

「おかしいです、こんなっ! ヒロインはみんなに愛されて、その中から最愛を選ぶんです! ヒロインである私が貴方を選んだんですよ!?」

「私には関係のない話だ」

「シルヴァン様!」

 バロー嬢がシルヴァンに駆け寄ろうとした、その時。

 すっと、目の前でクロスした抜き身の剣にバロー嬢が一瞬、硬直して。小さく、悲鳴を上げて後退った。

 ナイスだ後輩ども。絶対に二人に近づけるなよ。

「な、なんですか貴方たち!」


 おお、まだ強気だな。


「邪魔しないで!」

 そう言いながら、魔道具を……って、まだそれ使う気なのかよお前。

 少し休ませたせいか、まだ魔道具が起動したが。

 まあ、何も起こらんよな。

「どうして……!」

 変化を見せない周囲の態度に、苛立ってる様子のバロー嬢。

 まあ、その魔道具が正しく起動していれば、今この空間にいる連中は自分の味方になるはずだってわかってるもんな。そして、その味方が多ければ多い程、ターゲットとなった攻略対象のヒロインに対する好感度は上がる、と。

 救済アイテムとはいえ、本当にとんでもないアイテムを追加してくれたもんだよ。しかも、実在してたから始末が悪い。こんなところまでゲーム通りじゃなくてもいいっつーの。

「この……!」

 癇癪を起こしたらしいバロー嬢が、魔道具を床に叩きつけた。……あーあ、ちょっともったいない、解析してみたかったんだけどなぁ。バラッバラになってら。あれじゃあ、仕込んである術式も無事ではないだろうけど……後で回収しておこう。

「シルヴァン様! お願い、目を覚まして!!」


 まだ言うか。


 本当に、諦めが悪い。まあ、バロー嬢も必死なんだろうが、そろそろここはゲームの中じゃなくて現実だって理解してくんねーかな。

「貴方の孤独を癒してあげられるのは私だけ! 私しか貴方を救えないんです!!」

 本当に必死だな、バロー嬢。後輩どもが警戒を崩さないから、その場で叫ぶしかないのはわかるんだけどさ。

「私、王妃様と仲が良いんです! 私なら貴方をカンタール侯爵家の後継者に戻してあげられるわ。だからっ」

「いい加減にしてくれないか」

 溜息を吐き出しつつ、シルヴァンが口を開いた。

「確かに私の生家はカンタールだが、今はあの家とは何の関係もない。愛着も未練もない。私はグランジェ家の後継としての自分に誇りを持っている」

「でも、それはっ」

「私が親と認識しているのはグランジェの両親だけだ。そもそも、王妃殿下も今頃は無事ではないだろう」

「え? それ、どういう」

 困惑した様子のバロー嬢。

 バロー嬢にしてみれば、今のこの状態は完全に想定外だろうよ。普通に考えれば、一国の王妃殿下っていう最高位に近い権力者に伝手がある時点で、かなりの切り札となり得る。すり寄りたい奴はいくらでもいるだろうし、そういった連中相手に有利な取引をすることも可能だろうさ。……この国の王妃じゃなければ、な。

 我が国の王妃がお飾りにもならない役立たずってのは、情けない話だが割と知れ渡っている事実だ。そんな王妃と仲が良いと言ったところで、だから何ってのが正直なところ。というかまあ、王宮では今頃、王太子殿下が主導して大ナタを振るってるだろう。

「貴女には関係のないことだ。ああ、そうだった。先ほどの発言、否定させてもらう」

「え?」

「私は父上が迎えに来てくれたあの時から今に至るまで、孤独など感じたことはない。そんな暇などないくらい、大切に育ててもらった。今の私があるのはグランジェの両親を始めとした私の周りにいる人たちがいたからこそ」

「それ……まって、そんなのおかしい! そもそも、どうしてシルヴァン様がグランジェ家にいるの!? そんな設定、ゲームにはなかった! 貴方はカンタール家で両親に虐待されて育ったのよ! だから人間不信で、でも人一倍温かい家庭に憧れていて」

「それは、誰の話だ?」

 必死な形相で説明するバロー嬢を遮り、シルヴァンが訪ねた。

 バロー嬢は質問の意味が分からないのか、困惑しているのが見て取れる。

「誰って……だから、貴方の事です!」

「貴女が語っているそれは、シルヴァン・カンタールだろう」

「そうです! 貴方ですよ!」

 肯定するバロー嬢に、シルヴァン思いっきり溜息を吐き出した。

 うん、気持ちはわかるけどな。呆れるのは仕方ないんだけど、もうちょっとだから頑張れ。

「それは私ではない」

「何を言ってるんですか!? 貴方は」

「私の名は、シルヴァン・グランジェだ」

 きっぱりと、シルヴァンが告げる。

 一方、バロー嬢は怪訝そうな顔。……わかってねーな、これ。

 シルヴァンは、バロー嬢が語る自分と今ここにいる自分は違うと言ってるんだが、どうやらご理解いただけないらしい。もしくはわかっているが、わからない振りをしているのか。……振りじゃねーだろ、あれ。絶対に理解してない。

「だ、だから、それは仮の名前でしょう? 貴方はカンタール侯爵家の跡取りで」

「先ほども言ったが、私はカンタールの家とは無関係だ。私の名は、シルヴァン・グランジェ。グランジェ家に迎えられた年、父上の持つ男爵位を継がせていただいた時に家名も変更している。この国に、シルヴァン・カンタールという人間は存在しない」

「そ、そんなはずない! そんな設定はなかったもの、そんな」

「だから、違うと言っている。その設定というのが何を指しているのかは知らないが、私はシルヴァン・グランジェであり、それ以外の何者でもない。敬愛する両親と愛しい妻が傍にいるというに、なぜ私が孤独だなどと言うのか理解に苦しむ」

「シ、シルヴァン、様」

 信じられないって顔でバロー嬢が呟いているが……そろそろ現実を見れるようになったか? ここはゲームの中じゃねーぞ、いい加減気づけ。

「そんな、はず……ちがうちがう! 貴方はシルヴァン・カンタールで、攻略対象の一人で! 私に選ばれた貴方は、私と一緒になって幸せになるの! そうじゃなきゃおかしいのよ、私は貴方と幸せになる為にこの世界で生まれたはずなのよ!? そうじゃなかったら、何のためにここにいるのよ! ヒロインである私が、どうして!!」

 泣き喚き、必死に訴えるバロー嬢に対し、シルヴァンは相変わらず警戒を崩さないままにレティをガッチリと腕の中に閉じ込めている。レティはバロー嬢が気になって仕方ないらしく、傍に行きたい様子なのだが、シルヴァンが放さないのでどうしようもない。というかレティ……気にしないでいいから、それは。今だって散々なこと言われてたでしょーが。この三年間、悪意を向けられ続けた相手だというのに、本当にウチの子はお人好しというか。

 だがまあ、切り札だった魔道具が不発に終わった今、もうバロー嬢に出来ることはないとは思うけど。近づくのはやめなさいね。

 そして、今のこの状況。

「ゲームオーバー、だな」

 ぽつりと呟く。

 バロー嬢も、もしかしたら前世の記憶なんてものを抱えていた所為で、自分でも気づかずに孤独を抱えていたのかもしれない。自分が生きていた世界ではないここの場所で、あまりに違う生活に戸惑う事もあったんじゃないだろうか。


 だが、それでも同情することはできない。

 

 ゲームの世界観とここが同じだとしても、ゲームのようにすべてにおいて選択肢の中から選んで未来が決まるなんてことはない。自分で動き、考え、時に立ち止り、間違い躓きながらも、自分なりに答えを出して先へと繋げていく。

 この世界で生まれたのなら、バロー嬢だってそうやって生きてきたはずだ。ゲームの開始が学園入学からなのだから、その前はゲームとは全く関係のない世界。


 それを、わかっていたはずなんだ。


「前提条件を変える行動を取っていた俺が言う事じゃないかもしれないが……現実を見ていれば、こうはならなかっただろうな」

 そこに尽きる。

 そもそも俺が前世の記憶を取り戻した時にはすでに、シルヴァンは我が家にいた。この時点でゲームとは違っていたんだ。記憶をもとに変えたのではなく、すでに違った未来へと繋がっていた。

「まあ、あれほどにシルヴァンに執着している時点で、この結果は必然、だったかもな。……哀れに思わなくもないが、ここまでだ」

 後輩どもに合図を送る。

 一人が頷き、バロー嬢の前に立った。

「ペリーヌ・バロー男爵令嬢。禁呪である魅了魔法の使用及び、不特定多数を狙った魔道具の所持に関して、捕縛命令が出ている。大人しく同行してもらおう」

「ほ、ばく……?」

 泣き崩れていたバロー嬢が、茫然と呟く。捕縛の意味が分かっていないらしい。

「この部屋に施した仕掛けについても説明してもらう。連れて行け」

 両脇から腕を取って立たせ、バロー嬢の足が縺れようとお構いなしに歩かせる。

 まだ呆然としているバロー嬢はどこか呆然としたまま、連行されて行った。部屋から出させるとき、ちらりと縋るような目をシルヴァンに向けいていたが、シルヴァンの視線はレティに固定中。気づかれることもなかった。


「終わった、か」

 連行されるヒロインの後ろ姿を見ながら、ぽつりと呟く。

 これで、ゲームは終了。ゲームならヒロインのバットエンドで終了、というところだろう。


 前世の記憶が蘇ってから、十五年。

 

 家族を失いたくなくて頑張ってきた日々が、ようやく報われた気がする。

 ある意味、俺もゲームに縛られていたと言える十五年。でも、後悔はない。愛娘を、エレーヌを守る事が出来たし、シルヴァンという可愛い息子も出来た。


 もう、何も恐れる必要はない。

 この先は、全て自分たちの手で。


 ああ……やっと、解放された。



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