45 年末は忙しいながらも平穏に
年末が近づいて一段と冷え込むようになったが、レティの学園生活はとても平穏です。
一か月ばかりエルがメインで護衛をしてくれていた影響がでかいんだろうけど、本当にトラブル少ないらしいですよ。なんか、ヒロインもあまり近づいては来ないみたいで、ディオンが逆に気味が悪いとか言ってた。まあ、今までが今までだったからね、いきなり大人しくなられても、何企んでんだっなるよね。実際、何か企んでんだろうけどさ。
で、レティの状況なんですが。
一時的にとはいえエルが護衛についていた事によって、あいつとんでもねー大物と懇意なのでは、みたいな噂が流れたらしく、警戒されまくってるようです。特にバロー嬢の信者たち、親からかなりきつく注意を受けたんだって。下手につついて飛び火したらたまらんと思ったんだろうね。
そして、レティも順調に目標へと近づいていますよ。
希望している近衛の後方部隊、その一次試験は突破済みで後は実技のみ。いまはそれに向けて準備に余念がありません、愛娘。
ただまあ、別の問題も出てきていたりするんだがな。
ただいまその件で、娘から相談を受けております。
「それでね、お父さま。先生たちが卒業後に講義をっておっしゃっていて……でも私、後方部隊に行ったら、そんな時間ないと思うの。おじさまからもね、最初の二年は座学が中心になるからって言われていて」
うんうん、そうだね。近衛に入るとなると、礼儀作法だけをみても、貴族令嬢が身に着けているそれでは足りないんだよ。各国の王侯貴族と接する機会がある以上、その辺りの対応力も身に着けないといかん。国によっては特殊な作法とかもあるから、知識も必須。そこは後方部隊だろうと変わらない。
やらなきゃならんことは、いくらでもあるんだよ。
「お父さまが最年少で近衛騎士になったのは、おじいさまから必要なことを事前に教えて頂いていたからでしょう? でも、私はこれから学ぶのだし、シルヴァンだって最初は二年間の見習い期間を設けていたわ。そんな簡単に済むことではないと思うの」
そうだね。ただ、シルヴァンは自主的に努力を重ねて、一年でその辺りをクリアしちゃったけど。おかげで今年度からはリオネル殿下の側近兼護衛としてすでに稼働してるしな。レティの件があるから、今はまだかなり色々な面で融通してもらってはいるが。
ああ、近衛の見習い期間が二年ってのは、普通の事です。この二年間で王族のみならず国賓の警護を卒なくこなせるようにならなくてはならないので、結構厳しいんだよ。この期間で近衛騎士に求められる水準に達することができなければ、近衛以外に転属が決定となる。
脳筋じゃ務まらんのよ、近衛は。
俺やシルヴァンを見ているから、レティもその辺りの事はちゃんと理解している。だからこそ、余計に受けるという選択肢はないんだろう。向こうはシルヴァンが出来たんだからって考えているのかもしれないが、シルヴァンと比べんな。シルヴァンは、はっきり言って別格だから!
「うん、レティの懸念は正しいと思うよ。騎士科に行っていれば、ある程度の基礎は学んでいるだろうけど。その点、レティは間違いなく後れを取っているからね」
「そうよね。私もそう思ったの。だから、先生方にはお断りしたのだけれど」
「食い下がられたかな?」
尋ねると、レティは頷いた。
うん。予想はしてた。してたけど、ふざけんな教師どもっ!
シルヴァンの時は、あの子自身が迷っていたこともあったから俺も好きにしなさいって言ったけどさ。レティは、はっきりきっぱり断ってんだろーが、さっさと諦めろ頼むから。レティの邪魔すんじゃねーよ、自分達の欲求を優先すんな。
「わかった。私からも断りを入れておくよ」
「ありがとう、お父さま。それと、お忙しいのにごめんなさい。お手間取らせてしまって」
ちょっと、しゅんとなってるレティがめちゃくちゃ可愛いんですがっ!!
いやいや、レティは気にしなくていいんだよ。教師どもが聞き分けないだけなんだからね、気にしちゃいけません。むしろ怒っていいよ、あいつらに。
「この程度、手間でも何でもないよ。それより登用の実技試験が近いけれど、調子はどうかな?」
「はい、大丈夫です。お父さまにも色々と教えて頂いたもの、絶対に合格して見せます!」
おお、力強い宣言。
いいねぇ、その調子で頑張りなさい。万が一ダメだったとしても、これまで勉強してきたことは決して無駄にはならないからね!
実際には無駄どころか、妙な方向に突き抜けつつあるけどな。
あんな防御結界が使えるようになっている時点で、試験なんて形式上の建前。希望を近衛の後方部隊に絞って書類を提出した時点ですでに入団は決定事項だったし、なんだったら試験免除でもいいよって連絡が俺には来てたんだけど、本人には言ってないよ。試験頑張るって張り切ってんだから、余計な事すんなと団長たちには釘さしておいた。レティは自分の力で合格を勝ち取りたいんだから、ちゃんと手順は踏ませてあげて。審査も厳正にと言ってある。
「そうか。悔いの残らないように、頑張りなさい」
「はい! お父さま、受かったらお祝いしてね」
にこっと、可愛くおねだりされました。
もちろんだよ、盛大にお祝いするよ!
ああもう、ホントこんな可愛くて大丈夫かな、この子。いろんな意味で心配が尽きないよ、お父さんはっ。
俺がいたころの連中は大丈夫だろうが、それ以降の奴は顔すらわからんのが大半だしなぁ。近いうちに偵察かねて訓練に乱入してこようかな。妙なのいたら今のうちに調教しておいたほうがいいよね。
「お父さま?」
ちょっとよろしくない方向に思考が動いてたら、レティが不思議そうな顔して呼んできた。
ああ、ごめんね。
「なんでもないよ」
頭をなでなですると、へにゃっと笑うのが可愛いな!
これちょっと、レティが卒業したら俺も早々に復帰したほうがいいかもしれん、団長は復帰させる気満々で色々と準備してるらしいし。……そうなんだよ。俺、復帰するんなんて言った覚えないんだけど、すでに俺の復帰は決まってるみたいなことになってるらしいんだよな。シルヴァン、いつくらいに復帰するんだってしょっちゅう聞かれるらしいです。
まあ、この辺りは一昨年の夜会の時のアレがねぇ……俺も言い方マズかったんだよな、レティが卒業するまでは無理って言っちゃったから。
あれ別に、卒業したら復帰しますって事じゃないからね? そもそもあの時点では復帰することなんて考えてもいなかったんだが。
ただねぇ、陛下と暴走癖のある団長の前で言ったのは本当に失敗だった。だってあの時のやり取りで、周りで聞いてた大半は俺が復帰するもんだと認識しちゃってるんだよ。あれ、絶対に陛下はわかってて俺に話振ってきてたからね、マジやられたわ。
その後も少しレティと話をして、実技試験当日は応援してねと可愛くお願いされたので、見に行くからねと約束して。
ちょっと娘と休憩しようかなぁなんて考えていたところに、ザックから急用と言われてしまったので、レティとのお茶は断念する羽目に。
せっかく娘と楽しくお話してたのに!!
「俺に怒らんでください」
面倒そうに言いながら、目の前に手紙を置くザック。
仕方ないので目を通すが……え、ちょっと待ってナニコレ。
「どういうこと?」
「俺が聞きたいですよ。何か聞いてないんですか」
「いや、知らない」
内容確認して、揃って困惑しきりだよ。
だってこれ、義兄からなんだけど、内容はアストラガルの宰相メフィスト公からの招待状。来月、私的にちょっとした催し物をするので来てねって感じなんだけどさ。
え? なんで俺???
ちょっと本気で意味わからないんだけど。
確かに、面識はあるよ? あるけど、本当に会ったことあるだけなんだけで、会話だって挨拶程度だよ?
「あ~……てっきり、旦那には心当たりあるもんだと思ってたんですけど。違うっぽいですねぇ」
「いや、ない。全くない」
「ミサキさんにでも聞いてみたらどうです? 何か知ってるかも」
「あ、そうだな。そうするか」
そして、連絡を取ってみた結果。
『あ~…………マジか、マジでそっちにも送ったのか』
ざっと説明したら、ミサキがそう言いやがった。
明らかに心当たりあるよね、その反応。
「どういうことだよ」
『いや、ほら。ちょっと前に例の残党ども捕まえたじゃん』
「は? ……ああ、アレか」
思い当たるのは、あの人身売買組織しかない。
『そうそう。あれで一通りのカタは着いたからさ。関係者集めて慰労会やるんだと』
まあ、聞いた限りではかなりの大捕り物になったみたいだからな。関係者集めて慰労会ってのは、まあわからなくはないよ。そこはね。
「で、なんで俺?」
そう。問題はそこなんだよ。俺、全然関わってないからね。
『前にイザーク君、預かってもらったじゃん』
「ああ、最初の時な」
昨年の今頃だったかね、ミサキがいきなり連れてきたときは驚いたけどさ。
実はあれ以降、何回か遊びに来てるんだよ、イザーク。俺の工房が気に入ったみたいで、見学させてーって来るんだ。もちろんミサキが連れて来てるし、ロックも一緒に来てる。
俺が作業してると目を輝かせて見てるんだけどさ、たまに飛んでくる質問がまた的確なんだよな。ホントにね、ちっちゃいのに一端の魔道具職人なんだよね、あの子。
『あれな、閣下に楽しかった、いっぱい遊んでもらったって報告したらしくて、閣下もお礼しないとって思ってたらしいんだわ』
「いや、別にお礼とかいらないんだけど」
イザーク来ると、奥さん喜ぶし。色々と反応が可愛すぎるから、俺も癒されるし。
むしろ、毎回来てくれてありがとう状態だけど、ウチは。
『閣下もかなりの親バカなんだよ。お前といい勝負じゃね』
「マジか」
俺といい勝負って、相当だな。
自他ともに認める親バカだからな、俺。あ、でも、ちゃんと叱らないといけないときは叱ったよ! 甘やかす所はとことん甘やかしたけど! いい子に育ったでしょ、二人とも!
『閣下にしてみたら、イザーク君が懐く相手は無条件で信頼できるので警戒する必要がない。何よりイザーク君がお前ら呼んでくれってお願いしたらしいぞ』
「あ、そういう事……」
手紙を見た時は、妙なことに巻き込まれるんじゃないかと警戒したが……イザークが希望してくれたのか。なんか、納得。
そういう事なら、受けない理由はないな。
「可愛いイザークのご要望じゃ断れんな」
『断ってもエル迎えに行かせんぞ』
「お前も強引だな!」
わかってたけど!
『たまにしか言わない可愛い我儘を聞いてやらんでどーすんだよ。お前の都合なんざ知ったことか』
「言い方!」
「ミサキさんもなかなかですねぇ……」
俺の後ろでザックが呆れてるよ。
つーか、他人事みたいな顔しているけど、お前も巻き込まれるの決定だからな?
「……いや、俺は関係ないでしょ」
「ないわけあるか」
『あ、ザックいるのか。あんたも来いよ、イザーク君が会いたがってる』
「…………」
ほれみろ。
だって前にウチに来た時、庭でみんなで遊んでたんだけどさ、ザックは完全に遊び相手にされてたんだもん。いや、コイツは庭の警備で目立たないところにいたんだけどね? 目ざとくイザークが見つけて、一緒に遊ぼうってお願いされちゃったんだよ。
俺たち夫婦の影響もあるのか、ウチの連中って子供好き多いんだ。ザックも子供の相手は慣れたもんで、嫌な顔一つせずに相手してやってたから、最終的には全員から懐かれてた。
『つーか、な。例のクソ野郎、引き渡しはできないしちょっと色々とマズい情報もわんさかなので、公表できる情報はかなり限られているらしいんだわ。だけど、閣下がその場で口にするだけなら問題ないんだと』
「あ~……そう言う事」
納得。
要するに、残る形で情報は渡せないが、口頭で説明する分にはもうちょい出せる情報もあると。そう言う事か。
一応、こっちの事情も知っているので、宰相閣下が個人的に大丈夫と判断した範囲での情報提供はしてもらえるという事なのだろう。
と言うわけで、近々ザックと共にアストラガルへ行くことが決定。
真面に行くと十日以上かかる距離なんだが、そこは転移門があるからね。
まずはウチの転移門でミサキの店まで行き、そこから国管理の転移門を使わせてもらってアストラガルへ行くらしい。向こうの転移門の使用許可はすでにとってあるんだって、なんかもう、すでに色々と決まってるみたいだよ。おかしいよね、俺まだ承諾の返事してなかったはずなんだけど。
まあ、こちらとしても色々と聞きたいことはあるし、必要な情報さえ得られればいいわけで、サクッと行って帰ってこよう。
**********
ここにきてバタついてきた年末、さらに一つ追加されたよ。
アストラガルへ行く準備をしていたら、義兄から至急で連絡が来やがった。
なんでも、急遽だがマリウス殿下がちょこっとだけ戻ってくることになったらしい。ただし、極秘に帰ってくるので我が家にある転移門を利用したいそうです。
……色々と思うところはあるが、まあそれはいいんだよ。王妃殿下には知られたくないってのは、俺も賛成だし。当日中にあちらへ戻るとも聞いてたし義兄に用があるって話だったからさ、予定を教えてもらえれば対応するよって言ったよ確かに。別にいいんだよ。それは。
だけど、ね?
「どうして陛下がお忍びでいらしているのでしょうか」
「細かいことは気にするな。私は今、宰相の従者として同行しているだけなのでな」
「…………」
にこやかに言われると、何も言えない。そして、護衛としてついて来ている団長も私服姿でとてもいい笑顔。
いやもう、びっくりだよ。だって、義兄と一緒に陛下が来たんだよ? しかも、本当に従者みたいな格好してるからね、陛下。
確かに、陛下のお顔を知らなければ誤魔化せるかもしれないけどさ。それ以前に、自宅に陛下が何の前触れもなく来るとかなんの嫌がらせだっつーの! 義兄! せめて事前に一言くれ!
「申し訳ない、グランジェ伯爵」
陛下とは対照的に、申し訳なさそうな顔をしているのはマリウス殿下。
いやいや、殿下は何も気にされることはありませんよ。義兄にはちょっとだいぶ思うところはありますが。団長は……まあ、この場合は仕方ないよな。面白がってる感は否めないが。
「ごめんなさい、グランジェ伯爵。私がわがままを言った所為で」
殿下の隣で、きりっとした美人さんな女性が頭を下げた。
この女性、オルタンス・ラウチェス嬢といって、グラフィアス宮廷魔導師団長の娘さんです。マリウス殿下とは同じ年だけど、すでに魔導師として王宮勤めをしているんだって。
で、だな。前にエルからちらっと聞いてはいたんだが、マリウス殿下に一目惚れした令嬢ってのが、このオルタンス嬢。どうやらマリウス殿下も最初から彼女のことは気になっていたようで、夏くらいにはなんかいい感じになってたらしい。で、それならちょっと親同士で話してみようかと言うことになったのが今回の話。
なんか軽く言ってるけど、要は我が国の王族の縁談だからね、これ。そんな簡単に決めていいのというか、そんな重大な話を俺の家でしていいのだろかとものすごく疑問なんだけど。
義兄が偉い乗り気で陛下に色々と進言したようで、事前に向こうとも頻繁に連絡を取り合ってとんとん拍子に話が進んでたらしいんだけどさ。向こうも乗り気らしいんだよね。
まあ、政治的な思惑もあるんだろうけど、殿下たちはいい出会いをしたみたいだから、このまま纏まってくれるといいなと二人を見て思った。
さて。陛下たちととラウチェス殿で少し話をするというので、俺とエレーヌで殿下たちをおもてなし。
殿下はもちろん、オルタンス嬢も付与魔法は使えるそうで、こっちはこっちで魔道具談議に熱が入ってしまった。エレーヌ、話わからなくてつまらなくないかなと心配したんだけど、内容は全ては理解できなくても聞いている分には楽しいって言ってくれたのでよかったよ。オルタンス嬢も適度にエレーヌに話を振ってくれたりして、楽しいひと時を過ごしている。
「エル姉さまから聞いていましたが、グランジェ伯爵の独特の視点と発想は、本当に勉強になります」
美人さんが目をキラキラさせて俺の話を聞いてくれるのは、ちょっとかなり恥ずかしいものがある。顔には出さないけど。
「そうでしょう? 私も、伯爵から色々と聞かせていただいて、それでもっと真剣に学びたいと思うようになって」
「ミサキ様もですが、私たちが思いつかないようなことを当たり前のように組み込んだりなさりますものね。付与魔法の技術もそうですが、やはりあの発想が素晴らしいと思いますわ」
「それと、夫人のアドバイスも的確なのだなと感じました」
「ああ、わかります! 伯爵が例えを出した時に、奥様がこうしたほうがより良くなるのではとおっしゃったその内容、私も納得でしたもの」
「夫人は付与魔法の適正はないのですよね? それでもそこまで理解されているのはすごいことだと思います」
二人の言葉に、奥さんにっこり。
「恐縮ですわ。私は旦那様のお手伝いを少しするだけで、詳しいことは何もわかりませんのよ。殿下もあちらで大変な努力をなさっておられると聞いております。旦那様が、こちらへ戻る頃には転移門の管理も問題なく出来るようになっているだろうと言っていましたもの」
「私など、まだまだです。でも、そんな風に言ってもらえると嬉しい」
照れたように笑うマリウス殿下。
殿下がね、真剣に勉強していることはエルから聞いてたんだよ。せっかく貴重な機会を与えてもらったのだからと言って、貪欲なまでに学ぶ姿勢を見せていたって。まあ、最初のころにちょっと根を詰めすぎて体調を崩した時に、タイミングよく様子を見に行ってたミサキに適度に休憩を入れろと叱られてからは、ほどほどにしているようだけど。殿下の場合、まだ呪縛の影響は完全には抜けていないからね。弱ったところでまた元の状態に、なんて可能性があるから、体調管理は絶対なんだ。
「エルから経過は聞いています。楽しく学べているようで何よりです」
俺がそういうと、マリウス殿下はにっこり笑って頷いた。
「これも、伯爵が話を通してくれたおかげです。あちらでも信頼が厚いのは流石ですね」
「お役に立てたようで何よりです。私自身が信頼されていると言うよりは、エル……エルヴィラの影響が大きいのですよ」
あいつはグラフィアスの魔道具開発の要。ただまあ、公にはされていないので知らない連中も多いそうだが、そのせいでいまだに侮られることもよくあるらしい。ただ、魔道具開発を取り仕切る大公殿下の直属は知っているし、その連中からも信頼を得ているという事実は周知の事実。
マリウス殿下の件はそのエルから信頼を得ている俺からの頼み、ということですんなり受け入れてもらえたというのが大きいんだよな。
「エルさんは本当にすごいよね。向こうでも特別視されているし、技術も知識も本当に素晴らしいと思う。あんな恵まれた環境で学ぶ機会を作ってくれたこと、本当に感謝してます。……それに」
ちらりと、自分の横に座っているオルタンス嬢へと視線を送る。
「彼女とも出会えました。おかげで、今はあの抑圧された年数も無駄ではなかったんだなと思えます」
すっきりした顔で、マリウス殿下が断言した。
なんかその顔を見て、ああもう心配いらないなと、唐突に思えた。十年近い期間、あのクソ女に支配されて、それでも必死に抗って自分を守っていた殿下だ。かなり芯が強いのだろうし、その殿下がこうして断言したのだから自分なりに自信もあるんだろう。ミサキからは経過は良好と聞いているし、念の為にまだ月に一度の診察は受けているけど、そろそろ必要なくなるかもしれない。
正直、元凶を殺してやろうかと何度考えたかわからない。あのクソ女が何を考えて自分の息子を奴隷化していたのかはわからないし知りたくもないが、殿下はアレを乗り越えつつあるんだなと思ったら、なんか感慨深かった。
その後もしばらく話をしていたんだが、陛下たちが話を終えて戻ってきた時点で終了となった。
取り合えず、陛下からグラフィアスへ親書を送り、その中でマリウス殿下とオルタンス嬢の婚約を打診するそうだ。まあ、オルタンス嬢の父親である魔導師団長が乗り気なので、さくっと纏まるだろう。
なんかね、殿下たち見てるとお似合いだなって思うよ。
あのバカ女絡みでは色々とムカつくとこも多かったし余計な手間倍増で殺意がわくことも少なくなかったけど。
少しは良いことも起こるんだなと、今回の件でそう思えた。




