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4 入学式が終わって


 入学式で多少のドタバタはあったが、無事に学校生活がスタートした。

 一応、俺も保護者枠で式には参加したけど、行ってよかった。

 いましたよ、ヒロイン。すでにおぼろげだった記憶が鮮明に蘇ってくるくらい、衝撃を受けたけどな!

 で、色々と思い出して、これじゃダメだまだ足りないと痛感した俺、その夜にシルヴァンを呼んですべて打ち明けた。


 いきなり前世の記憶とか言われてシルヴァンも戸惑っていたけど、ここに来るまでの俺の数々の言動には、多少なりとも疑問に思っていたらしい。最終的には納得してくれたよ。

「では、その……悪役令嬢、ですか。それがレティで、本来であれば今の時点ですでに王子のどちらかと婚約していた、という事ですね?」

「そうだ。それが開始時の設定だったし、お前を婚約者に据えていなければ強引に話を勧められていただろうな」

 そうなんだよ。本当に、危なかったんだよ。

 シルヴァンを婚約者として届けを出しに行った時、なんとなく嫌な予感はしてたんだけど、一応確実に完了させるために俺はそのまま自分の足で宰相の元へ行って手続きをしたんだ。当時はまだ近衛騎士だったから王宮への出入りは自由だったから、受付でちょっと強引に手続きさせてから宰相のとこへ行って承認印も押させたんだよね。


 貴族の婚約や婚姻は、王宮への届け出は必須。

 通常の承認は宰相の直下に貴族の戸籍管理をしている部署があって、そこで行っている。


 本来は受付で書類を渡して、後よろしくって感じなんだけど、あの時は色々な人からの忠告もあって、全部自分の目で見届けることにしたんだ。恐らく、それは正解だったんだと思う。

 今回の娘たちの婚姻届けも俺が直接宰相に持っていって、承認印貰ったしな。魔道具関係で今もちょくちょく会う機会があるんで、俺が会いにっても誰も怪しまないんだ。おかげでスムーズに事を運べた。

「しかし、いまのレティには当てはまらないのでは? 素直で優しい子ですよ」

「うん、そこはそうなるように教育したからね」

「レティには甘いだけだった父上が厳しい事も言うようになったのは、それが原因だったんですか」

「そう言う事だ」

「母上は?」

 このことを知っているのかと聞きたいのだろう。

 それは、もちろん。

「速攻バレた」

「ああ……」

 正直に答えたら、何とも言えない顔でこっちを見ている。

 その、残念なモノを見るような目は止めなさい。俺が奥さんに隠し事なんて出来るわけがないじゃないか。

 ウチの奥さん、ホンット察しが良すぎるというか、勘が鋭いからさぁ……普段はおっとりしててものすごく可愛いんだけど、たまーにマジで怖い。

「まあ、父上が母上に隠し事なんて出来るはずがありませんよね」

 わかってるなら聞くな。

「それで、攻略対象というのは?」

「簡単に言うと、ゲーム……物語の主人公的な少女がいるんだが、この少女を中心に物語が進んでいく。攻略対象というのは、この少女と結ばれる可能性のある異性の事を指す」

「物語、ですよね? 結果は決まっているのでは?」

 シルヴァンの疑問は最もだよな。

「普通の物語ならそうだろうな。だが、その物語には途中に分岐点がいくつもあって、どれを選択するかでその後の展開が変わってくる。その分岐点となる出来事は、各攻略対象に色々な影響を与えるんだ。そこで何を選択するかで、仲良くなりたいと思っていた攻略対象と仲良くなれることもあるし、逆に嫌われることもある」

「なるほど……なんとなくわかりました。要するに、全てはそのヒロインと呼ばれる少女が何を選択するかで次の展開が決まる、という事ですか」

「まあ、ゲームの中ではそうだな」

 そう。ゲームの中では。

 俺は実際にプレイしたわけじゃないから、細かい所はわからん。ただ、現状がすでに色々と違っている。


 レティは性格の悪い我儘令嬢ではないし、王子の婚約者でもない。

 シルヴァンという婚約者……すでに旦那か。とは相思相愛。

 マナーも学業も頑張って、どこへ出しても恥ずかしくないレディに成長しつつある。

 使用人たちからも可愛がられ大切にされ、少々抜けているところはある物の心優しい子に成長した。


 ゲーム開始時の設定が、すでに変わっているんだ。これが今後、どういった影響をもたらすのかはわからないが、少なくともレティは虐めなんてするような子じゃない。する理由もなくなっているはずだ。

「いくつか……質問を良いでしょうか」

「なんだ?」

「その、ヒロインに関してです。父上と同じように、記憶を持っている可能性はあると?」

「断言はできんが、可能性は高いと考えている」

 何と言っても、俺という実例がすでに存在しているしな。それに俺自身はヒロインも記憶持ちだと確信している。ただまあ、それを証明する手立てがないので、いまはまだそれを告げる気はないけれど。

 この先、学園が進めばいたるところでイベントが発生する可能性がある。目当ての攻略対象との好感度を上げるためには数をこなさなきゃいけないと妹は言っていたのだから、もしかしたら。

「ただ、これだけは言える。ヒロインは学園中、色々なところに顔を出す可能性はある。普段は行かないような場所だったり、それが不自然なほどの偶然の出会いにつながったり」

 ぴくり、とシルヴァンの眉が動いた。すべてを言葉にしなくても、シルヴァンにはこれで十分に俺の意図は伝わっているだろう。


 もし、記憶をもってストーリーを進めようとするなら。

 間違いなく学園中を歩き回る事になる。


 それは、ゲームの中なら不自然な事ではないが、現実世界ではそうはいかない。

 学園内とはいえ、生徒が勝手に立ち入ってはいけない場所はいくらでもある。貴族が多く通う環境故に、警備も監視もそれなりに厳しい。

 不自然な行動は、必ず誰かの目に留まる。

「その、攻略対象に関する情報、何かありますか?」

「ん~……覚えている限りだと、王子二人は入っていた。あとはお前の一つ下にもいた気がする。そいつと、もうあと数人いた気がするんだが……すぐには思い出せんな。ただまあ、基本的にムカつくぐらい顔の良い生徒や講師ばかりだった」

「講師もですか?」

「ああ。確か臨時講師みたいなのがいたと思う」

 そう言いながら、新たに蘇った記憶を手繰っていて、ふと気がついた。

 ハイスペック男子って事なら、目の前のコイツも当てはまるんじゃないだろーかと。顔の造形は言わずもがな、頭脳明晰で俺が鍛えたからこいつもそこらの騎士よりは遥かに強い。

 そう言えば、、確か妹が隠しキャラがいて、そいつが超ハイスペックだとか言ってたのを思い出した。条件が厳しくてなかなかルートに入れないって切れてた覚えが……ファンブックだか買い込んで騒いでたよな。


 あれ? 銀髪の貴公子とか言ってなかった? 名前、なんつってたっけ?


「父上?」

 なんだろう。シルヴァンの声が遠い。なんとなく頭がぼんやりしてる。

 ふと脳裏に浮かんだのは、本を俺に見せながら一生懸命に自分の推しに関する情報を力説する妹の姿。


 妹よ。銀髪の超ハイスペックなら俺の目の前にいるぞ。お前がどうしても攻略できなかった愛しのシルヴァンさまが。


 何かが、かちりと嵌った気がした。

「ああああああっ!?」

 勢いに任せていきなり立ち上がったもんだからシルヴァンがビクッとなってるが、そんなこと気にしている余裕は俺にはなかった。

「シルヴァン、お前! お前も攻略対象だ!」

「は?」

「妹が言ってた隠しキャラの超ハイスペックイケメン! しかも俺が鍛えたから予定外にめっちゃ強くなってるし! お前、間違いなく目ぇ付けられる!」

 見た目極上で頭いいイケメンで無茶苦茶強いとか完全に主役級のチートだろ!

 え、これやらかした!?

「ち、父上?」

「ヤバイヤバイヤバイ、俺、もしかしなくても状況悪化させた!?」

「父上、ちょっ、落ち着いてください!」

 この後しばらくパニック状態だった俺は。

 あまりの騒がしさに駆け付けた奥さんに、のんびり叱られた。



 **********



 あの後、奥さんにおっとりした口調でがっつり怒られて落ち着きを取り戻したけど、正直もう、ぐったりだよ。

 だって、なあ? 破滅回避のために色々やって来たのに、攻略対象ひとり引き取ってんだもん。しかもゲーム以上の超ハイスペック野郎に育てちゃったし。


 これもう、巻き込まれるの決定じゃね?


 なんかすでに色々と諦めの境地だけど、ホントに諦めるわけにはいかない。可愛い可愛い愛娘の将来がかかってるんだ、ここで踏ん張らんでどーすんだよ、俺。

 というわけで、強制的に巻き込んだシルヴァンとは思い出したことを交えつつ、改めて色々と話を詰めてます。一応、知識として教えておいた方がよさそうな気がするんだよ。俺が細かなところを覚えてない以上、言動と言うか行動パターンとかで誰狙ってんのか判断するしかないじゃん?

 で、ついでにゲーム上でのシルヴァンの設定も話してみた。


 シルヴァンの設定。

・銀髪にサファイアブルーの瞳、超ハイスペックイケメン。

・頭脳明晰で運動神経も抜群、在学中は常に学年首位をキープ。

・ゲーム上の名前は、シルヴァン・カンタール。カンタール侯爵家の次男で、家族からは厄介者扱いをされて育ったために極度の人間不信。

・基本的に無口で無表情。周りとは常に一定の距離を置いている。

・社交界では少し陰のある美青年と大人気。婚約者はいない。


 ざっと、こんな感じ。

 ただこれ、いまとなっては当てはまらない事のほうが多い。シルヴァンも首を傾げている。

「身体的な特徴と成績以外は……まあ生家での扱いはその通りでしたが。他はあまり当てはまる項目がありません」

 うん、そうなんだよね。

「そもそも、男爵位を継がせていただいた時に家名はグランジェに変更していますし」

 うん。そうだね。俺が持ってた爵位だから、当然のことながら家名は変更させた。

「まあ……友人と呼べる存在は多くないのは事実ですが、特に人間不信というわけでもありません」

 うんうん、確かに。一度、心を許した相手であれば深く付き合うからね。シルヴァンは。

「婚約者は確かにいませんけれど」

 そうだね。奥さんはいるけどね。


 うん、なんかもう、設定とは完全に別人だ。

 ただまあ、シルヴァンは確かに社交界では大人気なんだよ。今でも。

 俺が今やかなりの資産家だし、その跡取りとなる事は決定してるからレティを追い落としてでも妻の座を狙ってるお嬢さんはかなり多い。それに何と言ってもイケメンだしな。ゲーム設定みたいに無表情でもない。人付き合いは得意な方ではないんだろうけど、そこは次期伯爵家当主として卒なくこなしている。俺の後を継ぐんだから対人スキルはある程度ないと困る。

「父上。肝心なことを聞きますが」

「ん?」

「ヒロインとは誰のことです?」

 聞かれて、はたと思い出す。

 一番、肝心な事を話してなかった。

「ああ、すまん。名前はまだ未確認だが、入学式の日にやたら目立つ髪色の、ちょっと言動がオカシイ少女がいただろう」

「……ああ、あの、頭のおかしい女性ですか」

 呟いたシルヴァンの目が冷たい。


 目立ってたんだよねぇ、ヒロイン。いろんな意味で。

 一応、入学式の日には送迎を兼ねて保護者が一人付き添う事になっている。当然、我が家は俺が付いて行った。でも、件のお嬢さんは一人で来てたっぽい。

 でね、初っ端から色々とやらかしてたんですよ。

 なんつーか、ゲームだとこんな感じだったんだろうなと思えるほどの不自然さ全開の笑顔で、元気に独り言を言ってる様子とかさ。

 やたらとフラフラしているし、誰かれ構わず話しかけるしで、かなり浮いていた。本人は気づいてなかったっぽいけど。

 で、極めつけが、俺の隣にいたレティを見て一瞬だけど目を丸くしたんだ。

『なんで、悪役令嬢なのに』

 そう呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

 本当に小さな、すぐ側にいても聞こえたかどうかわからないくらいの小さな呟きだった。

 だけど、俺には聞こえた。

 この時シルヴァンも近くにいて、どうやら聞こえていたらしい。表情がごっそり抜け落ちたから、慌てて二人を連れてその場から移動したんだ。

 この件があったんで、あ、コイツ俺と同じだって確信したわけだ。

 だからこそ、シルヴァンを本格的に巻き込むことに決めた。学園内のことは俺じゃ何もできないからね。学年が違うとはいえ、シルヴァンがいてくれるのは色々と助かる。


「了解しました。対象の顔は覚えましたので、レティには極力近づかないように、それとなく注意しておきます」

 とまあ、シルヴァンにとってはすでに印象最悪なヒロイン。

 ……ああこれ、ある意味ラッキーかもしれない。レティに悪意を向けるようなヤツには塩対応どころじゃないからな、コイツ。仮にロックオンされてもなびく可能性、皆無だわ。

「あと、先ほどの話から判断すると、私にも接触してくる可能性はあるという事でしょうか」

「ある」

 ここは、断言しておく。

 先ほどもちらっと言ったが、攻略対象の一人でもあるこの学園の講師。それが、シルヴァンだ。

 ヒロインが一年の時は、在学中のシルヴァンには会えない設定になっていた。攻略が開始できるのは、二年に進級してから。つまり、シルヴァンが卒業して臨時講師となってからだ。

 この、一年の遅れが最大の難関なのだと妹は言っていた。

 ゲーム開始直後から攻略を開始できる他のキャラと違って最初は手が出せない上に、最初の一年間に発生する数ある選択肢を一回でも間違えると、二年目になっても出てこないというレア中のレア。しかも、攻略期間が他のキャラクターより短いので、好感度を上げにくい。難易度が高い分、人気もすごかったようで、妹もハマってた一人だった。

「ヒロインがあくまでもゲームの流れに沿って進めようとするならば、今年度は接触してこない可能性は高い。ただ、すでに俺が色々と流れを変えてしまっているという現実がある以上、セオリー通りに進むかどうかは予測不可能だ」

「イレギュラーな事態が起こる可能性もあると」

「恐らくな」

 恐らくシルヴァンはレティのいる一年の教室に行く機会が多いはずだ。という事は、予定より前に会う可能性は高い。


 ヒロインがシルヴァンに興味なければ何も起きないだろうが、そうじゃなかったら。


 きっと、厄介なことになる。

「わかりました。私も少し調べてみます」

「くれぐれも注意するように」

「はい」


 こうして勝負の三年間がスタートしたわけだが。

 できることなら、平穏無事に過ごせることを切に願うよ。



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