*閑話* ペリーヌ・バロー(ヒロイン?)
ペリーヌは、ようやく手に入れた魔道具を前にうっそりと微笑んでいた。
とあるキャラのルート攻略が厳しすぎるとの声から、運営が追加した救済アイテム。
全ルートを自力で攻略したペリーヌは、これが追加されたときはふざけるなと思っていた。苦労して辿り着いたあのエンディングを簡単に見れるようになるなんて、と。
だが、いまは感謝している。
ここは、ゲームのように進まなかった。
全ルートを制覇し、最難関と言われていたシルヴァンルートでさえ何度もクリアして、セリフの一言一句まで完璧に記憶していたのだ。ここでもシルヴァンを攻略できる自信があった。
それなのに。
攻略は、最初から躓いた。
第二王子の婚約者となっていたはずの悪役令嬢レティシアは、悪役とは程遠い可愛らしい少女でしかなく、第二王子の婚約者ですらなかった。入学式の時にその姿を見て本当に驚いたくらい、ゲームとの印象が違いすぎた。
隣にいた彼女の父である、ルシアンも違いすぎた。
ゲームでは、最愛の妻を亡くしてからは無気力で何に対しても関心を示さず、一人娘が最後に悲惨なことになろうとも表情一つ変えずに淡々と事実として受け入れて、爵位を失い国を出て行ってしまう。
それなのに、ここのルシアンは若々しくとても魅力的で、自分と同じ年の子供がいるようには見えないくらいかっこよかった。攻略対象だったら真っ先に落としたいくらい好みだった。
そして、なにより許せなかったのは、レティシアとシルヴァンが結婚していたという事。
思いがけず早い段階でシルヴァンと遭遇していたペリーヌは、浮かれすぎてその事実にしばらく気付かなかった。
最初、結婚していると聞いても婚約の間違いだろうとしか思わなかった。学生で、しかも自分と同じ年ですでに結婚しているだなんて思えなかったからだ。
何とか引き離そうと色々と頑張ったが、グランジェ家のガードの固さにどうにもならなかった。名門伯爵家と没落寸前の男爵家とでは勝負になるはずもなく、唯一利用できそうだった義理の兄であるハロルドも気づいた時にはバロー家から除籍されていて、縁がなくなってしまった。
ハロルドはペリーヌが王宮へ入る為に、必要なキャラだった。
義兄であり近衛騎士という職に就いているハロルドに面会するという理由があれば、ペリーヌであっても王宮へ入ることを許されるのだ。もちろん、入れるエリアは限られているが、そこで発生するイベントもかなりある。特に学園で一年しか一緒にいられない王太子リオネルを攻略するためには絶対に必要であり、最終的にシルヴァンルートを開く上でも王宮へ行くことはかなり重要だったのだ。
そんな状況で困り果てていた時に声を掛けてくれたのは、この国の王妃。
王妃はレティシアを第二王子の婚約者にしたいらしく、協力しないかと持ち掛けてきたのだ。
聞けば、是非にと婚約を持ちかけた時にはすでにシルヴァンと婚約していたらしい。しかし、それでも王家からの提案を蹴るはずがないと思って正式に話を持っていたのだが、グランジェ家は検討するまでもないとあっさりと断られたようだ。
それを聞いて、やっぱりおかしいとペリーヌは思った。
そもそもゲームでは王妃なんてその存在が文章で出てくるだけで、ヒロインが王妃と接触することなんてなかった。当然、王子と悪役令嬢の婚約が王妃の希望で進められたなんて情報もなかった。
王妃がどうしてそこまでしてレティシアを第二王子にと望むのかはわからなかったが、これはペリーヌにとっても悪い提案ではなかった。
ゲームの中では、シルヴァンの次にお気に入りだったキャラクター。正直、悪役令嬢に渡すのは惜しい気がしたが、ここで欲張っては本命のシルヴァンさえ危うい。王妃と手を組んでおけば、今後は王宮へ自由に来ることもできる。
何か裏があるかもしれない、ゲームと違う事をして大丈夫かと迷いはしたが、今のこの状況を変える事が出来るならばと手を組むことにした。
その結果、手に入れたのがこの魔道具。
「クッキーの効果を無効化されたときはどうしようかと思ったけど……でも、結果的にこれが手に入ったし」
正直、このアイテムが手に入るとは思わなかった。存在するとも思っていなかった。
だから最初は、ゲームの知識を利用して王妃の下で出会った商人から魔法の粉を手に入れ、ゲームと同じようにクッキーを作った。その粉を混ぜて作ったクッキーには好感度を上げる作用がある事を利用して、攻略対象以外にも自分の事を信じてくれる味方を増やしていったのだ。
最初は順調だった。ある程度まで親密度が上がったことを確認するために、虐められていると訴えてみた。クッキーを渡してお友達になった生徒はその言葉を信じて、悪役令嬢に抗議に行ってくれたのだ。
これだと、ぞくりとした。
ヒロインである自分を信じ、協力してくれる生徒たち。自分が求めていたのはこれなのだと、歓喜した。
やっと、ゲームらしくなってきた。このまま攻略対象者たちにもクッキーを配って親密度を上げ、自分と交流を持ちたいと思うように導いていかないとなと、今後を考えてわくわくしながら攻略方法を考えていた。
しかし、そんな順調だったのもつかの間。
ある時を境に味方が激減していった。
何が起こったのか、さっぱりわからなかった。
あれだけ自分の事を持ち上げ、言う事全てを疑う事なく信じてくれていた人たちが、自分の言う事を否定するようになった。その状況でそれは無理がある、何か誤解があるんじゃないのかと、やんわりと注意されるようになった。
ゲームではこんな展開、有り得なかった。
攻略対象以外のキャラクターは、一度親密度が上がればその後は盲目的にヒロインに味方してくれるようになる。ヒロインの言葉は絶対で、疑うなんてことは有り得ない。
攻略対象もそうだ。こちらはもう少し慎重に、時間を掛けなければならないけれど、半年も続ければあとは放置しても卒業まで好感度が下がることはほとんどなく、たまに話しかければ維持できるというものだった。こんな、途中で好感度が下がる事なんて絶対に有り得ないのだ。
しかし現実に、好感度は下がってしまった。特に、途中までは順調だったヤンとジェレミーは完全に離れてしまった。
これにはペリーヌも焦った。あの二人だけでもキープしておかないと、シルヴァンルートが絶望的になってしまうとわかっていたから。
「そうよ……だいたい、なんであの時期にジェレミーに婚約者が出来たの? そこからしてオカシイじゃない。あいつは婚約者なんていなかったのに」
ジェレミールートではヒロインの卒業前にプロポーズされ、OKすると卒業と同時に結婚となるので、ゲームのジェレミーには婚約者はいなかった。そして、ゲーム内では一番落としやすいキャラクターでもあった。
だからこそ、あの掌の返しようは理解できなかった。特に意識して親密度を上げなくても、勝手にヒロインを好きになる唯一の攻略対象者だったから。
「あれ、何が原因だったんだろ……タイミング的にはあの水だけど、あれって疲れを取るだけだったし」
二年の年末近くに、グラフィアスという国からの協力要請を受けて騎士科の生徒に配られた、治療用の水。
体力の回復を早めケガ等の治りも早くする作用があると騎士科で評判となった水は、すぐに魔法科にも浸透して使用する生徒が激増した。精神的な疲労も緩和する作用があったようで、試験前の集中したい時期に一部の生徒が使い始めたところ、成績アップに繋がったのだ。
クッキーが効かなくなったタイミングと被るのだが、効果は体力の回復と疲れを緩和するだけと説明を受けている。ペリーヌも試しに飲んでみたのだが、確かに飲むと頭がすっきりして集中力が増したが、それだけだった。
実際にはグラフィアス上層部が関与して解呪の効果も含んだ水なのだが、食べ物にだけ付与できるという非常に限定的な付与魔法しか使えないペリーヌには、鑑定する能力はないので気づけないだけ。今後も気づくことはないだろう。
「でも、これが手に入ったから……もう、大丈夫。最後にひっくりかえせるもの」
手にした魔道具を見つめ、その時を想像してうっとりと微笑む。
救済アイテム。
ある条件を満たして卒業パーティーに出席すれば、対象との好感度を劇的に上げられるというもの。
これを使えば一気に形勢逆転できるだけでなく、レティシアを本来の悪役令嬢という立場へ戻せる。
これまで散々、自分とシルヴァンの仲を邪魔してくれたのだから最後に仕返ししてもいいだろう、さすがに処刑は可哀そうだから追放くらいで許してあげようかな、なんて事を考えていた。
周囲から見れば邪魔をしているのは間違いなくペリーヌであり、レティシアは被害者だ。しかし、あくまでここがゲームの世界と思い込んでいるペリーヌにしてみれば、ヒロインである自分の邪魔をするのが論外であり、ゲーム通りに動かないキャラクターがおかしいと考える。途中で入る邪魔も、それは攻略対象との親密度を上げるイベントにつながるべきものであって、ゲームに関係のない動きをするのが間違いなのだ。
「もうすぐ……もうすぐよ。おかしくなったシナリオ、私が正しく導いてあげるわ」
残り半年。
自分の思い描いた通りの未来が手に入ることを疑わないペリーヌ。
彼女がもう少しゲームから離れ、周囲に目を向ける事が出来ていたなら気づけることも多かっただろう。しかし、今となってはもう手遅れに近い。
「待っていて、シルヴァン様。私が、悪役令嬢の魔の手から救い出してあげるわ」




