42 王妃の暴挙
レティの卒業まであと半年を切ったこの時期、王太子殿下から火急の知らせが入って俺は王宮へを駆け付けた。今日は学校帰りに友人と買い物に行くと言っていた愛娘、行った先の店で王妃殿下の従者に拉致られそうになったらしい。
一緒にいた友人がすぐに近くにいた巡回中の騎士に助けを求めてくれたんだが、いかんせん王家の紋章が入っている馬車なので強引なことが出来ない、でも中からレティの抵抗する声が聞こえて来ていると言う事で急ぎ王宮へ馬を飛ばしてくれたとの事。
あ、ウチの護衛も、もちろんいたよ。でも、巡回の騎士と同じ理由で手出しできなかったんだ。こればっかりは仕方ない。
そして、この件は王太子殿下の元へ行っていたシルヴァンの耳にもすぐに入り、殿下と共に現場に駆け付けてレティを確保、そのまま王太子殿下の宮殿で保護してもらっていたという流れ。当然の事ながら、王妃殿下の馬車関係者は全員が王太子殿下の命令の元に拘束されている。
「レティ!」
部屋に入ると、青い顔をしてシルヴァンに肩を抱かれてレティが顔を上げた。
「お父さま……!」
立ち上がってこちらに手を伸ばしてきた娘を抱き留める。
「すまなかった、油断した。怖い思いをさせてしまったね」
抱き着いて来て震えるレティの姿に、怒りが湧いてくる。
しっかし、マジでなりふり構わなくなってきたな。そろそろ始末したらダメかな、あの女。やっていいなら完璧に消し去るけど。
若干、思考回路が物騒になりつつも、取り敢えずはレティの無事が確認で来たので一安心。王妃殿下が手出しできない王太子宮で保護していてくれたのは、本当に助かった。
「ありがとうございました、王太子殿下」
「いや、もとはと言えばこちらの不手際だ。午前中に、マリウスから母上が妙な動きをしているらしいと連絡が来て、注視はしていたのだが」
おお、マリウス殿下もすっかりこっちだな。情報を流してくれるのは有難い。
でもまあ、今回は仕方ないかもしれない。まさか王家の紋章がついた馬車で堂々と人攫いするなんて思わないだろ。しかも白昼堂々と。俺だって自分の目を疑うわ、そんな光景。
それからもしばらくレティと話をしていたんだが、だいぶ落ち着きを取り戻したようなのでちょっと席を外してもらった。場合に依っては、かなり血生臭い話もするだろうから、レティには聞かせたくないんだよ。あの子には刺激が強すぎる。
なので、いまは王太子妃殿下が別室で相手してくれてるよ。元々、仲良しだからねオレリア嬢とは。
で、詳細を聞けば聞くほどに頭が痛い。
事が事だけに、いま殿下付きの近衛の小隊が現場に行って色々と対処しているらしい。もう、隠しようがないからね、やらかしたのが王家所有の馬車だって事は。どう始末つけるんだか知らんけど。
「父上」
「なんだ?」
「先程、リオネルとも話をしていたのですが、卒業まで、私とクリスで護衛をしようかと考えています」
きっぱりと言い切ったシルヴァン。こうなるとコイツは梃子でも意見を変えない。
俺としてはその方が安心だし、任せられるのであればそうしたいんだが。
「……お前の都合が付くなら、私はそれでもかまわないが」
一応、確認はしておく。
すでに殿下付きの近衛として正式に稼働し始めているんだよ、シルヴァン。そっち優先にしなくて大丈夫なのか? 近衛騎士を拝命したからには基本的には家族の事情なんて二の次だからね。
「ああ、私の方は問題ないぞ。本格稼働は新年度からだ、今は準備期間といったところで、いくらでも調整は出来る」
「殿下にそう言っていただけるのであれば、私から申し上げることは何もございません」
ああもう、本当に殿下には感謝だ。
「それに、見習い期間中とはいえ、シルヴァンはすでに私の直下でもある近衛騎士だ。すべてにおいて私の命令が優先となる。私がシルヴァンに、母上とその関係者をレティに近づけるなと命じておけば、多少何があろうと対処できるだろう」
なるほどね。
確かに、殿下のおっしゃる通りだ。
ただの近衛であれば、王妃殿下の命令と言われてしまえば逆らう術はない。だが、王太子殿下直属の近衛ならば、話は別だ。
まあ、どちらにしろ俺としては殿下の許可があるなら問題ない。今回の件はシルヴァンも怒り心頭だろうしねぇ……王妃殿下の処遇が決まらない限りは同じことの繰り返しになる可能性もあるわけだし。
「では、シルヴァン。卒業までの間、レティの護衛は任せる。殿下のご厚意を無駄にするようなことがないよう、しっかり務めなさい」
「はい。必ず」
決意を固めた顔でシルヴァンが頷く。うん、信頼してるよ。お前なら絶対にあの子を守ってくれるだろうさ。
さて。その後も詳しい状況を聞こうとしたものの、若干要領を得ない感じが。まあ、情報が少なすぎるんだろうな。取り調べ中の近衛が戻ってくれば、もう少し詳しい事もわかるだろう。
で、しばらく待ってると殿下付きの近衛が戻って来たよ。
俺を見てちょっと目を丸くしてたけど、すぐに姿勢を正すと現状で判明している事だけを報告してくれた。それによると、レティを攫おうとした一団は王妃殿下の従者や付き人で間違いはない。ただし、いささか様子がおかしいというのが調査していた近衛騎士たちの共通認識だったようだ。
そこで、魔法に長けた一人が慎重に尋問した所、綻びが出たらしい。
「綻び?」
殿下が聞き返す。
「はい。こちらをご覧ください」
そう言いながら騎士がテーブルに並べたのは、ブレスレット。それもみな同じような作りで、通常の宝石に紛れて魔石が嵌めこまれている。
嫌な予感がした。
「グランジェ伯爵。これらの鑑定をお願いできませんか」
頼まれるまでもない。
俺は一つを手に取り、魔石に刻まれた術式を解析する。
「うわ」
思わず声が出てしまった。予感的中だ。
「マジか……」
素で呟いてしまったが、残りもすべて鑑定する。
結果は同じ、だ。
「どうした、ルシアン。難しい顔をして」
殿下が訝し気に聞いてくるが、果たしてこの結果をこのままお伝えしてもいいのか。
迷ったが、伝えないわけにはいかないだろう。
「……魔道具です。これら、すべて」
俺がそう答えると、これを持ってきた近衛騎士はやはりと言った顔で頷いた。予測はついていたんだろう、これをつけられた連中を自分の目で見ているのだから。
「申し訳ありません、殿下。先にいくつか確認を。これを付けられていた連中の様子は?」
殿下に許可を取った上で、これらを持ってきた近衛騎士に質問。
「落ち着きを取り戻して顔面蒼白の者がほとんどですが、一人だけ酷い錯乱状態でやむを得ず拘束具を使用中の者がおります」
「……日が浅い者とそうではない者、という事か?」
「聞き取りをした限りでは、その可能性が高いかと」
「最長は?」
「はっきりとは。ですが、数年は経過しているものと思われます」
「年単位か……」
ちょっと色々とマズいかもしれない、その錯乱状態の者は。
「……難しいと思われますか」
近衛騎士からの質問に、俺は頷いた。誤魔化しても仕方ない。
「望みがないわけではないだろうが……素人の私では判断がつかない。どちらにしろ、早急に診せないと危険だろう」
「仰る通りです」
「父上……一体、何が付与されているのですか?」
これはシルヴァンから。
だが、答えなくてもわかってそうだな、シルヴァンよ。嫌そうに顔を顰めているし。一方の殿下はいぶかしげな顔をしてはいるものの、察してはいない様子。ただ、俺の様子から良くない系のモノだと言うのはわかっているのは間違いない。
「これらすべて、付与されているのは隷属です」
「はあっ!?」
王太子殿下が目を見開いた。
まあ、その反応はわかる。コレが仕掛けられていたのは全員が王妃殿下付きの人員だ。使用人の管理責任は王妃殿下にあるのだから、この状況を責任者が知らないはずはない。
つまりは、そういうことだ。
「……支配していたという事か。精神的に」
低い声で殿下が尋ねてくる。
俺には頷く以外の選択肢はない。だってこれ、主として登録されているのは王妃殿下の名だから。これを付けられて正しく術式を発動されたら、王妃殿下の命令に背くことは出来ないだろう。
「マリウスと同じ状態、という事か」
「解析してみなければ断言はできませんが、恐らくは」
はっきり頷くと、殿下がテーブルの上に置いていた手を握りしめた。
どの程度の強制力があるのかはきちんと解析しないとわからないが、近衛騎士からの話を聞いた限りではそれなりに強い支配を受けるモノと推察される。恐らくは自分の意思で動いているようで実際には王妃殿下の思うがまま、望む通りに行動するのではないかと。マリウス殿下のように精神的な支配に対する抵抗力が強くなければ、逆らうことはまず無理だ。
そうなんだ。マリウス殿下が長年にわたる支配を受けていながらも完全には自我を失わずに済んでいたのは、偏に精神系の支配に対しての耐性があったからにすぎない。それがなければもっと早い段階で精神崩壊を引き起こし、今頃は廃人になっていた可能性だってあった。
だからこそ、だろう。ここまではっきりと王太子殿下が怒りを見せているのは。
「直ちに神聖国へ連絡を入れて助力を願え。私の名を使ってかまわん」
「はっ!」
「父上にもこの件を報告を。それと、以前から相談をしていた件、実行に移すと伝えてくれ」
「畏まりましたっ!」
失礼しますと言って、近衛騎士が足早に退出した。
さて、どうしたものか。関わってしまった以上、知らん顔するつもりはないが……相手は一応仮にも国母だ。俺が単独で勝手な事をするわけにはいかない。
「……父上」
「うん?」
「その、錯乱状態にあると言う者……マリウス殿下の時よりも状況は厳しいという事でしょうか」
「同レベルのモノだとしたら、厳しいと言わざるを得ない」
魔道具を外し、支配下から逃れたにもかかわらず、錯乱状態から回復しないのだ。支配されている状態が普通になってしまっている以上、自我は崩壊寸前なんじゃないだろうか。だからこそ、支配下を逃れたことで己を保てなくなっている。
「……普通、奴隷化する罪人にだってこんな強力なモノは使わない。これではまるで」
言いかけて、口を閉ざす。さすがにこれを口にするのは憚られた。
だが、シルヴァンも王太子殿下も俺が何を言おうとしたのかは察しているだろう。
俺は、こう言おうとしたのだ。【これではまるで、捨て駒ではないか】と。
「ルシアン。可能かどうかを教えてほしいのだが」
ふと、王太子殿下が口を開いた。
ああ、なんか一気に顔つき変わってしまったな。
「なんでしょう」
「これらを感知できる魔道具は作れないか?」
どうやら殿下、他にも仕掛けられている者がいると考えているらしい。
俺もその考えには同意だ。間違いなく他にもいるだろう。
「私では難しいですが、出来そうな職人に心当たりがあります。すぐに手配しましょう」
「すまない。頼む」
「いえ。他にも何かあれば遠慮なくお申し付けください。協力は惜しみません」
これは本心。さすがに俺もここまでやっているとは思ってなかったよ、王妃殿下。どう考えても最悪の手段だ、絶対にタダでは済まさん。
王妃殿下には心を砕いてまで支えてくれるような臣下はいない。あの人の周りにいるのは、務めとして自分に与えられた職務をこなすだけの者と、甘い事を囁いて取り入ってる奸臣だけだ。
だからこそ、今回の件は殿下も違和感を感じたのだろう。今までならこんな騒ぎを起こす前に、誰かしらから密告が入っていた。陛下は王妃殿下の周囲に、自分の手の者を複数紛れ込ませている。だから、こんな事態が起こるはずがないのだ。
あ~、どうしよう。マジで殺したくなってきた。もういらねーだろ、アレ。
「……ルシアン。もうひとつ頼みがある」
王太子殿下の覚悟を決めたような表情。
ああ、王族として決断したんだなとわかった。であれば俺は臣下の一人として出来るだけの事をするのみ。
「なんなりと」
「貴方の友人を。……紹介してもらいたい」
友人と言われ、今この状況で思いつくのは一人だけ。
そして、その友人に協力を仰げば、もう後戻りはできない。それは殿下も知っているはずだ。
その上で協力を要請してきたのだ、覚悟を決めたと言うことだろう。
「御意」
ただ静かに、一言。
王太子殿下。我が息子の親友でもあり娘を可愛がってくださっている貴方一人に全てを押し付けるつもりはありません。
必ずや最良の結果へと導いて差し上げましょう。
**********
例の件の翌日。
王妃の周辺にいた人員の総入れ替えが行われた。
元から王妃の側にいた人間で残っているのは、母国から連れてきた侍女二人だけ。後は全てが陛下の名のもとに配され、新しい人員となった。
当然、王妃は猛反発した。
だが、街での騒ぎで王家の信用を失墜させた責任を問われ、この程度で済ませたことに感謝しろと言われると何も言えなかったようだ。
当初、王妃は部下が勝手にやったことで自分に責任はないと言い張っていたのだが、陛下からは、仮にそうだとしても連中の責任者はお前だ、それを監督しきれていなかった時点で同罪だと強い口調で言われてしまい、さすがに反論できなかったらしい。下手に騒いでいらんことまで追及されても困るのは自分だ、引くしかなかったんだろう。
「バカだバカだとは思っていたが、ここまでとはなぁ……」
なんかもう、本当に溜め息しか出ないよ。
あれから一週間が経っている。
シルヴァンはあの場で宣言した通り、あれから毎日、レティの護衛をしている。王太子殿下からは近衛の制服を着たままで護衛しろと言われているらしく、本当にその通りにしているよ。まあ、レティの場合、すでに治療師として国に認められた存在だからな、警護として近衛騎士がついてもそこまで不思議ではない状況なのが助かった。
「何言ってんですか、昔から全然変わってないですよ、アレ」
「アレって言うな」
一応仮にも、一国の王妃をアレ呼ばわりするんじゃない。
「いるだけで害にしかならんバカはアレでいいでしょ。それより例の魔道具に関しては、王太子殿下から陛下に報告済み、陛下は完全に王妃を切る方向で動き出したようです」
そんな報告を持ってきたのは、もちろんザック。優秀な従者様は、王家からの説明が来る前にサクッと自分で色々と調べてきてくれたよ。……優秀なのはありがたいんだけどさ、当たり前のように王家相手に諜報活動するのやめてくれないかな。バレたらウチなくなるぞ。
「そんなヘマしません」
「だから、なんでわかるんだよ!」
「わかるもんは仕方ないっしょ。つーか、旦那がもうちょいうまく隠せばいいだけです」
「俺の所為にしないでくれるかな」
「旦那の所為でしょ、どう考えても」
なんでだよ!!
じろりと睨むも、ザックはどこ吹く風。
くっそう、ホント覚えてろよお前。そのうち仕返ししてやるからな。
「はいはい、楽しみにしてます。それより、来週からどうする気ですか」
「人の考え読んだ上に軽く流すのやめてほしいんだけど。……来週?」
なんかあったっけ?
首を傾げたら、思いっきり溜め息吐かれた。失礼だな、おいっ。
「旦那……しっかりしてくださいよ。来週から若が王太子殿下にくっついて友好国へ行くことになってるっしょ」
「うん? ああ、それか」
それがどうかしたか?
「で、旦那はごり押しされた件で、日中はほぼ出かけることになってますほぼ同じ日程で」
「うん、そうだけ…………ああっ!?」
「そうですよ。お嬢の護衛、どうするんですか」
やっべぇ、忘れてた!!!
シルヴァンからも、自分がいないときは頼むって言われたじゃん俺! なんで忘れてんだよ!!
やべぇ、マジでやべぇ。
どうすっかな……途中抜け出来そうな所は抜けるとしても、全部は無理だ。最初っから行かない……は、もっと無理だな、うん。一応仮にも、転移門関係の集まりだ、代理とはいえ管理責任者が顔を出さないとかないわ。
取り敢えず、学園内はクリスについてもらうとしても……もう一人必要か。貴族相手だとクリスじゃ不利だしな。どうすっかな。
ザックからの指摘でとんでもないことを思い出した俺、この後延々と頭を悩ませることになった。
でもまあ、その夜に某友人に愚痴ったことで解決するんだが……いや、うん。これは仕方ないんだよ。頭の痛くなる事態が発生するかもしれないけど、仕方ない。
そこは諦めようか、俺。
 




