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*閑話* ペリーヌ・バロー(ヒロイン)

誤字報告ありがとうございます!


 バロー男爵邸。

「なんなのよ! なんでうまくいかないのよ!」

 クッションに当たり散らしているのは、ペリーヌ。

 一応、男爵家の末娘という事になってはいるが、両親はここからかなり離れた農場で働いている男爵家の使用人で、ペリーヌには男爵家の血は一滴たりとも入っていない。

「せっかく予定より早く出会えたのに……!」

 ギリっと歯ぎしりしながらこれまでの事を思い起こす。



 そもそもペリーヌが男爵家に引き取られるきっかけとなったのは、彼女自身の魔力の多さ。十歳の時に行われる教会での適正検査で判明したのだが、ペリーヌはそれをたまたま様子を見に来ていた領主の目に留まるように、大げさに喜んで見せたのだ。

 ペリーヌは間違いなく両親の子だが、どちらにも似ていない。加えて平民ではあまり見る事のない魔力量の多さに、男爵はペリーヌがどこかの貴族のご落胤ではないかと考えた。……そう見えるように、ペリーヌは男爵に聞こえる位置でそれらしきことを口走ったのだが、男爵は見事にそれに引っかかった。


 こうして渋る両親を説得して男爵家に迎え入れられたところまでは、よかった。


 最初にオカシイと思ったのは、入学式。

 ここから始まるんだと意気込んで乗り込んだものの、イベントらしきものは発生しなかった。自分が不注意からぶつかってしまうはずの第二王子も、その婚約者である悪役令嬢の姿も見当たらない。

 何かがおかしいと思いつつも、ゲームで見た台詞を呟きつつ辺りを窺っていた時、ふと目に入った一人の少女。

 やたらとカッコいい男性の隣で、ふわふわと微笑んでいたその顔は、確かに見覚えのあるものだった。

 ゲームで見たような、傲慢なお嬢さまの雰囲気は欠片もない。可愛らしい容姿そのままの、穏やかな雰囲気の美少女。

 間違いなく、レティシア・グランジェだ。

「なんで……なんで、悪役令嬢なのに」

 ゲームでは、その妖精のごとき愛らしい容姿とは裏腹に、傲慢でキツイ性格をしていて、婚約者である第二王子に近づく女性は容赦なく陥れ、排除していくはずの少女。そのギャップが堪らないと一部では人気だったのだけれど、レティシアはヒロインがどのルートを選ぼうとだいたい最後は悲惨なことになる。最悪は王子たちのルートでの処刑エンドだ。

 正直、かわいそうだなと思わなくもなかったが、ゲーム内とは言えかなりえげつない事もやっていたので自業自得でもあった。だから自分には関係ないと思ってたのに。

 思わず凝視していたら、隣の男性が何かに気づいたようで、悪役令嬢に話しかけると奥へと消えて行った。

 そして、その時になって、やっと男性の正体に思い当たった。

「ルシアン・グランジェ……? え、あんなカッコよかったっけ? もっと、くたびれた感じの……ええっ!?」

 全然、違った。

 整った顔はそのままだが、ゲームでは妻を亡くしてからは塞ぎがちで一人娘が窮地に陥っても淡々としていた感じだった。

 それが、現実はどうだ。

 物凄くカッコイイ。自分と同じ歳の娘がいるとは思えない若々しさ、攻略対象だったら絶対に落としたいと思うくらい好みだ。ゲームだったら是非とも攻略したかったが、さすがに現実では年が離れすぎているし、悪役令嬢が自分の娘になるのはちょっと無理。だけど、これなら本命のシルヴァンは期待大だと、一年後の攻略可能が訪れるのが楽しみだった。……この時、は。



「どうして……どうしてよ! 全然シルヴァンさまに近づけないじゃない! 他の連中もなんなのよ、全然言う事聞かないし!」

 最終学年になり、もうあまり余裕がないのに。

 シルヴァンルートを開くための二年目の攻略は、真面に進められたのはヤンとジェレミーだけ。でも、途中からおかしくなってしまったので、うまくいったのかは不明だ。

 他の攻略対象はもっと微妙で、ディオンは最初からかなり警戒されていたから難しかったし、リオネル王子は接触はできたもののいまいち思うように事が運ばなくて、焦って婚約者を利用して好感度を上げようとして失敗してしまった。割とうまくいっていたはずのマリウス王子は、卒業式の後に仕上げをするつもりだったのがいつの間にか留学していた。

「これも全部、あの女がシナリオ通りに動かないからよ!!」

 考えただけでも腹立たしい。


 そもそも悪役令嬢が役割を果たさないから、自分が周囲から同情してもらえない。

 本当は同じ魔法科だったはずなのに、なぜか普通科にいるのもオカシイ。

 しかも悪役の癖に聖属性魔法の適正有りで、すでに治療師の資格を持っているという。


「聖属性だって、本当は私に有るべきじゃない! なんであの女なのよ!」

 公式設定では、ヒロインである自分は聖属性の適正有りで、悪役令嬢は闇属性。故に負の感情を増幅しやすかったものの、それを操る事にも長けていたので、色々な悪意を周囲に悟られる事なくばらまいていた。最終的にはそれをマリウス王子が見抜いて追及し、逆切れして暴れたことで事実とされて処罰されるのだ。

 この時の暴れ方がルートによって異なり、王子たちのルートでは王族に危害を加えようとしたという事で反逆罪が適用され、最終的に処刑という末路を辿ることになるのだが。

 しかし、現実はどうだ。聖属性の適性は悪役令嬢にあり、ヒロインである自分は闇属性。設定とは逆だ。

「それによ! どうしてシルヴァンさまがグランジェ家に居るの! 彼はカンタール家で虐待されて育ったはずなのに! しかもなんであの女と結婚しているのよ!」


 これが、一番腹立たしかった。


 ゲーム通りなら、シルヴァンは両親から虐待されて育ったが為に、極度の人間不信。それをヒロインの優しさが次第に解きほぐしていくのだ。完全に信頼を得た後は激アマ対応になるシルヴァンの変貌も、人気のひとつだった。

「ゲームと同じだと思ったのに! どうして、こんな……」

 最初に違和感を感じた時にもう少し考えるべきだったのかもしれないと、今更ながらに思う。

 自分だって、ゲームをより有利に進めようとして開始時より前から色々と準備していたのだ。他の人だってそうなるようにしていた可能性があったんじゃないのかと。

「誰……一体、誰なのよ」

 改めて考える。

 設定から一番おかしな状態に陥っているのは、悪役令嬢がいるグランジェ家だ。入学式で見たルシアンがそもそも違い過ぎている。公式設定だと無気力で何事にも関心を示さない人物となってたが、実際には正反対だ。健康的で魅力にあふれ、自分と同年代ですら夫にするなら彼がいいと言わせるほど。

「グランジェ家……そうよ、だいたいなんで奥さんが生きてるの? あの人、呪いでとっくの昔に死んでるはずなのに」

 ゲームでは誰が、とは語られなかったが、とあるルートでは夫人の死因が明かされている。それによると、何者かに呪詛を植え付けられた事による衰弱死で、解呪する以外に助かる方法はなかった。その死が悪役令嬢をさらに悪化させるのだ。

「おかしい……どうして? 設定じゃ治せないみたいなことが書いてあったのに」

 呪詛は強力で、聖女クラスの能力がなければ解呪は不可能とされていたし、ゲームでは話に出るだけで聖女の存在なんて明らかにされていなかった。だいたい、この国に聖女はいないのだ。助かるわけがない。

 だから、生きているなんて知らなくて、ルシアンに奥さんを亡くしたんだから、なんてことを言ってしまったのだ。直後に向けられた目、殺されると本気で思ったくらい怒らせてしまった。

「そうよね……設定通りならルシアンはかなりの愛妻家だもの。ああ、失敗したわ、まさか奥さんが生きてただなんて!」

 シルヴァンを攻略するためにも、彼と一緒にいる事が多いルシアンに取り入っておきたかったペリーヌ。ルシアンが悪役令嬢の父親とは言え、自分はヒロインだ。他の攻略対象者たちと同じようにすれば、きっとゲームの強制力とかが働いて自分に有利になるように取り計らってくれるようになると、何の根拠もなく考えていた。

 実際には、そんなことは有り得ない。だが、ここがゲームの中の世界だと信じて疑わないペリーヌは、自分にとってだけ都合よく考えるのが常だった。

 そもそも、そんなに都合よく事が運んでいたらこんな状況になっていないのだが、そこに思い至らないところがペリーヌだった。

「グランジェ家……きっとあそこが元凶なのは間違いないわ。でも、誰だろう。ルシアンは、もうちょっと近づかないほうがいいよね……奥さんが死んでれば落としたかったけど、死んでないんじゃ無理だろうし。結構タイプなんだけどなぁ……まあ、仕方ないよね」

 あの家の誰かが、自分と同じ転生者なのではないだろうかと漸く疑い始めたのは少し前。だからこそ、この前ルシアンに接触したときに、敢えてイベントだの好感度だのと口に出して反応を見たのだ。だが、その時の困惑した様子からして、ルシアンは違うだろうとペリーヌは結論付けていた。

「でも……そうなると、ゲームに出てきたキャラじゃないのかしら? きっと、グランジェ家に関わる人間だとは思うんだけど……どう考えてもあの家が一番おかしいもの」

 その、ペリーヌの読みは正解ではある。だが、すでに元凶を違うと排除している時点で真相に気づくことはないだろう。そもそもペリーヌはグランジェ家の人間とは接触がないので、探りようもないのだが。


 まさか、ルシアンが十年以上も前から未来を変えるべく行動していたとは思いもしない。

 ルシアンが近衛を辞め、職人の道を目指した事で得た出会いによって、聖女とも繋がりを持つことになったなど想像もつかない。


 ゲームの中の狭い世界に固執し、ゲーム内の知識だけで答えを導きだそうとするヒロインが、真相に辿り着くことはない。



 **********



 その頃、グランジェ邸では。

「あらあら。随分と荒れているのね」

 魔道具に映し出される光景に、エレーヌが困ったような顔をして呟く。

 現在、エレーヌはルシアンにすら内緒でバロー嬢の監視をしている。家族を守ろうと奮闘している夫の少しでも助けになりたくて、某王族の護衛騎士をやっているルシアンの友人に相談し、この魔道具を借り受けたのだ。

「きちんと現実を見ていれば、もっと早くに気づけたでしょうに。……認めたくなかっただけかしら?」

 小首を傾げて呟くエレーヌは、いつものように柔らかな微笑みを浮かべてはいるものの、いつもの柔らかな雰囲気はない。底冷えしそうなほどに冷たい目で魔道具から流れてくる映像を見ている。

「娘と同じ歳だもの。かわいそうだなって思わなくはないのよ。でもね、私は旦那さまと自分の家族が大切なの」

 きっぱりと口にするエレーヌ。

 騎士の名門グランジェ家に生まれたエレーヌにとって、穏やかに見える外見は自身の苛烈な性格を隠す都合の良い隠れ蓑となっている。極一部しか知らないこの性格、夫であるルシアンは知っているが他に知るのは両親と兄だけだ。尤もルシアンには偶然知られてしまったので、自分から明かしたわけではない。知られた時は幻滅されるのではないかと震えたのに、ルシアンは本当にいつも通りで、可愛い上に頼もしいと嬉しそうに笑っていただけだった。

 あの時からエレーヌにとってはルシアンこそが何よりも守りたい存在となっている。そのルシアンを煩わせる存在など、許せる筈がないのだ。

「私の大切な人たちを傷つけようとするなど……絶対に許さないわ」

 呟くエレーヌの声は、凍りそうなほどに冷たい。


 ある意味、一番厄介な人物の逆鱗に触れたことに、ペリーヌが気づくことはない。



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