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36 ヒロインは思い込みだけで突っ走る生き物


 さて。

 マリウス殿下の件、裏付けが終わって元凶がはっきりしたそうです。まあ、考えるまでもなく王妃殿下なんだけどさ、一応ね。ただ、元凶がはっきりしたからと言って、何かできるかと言えば現状はできることはない。殿下の留学に関しても、いまだに王妃殿下の反発が激しいそうですよ。事あるごとに呼び戻そうと頑張ってるようなんですが、そこは、ほら。無能を絵にかいたような方だがら、連絡の取りようがないという。そこにヒロインも噛んでいるから余計にややこしいことになっているらしいんだが、詳しいことは知らん。

 そうそう、王妃殿下の動向に関してはマリウス殿下が留学前に全面的な協力を約束してくれたので、王妃殿下の情報は前よりも入って来るようになったよ。殿下の従者は、割と簡単に王妃殿下に接触できるんだって。つーか、殿下の様子を知りたくて仕方ないみたいで、ちょくちょく呼び出されたりもしているから怪しまれずに探りを入れられると笑っておられたよ。殿下、感謝します!

 マリウス殿下もね、ちゃんと話してみると気の好い青年だった。あの二重人格っぽいのはやはり抵抗する自分自身と母の支配下にある状態の自分がせめぎ合っての事だったらしい。本当に稀に、ふと完全に自分を取り戻せることがあって、そういう時は大概、視界に入る距離にレティがいたんだと。なので、無意識と言うか何とかしてもらえるんじゃないかって思ってたらしい。


 もう、本当に申し訳なかった。


 俺が思い込みだけで判断して避けたりしてなければ、ここまで苦しませることもなかっただろうに。その点は本当に申し訳ない。

 殿下は、あの状態の自分に大切な娘を近づけたくないと考えるのはあまりにも当然の事で、謝罪は必要ないと言ってくれた。ああもう、本当に優しい王子だよ。ますます自分の失態が許せない。

 まあ、お詫びもかねて一通りの事が終わったら近衛に復帰する予定なのでそれを伝えたら、その時は色々と話を聞かせてほしいと言われた。ええもう、俺でよければいくらでもお相手しますとも。どうやら殿下、俺が独自に開発したちょっと毛色の違う魔道具にも興味津々なようなのでね。学園も魔法科で成績は優秀だったと聞いているし、グラフィアスで学んで経験を積めば将来的には化けると思うんだ。


 で、だね。

 レティの卒業まで、あと約一年。攻略が全くと言っていい程に進んでいないペリーヌ・バローは、かなり焦っている。

 本命だろうシルヴァンとは相変わらず碌に会う事も出来ず攻略どころではないし、リオネル殿下には最初から相手にされてなかったし、味方に出来そうだったマリウス殿下は卒業すると同時に留学してしまったので今では接触は皆無。

 甥っ子ディオン君は最初っから怖がって避けまくってたし、一時期は僕と化していたジェレミーも団長が婚約者を決めたことで落ち着いて差し障りのない対応しかしなくなり、やはり一時期はバロー嬢の味方をしていたヤンは、婚約者を悪者に仕立て上げられそうになったことでバロー嬢を完全に見限った。


 どう考えても完全に詰んでる。


 だがしかし、それでも諦めないのがヒロインだ。……いや、諦めてくれないかねマジで。もう、何をどう考えても巻き返しは無理だから。攻略対象外で作った取り巻き共で満足してろよ。で、そこから本命選べ。それが一番平和だ。

 そんな事を考えつつ、本日は学園に来ている俺。今日は魔術オタク共への講義だ。

 少し早いが準備室を出て講義をするための教室へ入る。

 基本的に手の空いてる教員が手伝ってくれるので、誰かしらいるだろうなと思ったけどやっぱりいたわ。なんで三人もいるんだよ暇なのか。

 まあ、言っても無駄だなと思って軽く今日の講義内容を説明して話をしながら準備を進めていると、誰かが教室に駆け込んで来た。

「騒がしい。何事ですか」

 手伝いをしてくれていた教師の一人が対応してくれたが。


 おい。なんでヒロインがここへ来るんだ?


 内心の動揺を隠しつつわざと怪訝そうな顔をして、取り敢えずは事の成り行きを見守る。

「ル……あの、グランジェ伯爵にお願いが!」

 こいつ、いま俺の事名前で呼ぼうとしたな。

 もしかして、コイツも続編知ってるのか?

「貴女、授業はどうしたのです。ここは生徒が来る場所ではありませんよ」

「お願いです、少しだけでいいんです! 話を聞いてください!」

 何やら必死に訴えてくるので、困ったらしい教員がこちらを見る。

 仕方ねーなと頷くと、教員はここから入ってこないようにと言い聞かせてから話すことを許可した。

「あ、あの! 貴方がシ……グランジェ先生の後見人だって聞きました」

「そうですが」

「どうして親から引き離すようなことをしたんですか!?」

「き、君! なんて失礼な事を!」

 教員が慌てて黙らせようとしたが、ヒロインは止まらない。

「小さい子を親から引き離すなんて! 可愛そうだと思わなかったんですか!」


 う~ん……


 ちょっとヒロインの狙いがわからないな。

 ゲームの情報を知っているなら、シルヴァンが虐待されていたことは知っているはず。なのに、俺に突っかかってくる理由はなんだ?

 公式の情報と違うから、なぜそうなったのか知りたいって事か? そこから打開策でも探そうって感じかね?

 まあ、別に隠してるわけじゃないっつーか、わりと知られている話なんだけどな。本当に知らねーのか?

「……君には関係のない話だと思うが、まあいいだろう。息子はね、生家ではいらない子として扱われていた。私は自分の跡継ぎを捜して妻の血縁者の中から候補を捜していた時にその事を知り、我が家で保護することにした。これは割と知られている話なのだがね」

 呆れ半分と言う感じで説明してやると、教員も知っていると同意してくれたよ。シルヴァンを社交界デビューさせた時にカンタール家には色々と言われたりやられたりしたけど、誰もあちらの言い分は信じなかったのは社交界では有名な話だ。

 ちなみに、生家での扱い云々を広めたのはシルヴァン本人ですが何か。

「貴女が何を思って私にそれを確認したのかは知らないが、他家の事情に口を出すのは感心しない」

 関係ないんだから黙っとけと言ったつもりなんだけど、引っ込みそうにないぞコイツ。

「で、でも、だからって、無理やり自分の娘と婚約させるなんて! 本人の気持ちも考えないで強制するなんてひどいです!」


 あ、なるほど。そこへ持っていきたいのか。


 要するに、本人の意識に関係のない婚約何てヒドイって言いたいんだろう。……俺は本人の望みを叶えただけなんだがな? つーか、もう結婚しているっつーの。本当に自分に都合の悪い事は覚えられない性質らしい。

「貴族であれば政略結婚など当たり前だ。家の為、治める領地に暮らす人々の為により良い条件の相手と婚姻を結ぶのは貴族に生まれた者の責務だ」

 貴族として当たり前の事を口にすれば、それでも納得は行かないようで更に何か言って来ようとしたので。

「それに、娘との婚約はシルヴァンが望んだことだ」

「えっ?」

「私はシルヴァンを跡取りとして引き取りはしたが、婚姻相手を強要したことはない。娘との婚約は息子の意志であり望みだ。私はそれを許可したに過ぎない」

 きっぱりとそう告げると、目を見開いたバロー嬢。シルヴァンの婚約にしたって、あいつが惚気てあちこちで話をしているから有名なんだけど。なんで知らないんだよ。

 小さな声で信じられないって繰り返し呟いてるけど、大丈夫かコイツ。本当に自分に都合のいい事しか見てこなかったんだな。

「他になければ退出を。私も暇ではないのでね」

「ま、待ってください!」

「……まだ何か」

「お願いです、シルヴァンさまに会わせてください!」

 おおう、俺に頼むのかよ。直球だな、おい! つーかお前、気やすく名前呼ぶなって前に言っただろ。覚えてねーのかよ。

 ああ、教員が何言ってんだコイツって顔している。うん、わかるよ。俺もそう思ってるから。

「なぜ?」

「なぜって、私はシルヴァンさまと話をしなければならないんです! そうしないと好感度が上がらなくて、イベントが起こせないんですよ! 私とシルヴァンさまが幸せになるためには絶対に必要な事なんです!」


 うわぁ……


 思わず声に出しそうになってしまった。イベントとか言うかこの状態で。やっぱりシルヴァンルートまだ諦めてないんだな。

 ああもう、教員は完全に理解不能なモノを見ている目だよ。

「ええと……申し訳ない。貴女が何を言っているのかわからないんだが。好感度? イベントとは何のことだ?」

 本当はわかっているけど、困惑を隠せないって顔で聞き返してみる。

 一瞬、ヒロインが意外そうな顔をしたのが気になったが……もしかして、シルヴァンの周囲に転生者がいると踏んでたのかな。まあ、尽く出会いのきっかけを潰されてんだから疑いたくはなるだろうな。別にいいけど、いくらでも試してもらって。その程度でボロを出すほど迂闊じゃないし、俺。

「あ、いえ! あの、わたし、シルヴァンさまと仲良くなりたいんです! でも、全然会えなくて困ってるので、会わせてもらえないかと思って」

 上目づかいでこちらを窺いつつ、可愛らしくお願いしているつもりなんだろう。純情なおこちゃま達だったら引っかかるかもしれんが、俺みたいな親世代の年上相手にそれは通用せんぞ?

 しかしまあ、会いたいって希望は引っ込めないんだね。もちろん却下だけど。

「臨時とは言えシルヴァンはこの学園の講師。生徒と必要以上に接触するのは好ましくないだろう。貴女の要望には応えられない」

「そんな!」

 ショックと言わんばかりの顔をしてるけど、そもそもなんでよく知りもしない俺にいきなりそんなこの頼むんだ。意味わからんわ。

「いまの内に仲良くならないと、先に進めないんです! お願いします!」

「……さっきから貴女は何を言っているんだ? 息子のプライベートに土足で踏み込もうとするのは止めてくれないか」

 もう本当にいい加減にしてくれよ、面倒だな。

「だって、せっかく学園に入ったのに全然会えなくて、話が出来ないんです! 私は彼と仲良くならなきゃいけないんですよ!」

「だから、それがわからないと言っている。そもそもの話、パートナーのいる異性に必要以上に近づこうとするなどマナー違反もいいところだ」

「だって、それは! 彼の本当のパートナーは私なんです! 私じゃなきゃ彼の孤独を癒してあげられないんですよ! 息子さんがかわいそうだとは思わないんですか!」

 でたよ、かわいそう。いまのシルヴァンの何を見てかわいそうと言っているんだか、本当に。

「貴女にかわいそうと言われる理由は、息子にはないが。何を勘違いしているのかは知らないが、迷惑だ」

「どうしてそんな意地悪を言うんですか……」

 うっわ、泣き始めた。もう、マジでメンドクサイ。

 ちらっと教員の一人に視線を送れば、頷いてくれた。すまん、任せるよ。

「いい加減にしなさい。自分の我を通すために伯爵を利用しようとするなど何を考えているのですか」

「り、利用なんてそんな! 私、そんなつもりじゃ」

「だったらどういうつもりです。そもそもグランジェ男爵は婚姻済みだと何度も説明しているでしょう。妻のいる男性に懸想し、ありもしない話をして面会を求めるなど、貴女はグランジェ家を侮辱するつもりですか」

 かなり強く言ってくれてる教員に感謝。そのまま言いくるめてください。

 俺は二人の会話と言うか、一方的な説教を聞きつつ手伝ってくれてる教員二人と話をしつつ準備を進めていたのだが、ヒロイン粘る。いやもう、ホントにどっか行ってくんねーかな。

 内心うんざりしつつつも準備を進めていたのだが、どうやら先に教員が我慢の限度に達したようだ。警備よんじゃったよ。

「指導室へ連れて行ってください」

 駆け付けて来た警備にヒロインを渡して教員がそう告げた。

 これでやっと静かになるなとほっとしていた時だった。

「どうしてわかってくれないんですか、大好きな人が側にいない辛さが! ルシアンさま、貴方だって奥さん亡くしたんだからわかるでしょう!?」

「は?」

 ぐんっと部屋の温度が下がる。

 冷気の発生源はもちろん俺。気づいた教員の一人が慌てて止めに入って来た。

「は、伯爵、落ち着いてください!」

 顔面蒼白で止めに入って来るが。


 コイツ、何を勝手にエレーヌ殺してんの?


 他の事ならいざ知らず、エレーヌがいない的な発言は見過ごせない。

 さすがに俺の雰囲気がガラッと変わったことで若干顔色を悪くはしているが、その程度で済ませているのはさすがと言うべきか、鈍いだけなのか。

 まあ、どっちでもいいけどな。

「私が妻を亡くしたと言ったな。どう言う意味だ、それは」

 怒りを隠さずに言えば、怯えながらも訳が分からないと言った顔をした。

「えっ……だって、原因不明の病で亡くなったって……」

 震える声でそう言いつつも、なぜって顔を隠さない。

 確かに設定だとエレーヌは当の昔に故人となっているはずだった。それは認める。だが、これまでにも何度もコイツの目の前に夫婦で姿を見せていたのに、なぜ気づかないんだ。ゲーム上の設定とここが必ずしも一致しないのはもうわかっているはずだろう。

 戸惑いを隠せないヒロインのその様子に、教員の一人がもしかして、と声を上げた。

「伯爵の奥様は重病を患い、床に臥せていた時期もありましたが、現在は快癒されて健康そのものですよ。この学園にも何度か奥様を伴っていらしたことがあるでしょう。貴女もその場にいて見ていたはずですが、何を勘違いしたんですか」

「え? あ、あれって、奥様……だったんですか? え、なんで?」

 繰り返し、なんでと呟くバロー嬢に、聞いていた別の教師が切れた。

「いい加減にしなさい、ペリーヌ・バロー! ここは生徒の立ち入りを制限しているエリアです! 無断で入って来ただけでも問題だと言うのに、グランジェ伯爵を煩わせるとは! こっちへ来なさい!」

 あわれヒロイン、キレ気味な教員と警備に問答無用で引きずられて退場。なんかまだ喚いてるけど知らん。もう来るな頼むから。


 …………なんか疲れた。


 思わず溜息がこぼれる。本当に、なんなんだあの小娘は。いくらなんでもぶっ飛びすぎだろう。

「申し訳ありません、伯爵。ご不快な思いをさせてしまいまして」

 残った教員二人が、揃って頭を下げている。

 いやいやいや、貴方たちに責任ないから。あの小娘がオカシイだけだから。

「気になさらないでください。しかし、なんと言うか……彼女ですよね、魔法科で何かと話題だと言う生徒は」

「そうです。確かに、魔法関係の成績は優秀と言えるんのですが……」

 言い淀んだ。うん、わかるよ。問題児だって有名だもんな、いまや。色々とやりすぎて周囲の顰蹙買ってるらしいからな。

 青田買い目的で様子を見に来ていた王宮魔導師たちも、一応は目を付けていたので学園側から定期的な報告はしてもらっていたらしい。その結果、性格に難ありで王宮務めは無理だと判断したそうだ。そらそうだよな、婚約者がいようと妻がいようと関係なく近づいては、誘惑するような言動を取っているんだから。

 まあ、バロー嬢がそれをやっていた相手は主に攻略対象者たちではあるけど、周りから見たら将来有望とされる子息たちを狙い撃ちにして誘惑しようとしている節操なしでしかない。そんなのが王宮に来て問題でも起こしたらそれこそどこまで話が大きくなるか想像もつかない。いくら優秀だと言っても、こんな爆弾は抱えたくないだろう。

「妄想癖でもあるんですか、あの生徒は」

 一応、どういう認識でいるのか確認しておく。本当は前世の記憶云々な話なんだが、そんな事をここで言ったって信じられないだろうし。

「そうですね……異性に対しては特に、そういった傾向は強いかもしれません。なんと言いますか……自分は無条件に好かれると思い込んでいるところがあるようでして」

 あ、やっぱりそう思ってるのか。そらそうだよね。

「どうにも特定の数人に対する執着が強いと言いますか。特にその執着を見せているのがグランジェ男爵なのは伯爵もご存じかと思いますが、他にも数人そういった対象がいます」

 おや。どうやら学園側もそれなりに見ているらしい。

 確かに本命がシルヴァンなのは変わらないんだろうが、他の攻略対象者たちにも近づこうとしていた事には気づいていたようだ。傍観してたのか、特に何もしていないようだったから気づいていてないと思ってたんだけど。


 取り敢えず、バロー嬢の事は学園に任せると伝えて、我が家は彼女には一切かかわらないと伝えた上で今後の対応はぶん投げた。学園側もヘタに俺に介入されるよりはその方がいいだろうしな。どちらにしろこっちはあと一年の辛抱だし、好きにしてくれ。


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