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3 入学式です。


 運命の入学式ですよ!

 さあ、ここから本格的にゲームはスタートします。

 まず基本設定として、ヒロインは頑張り屋のドジっ子。オープニングではこのドジを入学式前にやらかして、早々にある貴族令嬢に目を付けられます。そのドジというのが、何もない所でいきなりこけて、王子に体当たりするってものなんだけど。その時、王子の隣にいた王子の婚約者に責められるわけですよ。不敬だのなんだのと。

 で、王子が止めに入って……といった感じで攻略対象の一人目と目出度くエンカウントするわけです。ぶつかった相手の婚約者に目をつけられるというオプション付きで。

「お父さま? どうかなさったの?」

 色々と考えこんでいたら、正面でレティが心配そうな顔をしていた。

 いかんいかん。

「いいや。あの小さかった娘が学園に通うようになったんだなぁと思うと感慨深くてね」

「まあ! いつまでも幼い私ではありませんわよ」

 ぷくっとふくれっ面で抗議してくるが。

 うん、そんな顔されると、まだまだ子供だなぁと思うよ。隣でシルヴァンも苦笑しているぞ。

「これはこれは。レディに失礼した」

「もう、お父さま!」

 恭しく謝ったら、余計に怒られた。揶揄ったつもりはなかったんだが、顔に出てたかな。だって可愛いんだもん。

「レティ、止めなさい」

「だって!」

「わかったから、落ちつきなさい。ほら、もう学園につくよ」

「あら」

 レティが窓から外を見てますよ。


 王立ベクルクス学園。


 基本、六年制の学園であり、学び舎は初等部と高等部に分かれている。

 十三歳から十五歳までが、初等部。

 十六歳から十八歳までが高等部。

 初等部は、高等部に通うための学力を身に着けるためにあるので、貴族の子女はあまり多くはない。貴族だと各家庭で教師を雇ってる家庭が多いから、初等部に通うのはどちらかと言うと上を目指す庶民のが多いかな。

 高等部は専攻別に三つに分かれていて、魔法科・騎士科・普通科となっている。ちなみにウチの子たちは二人とも普通科。様々なことを満遍なく学べるようにという本人たちの希望によるものだ。

 シルヴァンは騎士科からの勧誘がすごかったんだけど、本人がきっぱり拒否ってた。騎士科なんかいったら騎士以外の選択肢なくなるしな。

「どうしよう。緊張してきたわ」

 両手を胸の前に組んで、表情も硬くして呟いてるレティの頭を、シルヴァンが優しくなでている。レティは子ども扱いされたと膨れているが、手を払いのけるようなことはしない。なんだかんだ言っても、シルヴァンに頭を撫でてもらうの好きだからね。


 さて、馬車が学園に到着し、ここからシルヴァンとは別行動となるはずだった。

 俺はレティの付き添いなので、新入生が集まるホールへ向かうんだが……ここで思わぬ事態に遭遇。

 いや、こんなんとこで余計なのとエンカウントしたくないんでさっさと二人連れて立ち去ったけどね?

 瞬間的にシルヴァンがブリザード吹き出しそうな様子になったからマジ焦ったわ。レティは訳が分からずにきょとんとしてたけど。

 取り敢えずシルヴァンは宥めて、この後は裏方仕事があるらしいのでそちらへ行かせた。お前、本当にレティが絡むと沸点が低すぎるぞ。

 俺の方はレティを連れてさくっと受付を済ませてたところで義兄とディオンがやってきて合流出来たので、そのまま一緒にホールへ入るとすでに大勢の新入生と父兄が来ていた。

 ここで更にディオンの婚約者であるルシールとも合流、子供たちはそのまま仲良く自分たちに割り当てられた席に移動していった。あの二人が同じクラスでよかったよ。

「しっかし、すごい人数だな」

 改めて会場を見回してみたけど、かなり人が多い。一昨年、シルヴァンが入学したときにも来たけど、今回のほうが人数多い気がする。

「今年は魔法科のクラスが増設されたから、そのせいもあるだろう。留学生も多いと聞いている」

 義兄がそう教えてくれた。


 ……ん? 魔法科が増設???


「なんで魔法科なんです?」

「それはもちろん、お前の影響だ」

「は?」

 俺の影響?

 意味わかんないんだけど。

「今年からお前が講師連中に魔工学の指導をすることになっただろう。それを告知した上で追加募集を行ったところ、希望者殺到だったらしいぞ」

 え、何それ。

 なんでそんなことになってんだ? 俺、知らないんだけど。 ていうかさ、そもそも。

「……私が引き受けると返事をしたのは先週なのですが」

「ふむ。見切り発車が成功したという事だな」

「いや、いいんですか、それ」

「いいんじゃないか、別に」


 良くねーだろ。


 思わずそう突っ込みそうになってしまった。

 だって、オカシイだろ。正直に言えば乗り気じゃなかったからね、俺。レティのことがなかったら絶対に引き受けてなかったし。なんなんだよ、マジで。俺が受けなかったらどうするつもりだったんだ。

「まあ、言うなればそれだけお前は注目されているという事だ」

「余計な注目は必要ないのですが」

「そう言うな。ああ、始まるぞ」

 義兄の声に顔を上げれば、壇上では学園長の挨拶が始まっていた。

 こういった場では恒例だが、なんでこの手の挨拶って無駄に長いんだろうね。新入生たちが真面目な顔してちゃんと聞き入ってる姿には感心するよ。俺はあくびが出そうだ。

 あれ、そういえば。

「義兄上は来賓席ではなくていいんですか?」

 なんか、流れで一般の父兄席に来てるけど。

 普通、壇上近くの来賓席に行くもんなんじゃないの? この国の宰相だよね、貴方。

「行くわけないじゃないか。今日はディオンの父としての参加だぞ」

「いや、それが許される立場ではないでしょう」

「問題ない。この後に本命が登場するのだから」

 なんのこっちゃと思ったが、すぐに思い出した。

 そうじゃん、今日は陛下が直々に来るんだった。いや、時間的にもう来てるのか。その割にはあまり騒ぎにはならなかったようだけど。

「陛下なら時間ギリギリにいらっしゃる予定だ」

 こちらの疑問を察したかのように、義兄が説明してくれた。うん、こういうところを見せられると仕事ができる人間って感じはするんだよね。崩れた時とのギャップがものすごいけど。

 基本的に切れ者で通っている宰相閣下だから、さっきから周囲の視線を集めてますよ、当たり前のように。まあ、ガン見してくる無作法者はさすがにいないけど、それでもチラチラ視線を送ってきている。この機会にお近づきに、なんて考えている連中もいそうな雰囲気だ。

「ああ。いらっしゃったようだな」

 義兄の声に、壇上に視線を送ると。

 そこには、学園長に案内された陛下のご登場です。

 久しぶりにお姿を見たけど、相変わらずなご様子。陛下もかなりの美丈夫なので、女性からの視線が熱いですよ! それにしても、今日は随分とラフな格好されてますな。

 陛下から入学を祝う言葉が新入生たちに贈られ、ついでに今年から増設された魔工学を専攻した生徒たちには、今後の活躍を期待するとのお言葉が送られた。名前こそ出されなかったが、今話題の魔道具職人の協力を得ているので、是非とも励んでほしいともな!


 ……そこは言わないでほしかった。俺だってさっき知ったんだぞ。


 まあ、そんな感じで陛下からの挨拶はさくっと終了。

 基本的に入学式には在校生は出席しないんだが、手伝いや生徒会の連中は同席している。その中にマリウス王子の姿を見つけて眉をひそめていたら、義兄はこそっと耳打ちしてきた。

「予定ではこの場で王妃殿下が王子の婚約者候補を探していることを匂わせて、それとなく女生徒をお茶会に誘導、ついでにレティを搔っ攫って行く気だったようだ」

「なんですか、その杜撰すぎる計画」

 未だ婚約者のいない第二王子の相手を探しているなんてこんなとこで言おうものなら、生徒よりも父兄が殺到するだろうに。学園なんて丁度いい年回りの令嬢だらけだろーが。

「政務どころか公務にさえ碌に関わらない生活をしている王妃殿下には、その辺りは壊滅的に疎い。そんな発言をこういった場所でしたらどうなるか理解されておらん」

「え。大丈夫なんですか、それ」

「大丈夫ではないから、陛下も極力表舞台には出さないようにしている」

 王妃さまが以前にもまして表に出て来ないから何かあるんだろうなとは思ってたけど、相変わらずのダメ人間か。

 いやね、自国の王妃ながらちょっと信じたくないレベルなんだよ、あの出来の悪さは。近衛時代のアレコレでかなり残念な人だってのは知ってるんだけどさ。さすがにあれからそれなりの年数がたってるし多少は改善したかと思ってたんだけどダメだったらしい。そんなことまで判断できないほどだとは思わなかった。

 どうりで今回、陛下が出てきたわけだ。きっと、出席の件はなかったことにできなくて、陛下が来るしかなかったんだろうな。お二人が来なければ王太子殿下が名代を務めたかもしれないが、それだとマリウス王子が万が一、暴走したときのストッパーがいなくなるし。

「……相変わらず大変なんですね、王族の方々は」

「大変な思いをなさっているのは陛下と王太子殿下だ」

 尻ぬぐいも楽じゃないんだと、ぽそっと零した義兄の言葉が重かった。長年、宰相やってるだけに色々とみてきてるんだろう。

 そんなことを思いつつも壇上を見ていると、教師陣の紹介に続いて現生徒会の紹介と続き、最後に新入生代表の挨拶があって入学式は無事に終了した……かに、思えたんだが。

 終わった直後に突然、新入生の一角がざわついだ。

「なんだ?」

「最後尾のほうだな」

 すでに人だかりができているのでよく見えないが、誰か転んだらしい。


 ……ん? 椅子に座ってんのに転んだ?

 誰がそんな器用なことしたの???


 色々と疑問に思いつつも事の成り行きを見守っていると。

 どうやら何かの拍子に周りを数人巻き込んで椅子ごと倒れたお嬢さんがいたようだ。……くどいようだが、椅子に座ってんのにどうやって倒れたの?

「あの子、式の前に会場近くでひたすら独り言を言っていた子じゃないか?」

 義兄の位置から何か見えたようで、そう言われて。

 改めてそちらを見れば、丁度人垣の隙間から床に座り込んでいる少女が見えた。照れたような笑い顔で、周りに何か言っている様子。その近くにはマリウス王子の姿。そして、その顔に俺は嫌というほどに見覚えがあった。


 もしかして、オープニングにあたる部分で出会いイベントらしきものが発生しなかったから強引にそれっぽいの起こした? タイミング的に生徒会の退場に合わせてコケてるよね。という事は……あいつ、俺の同類か?


 いや、入学式の前、会場前で一人でぶつぶつ言いながら妙な動きしてたからアヤシイとは思ってたんだよ。あの特徴的ともいえる髪の色は見間違うはずもない、ヒロインの色だったからさ。あの時、レティを見て呟いた言葉は、やはり聞き間違いではなかったか。

 今後の展開を考えると、若干難易度が上がったような気がしないでもないんだが、早々に警戒すべき相手と確認できただけでも良しとしよう。向こうに俺という記憶持ちの存在がバレてない以上、こちらの方が有利に事は進められるはず。


 ヒロインは周りの様子を気にすることもなく、ひたすら王子の方をちらちら見ながら何か言ってるようなので、その可能性は高いように思える。そうだよね、本来は入学式の前に王子に突っ込んで、その隣にいるはずのレティに罵倒されるはずだったんだもんね。

「あの少女、少し目立つな」

 隣で義兄が微かに顔をしかめている。

 目立っている、とは良くない方向で目立っているという事。当たり前だ、父兄がわんさかいる会場なんであんなわざとらしい事をすれば、良い印象は受けない。高位貴族ほどその辺りはシビアだからな、確実に悪い意味で覚えられただろうさ。

「あの位置にいるという事は、下位貴族か市井の者だろうが。上位貴族の反感を買いかねんぞ」

 どうやら義兄の目にもわざとやっているように見えたらしい。いや、間違いなくわざとだとは思うけど。

 俺としてはウチの子たちに迷惑かけないなら好きにやってくれて構わないんだけど、あの様子じゃ無理だろうな。俺の予想通りに記憶を有していて、あくまでもゲーム通りの流れにこだわるなら、レティに悪役令嬢の役割を求めてくる。つまりは冤罪吹っ掛けられる可能性、大。

「レティに関わらせたくないなぁ、あれは」

 一応、義兄に聞こえるように呟いてみる。

「同感だ。ディオンにも注意するように言っておいた方がよさそうだ」

 お、同意見だったようだ。良かった。

「子供たちを回収して、さっさと戻りましょう。長居して絡まれたくありません」

「そうするか」

 本日はこれで終了なので、今日はさっさとレティを連れて帰る。

 シルヴァンはまだ帰れないので後で迎えの馬車を寄こす予定だったんだけど、義兄が自分とこの馬車で送ってくれることになった。まあ、どうせこの後ウチに集まる予定だったしね。


 こうして入学式は終えたんだが……俺としては、ターゲットの確認が出来たことだけは良かった。しかし、同時にとんでもない爆弾になりそうな予感が……どうか、杞憂でありますように。



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