表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/63

35 最終学年スタート


 愛娘も無事に三年に進級し、いよいよ大詰めの最終学年が始まりました。

 今のところは、だいたいこちらの計画通りに事は運んでいると思う。まあ、予定外なトラブルもあるにはあったが、この一年を乗り切ればこれまでの努力も報われると思うと気合が入るってもんだ。

 そんな感じで、学園が始まって一週間ほどたったこの日。学園から連絡があって、俺は泡食って駆け付けた。

 何が起きたのかというと、たまたま移動教室後で実習室から戻る所だったレティに出くわしたバロー嬢が、いきなりつかみかかろうとしたらしい。ただこれ、ディオンを始め周囲にいたクラスメイトによって阻止されたようだ。結果的に、クラスメイトVSバロー嬢という構図になったようで、レティは早々にクラスメイト達の手によって引き離され蚊帳の外だったんだと。当事者なのに。でも、クラスメイトのみんなありがとう! お礼にお菓子持ってきたから、後でみんなで食べてね!

 そんな訳で、いまは学園長室で経緯の説明を受けているわけなんだが。

「……つまり、普通科に通っているウチの娘が魔力操作の試験で魔法科の生徒を抑えて首位になったのはオカシイ、なにか不正をしているはずだ、と。そう言いたいわけですね?」

 若干の頭痛を感じつつそう聞きかえせば。

「バロー嬢の言い分はそうです。ですが、レティシア嬢の繊細な魔力操作や精度はいまや学園一の完成度で、教師陣を唸らせるほどです。試験の結果は当然であると、教員はおろか魔法科で首位争いをしている生徒達の間でも受け止められています」

「まあ、そうでしょうね」

 さすがに学園長も頭が痛いと言った感じだ。気持ちはわかる。

 もちろん、不正だなんだ言ってるのがバロー嬢だけってのは俺もわかってる。例のグラフィアス産の水、アレの治験に参加してくれた礼と言う名目で、格安でこの学園には卸してくれているから、騎士科だけじゃなく魔法科の生徒も個人的に購入してるのが増えてんだよね。体力回復だけじゃなくて精神的な疲労も緩和してくれると、評判になってるらしい。

 魔法科の生徒にしてみれば授業中や試験時は特に集中力が切れるのは絶対に避けたいだろうし、それを防ぐには十分な休息が必要。でも、そうすると勉強する時間が……という感じだったのが、騎士科の生徒からあの水を飲むと、なんか気分も楽になってる気がするという評判を聞きつけて数人がお試して購入。劇的なものではないが、確実に効果はあると断言したものだから、自分も自分もと徐々に広がっていったようだ。

 そしてその中には、バロー嬢から定期的に差し入れを貰っている連中もいるわけで。


 焦ったんだろうなぁ……下僕候補が順調に消えていってるんだから。


 あの水のおかげで、魅了の効果は順調に無効化されてる。いまバロー嬢の周辺にいるのって、自分の意思でいる奴だけだからそう多くはない。俺が確認できた限りだと六、七人かな。騎士科だけでも十人強の下僕候補が出来上がりつつあった状況から考えると、かなりの成果を上げている。だからこそ、焦って行動に出たんだろうけど……そこで矛先をレティに絞り込むのは浅はかというか考えなしというか。

 元からちょっと頭足りないんじゃねーのとは思っていたけど、本当に目に前の事しか見えてねーんだなと呆れるよ。まあ、俺が裏で色々と手を回してるとは思い至らないようだからな。ちゃんと考える頭を持っていれば、状況的に俺が怪しいかもくらいは思うはずなんだけどねぇ。

「それで、学園側としてはどう対処するつもりなのでしょうか」

 思い込みだけでレティを攻撃したんだから、それなりの対処をしてもらわんとこちらとしても納得は出来ない。

「十日間の停学を言い渡しました。最終学年が始まったばかりのこの時期に停学処分を受けたとなれば、本人が希望している魔導師団はおろか王宮関係への就職は不可能です。それどころか、地方であろうとも王宮関係の職は無理でしょうね」


 なるほど、将来への道を閉ざした事で勘弁してくれってことか。

 まあ、妥当っちゃ妥当だが。


 特に実害がなかった以上、これ以上の処分は難しいだろう。というか、予想よりも厳しめの判断を下した事には少々驚いたけど。もうちょい緩い処分になると思ってたんでね。ああでも、ちょっと前にも停学くらったばっかだったか、バロー嬢。短期間で二回目ともなれば、このくらいは当然か。

「将来性のある生徒ではなかったのですか?」

 以前、教員の一人がそう言っていたのを思い出して尋ねると。

 学園長は、深々と溜息を吐き出した。

「魔法関係の成績は、ほぼ上位にいますので優秀ではあるのでしょう。ですが、協調性や観察力、他者への気遣いなど円滑な社会生活を営む上でのスキルがあまりにも乏しいのです。彼女を我が学園の卒業生として王宮関係の施設へ送ることは出来ません」


 あら、学園長にまで酷評されてるよ。


 入学式の件から現在まで、話題には事欠かなかったもんな、バロー嬢。悪い意味で。あの数々の失態を見せつけられてりゃ、こういった判断も当たり前か。ヘタすりゃ学園の評判を落としかねない。

 でもまあ、学園側の処分はそれでいいとしてもだよ。

「私としては、娘への接触を何とかして頂きたいのですが」

 これが肝心。

 あと一年足らずで卒業とは言え、またこんなことを起こされてはたまらない。愛娘は近衛騎士団の後方部隊入りを希望しているし、それに向かって頑張っているんだ。邪魔されるのは非常に腹立たしい。

「承知しております。レティシア嬢だけでなく、クラス全体が迷惑を被ってるに等しい状態です。普通科への立ち入り禁止は当然の事ながら、学園では監視を一人付けることとしました」

「教員の誰かが見張るという事でしょうか」

「いえ。専門の監視役を派遣して頂けることになりました。近衛騎士団長のシャリエール卿から人材をご紹介いただきまして」


 団長も絡んでるのかよ!


 ちょっと予想外のことが起こってますよ、なんで団長まで出てくんだよ!

 そう思ったんだけど、ある意味当たり前だった。このままバロー嬢の暴走を許すと、レティは卒業後、引きこもり状態になる可能性が大。シルヴァンが家から出したがらなくなるよ、たぶん。せっかくレティがやる気になってて国所属の治療師になる事を承諾しそうな流れになってるのに、それを邪魔されたらかなわんわな。

 ただまあ、団長が推薦した監視が付くのであれば、取り敢えず学園内は大丈夫だろう。恐らくバロー嬢に悟らせることなく監視することになるんだろうし、間違いなくそっち系のプロだろうから。もしかしたら団長経由になっているだけで、王家の駒かもしれんな。むしろそっちの可能性の方が高いか。マリウス殿下の件でずいぶんと恩義を感じてくださっているようだし。

「わかりました。そう言う事でしたら、この件は学園にお任せします」

 俺がそう言うと、学園長はホッとした表情に。

 多少の不満はあるが、これ以上は俺が口を出すべき事じゃないしね。次に同じことが起こったら許さないけど。


 その後も少し話を詰めて、まあこれならいいかと一応は納得して。

 そろそろ帰るかと腰を上げ、門まで見送ると言ってくれた学園長と話しながら廊下を進んでいると。

 正面から見覚えのある顔。……噂をすればかよ。停学食らったんだろ、お前。さっさと帰れよ。両隣を魔法科の教員に挟まれてとぼとぼした足取りで……いや、ちょっと待って。なんでこっち見て目を輝かせるの?

 なんかもう嫌な予感しかしないんで、それとなく学園長を促して俺が借りてる部屋の方へ向かうために廊下を曲がる。

 案の定、後ろで騒ぐ声が聞こえたが無視。呼ばれてる気もするけど無視。助けてとか誤解なんですとか聞こえてくるけど無視。

「厚顔無恥もあそこまで行くと清々しいですね」

 呆れを通り越して感心するよ、マジで。隣では学園長が居たたまれないって顔してるけど。

「この状況で、なぜグランジェ伯爵を頼れると思うのか……」

 吐き出す溜め息がでかいです、学園長。わかる、わかるよ! 意味不明すぎてもうどう対処したらいいのかわからんわ。学園長も言ってたけど、なんでこの状況で俺を頼ろうとするの? どんだけおめでたい思考回路してんだよ。可愛い可愛い愛娘に害意しか向けん奴に俺が好意的に接するわけがねーだろバカなのか。

「私に糾弾されるかもしれないと危機感を持つのが普通かと思いますが」

「仰る通りです。本当に申し訳ございません」

「謝罪は結構ですよ。アレは学園長に責任がある事ではありませんので」

 誰に責任がっつったら、この場合は間違いなくバロー男爵だから。碌にマナーも常識も教えずに学園に突っ込んだ責任は重い。引き取った以上はその辺りの教育を施した上で学園や社交の場に連れて行くのが最低限の責務。特に学園では、生徒は最低限のマナーを身に着けていることは前提としているんだから。

「男爵家の常識を疑いますね。一体、どのような教育をしたらああなるのやら」

「本当に……学園からもバロー男爵家へは苦情を入れようかと」

「その方がいいでしょう。アレは学園で学ぶ以前の問題です」

「入学当初から多少は奇抜なところもありましたが、正直あそこまでとは」

「こう言っては何ですが、年々悪化しているように思えますよ」

 成長じゃなくて、退化してると思う。完全に。

 恐らくバロー嬢は、自分はヒロインだという思いが強いから、対人関係については、はっきり言って舐めているんだと思う。一時的に悪化しても、最後はどうとでもなると軽く考えている気がする。ゲームだと挽回する方法はいくつもあったからね。

 だが、現実は厳しいぞ。特に足の引っ張り合いが常な貴族社会で、一度でも信頼を失えば没落まで一直線なんて珍しくもない。どこにどんな罠が仕掛けられているかわかんないからこそ、警戒する。子供にもその辺り含めてきっちり教育を施すのは、家を守るためでもあるんだよ。

「なぜか、あの生徒はレティシア嬢を目の敵にしているようなのです。これまでも有り得ない言いがかりで糾弾しようとしたこともありまして」

 ああうん、知ってる。大半はクラスメイトが論破して追い返し、たまにレティが天然発言ぶちかまして場を凍らせたりしている事も。わざとやってんのかと思ったこともあったけど、完全に天然なんだよね、あの子の場合。だからこそ、一切オブラートに包まれていないレティの何気ない一言がグサッと刺さる。それはもう、致命傷になりそうなほどに。

 そう考えると、バロー嬢って無駄に打たれ強いな。

「よくわかりませんね。ウチの子と接点はないはずなのですが。科も違いますし」

「ええ、本当に。入学試験では好成績を出していたので、期待していたのですが」


 とんだ期待外れだよね。問題行動のほうが遥かに多いもの。


 その後も色々と話しつつ予定外に遠回りして外に出て、学園長に見送られながら待たせていた馬車に乗り込んだ。

「旦那」

「うん?」

 馬車が動き出してすぐ、待たせていたザックが話しかけてくる。

「例のお嬢さん、ちょっと前まで馬車の周りをうろうろしてましたよ」

「は?」


 なんで? 

 まさか、俺を待ってたとか?


「眉間に皺を寄せないでください。まあ、間違いなく旦那を捜してたんでしょうね。迎えが来たんで帰りましたけど」

 なんか喚いてましたけどねという言葉は聞かなかったことにする。

「なぜ俺に絡もうとする」

「旦那を懐柔できれば万事解決だからじゃないですかね」 

「意味が分からない」

 俺が娘を可愛がってる事なんて周知の事実だぞ? その娘に冤罪吹っ掛けようとしてる奴の味方なんかするわけねーだろ。

「同感ですが、ぶっ飛んでますからね。あのお嬢さん」

 完全に呆れ口調のザック。さすがのコイツもどう判断していいのかわからないらしい。

 コイツもね、色々と裏で処理してもらってるんで、そう言った人間には慣れてるはずなんだよ。中には本当に危険極まりない壊れてる系の刺客とかもいたからね。そんな連中相手にさえ、常に冷静に余裕をもって対処してきたのがザックだ。場合によっちゃ俺より遥かに冷酷なコイツをここまで困惑させるなんて、ヒロインある意味凄い。

「……旦那。感心してる場合じゃないですから」

 半眼で突っ込まれた。

 だから、なんでわかるんだよお前は!

「旦那がわかりやすいんだっつーの」

 いつもの如く突っ込まれるけど、絶対に違うと思う。

「違いませんから」

「俺、何も言ってないよね!?」

「顔に出てます」

「………………」

 すまし顔でしれっと返してきやがったぞ、コノヤロウ!

 くっそう、そのうち目にもの見せてくれる!

「意気込むのは後にして、どうするんです」

「あのさ、尽く言い当てるのやめてくれない?」

「今更でしょ。で、どうするんです?」

 重ねて聞かれ、考える。

 正直に言えば、即座に排除したい。相手は男爵家、しかも当主が色々とやらかしてるから、俺でも家ごと排除するくらいは出来る。割と楽に。

 ただ、それをやるとあのお嬢さんを野放しにすることになりかねないので、出来ない。面倒な所に保護されたら今以上にやりにくくなる。あくまでゲームに拘ってるらしいバロー嬢が自ら男爵家を出ることはないだろうから、今はまだ余計なことはしない方がいいだろう。やるならすべての決着がついてからだな。

「……当面は監視の強化。取り敢えず、バロー男爵はいつでも追い込めるようなネタを仕入れておいてくれ」

「あのお嬢さんは監視だけでいいんで?」

「近衛騎士団長が監視役の人材を紹介してくれたそうだ」

「へぇ。それはまた随分と」

「学園内では確実に行動を制限されるだろう。こちらがやるべきことは、我が家と周辺の警備強化だな」

「そこはぬかりなく」

「あと、出来れば。バロー嬢の真意を探ってくれ」

「旦那落したいんじゃないですかね」

「やめろ」


 冗談でも言うな腹立たしい。


「つーか、旦那。マジでその可能性は考えといたほうがいいですよ」

「なんで今更俺に矛先向くんだよ」


 わけわかんねーよ。


「多分、旦那もあのお嬢さんの好みなんじゃないですかね。完全に守備範囲ですよ」

「そういう事を言われると排除一択になってくるんだが?」


 俺にちょっかい出す=エレーヌが嫌な思いをする。


 この図式が成立した時点で、俺の中では排除一択。エレーヌを傷つけるような事をしでかすヤツは誰であろうと許さない。これまでも裏でどれだけ処理してきたと思ってるんだ。……あ、消すまではしてないよ? 本心は消してしまいたかったんだけど、そこまでやるとエレーヌに怒られる。なので、色々と手を回して二度とエレーヌ周辺には近寄れなくしただけに留めた。物理的に。

「俺としては排除でいいと思うんですけどねぇ」

 呆れ気味にザックが呟く。

 俺も出来る事なら排除したいんだよ。でも、今この状況で下手に俺が手を下すと良くないことが起こりそうで怖い。取り敢えず、卒業までは直接的に手を出すことはしない。

「一応、相手は学生で成人前のお嬢さんだ。よほどの事がない限りは卒業までは様子を見る」

 一応はレティと同じ歳のお嬢さんだ。流石に今の段階で手に掛けるのは憚られる。中身はどうだか知らんが。

「旦那にしちゃ、緩い対応ですね」


 なんとでも言え。


「まあ、わかりました。あのお嬢さんが改心することは絶対にないでしょうけど、監視はきっちりしときますよ」

 絶対にって言い切ったね、コイツ。俺もそう思うけどさ。

 取り敢えず、後一年。

 ゴールは卒業式、そこまでなんとしてでも守り切ってみせる。俺の大切な家族を。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ