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33 春休み中の出来事・息子と一緒


 マリウス殿下の件ですっかり忘れてたんだけど、そういやヒロイン、停学食らってたんだよなと思い出したのが終業式の後。まあ、数日だけだったらしいんだけど、一部の生徒以外からは益々遠巻きにされてるらしい。

 そうそう、騎士科の連中が下僕化しつつあったのは、例の水のおかげでキレイさっぱり解決した。いまヒロインの周囲にいるのは、純粋に慕っているか何か思惑がある奴だけ。後は自己責任、好きにすればいい。

 で、あの停学事件だが、途中までうまく行っていたように思えた下僕化計画がいきなり頓挫したものだから、余計に焦って行動した結果、という事だったようだ。やっぱりジェレミーが離れたのが衝撃だったらしい。攻略対象者の中では、あいつが一番ヒロインの近くにいたんだろうからな。

「全っ然、進展なかったのになんでとは思ったけど……かなり衝撃を受けていたようだな」

 ザックからもらった報告書を見ながら呟く。

 ザックもねぇ……俺、詳しい事なんてほとんど話してないのに、どこまで把握してるんだろうかとたまに怖くなる。前世含めてちゃんと話したのって、シルヴァンとエレーヌだけだからね。レティにだって詳細は話してないのにさ。こっちが話してないような事までしれっと確認してきやがるからマジで心臓に悪い。

「ディオンの話では、ジェレミーは婚約が整ってから落ち着いたとの事です。少々強引ではあったようですが、団長が婚約者を決めてしまったのがいい方向に作用したのではないかと」

「ああ、それも影響してたのか」

 補足的に説明を入れてくれたのは、息子君。今日は俺の仕事を手伝ってくれてるんだよ。レティがミサキの指導を受けているんで、時間あいたからって手伝いに来てくれた。なんて良い子……!

「ああ、若、それこっちです」

「うん? これ?」

「そうです。で、これがソレのやつなんで」

「ああ、なるほど。では、これがここか」

「そうです」

 分厚いファイルを渡しつつ、ザックが色々注文付けてる。そう、ザックもいるんだよ。コイツは俺の従者でもあるから、当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ……なんでお前は当たり前のように自分の仕事をシルヴァンにやらせてんの?

「俺の仕事じゃないです、本来は旦那の仕事です」

「心を読むな、頼むから」

「読んでないですって。旦那がわかりやすいんです」

 毎回はっきりきっぱり否定されるけどさ。どうしてもそうは思えない。絶対になんかやってんだろ、コイツ。

「納得いかなくても、読んでないものは読んでないです。いいからさっさとソレ終わらせてください、後がつかえてんだから」

「先にコレ確認しろっつったのお前だろ」

「そうですけど。ちゃちゃっと終わらせてくださいよ、いつまで読んでんですか。まだやる事たくさんあるんですよ」

「…………」

 もう、何も言うまい。

 俺とザックのやりとりにシルヴァンは苦笑してるけど、たぶんいつもの事で片づけているんだろう。日常茶飯事だもんな、こんなの。

 まあ、確認していた報告書はタイミングよく読み終わっていたので、片付けて仕事を再開。

「そうだ、旦那」

「うん?」

「それには書いてないんですけど、あのお嬢さん、すでに魅了魔法使えるようになってますよ。お菓子に付与する以外で。直接的に」

「はっ!?」


 ちょっと待て、いま何言いやがったコイツ!


「おま、なんでそんな重大なことを!」

「すっぽ抜けてたんですよ。というかですね、どうも直接的に掛けられるのは特定の相手だけっぽいんで、どう判断したもんかと」


 特定の相手にしか使えない?


 俺の疑問はシルヴァンも同じだったようだ。無言でザックを見つめている。

「どういうことだ?」

「そのままですよ。エルさんにも確認入れたんですけどね、恐らく間違いないかと。エルさん曰く、旦那が注視しろっつってた相手にしかマトモに発動しないんじゃないかっつってましたよ。ほら、騎士団長のご子息ともうひとり、一時期は完全にあのお嬢さんに懸想してたでしょ。そのことから推測するとってことらしいですけど。で、他の連中はどうかっつーと、例のクッキー程度しか効果ないみたいです。なんでそんな妙なことになるのかはエルさんもわからないって首傾げてました」

 ちなみに、そんな限定的だってことは本人も知らなかったみたいで愕然としてましたけどねと、ザックがつけ足した。本人ってのはヒロインの事か。


 これは、どういうことだろう。


 俺がザックに注視しとけと言ったのは、攻略対象。クッキーの件が発覚してすぐに、ディオンにはミサキ作の精神系の魔法を弾く魔道具を渡してあるし、シルヴァンは結婚指輪がそれなので心配はいらない。団長には事前に報告しておいたので団長経由でヤンの家にも連絡は行っていたはずだから、対策は取っていたんじゃないかとは思う。

「つーか、ザック。お前、なんでバロー嬢がそんな状態だって知ってんだ?」

 ふと、気になって聞いてみた。だってオカシイだろ、なんで魅了魔法の精度まで知ってんだよ。

「あのお嬢さん、王妃さまのとこで実験してましたから」

「なにとんでもない事をさらっと言ってんの?」

 さすがに聞き捨てならなくて突っ込む。

 ヒロインと王妃殿下が接触を持っているのは、こちらでも既に把握済みの情報ではある。あいつらある意味、利害関係が一致しているから手を組まれる可能性は高いと思っていたからね。当然、ザックにも可能な限り、その辺りの事は探れとは言ってあった。だからこそ、そんな情報を持っていたんだとは思う。


 だけどな、ザック。なんでそれを俺に報告しないんだよお前は!


「いやぁ、冗談みたいな方向性と威力だったんで、報告するのもバカバカしいというか」

「だとしても、報告は入れろ。つーか、どうやってそんな事実掴んだんだ」

 王妃様がらみって事は、実験場所は間違いなく王宮内のはず。あらゆる意味で守りの固い王宮に忍び込むのは、かなりの危険を伴う。そこまでやれとは言ってないぞ、俺は。

「エルさんから指導を受けた結果がどこまで通用するか試してみたんですよ。あの人、本当に潜入技術とか段違いで優秀ですよね」


 お試しで王宮に潜入とか、お前マジで何考えてんの?


 頭が痛い。

 覚えたばかりの技術を使ってみたいってのは、わかるよ。俺もそう言うことあるし。だけどな、それで王宮に忍び込むってなに。意味わかんないんだけど。

「お前までエル化するのはやめてくれない?」

 痛む頭を押さえつつ言うと。

「何言ってんですか。あんなオモシロイ技術、試さないでどうするんです」

「オモシロイってなんだよ」

「俺みたいな仕事をしている人間には喉から手が出るほどに欲しい技術の数々です。マジであの人規格外ですよね」

 感心しないでほしい、エルみたいなのが増えるとかマジで怖いから。

 エルは騎士としても優秀ではあるんだけど、あいつが本領発揮するのは別にある。正直言えば、そっちメインで本気で動かれたら、たぶん俺でも防ぎきれる自信はない。そのくらい脅威となり得るんだよ、あいつは。そんな奴を追随する勢いなザックはどこ目指してんだ、マジで怖いからやめろ。

 ほら、シルヴァンなんてぽかんとしてんじゃねーか、もうちょっと常識的に考えろよお前はっ。

「つーかですね、旦那。そろそろあのお嬢さん始末しないと面倒な事になるかもしれないですよ」 

「言いたいことはわかるが、もう少し言葉を選べ」

「言葉変えたって結果は同じでしょう。若だってそろそろこういった事に慣れていかないと」


 それはそうなんだけど。


 だとしても、もうちょっと言い方ってもんがあるだろ。

 コイツは本当に言葉がキツイと言うか遠慮しないというか隠さないというか、とにかく自分に正直。ただ、間違ったことを言うわけではないし、こっちとしても本心は賛同したくなるような事しか言わないから始末が悪いというか。

「あ、旦那」

「うん?」

「そろそろ時間ですよ」

「あっ」


 やっべぇ、忘れてた!


 今日は王宮に行かなきゃいけないんだよ。転移門の件で、色々と意見をすり合わせておきたいとかでさ。で、次期当主のシルヴァンも、我が家に転移門がある関係でお呼ばれしているわけです。爵位を継承したら、シルヴァンが我が家の転移門の責任者になるからね。あ、管理者は別な人間を調達する予定だよ。シルヴァンじゃメンテナンスできないし。

「後はやっときますんで、さっさと支度してください。あ、今日は若も同行するんでしたね。クリスに準備するように言ってあるので、着替えてきてくださいね」

「ああ、わかった。手配、ありがどう」

 ザックに礼を言って、シルヴァン退出。

 それにしても……なんだろう。俺に対する扱いとシルヴァンに対する扱いが違いすぎると思うんだけど気のせいかな。

「次期当主様に気を遣うのは当然じゃないですか。いいからさっさと支度してください、遅れますよ」

「現当主の俺にも敬意を払えよ」

「払ってますよ。若の十分の一くらいは」


 低いな!!


 お前がそういう奴だってわかってるけど、もうちょっと敬意はらえよ! お前の主だぞ俺はっ。

「旦那が俺の主なのは十分に理解してます。ほら、さっさと支度する」

「…………」

 差し出された着替えを無言で受け取る俺だった。



 **********



 招かれざる客ってのは、場所も選ばずこちらの都合なんかもお構いなしに押しかけてくるのは常。

 今日もそんな連中に襲撃されております。転移門の件でちょいと義兄に呼び出されたので、シルヴァン連れて王宮へ来たら人気のない場所で面倒なのが待ち構えていやがったよ。

「ルシアン、貴様! 聞いてるのか!」

 さっきから怒鳴り散らしていてマジうざい。つーか、こいつらどこから入り込んだんだよ。王宮内で役職持ってるわけでもないし、正規の手続きもなしにこんなところまで入り込んでいたら大問題だぞ。知ったこっちゃないけど。

「ね、お願いだから帰って来てシルヴァン。貴方だって本当の両親の元で暮らした方がいいでしょう? 恥ずかしがらなくていいのよ、帰っていらっしゃい」

「…………」

 猫なで声の侯爵夫人をガン無視する息子君、先程から怖いくらいに静かです。一言も発してないし目も合わせない。一見無表情に受け流しているように見えるけど青筋浮かんでるのはキノセイじゃないと思うんだ。そろそろやめてくんねーかな、シルヴァン、ブチ切れそうになってるんだけど。

「ルシアン!!」

「……そう怒鳴らずとも聞こえてますよ」

 俺もガン無視したかったんだけど、仕方ない。さっきからコイツが一人で騒いでいる所為で、ちらほら野次馬が集まってきてるし。

「で、本日はどういったご用件でしょうか」

 散々怒鳴られてたから、目的はわかってるよ、もちろん。でもね、あんな一方的によくわからない事情を交えつつ怒鳴られてもこっちだって困るんだよ。


 多少なりとも第三者の目が増えてきたところで、もう一度はっきりと目的を宣言してもらおうじゃないか。


「我が家の嫡男を不当に奪っておいて、なんだその態度は!」

「奪った覚えはありませんが。双方合意の上で決めたことではありませんか、貴族院の承認も降りていますよ。そもそも、ご長男はどうなさったのです? カンタール家は彼が嫡男として届が出ていたはずですよね」

 知ってるけど、知らないふりして突っ込んでみた。途端に黙り込んだよ。

 このボンクラ共自慢のご長男様は、何年か前に廃嫡済み。詳細は知らんけど、なんかヤバい事に手を出して捕まったんで、切らないと家の存続が危うかったとは聞いてる。ヤバい事っつーかまあ、投資詐欺に引っかかったんだけどね。ただ、それがちょっとマズイ組織に直結してたもんだから関与を疑われて、色々と大変だったみたいよ。最終的には被害者の一人として認定はされたけど、そこに行きつくまでに別件でも色々と余罪が発覚したんで、庇いきれなかったみたい。

 この件で、ただでさえキツキツだった財政は更に困窮、今や風前の灯火とまで言われているカンタール家。本当に、当代になってからの凋落ぶりがすごいんだよ。先代の爺さん知ってるから、コイツの無能っぷりには驚かされる。俺が裏で悪戯している事も影響していないとは言えないけど、それをはるかに上回る勢いで自滅しまくっているからね。

「ほら、シルヴァンも意地を張らないで。一緒に帰りましょ……きゃっ」

 なんか悲鳴が聞こえたなと思ったら、原因はシルヴァンだった。手を掴まれそうになって、咄嗟に払いのけたらしい。

「シルヴァン! 貴方、母親に何を!」

「……私の母は、グランジェのエレーヌ母上だけです」

 びっくりするほどに低い声。隣にいた俺もびっくりした。


 あ、ヤバイ。


 チラッと見て確信。シルヴァン、完全にブチ切れモード。ちょっとこれはマズイ。

「照れても意地を張ってもいませんが。私の両親はグランジェ伯爵夫妻だけです。少なくとも、幼かった私を使用人部屋の一角に閉じ込め、顔を合わせることもなかった貴女を母と思ったことはありません」

 ドキッパリ、シルヴァンが言い切った。

 はっきり言って、コイツラはシルヴァンにとってはトラウマに等しいんだよ。侯爵家で冷遇され、いないものとして扱われて、たまに顔を合わせても罵詈雑言を浴びせられ、時には手を上げられ。

 幼い時に体験したそんな記憶は、今でも息子に深い傷となって残ってるんだ。だからこそ、コイツラ相手だとシルヴァンは余計に攻撃的になるし、感情のコントロールが出来なくなることに苦しむ。……仕方ないんだよ、それは。ある種の自己防衛本能なんだから。

 明らかに体を固くしているシルヴァンの肩を、ぽんっと叩く。ハッとしたシルヴァンは俺を見て、いくらか表情を和らげた。


 うん、後は俺が相手するから下がってなさい。よく頑張ったね。


 俺はシルヴァンを隠すように両者の間に入る。

「何を勘違いされているのかは知りませんが、シルヴァンは私達夫婦の息子です。部外者が母親面するのは止めて頂きたい」

「なっ!? 何を言ってるの、シルヴァンは私の息子よ!」

 金切り声で怒鳴られたけど、マジでいい加減にしろ。

 確かにあんたは生みの親ではあるけどね。

「その権利をすべて放棄したのはそちらでしょう。シルヴァンを引き取るにあたって、私はそれを強要したことはない。むしろ私からの提案に飛びついたのはそちらだ」

 コイツラが金銭的に困っていた事は知っていたし、多少なりとも息子として愛情は残っているものと思ったからこそ、一応は気をつかって交渉に挑んだのに。コイツラときたら俺が言いだした金銭的な援助に目の色を変えて即決しやがった。それ以降、金の話しかしなかった。

 あの時点で、シルヴァンがどんな扱いを受けていたのか容易に想像がついたよ。

「幼かったこの子を言葉と暴力で委縮させ、虐待し、その果てに手を離したのは貴方方だ。引き取る時にはっきりと申し上げたはずです。今後一切、この子に関わるなと」

 そう言いながらちょっと睨むと、黙り込む夫妻。

 小さかったこの子を散々な目にあわせたお前らを許すわけねーだろ。一応はシルヴァンの実の親だし、あまり追い詰めるような事をするのもなぁと思って裏でちまちま仕返しするだけに留めておいたんだが、気が変わった。


 もう我慢ならん。潰す。


「彼をこの世に生み落としてくれた事だけは感謝します。おかげで私は可愛い息子に恵まれ、幸せな時を共に過ごすことが出来たのだから。ですが」

 多少の威圧を込めてやれば、顔面蒼白に。

 俺に殺気をあてられてお前らが耐えられるわけがないもんな。

「己の行いを少しでも恥じ、反省しているならまだしも、この期に及んでまだ己が欲望のために利用しようとは。恥という言葉を知らないのか」

「待て、ルシアン。そこまでだ」

 一歩踏み出そうとした、その時。

 横から聞こえてきた声に視線を向けると。

「……宰相閣下。止めないで頂きたい」

「怒り心頭なのは分かったから、落ち着け。……侯爵夫妻を連れて行け」

 いつの間にやら来ていた近衛に連れられてカンタール侯爵ご夫妻、退場。俺の威圧にやられて抵抗する気力もなかったようで、大人しくついて行ったよ。二度とシルヴァンの前に顔を見せるな、クズ共が。

 周りで見ていた野次馬共がこちらを見てヒソヒソしているが、まあ好きに言えばいいさ。これが噂になったところで別に俺は困らん。むしろ盛大に広めてあいつらの醜聞としてやれ、俺のこの国での評価がどうなろうとシルヴァンを守れるなら問題ない。どうせ騒ぐのは腹に一物ある連中だ、この程度の事で揺らぐほどグランジェ家は脆弱ではない。


 好きに吠えてろ害虫共が。そのうちまとめて始末してやる。



 **********



 場所を移動して、宰相の執務室へ。

 義兄に呼び出されてきたのにあいつら邪魔しやがるから、時間がだいぶ押していると文句を言われた。そこは俺の所為じゃないだろ、知らねーよ。

 ただ、先程の件で怒り心頭なのは義兄も同じなようで。

「あの無能共、本当に碌な事をしない」

 若干のイラつきを含んだ声色。一応、義兄もあいつらの親戚ではあるからねぇ。昔から知ってるから、余計に腹立たしいんだろう。だってあいつら、シルヴァンを病弱って事にして表に出さなかったんだもん。義兄も俺が保護するまで会ったことなかったって言ってたしな。

 それはそうと息子君、さっきから俺の隣でへこんでるんだが。どうした、大丈夫か?

「シルヴァン?」

 ちょっと心配になって顔を覗き込むようにみると、きゅっと唇をかんだ。おいおい、マジでどうした。

「……情けないです。いまだに、こうして父上に守ってもらわなければあいつらと向き合えないなんて」


 あら、そんなこと気にしてたの? 気にしないでいいのに。


 わからなくもないよ、それは。男の子だし、周りはすっかり一人前として扱っているしね。でも、アイツらはシルヴァンにとっては嫌な方向で特別な存在なんだ。生みの親であるという事実も、決して消えることはないしな。

 思わず手を伸ばしてシルヴァンの頭をくしゃっと撫でた。驚いた顔されたけど。

「いくつになろうと息子は息子だ。気にするな」

 そう言って笑ったら、一瞬だけど泣きそうな顔をして。それから、嬉しそうに微笑んだ。うん、相変わらず可愛い息子だね。不愛想だの無表情だの言われることも多いけど、俺にはこんなにも豊かな表情を見せてくれる。

「そうだぞ、シルヴァン。ああいった親という事を盾にして自分の思い通りに操ろうとするような輩は、子の言う事など聞く耳持たん。自分達に従うことを当然と考えているからな」

 義兄の言葉に、俺も頷く。

「そういう事だ。あのバカどもの相手は私が引き受けるから、気にしないでいい。いまは自分のやるべきこと、やりたいことに集中しなさい」

「……はい。ありがとうございます、父上。伯父上」

 うんうん、本当に気にしないでいいからね。あんなバカの相手、可愛い息子にさせられるかってんだよ。大丈夫だよ、お父さんに任せておきなさい。完膚なきまでに叩きのめしておくから。

 もう一度、くしゃっと頭を撫でると、照れ笑いを浮かべた。あああ、息子が可愛いっ!

「では、そろそろ本題に入ろうか」

 義兄の声に、意識をそちらに集中する。いかん、呼ばれて来てたの忘れてた。

「転移門の件で、という事でしたが?」

「ふむ。取り敢えず、暫定的にお前には管理者となってもらっているが、いつまでもそのままというわけにはいかないだろう。何れはマリウス殿下が責任者となろうが、それはまだ先の話だ。お前以外にも早急に管理が出来る者を育てなければならん」


 早急にとは言っても、そう簡単ではないだろ。


「もちろん、一から学ぶとなれば年単位での指導が必要だとは承知している。でだ。ルシアン、誰か良い候補はいないか」

「私に聞かないでくださいよ」


 なんでそんな事まで俺にぶん投げようとするんだよ、オカシイだろ!


 そう怒鳴りたいのをぐっと堪える。

 ただまあ、聞かれたからには何かしら答えないとマズいだろう。これに関しては俺も考えないと、何時までたっても管理者から外れることは出来ないんだし。

 だが、人選が非常に難しい。

 大前提として国に忠誠を誓っている者。これは必須だ。中枢部分に関わらせるのだから、絶対だ。その上で最低限、付与魔法が使える事という条件が加わる。この時点で、相当に狭き門だよ。一応、我が国の魔導師団から候補者を見繕うのが一番手っ取り早いとは思うが、それだって簡単ではない。そもそも付与魔法の適性ある奴がどれほどいるんだか。

「……取り敢えず、責任者クラスは焦って選んで、後になって面倒な事になってもアレなので、先に補佐的な人員を配置するのは?」

「その間、お前が仮責任者の座から動けなくなるが、それは良いのか?」

「仕方ないでしょう、ここまで関わった以上は。私としては、私に変わって定期的にメンテナンスしてくれる人員を配置してもらえれば、マリウス殿下が育つまでは代理を務めます。それでいかがですか」

 そう提案すると、義兄は少し考える仕草を見せた。

 だが、納得した様で頷く。

「そうするか。陛下もそれでよろしいですか」

 いきなり明後日の方向を向いてそんな事を言うものだから、シルヴァンがびっくりしてるよ。……俺? 俺は部屋に入った段階で気づいていたから。だから態度崩さなかったんだよ。

「さすがにルシアンは気付いていたか」

 隣の部屋に通じる扉から陛下のご登場。ずいぶんとラフな格好されてますね、まだ昼過ぎですけどお仕事はどうされたんでしょうか。従者や大臣たちが青い顔をして走り回っている姿が目に浮かぶんですがね、大丈夫ですか。

 陛下はスタスタと近づいてくると、普通に義兄の隣に座る。俺の隣ではシルヴァンが固まっているんだが、まあ当たり前だよな。

「先程の件、タイミングが悪かったようだな。すまなかった、シルヴァン。配慮が足りなかった」

「あっ……いえ」

 シルヴァン、何とかそれだけ返した。まだ動揺が収まらないらしい。うん、仕方ないけど頑張って慣れなさい。きっと、今後はこんなことしょっちゅうだ。

「……カンタール家の事でなにか」

 俺が尋ねると、陛下が頷いた。

「嫡男の件以降、悪化の一途を辿っているあの家を、このまま放置するわけにもいかんのでな。近々正式に発表するが、現夫妻は領地へ蟄居させ、当面はこちらから優秀な人員を派遣して家の立て直しを進めつつ、次代の選定を進めることになるだろう。流石に侯爵家は簡単には潰せん」

 ああ、まあ、そうだよな。他家との兼ね合いや庇護下に入っているはずの下位貴族の事もあるし。

 カンタール侯爵家、今の当主がボンクラすぎるだけで、先代までは本当に名門の名にふさわしい家だったんだ。それが、先代が急な病に倒れて後を継いだ当代がマジで最悪だった。ボンクラなくせにプライドだけはバカみたいに高くて、でもボンクラだから考え付くことすべてが机上の空論。

 結果、あっという間に家を傾かせた。本当に、あっという間だった。さすがボンクラ。

「そうなると、後継問題が激化しそうですが」

 ただでさえ跡取りがいない状態が続いて、野心家の親類縁者が虎視眈々とその座を狙っているのに。直系が継げない事が確定している以上、王家の介入があっても傍系からの反発は出るだろう。

「こちらで考えている候補がいる以上、黙らせる。そもそも、あの侯爵夫妻の腰巾着をしていた連中など無能もいい所だ。後継などあり得ん。先程もシルヴァンがいると訴えていたが、それこそあり得ん。グランジェ家の後継を横取りしようなど、何を考えているのか」

 バッサリぶった切りましたよ、陛下。俺も同意見だけど、うまく行くかね。

 でもまあ、そこは俺が考える事じゃないし。俺としては陛下の口から、シルヴァンはグランジェ家の跡取りだという言葉が出たことに大満足。万が一の可能性も考えていたので、言い切ってくれたことは素直に嬉しい。義兄も口を挟まない所を見ると、納得しているって事かな。

 ああ、だからあいつら、余計にシルヴァンがほしいのか。唯一、直系の血を引く後継者候補だもんな。連れ戻せれば、当主の座を降りずに済むとか考えてそう。

「まあ、あ奴らの事はいい。それよりルシアン」

「はい」

「魔導師団に五名ほど、付与魔法適性者がいる。あとは学園の講師に二人。この二人はお前の講義を受けているから知っているだろう。彼らの家は伯爵家、身辺調査の結果は問題ない。現状ではこの七人が補佐官候補となろう」

 なるほど、陛下もそれなりに調べていたって事か。王家で調べたんなら、細かく調査してるはず。誰を選んでも心配ないだろう。

「畏まりました。では、個々に話をしてみて可能かどうかを判断いたします」

 その後、話を詰めて本日の予定は終了。

 取り敢えずは、俺の代理を務められそうな人員の確保はできそうなんで、育てばちょっと負担は減るかな。


 まだ先は長そうだが、がんばろう。



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