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31 マリウス第二王子


 二年目も無事に終了しそうだなと少々気を抜いていた二月。

 ヒロインであるペリーヌ・バローが数日ながら停学となったらしいって情報が入って来たよ。

 え、なんでこの中途半端な時期にって思ったら、シルヴァンからの追加情報が来た。あの脳みそお花畑、リオネル殿下を篭絡しようとして失敗したらしい。

 たまたま用があって学園を訪れていたリオネル殿下に、どうやら定番の【貴方の婚約者に苛められてるの】を発動して味方に付けようとしたらしいのだが、婚約者溺愛の殿下は当然の事ながらそんな話は信じない。しかし、一応は自分に話を持ってきたのだからと事実確認を取ることにして、バロー嬢側にも証拠を出せ証言をしたやつを連れてこいと命じ、いじめを目撃したと証言した取り巻きくん連中をまとめで尋問。側近たちにも自分の婚約者とその周辺に事情を聴いてこいと命じて情報を収集。


 結果、殿下の婚約者は常識的な注意をいたって常識的にしていただけという事が判明。


 これに殿下が激怒したらしい。

 善意からの注意を逆恨みし、あろうことか濡れ衣を着せるとは何事だと延々と説教、今回は婚約者が穏便にと言ったので不問とするが次はないと言い渡してから教師陣に引き渡したとの事だった。

「一応、側近数人と護衛が殿下の側についていたので、私は隣の部屋で待機していただけですが。あそこまで怒っている姿を見たのは初めてです」

 と、苦笑交じりにシルヴァンが教えてくれたけど、俺はリオネル殿下が怒ってる姿を見たことが無いんだが。

 基本的に穏やかな性格の王太子殿下だから、あまり感情を顕にすることは多くない。その殿下がそこまで怒るなんて意外だったが、まあそれだけバロー嬢が非常識だったって事なんだろうけど。そもそも、好感度なんてほとんど上がってなかったのわかっていただろうに、よくそんなでまかせ言ったな。そっちもびっくりだわ。

「まあ、停学で済んでよかったんじゃないか。王族を謀るなど、最悪、一族郎党処刑だ」

「そうですね。ただ、それを理解しているかはかなり疑問です」

「あ~……」

 理解してないだろうな。ていうか、知らないんだろうな。知ってたらさすがにやってないだろうし。

 バロー嬢もそろそろゲームとここは似てるけど別物なんだって認識してくれないかな。開始時点での設定が色々と違っていた時点で気づいてほしいんだが。……気づけないんだろうなぁ。現実見てたらやらねーもん。

「取り敢えず、今回は王太子殿下が標的となりましたが、他の婚約者がいる攻略対象者も同じような事を仕掛けられる可能性があると考えておいた方がよさそうですね」

「そうだな」

 まあ、すぐにはやらんだろうけど、今後の展開次第ではレティがターゲットにされる可能性は高いだろう。どう考えてもシルヴァンのルートを狙ってるとしか思えないし。

「父上」

「うん?」

「リオネルからマリウス殿下の事で相談を受けました」


 相談?


 別に相談されるようなことなどないような気がするんだが。

「私の口から説明するより、本人から直接聞いた方がいいかと思います」

「……内容は聞いていないのか?」

「聞きました。ですが、どう判断したらいいのか」

 そう言って首を横に振ってる。

 なんか、面倒ごとが起こってる予感……

「私が聞いて対処できるような事か?」

「いいえ」

 きっぱり否定されたよ。

「恐らく、ですが。聖女様への繋ぎが欲しいのだと思います」

「は?」


 聖女様って……聖女様? ミサキの姉さん?

 なんで?


 俺が訝しげな顔をしたのを見たシルヴァンは、少し考えてから口を開いた。

「私は幼少期の殿下たちを知りません。ですので、聞いた限りで判断しますが」

「ああ、それでかまわない」

「恐らく、ですが。かなりの長期間にわたって洗脳か魅了系の魔法によって精神を蝕まれている可能性があるのではないかと思います」

「……根拠は?」

「レティへの執着です」

 きっぱりとシルヴァンが言い切った。

 あり得ない話ではない。我が家はレティの事があったので王妃や王子たちとの接触は極力避けてきたが、それでも情報は入って来る。だからこそ、シルヴァンも何かあると判断したのだろう。マリウス殿下の二重人格的な性格の理由が。

「レティが学園に通うようになってから……いえ、ミサキ姉上が何気なく言っていた事が気になり、マリウス殿下を時折観察してました。観察していて、違和感を感じたのです。殿下のあのレティへの執着、あれは慕情というよりは……本人の意志とは関係ないものではないかと。ミサキ姉上が以前に言っていましたよね。レティは浄化の能力が強いと」


 シルヴァンの言葉にはっとなる。


 そうだ。レティはここ数年、聖属性魔法の指導をミサキから受けている。その時に、言っていたではないか。この子は特に浄化の能力が高い、と。

 穢れを受けたもの、それに染まりつつあるものの中には無意識に救いを求め、浄化を求めてその使い手に引き寄せられることがあるとアイツは言っていたじゃないか。だからこそ、レティに近づこうとする奴は慎重に見極めろと。

「……そうか。その可能性があったか」

 迂闊すぎだろ、俺。なんでその可能性を考えなかったんだ。

 最初から、レティに執着していたのは王妃殿下だ。そして、王妃殿下が溺愛しているとされているのはマリウス殿下。

 考えてみればおかしな話だ。活発だったマリウス殿下がいつの頃からか姿をあまり見なくなったのは、なぜだ? 王妃殿下から引き離されたリオネル殿下は変わらなかった。王妃殿下とそれまで通りに接していたマリウス殿下は、なぜ変わった?


  なぜ、王妃殿下の意のままに動くようになった?


「マリウス殿下が王妃殿下の操り人形と化している可能性があるということか」

「……はい。リオネルは以前からその可能性を疑っていたようです」

 考えている時間はないだろう。

 恐らく幼少期からそういった影響を受けていたのだとすると、すでに王子自身の人格は消えてしまっている可能性もある……が。

「シルヴァン。すぐにリオネル殿下に連絡を」

「はい」

 退出するシルヴァンを見送り、俺はミサキへと連絡した。



 **********



 一週間後。

 リオネル殿下に連れられたマリウス殿下が我が家にやって来た。

 どうやら行き先を教えられることなく連れてこられたようでかなり戸惑っていたが、通された部屋にいた黒髪の女性を見るなり目を見開き、震え出した。

「おい、マリウス!」

 ふらりと傾いだマリウス殿下を、リオネル殿下が慌てて支える。

 すると女性はゆっくりと二人に近づき、マリウス殿下の手を取った。殿下の体がビクッと震えたが、振り払う事はしない。だが、体の震えは収まる様子がない。

「ああ、可哀そうに。かなり強い呪縛だわ」

 呟くようにそう言うと、何かを呟く。

 途端にまばゆい光が殿下を包み……女性が殿下の左耳に手を伸ばすと、殿下が常に付けているルビーのピアスが弾け飛んだ。

 みんなが見守る中、しばらくして光が消えた時、マリウス殿下の両目からはとめどなく涙があふれだしていた。

「苦しかったでしょう。今までよく頑張ったわね」

 優しい声に、マリウス殿下が女性の手を両手で包み込んだ。

「あり、がとう……ござい、ます」

「いいのよ。これだけの強い呪縛を受けて尚、自分を失わなかった貴方の強さが貴方を助けたのだから。どんなに苦しくても自分を手放さなかった事を誇りに思いなさい」

 無言で何度も頷く殿下に、女性--聖女様が優しく語りかけている。

 この前、シルヴァンに言われてその可能性を考えた俺は、すぐさまミサキに連絡を入れた。これまでの経緯を簡単に説明し、殿下の様子を話した上でその可能性を尋ねたら、すぐに姉の予定を確認するから対象を確保しておけと言われたのだ。

 まあ、確保しておけと言われても王子を閉じ込めるわけにもいかないので、リオネル殿下に協力を仰いで、こうして最短の日程でなんとか連れて来てもらったわけだが。

「姉さん曰く、あの状態で自分を無くさなかったのは奇跡に近いってよ」

 俺の隣で見守っていたミサキが、ぽそっと呟く。その手には、先ほど弾けたルビーのピアスがあった。いつの間に。

 マリウス殿下は何度も聖女様に礼を言ってるし、その隣でリオネル殿下も目を赤くして聖女様に礼を言っている。シルヴァンが言っていたが、リオネル殿下も弟がおかしいと思いつつも何もできない自分を長年責めていたらしい。せめて原因と思われる母から引き離そうにも、それすら叶わなかったようだ。

 王子二人と話し込み始めた聖女様を見つつ、ミサキに尋ねる。

「やはり魅了か何かが?」

「んな可愛いもんじゃねーよ」

 いつになくミサキの声が不機嫌だ。

 無言で続きを促すと、そっと息を吐き出して。

「アレは隷属の呪縛だ」

「はっ!?」

 吐き捨てるように言ったミサキに、思わず声をあげてしまった。一瞬、部屋中に視線を集めてしまったがそんな事を気にしている余裕はない。


 だって、隷属の呪縛って! 禁呪じゃないか! あれは罪人を鉱山等で労働させるときに逃亡防止用に奴隷化する時だけ、例外的に使用が認められているものだぞ。それを自分の息子に使ったっていうのか!?


 有り得ない。我が子にそんなモノを使うなんて。マジで何考えてんだ、あのクソ女!

「ひっさびさに胸糞悪いわ。……ルシアン、ちょい手伝え」

「あ、ああ」

 ミサキは自分の腰につけているポーチを漁ると、バングルを二つ取り出した。全く同じ作りの銀色に輝くバングルを。コイツの異空間バックからは本当に何でも出てくるな。

「間に合わせだし、これでいいか。ちょい持ってろ」

「補助は?」

「赤い方の魔石に魔力が流れ込まないようにガードしといてくれ。そっちは別なの仕込む」

「了解」

 言われるままに魔力で石を包み込み、付与魔法を弾くように意識を集中する。すると、ミサキが付与魔法でバングルを魔道具化し始めた。コイツの付与魔法はいつ見ても鮮やかなものだ。

 さくっと二つとも加工を終了させ、それを俺に押し付けた。ついでに、マリウス殿下がしていたピアスにも何やらしているようだが……お前、本当に器用だな。

「王子二人に絶対に外すなと言っとけ。ついでにこれも元通り着けさせとけ。術式は無効化してある」

「代金、払うぞ」

「イラネ」

 そう言って、さっさと渡して来いと促してくる。

 コイツは口も悪いし態度もでかいけど、たまーにとんでもなくお人好しだ。こんな、買おうとすれば一般的な平均年収くらいの値がする魔道具をその場で作って渡してしまうくらいには。

 苦笑交じりに頷き、未だに話し込んでいる三人に近づく。

「歓談中失礼します」

 割り込む非礼を詫びて話しかければ、三人は話を止めてこちらを向てくれた。

「まずは、聖女様。急な要請にもかかわらずにありがとうございました」

「あら、そんなに畏まらなくてもいいのよ。大切なお友達のお願いですもの、私に出来ることは協力するわ」

「ありがとうございます。王太子殿下」

「ああ、ルシアン。協力ありがとう。おかげでやっとマリウスが戻って来たよ」

 少し赤くなった目で、それでも嬉しさを隠し切れない様子でリオネル殿下。

「いえ。私こそ、申し訳ありませんでした。まさか第二王子殿下が救いを求めて我が娘との面会を求めていたとは想像すらせず……いたずらに苦しみを長引かせてしまったのは真に申し訳なく」

 そう言って頭を下げると、マリウス殿下が慌てた。

「いえ、どうか伯爵、顔を上げてください。貴方に責任があるような事ではありません。むしろ、あれだけ迷惑を掛けていた私の為に聖女様を連れて来てくれて、感謝しかありません」

「ありがとうございます。そう言って頂けると」

 こうして話をしていると、いかに今までの殿下と違うかを痛感する。本来はこんな穏やかな人格だったのだなと思うと、気づけなかったことは本当に悔やまれる。

 先程殿下が言っていた通りで俺が気づくべきことではないのは事実だけど、それでも気づけるチャンスはあったはずだ。見逃していた自分の迂闊さが恨めしい。

 だが、過ぎたことは仕方がない。これからだ。

「お二方。これをお納めください」

 気を取り直して、先程ミサキが作り上げた魔道具を二人に渡す。

「ルシアン、これは?」

「魅了など、精神に作用する魔法を防ぐ魔道具です」

「これが?」

 ふたりは手に取って見つめていたが、すぐにそろって左腕に嵌めた。その瞬間、魔道具の付与効果が発動した様で、ふわっと柔らかな光を放つとすぐに消える。

「ああ、これなら普段からつけていても違和感はないな」

 バングルを見ながらリオネル殿下が呟く。

 それはそうだろう。ミサキが作り出す魔道具は、その美しさでも知られている。高位貴族が通常の装飾品として身に着けていても違和感のない出来栄えなのだ。

「これ……」

 ふと、マリウス殿下が何かを思い出したかのように呟いた。

「伯爵。これ、もしかしてSランクの……」

 そう言いつつ顔を上げ、ミサキにちらりと視線を送る殿下。


 あれ、知ってるのか?


「はい。作成したのはそこにいる彼女です。聖女様の妹でミサキといいます」

「あ……ああ、あの高性能な魔道具を生み出すと評判な、聖騎士の魔道具職人? え、本人?」

「ご存じでしたか。ええ、そうです。私の魔道具の開発仲間でもあるのですよ」

「なんだって!?」


 あ、あれ、どうしたマリウス殿下。ものすごい食いつき方だけど。


 隣ではリオネル殿下が、『あ~』と声を上げていた。ものっすごい呆れ顔で。

「そうだった。コイツは幼いころから魔道具に人一倍関心があったんだよ。その……おかしくなってからは関心も薄れていたように見えたんだが、変わってなかったんだな」

 よくよく聞けば、物心つく前から魔道具の類にはかなり強い関心を示していたそうで、おかげでマリウス殿下の周囲には危なくて魔道具はおけなかったらしい。分解とかしちゃってたらしいよ、幼児の頃から。高価な魔道具をおもちゃのように分解されたらそらかなわんよな。

 マリウス殿下、今までの彼からは想像もつかないくらい積極的にミサキに突撃していって、質問攻めにしている。珍しいことにミサキがタジタジだよ。でもまあ、真剣に聞いてくる奴にはそう邪険な態度を取らない奴でもあるから、ほっといても心配はいらないかな。殿下もやっと自分を取り戻せて、たぶん嬉しいんだと思う。

 取り敢えず、執事にお茶の用意を頼んで、俺は聖女様とリオネル殿下と今後についての話し合い。

 一応ね、もう大丈夫だとは思うけど、それこそ十年近く支配されていたわけだから、何かの拍子に元に戻ってしまう可能性が全くないわけではないらしい。新たに呪縛をかけようとすれば、それは先ほど渡した魔道具が防いでくれるんだが、長年支配下に置かれたことが今後どんな影響を及ぼしてくるかは経過を観察するしかないそうだ。

「でも、大丈夫だと思うわよ。あれだけ強い呪縛に負けなかった強い子だもの。それに、ミサキの話を楽しそうに聞いているじゃない。あれは良い傾向よ」

 相変わらずミサキを質問攻めにしている殿下に、聖女様が笑っている。

 ああ、でもなんかいいな。あの好奇心に満ちたキラキラした笑顔、殿下の幼いころの姿を思い出すよ。

「ご迷惑では」

 困惑気味にリオネル殿下が尋ねるが、聖女様は笑って否定。

「ミサキは気に入らなければ口もきかないもの。ああやって相手をしているのだから大丈夫よ」

「そう、なのですか?」

「ええ。本当にね、あれでも人見知りが激しいの、あの子」

 そう言ってくすくす笑ってる聖女様に、リオネル殿下もやっと表情を緩めた。




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