29 おこちゃま達の襲撃
例のグラフィアス産の水の件で、この所ちょっと忙しかった。
でもまあ、頑張ったおかげで今日は久しぶりに余裕があって、仕事もこなしつつのんびり過ごしていたんだが。
昼近くになって、それが崩れた。
唐突に、可愛らしいお客様がお見えになられたからですよ。
エルの息子のアレックス、アストラガル宰相の息子でイザーク、聖女様の次男ジーク。そして、なぜか獣人の青年。
本当に何の前触れもなくいきなりミサキが連れてきました。獣人の青年だけが狼狽えているのが何か気の毒すぎる。
「ちと預かっといて」
そう言ってさっさと帰ろうとするミサキを止める。
「待て待て待て待て、本気で待て! 説明しろ!」
「そいつから聞けよ」
「思いっきり戸惑ってる青年にぶん投げんな! 預かるのは構わないから説明しやがれ!」
絶対に分かってなさそうな青年に説明ぶん投げてどうすんだよ!
取り敢えず何とか引き留めることには成功。思いっきりメンドクサイって顔してやがるけどな。いきなり連絡もなく来て何の説明もなしにおこちゃま三人押し付けんだからきっちり説明くらいしてから行きやがれマジで。
「イザーク君みたいなハーフを付け狙うバカどもの掃討作戦を急遽やる事になったらしくてな。今朝連絡が来た」
「何その物騒すぎる話」
「前からやる予定ではあったんだよ。でな、ついでなんで私も手伝って来るから預かっといて」
「お前が預かれない事情は、わかった。だが、なんで三人なんだ」
「なんか集まった」
「おいっ!」
なんかってなんだ、なんかって!
つーか、こんなおこちゃま達が勝手に来れるわけねーだろ! さっきの話だって、なんでイザークがいるのかすらわからんぞ、端折るにしても、もうちょっと説明しやがれ。
「エルも手伝ってくれてんだよ、今回の件。なんで、エルにも連絡入れたんだけど、ロックがイザーク君連れて避難してきたから、エルにアレックス貸してって言ったんだ。なんか、あいつも参戦する気満々だったし」
マジかあいつも首突っ込んでるのか。で、素直にアレックス連れて来たのか。
つーか、貸してって何。モノ扱いしての言動じゃないって事はわかってるんだけど、もうちょっと言い方あるだろ。
「でな、たまたま姉さんとジークは前日から来てたんで、本当はそのまま姉さんに預かってもらうつもりだったんだけど」
「けど?」
「なんかいつの間にか姉さんも参戦決定してた」
「意味わかんねーよ!」
なんで聖女様が参戦するんだよオカシイだろ、しかもなんでお前まで首傾げてんだよ!
その後もなんとか詳細を聞き出そうとしたものの、のらりくらりと躱されてよくわからん。そのうちミサキも本気で面倒になって来たらしく、
「さくっと始末してくっから頼んだ」
そう言ってさっさと行ってしまった。……一応、俺の許可がないと使えないはずの転移門を勝手に使いこなして連れてくるとかなんなのあいつ。
「おじちゃん」
色々と腑に落ちないながらも仕方ないかと溜め息を吐き出していると、服を引っ張られた。ジークだ。いかんいかん、いまは子供たちが優先、こんな不安そうな顔をさせちゃいかん。
「いらっしゃい、ジーク。元気だったかな?」
「うん!」
にこーっと笑って頷くその仕草の可愛い事!
「はくしゃく、こーちわ」
「こーちわ」
イザークとアレックスも挨拶してくれたよ。ああ、いい子たちだ。イザーク、ずいぶんと話し方がしっかりしてきたね。ちょっとお兄ちゃんになったかな。
「イザークもアレックスもようこそ。元気そうだね」
「「げんき!」」
こちらもそろってにこーっと笑顔全開。相変わらず可愛いな!
そして、もう一人。
「ようこそ。私はルシアン・グランジェ。一応、この国では伯爵位を賜っている」
「あ、どうも。俺はロック。坊ちゃん……イザーク坊ちゃんの専属護衛っす」
そう言って、ぺこりと会釈した青年。そう言えば、ミサキが以前に、イザークには普段は専属の護衛がいるって言ってたなと思い出す。この青年がそうなのか。なかなかの手練れみたいだが。
「えーと……なんか、姐さんがすいません」
「ああ、まあ……君も大変そうだね」
苦労してそうだなと思って声を掛けると、乾いた笑いが返って来たよ。苦労すんな、お互い。
さて。可愛いお客様たちを母屋へご案内してエレーヌを呼ぶと、エレーヌが大喜びですよ。大歓迎で早速おもてなしの準備に掛かってくれました。俺も今日はもう仕事やめて相手するか。……別にサボりではないよ?
取り敢えず、応接室に案内して青年……ロックにはお茶を出して、おこちゃま達にはミサキに作り方を教えてもらった特製ミルクティーをご用意。三人とも喜んでくれました。
おこちゃま達はひとしきりお菓子を食べつつお喋りして、いまはエレーヌにくっついて絵本を読んでもらってる。なんか団子になっててカワイイ。ウチの奥さん含めて超可愛い。
で、俺はロックの相手をしていたわけだが。
コイツもある意味とんでもなかった。
いまはミサキが腰を据えている国の冒険者ギルドに籍を置いているらしいが、この若さでAランク冒険者だったよ。どうやら一時期ミサキに鍛えられていたらしく、来年あたりにはSランクに上がれるかもという状態らしい。イザークの専属護衛もギルドを通しての長期依頼という扱いになっているようで、護衛以外の依頼は月に何度かミサキの所へ行く関係で、その時に受けられそうなやつを受けているそうだ。
「ランク維持のためには、他の依頼もある程度はやっておかないとなんすよ。俺としては別にギルド抜けてもよかったんすけど、ギルマスがごねて……なもんで、旦那、坊ちゃんのお父さんが、せっかくのランクを捨てることもないだろうって言ってくれたんで、今の形になったんす」
「ああ、宰相閣下だね」
「そうっす」
どうやらこの青年、冒険者ランクにはあまり固執していないらしい。期待の若手高ランク冒険者がこれでは、ある意味ギルド泣かせだろうなと思う。
ギルドの維持には冒険者は必須。難易度の高い依頼を受けるには高ランクが欠かせない。だけど、この目の前の青年のようにランクにも冒険者という立場にも特に執着がない者は何かのきっかけであっさり辞めてしまったりすることも多いと聞く。ギルドにとっては死活問題だ。……同じギルドにミサキがいるのもロックを引き留めたい理由だろうな。あいつ、本当に冒険者としてのランクには興味ねーもん。嫌になったらいつでも何の迷いもなくさくっと辞めると思う。
「君はランクにはこだわらないんだね」
「あ~……前は拘ってたっすよ。でも、坊ちゃんの護衛をするようになってからはどうでもよくなったっつーか。いやまあ、どうでもよくはないんすけど、俺の中での優先順位が変わったというか」
「なるほど」
つまりは、ロックにとってはイザークの護衛が最優先という事なんだろう。何が切っ掛けで護衛をするようになったのかは知らないが、イザークの懐き方からしても二人の間にはちゃんとした絆があるのは見ていてよくわかる。俺たちには可愛い笑顔を見せてくれるイザークだけど、誰にでもってわけじゃない。特に体格の良い男を見ると顔をこわばらせることがあるので、何かしらトラウマを抱えているのは俺もエレーヌも気付いていた。
「……イザークが大柄の男性を怖がるのは、今回の件に関係しているのか?」
いくらか声を潜めて問えば、ロックがピクリと反応した。
こちらを探るような目で見ていたが、やがて大きく頷いた。
「なるほど。ミサキが切れるわけだ」
イザークは命を狙われていると、ミサキは言っていた。大柄の男性を怖がると言うことは、つまりはそういう事なのだろう。
「姐さん、坊ちゃんの事は本当に可愛がってるんで」
「まあ、そうだろうね。あの性格だけど子供は好きなようだし」
「あの性格って」
苦笑交じりにわかりますけどねと小さな声でロックが呟いた。普段のミサキの言動を見ていたら子供好きだなんて思わないだろ。
「坊ちゃん、誘拐されたことがあるんすよ」
「は?」
誘拐? 誘拐って言ったいま?
「俺、その時たまたま迷宮の攻略してて、終わって出てきた所で坊ちゃんを買い取ったらしい奴隷商と鉢合わせたんす。しかも奴隷商が坊ちゃん蹴ってて」
「は? 蹴る?」
蹴る? あんな可愛い子を?
それ以前に子供に蹴り入れるとか、そんな場面、想像しただけで殺意湧く。
「奴隷商たちは一人残らず捕縛して憲兵に突き出したんすけど、坊ちゃんずっと震えてて。その時まだ二歳になったばっかくらいだったんすよね。それでも泣かないで我慢してっから、なんかもうほっとけなくて姐さんのとこに連れて行ったんす」
本当は憲兵が保護してくれると言ったんだそうだが、イザークが震えてロックと離れるのを嫌がったので、所在をはっきりさせておくことを条件に保護させてもらったのだそうだ。この辺りはロックのギルドでのランクと信用度でなんとかなったらしい。
まあ、そんな経験したら助けてくれたロックに懐くのは当然かもしれない。
「姐さん、魔族に知り合い居るって言ってたんで、もしかしたらってのもあったんすけど」
「無駄に顔広いからね、あいつ」
「そうなんすよねぇ。引きこもりだし人付き合い避けてんのに、やたらと人脈あるんすよ」
どうなってるんすかねと不思議そうに呟くロックに、激しく同意だ。
その後、程なくしてイザークのお迎えが来てくれたそう。ただ、迎えが来た時にロックも居合わせたそうだが、現れたのがまさかの元帥閣下で完全にフリーズ、しばらく思考停止してたそうだ。気持ちはわかる。
「でまあ、そのすぐ後くらいだったかな。姐さん、別件でアストラガルに行った時に坊ちゃんの誘拐に噛んでたらしいバカが姐さんの目の前で凶行に出たらしく、姐さんガチギレ」
「なんて命知らずな」
「ホントっすよねぇ。一瞬で半殺しだったらしいっすよ。なんか、どっかの副将軍みたいなこと言ってましたけど」
あいつマジでヤバイな。魔王軍の副将軍を瞬殺って。
「ついでってんで、その時に坊ちゃん狙ってた連中は証拠掴んで潰したらしいっすけど、残ってんのも結構いたらしくて。今回、証拠が揃ったっつーんで、姐さん飛んでいったんす」
「ああ……」
なんか納得。あいつがイザークに害意を向ける奴を放置するわけがない。潰せる材料がそろってるなら、嬉々として潰しに行くだろう。きっと殲滅する勢いで狩りつくすはず。今回は俺も賛成だ、思う存分暴れてこい。
「まあ、エルさんが証拠集め手伝ってたっつってたんで、あっちは言い逃れしようがない状況じゃないんすかね」
「それは逃げられないだろうね」
無理だ絶対に無理。エルが嚙んでるんじゃ絶対に無理。あいつの情報収集能力は誰にも真似できないレベルですごいから。俺もちょいと手を貸してもらったことあるけど、アレは反則。まあ、そんなものなくてもミサキに敵認定された時点で終わってるけどな。
「なんつーか、ほら。アレックスが坊ちゃんと同じ色じゃないっすか。エルさん、余計に他人事だと思えなかったらしくって、かなり怒ってましたよ」
「ああ、なるほどね。確かに、最初に見た時は兄弟かと思ったよ」
「なんとなく似てんすよねぇ、坊ちゃんとアレックス」
そう言いながら、仲良く絵本を見ている三人の方へ視線を向けている。
本当に、可愛い子たちだ。どんな種族だろうと子供は可愛い、その子供を殺そうなどよく考えられるなと思う。
ミサキから聞いた話だとイザークは母親がエルフらしく、その所為で一部の勢力から執拗に命を狙われているようだ。なんでも、誇りある魔族が他種族と子を設ける等、言語道断って言い張ってる連中がね、いるらしいのよ。
俺からしたらバカじゃねーのとしか思わないんだが、いかんせん奴らは真剣にそう思ってるんだからどうしようもない。しかも魔族の中でも魔王陛下の側近で高位貴族である宰相の息子がエルフとのハーフってのが、特に許せないらしい。
「……大昔の鎖国時代ならともかく、いまは混血は珍しくもない。そんな考えに凝り固まっている時点で、取り残されるだけだろう」
「そうなんすよ! 姐さんも同じこと言ってたっす!」
まあ、ミサキならそう言うだろうな。つーか、もっと過激なこと言ってそうだけど。
「そもそも姐さんって、普段から種族の違いなんて同じ花の色違い程度って言ってる人っすから」
「ああ、ミサキらしい表現だね」
この世界で生まれ育ったわけではないミサキにしてみれば、人間だろうが亜人だろうが、全て同じ人という感覚だろう。多分、コスプレを見てる感覚なんじゃないのかって思うよ。俺も前世思い出した直後からそんな感じだし。
「俺も差別されることはあってもそんなこと言われた事なかったんで、最初はコイツ何言ってんだって感じだったんすけど」
「どこの国にも差別感情を捨てきれない者がいるのは事実だ。非常に嘆かわしい事に」
身体能力的には獣人の方が優れているし、魔力に関しては魔族やエルフが群を抜いている。どっちかというと、これと言って特出したモノのない人間の方が蔑まれてもおかしくないと思うんだ。
「まあ、俺は馴れましたけどね。姐さんみたいな人って、ホントに少ないっすよ。しかも姐さんの場合、本気で言ってますからね。その場で取り繕うとかじゃなくて」
「ミサキが取り繕うとか無理だと思うよ」
「同感っす、姐さんそういうトコものっすごく正直なんで」
「物は言いようだね」
「事実っすよ。姐さん、気に入らなきゃ梃子でも動かねーし、人に言われたくらいで考え変えるような性格してねーし」
うん、ロックも結構、遠慮がない性格をしているようだ。このくらい遠慮なく言えるくらいでなければミサキには付き合えないだろうから、丁度いいのかもしれない。
その後も色々と聞き出し、イザークが思った以上に危ない立場なのだと思い知ったよ。マジで何考えてんだろうな、こんな小さな子の命を狙うだなんて。しかも理由がクズ過ぎるだろ、なんだよ純粋な魔族じゃないからって。そんな理由で狙われるとかあってたまるか。
「でも、安心したっす」
「うん?」
「伯爵、基本的な考え方が姐さんに近いっすね」
「あ~……まあ、否定はしない」
同類に見られるのはご免こうむりたいが、ロックの言う事は否定できない。なぜなら俺自身が前世の記憶を取り戻した時点で、この世界で生まれ育った俺ではなくなってしまったことを実感しているから。
もちろん、俺は俺だし、この世界で生まれ育ったことは間違いないんだけど。前世の記憶は、俺の貴族としてこうあるべきって考えをかなり変えてしまっている。もちろん、悪い事ばかりではないけれど、それでも貴族社会で生きるのには少々邪魔な考えだったり感情だったりした。
おかげで自分なりの折り合いをつけるまでに数年かかったし、今でもふと考えることもある。いっその事、全て投げ出して市井に下るのも有りかと考えたこともあるけど、それだったら今の立場を最大限利用して、少しずつでも改善していければいいんじゃないかと、今は思ってる。
「おじちゃん!」
少々考え込んでたら、可愛い声と共に衝撃が。ジークが膝の上に乗ってきたよ。
「うん? どうしたんだい?」
「あのね、あのね、みんなでね、おそとにいきたいの」
「お外?」
「うん!」
時期的にもう外は寒いし風邪ひかないかなとはちょっと心配なんだが、そんな可愛い笑顔でお願いされたらダメだなんて言えない。
ただ、庭に出るとなるともうちょっと庭の警備を厚くしないとだから、執事を呼んでその準備を整えるように指示。おこちゃま達には、準備があるからもうちょっと待ってねとお願いしたら、なぜかイザークがロックに登り始め……登る? いや、ロックもでかいからわからなくはないんだけどさ、てくてく近づいてきたと思ったら、そのままソファーに座ってるロックの膝の上からよじ登り始めて……まあ、そしたら後の二人も興味持つのは当たり前だよな。
「わんわんのにーしゃま、うごうちゃめなの」
「いやいや坊ちゃん、ちょっと待ってっ。前が見えないっす!」
そりゃそうだろう、イザークが顔に張り付いてんだもん。どうやらイザーク、肩車状態を狙ったらしいが、正面から張り付いたもんだからロックがもがいてる。つーか、イザークはロックの事をわんわんのにーさまって呼んでるのか。可愛いな。
そのうち、諦めたロックがひょいっとイザークを持ち上げると正しく肩車した。イザーク、ご満悦だ。
「坊ちゃん、耳はダメですって。くすぐったいんでっ」
慌てたようなロックの声に、視線をそちらへ向けると。
イザークがロックの耳をさわさわしてた。……あれは確かにくすぐったいだろうな。イザークもわかっててやってるんだろう、ぴくぴく動くのが面白いのかもしれない。くすくす笑ってるし。そして、それに触発されるのが二人。
大きなお眼目で期待に満ちた顔を向けられてロックの顔が引きつってるよ。
「ほら、こっちにおいで」
そう言いながらジークをひょいっと抱き上げると肩車。アレックスはコッソリと部屋に入って来たシルヴァンが同じように肩車した。シルヴァンすまんね、いま帰ってきた所なのに。
きゃっきゃと喜ぶおこちゃま達。タイミングよく準備も出来たようなので、そのまま外へと移動した。
その後、お外で思いっきり遊んで疲れ果てたおこちゃまたちがお昼寝したり室内で絵本を読んだりしながら時間を過ごし、お迎えが来たのは夕方近くになってからだった。
掃討作戦は予定通りに終え、だいぶとんでもないことになったらしいが詳しいことは知らん。こっちに飛び火しないことを切に願う。
つーか、巻き込むなよ頼むから!